PandoraPartyProject

SS詳細

人熱に咲き乱れ

登場人物一覧

ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜
ネーヴェ(p3p007199)
星に想いを


 紅白のめでたい垂れ幕が揺れ、カレンダーは今日が何たる日であるかを教えてくれる。
 卒業式――柔らかな春風は桜花を運んで。
 甕覗の空には雲ひとつ無く。さいわい溢れる今日の日を、穏やかな陽光が照らしていた。
 今日卒業するのだと言うのに、絢もジルーシャも蜻蛉も部活に顔を出すのだと言って効かないから、ネーヴェもつい顔を出してしまった。
 在校生は部室で卒業生を待つ、だなんて伝統がなくなればいいのに。と思いながら手芸部の部屋を飾り付けて、ネーヴェもまたお世話になった先輩の門出に花を添えるのだ。お祝いしたい気持ちだけは充分、だけれどもとびきり大好きな先輩達をお祝いするのは部活内外問わずである。
 5人でのお揃いにしたくて縫ったハンカチを忘れていないか確認するのはもう3回目のこと。
 『約束をしているから。』のひとことで部活のお祝いをそこそこに切り上げられるのは仲良しであると知れているからだろう。待ち合わせの木の下へと足を進めて。
 くぁ、と欠伸をしながら。外を眺めた絢は、きっともう触れることのない本棚に触れる。文芸部であった絢にとって図書室は友人達4人がよく足を運んでくれた思い出の場所である。他者との関わりに線を引いていた絢の心を解かし友情を育み、遊ぶ計画を立てたり、騒ぎすぎて怒られたり。そんな優しくて愛おしい思い出の詰まった場所。
 四葩は雪色のあの子と3人の絆のタイトル。アルバムを作る絢にとっての特別な言葉。であれば絢をも含めた5人は桜であろうか。5枚の花弁、5人それぞれに輝かんばかりに溢れる笑顔と個性はきっと未来永劫咲き乱れる桜のように美しい。こんなにロマンチストになってしまったのはきっと。君たち4人のせいなのだ。
 最初こそ距離を置いていた気がするのに、何度も通ってくれる友人たちのその姿には胸を打たれたのだとかなんとか。家に大切にしまってある手紙だって、特別な思い出なのだと。口下手なおれでは、伝えることもできないけれど。
「あれ、ネーヴェがもう見えるな……俺も遅れない内に行かないと」
 胸元に飾られたコサージュがやけに照れ臭い。もうこうして顔を揃えることもないのだろうかと憂いたけれど。きっとそんなことはないのだろうと信じて。
 蜻蛉のたおやかな黒髪が揺れた。慣れ親しんだ花瓶も剣山も持ち帰っていた彼女が最後に作っているのは黄色い薔薇――友情を告げる花、その想いをありったけ搔き集めた花束。いとおしい。しあわせに。さいわいを。心を込めて、一輪ずつ。
「今日も素敵に生けさせてくれて、おおきに。とっても綺麗やよ」
 リボンを結んだ花束の数は4つ。大切な友人に贈る、ありがとうを込めて。
「ヤダもう! 今日に限って時間がないのにアタシったら失敗しちゃうんだから……!」
 とは言いつつも綺麗に飾られたマジパンにならんだ5つのシルエット。写真を撮ってからご機嫌に箱にケーキを詰めていく。
「卒業なんて……早いわね。ふふ、文字だけは上手く書けた気がするし? あとは渡して食べるだけね!」
「部長も卒業するんっすよ」
「なんであなたが作ってるんです?」
「やぁね、こういうのは気持ちが大事なのよ!」
 はらりはらりと舞い踊る桜が呼んでいる。ジルーシャもケーキを抱きかかえて、3人の待つ木の下へと駆けた。

「卒業おめでとうございます、ジルーシャ様……!」
「ヤダ、アタシったら遅れちゃったわ! ありがとうネーヴェ、嬉しいわ♪」
「ふふ、うちらは今年で卒業やからね。寂しくなるわ」
 ネーヴェを残し、それ以外の3人は卒業なのである。絢は留年しているので誇れたことではないのだけれど、むしろ良かったような気がする、なんて胸をなでおろして。
「そうだね。あ、ほら。ネーヴェ」
「はっ……! 写真を撮りたいのです。折角の記念ですから……!」
「勿論、どうせなら映えないとね。自然光で盛りましょ!」
「気合が入ってるなあ……ほら、ジルーシャがスマホ持ってあげて」
「任せなさい、アタシは自撮りのプロなんだから!」
「ふふ、ほんに頼もしいわ。それならうちとネーヴェちゃんは、手前に行きましょ」
「はい! ……はっ。じ、ジルーシャ様」
「なぁに、どうしたの?」
 ごそごそとポーチを漁ったネーヴェがきれいに包装したハンカチを取り出した。
「これ、卒業祝いなのですが……受け取って頂けますか?」
「アラ! 嬉しいわ、アリガト♪」
「じゃあうちも。……と、言いたいところやけど。両手も塞がることやろし、絢くんが持ってあげて?」
「そうだね。じゃあ此処はおれに任せてもらって。ジルーシャの……ケーキ、かな? これも開けちゃって良い?」
「此処で撮らなきゃいつ撮るの! このケーキも本望だわ、お願い!」
「はぁい。それじゃ、ジルーシャ。頼むよ」
「オッケー! じゃあ皆もっとギュッと寄って……ちょっと! 顔が固いわよ!」
「ふふ、絢様、お顔が引き攣って……!」
「ええ……そ、そうかな?」
「どやろか。絢くんのお写真はいつも微笑んでばっかりかもしれへんね?」
「か、蜻蛉まで……思いっきり笑えば良いんだね?」
「そうそう、そうやって……待って。絢くん、その顔は……」
「ふふ、ふ。ふふ! もっと、大変なことに……!」
「もー! 絢、イイ?! ちょおっとこっち向きなさい、アンタの顔すっごいんだから!」
 きゃあきゃあと響く声は不快ではなくむしろ心地が良い気がして思わず頬が緩むものだから。
(あらヤダ、シャッターチャンスじゃないの!)
 液晶の丸い部分をタップしたジルーシャがその一瞬を記録に残す。そこには笑顔の四人が写っていたのだけれど。
「……あれ?」
「これは……」
「雪、やね」
「春なのに珍しいこともあるものね、もしかして……」
「ふふ。なんだかを思い浮かべてしもたわ。うち、寂しがりかも」
「ふふ、わたくしも、です。もしもよろしければ、なのですが」
 ひらり、ひらり。控えめで、けれど綺麗で、繊細で。
 壊れやすくてもろいのに、簡単に消えてしまうのに。それなのに心に残り続ける。そんな春の雪は。花びらのような雪は。
 雪色のあなたを。スネグーラチカ、愛しい四葩の一枚を思い起こさせて。
 ああそうだ。こうして四人集まっているのに、もう一人が欠けているなんて、こちらのほうが寂しいのだから。
 少しだけ後ろを歩く貴方の手を引いて歩むのは、きっと貴方は申し訳なさそうに笑うのだろうけれど。けれどそれは私たちの喜びに等しいのだから遠慮尾なんていらないのだと。
 だから。
「帰りにお家へ押しかけちゃう?」
「卒業証書、持って行ってあげましょう」
「いいですね! 賛成です」
「何か手土産買って行きましょ」
「やっぱり甘いものがいいよね」
「となると絢くんのおうちの飴がいいんやない?」
「ジルーシャのケーキもあるんだから、食べすぎになっちゃうよ」
「それなら、ホームパーティにしませんか?」
「ネーヴェ、ナイスアイデア♪ それならアタシの家が空いてるわよ!」
「お泊り会ですね! ふふ、楽しみです」
「あの子さえよければ今日にでも、やね」
「となればさっそく電話をかけなくちゃね。学校が違うだけで卒業式に来れないなんて、うちの学校もケチよねぇ」
「ふふ、そやねぇ。決まりとは言え、寂しいもんです」
「ほら、もうすぐ着くよ。……急に押しかけちゃうけど、大丈夫かな?」
「サプライズ、ですから!」
 抱えたプレゼントはきっと押し付けなどではなく心から喜んでもらえるような気がしているから、抱きしめて離さない。何よりも貴方の笑顔がみたいのだと思う気持ちは4人それぞれに違いはなく。
 冬を越えて春が来た。何度目かの春が来た。
 きっと遠くから眺めていただけの過去の貴方に笑って手を差し伸べれば、その手に触れた今から春がやってくる。もう二度と冷たく寂しい冬に置き去りにはしない。これからの未来は何度でもこうやって春を迎えたいのだ。貴方と、この4人で。
 春に咲く雪の花はきっとすぐに溶けてしまうのだ。人熱に触れて、柔らかな陽光に揺られて。けれどきっとそれでいい。どれだけ美しく輝いていたかをもう知っているから。おれたちは、忘れないから。
「インターホンは誰が押すの?」
「うーん……うちは、譲ろうかな。緊張しぃやの」
「あ、アタシは両手ふさがってるから、アタシも無理よ!」
「ジルーシャあんなに乗り気だったのに、もしかして緊張してる?」
「び、ビビッてなんかないわよ!! あーあー両手ふさがってるのがほんっと悔しいくらいだわ!!」
「じゃあおれが持ってあげるよ、ほら、貸して?」
「絢ったら、アンタ覚えてなさいよ!!」
「ふふ、じゃあ、わたくしが押しちゃいます、ね!」
「こんなにおうちの前で大騒ぎしてたら、インターホンなんていらんような気もするんやけど」
 やけに緊張したジルーシャを揶揄う絢。そんな二人を見かねたネーヴェが一足先にインターホンを押す。蜻蛉はそんな様子を苦笑しながら見つめて。
 ややあっておずおずと開かれた扉の向こうには、たいせつな貴方の姿があるから。
「あ、おはよう」
「ちょっと、おはようの時間じゃないわよもう!」
「こんにちは。今日は、お時間ありますか?」
「急に押しかけて堪忍ね。お土産もあるんやけど……ちょっとだけ、良い?」
 遠慮がちに、違う制服を着た貴方のその表情が綻んだ。

 ひらりひらりと舞い踊る桜吹雪と並んで開花した瑞花。
 その日舞い踊った季節外れの白雪は、それはそれは美しかったのだと、後に5人は語るだろうか。


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