PandoraPartyProject

SS詳細

決意の焔

登場人物一覧

燈堂 暁月(p3n000175)
祓い屋
澄原 龍成(p3n000215)
刃魔
國定 天川(p3p010201)
決意の復讐者

 ダウンライトの明りに照らされたバーのカウンターにコースターが置かれる。
 洒落たカクテルを頼むのは意外と知識がいるものだ。
 文字が書かれただけのメニューを見てもさっぱりと分からない。
 とりあえず、見慣れた琥珀色のウィスキーを注文して時間を潰す。
 少し早く来すぎてしまっただろうか。

 國定 天川はバーのカウンター越しにマスターが誰かのカクテルを作る姿を見ながら待って居た。
 約束の時間になる頃、カランとドアベルが鳴り、燈堂 暁月と澄原 龍成が姿を現した。
 天川をカウンターに見つけた暁月は手を上げながら近づいて来る。
「ごめん、お待たせしちゃって」
「時間ぴったりだ。問題ねえよ」
 暁月達に細長いメニューを渡しながら天川は「先に頂いてる」とグラスを傾けた。
「私はマティーニにするよ。龍成は?」
「俺はカルーアミルク」
「龍成って意外とお酒甘いのが好きだよね」
 うるせぇと眉を寄せた龍成はメニューのフードページを見つめる。
 ソーセージの盛り合わせと、生ハムとサラミの盛り合わせ、自家製スモークナッツを注文した龍成に、天川と暁月は笑みを零す。二十歳を過ぎた年頃の男子は酒の席でもお腹が空くらしい。
「1ポンドステーキは流石に自重した」
「食べたら良いじゃねえか」
 照れた様に頬を掻く龍成は「子供っぽく」て天川は息子を思い出す。
「今日はおつかれさん! それと誕生日おめでとう! 二人共いくつになるんだ?」
 運ばれてきたグラスを重ね小さく乾杯をした三人。
「俺は22だな」
「私は最後の20代……アラサーってヤツさ」
 今日は暁月と龍成二人の誕生日祝いも兼ねて集まっていたのだ。

「そういえば、最初は龍成を星の流星だと思ってた」
「ああ、まあ漢字書かねぇと分かんねえよな」
「子供の名前が光星ってんだ。だから、勝手に親近感湧いちまってた」
 天川の口から子供の話が出るなんて初めてのことだ。興味本位で聞いてしまってもいいものだろうかと龍成は少し戸惑う。
「へえ! 天川は子供が居たんだね」
 そんな龍成の躊躇を物ともしない暁月の言葉。天川との距離が近いのは暁月の方なのだ。
 暁月とて天川が自分の事を話してくれるのは打ち解けたようで嬉しい。
 きっと、彼が『話したい』と思ってくれたからなのだろう。それを聞き流すのは友達甲斐が無い。

「俺は……この前暁月の記憶を見た」
 天川から思いも寄らない言葉が出て、暁月はカクテルを置いた。
「あー、この前何かあったらしいね。牡丹から聞いたよ」
 燈堂家で夢を渡り、暁月や廻の過去を少し見たというのだ。全部では無いけれど、多くの記憶を覗いてしまったのは事実だ。だから、天川はこの場を設けた。
「別に隠すようなことは無いし、君になら知られても構わないんだけどね」
「でも、俺だけ一方的に見たのはフェアじゃねえからな」
「真面目だなぁ、君は」
 くすりと笑った暁月の目の下に薄く隈が見える。無理をしているのだろうか。
「俺も、見た……」
 ばつが悪そうに視線を落す龍成の頭を暁月はわしわしと撫でる。
「龍成はもう、家族みたいなものだからさ。気にしないでいいって」

 暁月の記憶を覗いた天川は、彼の慟哭を聞いた。
 高校時代に澄原晴陽の親友を斬り、己の恋人を手に掛け、廻も殺そうとした。
 その悲痛な叫びと涙は、天川の心に燻っていた黒い炎に延焼する。
 燃え尽きたと思って居たのに――

 だからこそ、力になってやりたい。
 思い詰めたような表情を浮かべる天川に「そういえば」と暁月が氷の入ったグラスを傾ける。次はウィスキーらしい。隣では龍成がソーセージを頬張っていた。
「君は晴陽ちゃんの所に通って居るんだね。彼女は元気にしてるかい? 私には連絡とかしてくれないから心配でさ。最近物騒じゃない? 夜妖を扱う病院だからね。何かあったらと思うと……」
「自分で聞けばいいじゃねえか……答えてくれるだろうさ」
 天川の声に緩く首を振る暁月。
「あんまり私とは仲良くなくてね。記憶を見たなら知ってると思うけど……」

 高校時代、暁月と晴陽、晴陽の親友『鹿路心咲』、暁月の恋人『朝倉詩織』は仲が良かった。
 晴陽を可愛がっていたのは恋人の詩織だったけれど。
 心咲と晴陽。どちらかを選ばなければならない状況で、暁月は心咲を斬った。
 其処から暁月と晴陽の路は違えた。
 夜妖憑きを祓う『祓い屋燈堂』、夜妖憑きの患者を救う『澄原病院』で分かたれたのだ。

「仕方なかったとはいえ、心咲を斬った。晴陽ちゃんを救う為に。嫌われてしまっても良いんだ。詩織が大事にしてた子だからね。元気にしてるかなというのは気になるよ」
 今更仲良くなろうとは思って居ない。晴陽の方も気まずいだろう。
 嫌っているふりをして関わらない方が、ずっとお互いの心が楽なのだ。
 どうしても思い出話には心咲や詩織の名が上がる。
「だから、君が仲良くしてやってほしい。『俺』の後輩をよろしくね。天川」
「ああ……」
 暁月から任されるのも変な話しだが。天川はもう決めていた。
 澄原も燈堂も全部、背負ってみせると。自分一人では小さな力かもしれない。
 けれど、この一歩は必ず未来へ繋げてやると決意したから。

「暁月って、姉ちゃ……姉貴と仲良かったんだな」
 龍成は次のカシスオレンジを飲みながら少し寂しげに口を尖らせる。
 夢の中の記憶では暁月と晴陽は今よりもずっと仲が良さそうに見えた。自分よりもずっと。
 天川と暁月がじっと自分を見ている気配を察し、振り向く龍成。
「な、なんだよ。にやにやした顔でこっち見んなよ」
「いや、すまん……龍成から先生の話を聞くのは興味深くてな」
 素直に謝った天川に、龍成は大袈裟に溜息を吐いた。
「俺は姉貴のこと、全然しらねえんだよ。暁月の方が知ってるんじゃねぇか? まあ……尊敬はしてる。あの年で病院任されてんだろ。俺にはできねーよ。すげえ」
 酒が回り少し饒舌になってきた龍成の言葉を天川は聞き入る。
「俺、姉貴に敵わないって思って、勝手にグレて家にも帰らなかったから。結構心配させたんだよ。そんときは姉貴はせいせいしてると思ってたけど、そうじゃ無かった。心配してくれてた」
「そりゃあ、危なっかしい龍成は心配だよねぇ」
 晴陽の気持ちが分かると大きく頷く暁月。
「いや、ちゃんと謝ったから。……今はたまに電話してるし」
「そうなのか。それは良かった」
 仏頂面の天川が僅かに微笑んだのを見て、龍成は安堵する。
 きっと、彼は悪い人ではない。弟として天川なら姉を任せられるだろう。
「姉貴口下手だから、アンタみたいな人が友達になってくれたら安心するぜ」
「心配ではないのか?」
「いや、心配は心配だけど、もう姉貴も良い大人だし。そういうのは俺が口出すのはなぁ。それにアンタなら大丈夫そうだしな! だからまあ、よろしくな」
 拳を差し出した龍成に応えるように天川もそれに合わせる。

「二人に知って欲しいことがある」
 真剣な天川の声色に暁月も龍成も居住まいを正した。
「俺はな……。人殺しだ」
 重い言葉に龍成と暁月の胸がちくりと痛む。天川にも何か事情があると思ってはいたのだ。
 それを打ち明けてくれるつもりなのだろう。二人は真剣に天川の声に耳を傾けた。
「暁月とは違う。やむを得ない事情もなく。私情で多くの人間を斬った」
 天川の脳裏に硝煙と血の匂い、死する者のうめき声が木霊する。
 忘れる事など出来ない罪の情景。
「斬ったこと、それ自体に後悔はない。それに、もう一度時を繰り返しても同じことをするだろう」
 それ程までに強い意志で人を殺したのだろう。
「だが自分のやったことが正しいと思えるほど狂ってもいねぇ」
「天川……」
 人を殺すことが正しいなんて、肯定できるはずもない。
 至って正常で真っ当な精神性だろう。故に、天川の意志の強さが分かる。

「だからこそ……自らの信じた法に裁かれるつもりだった……結果、この様なんだがな」
 法が天川を裁く前に、世界は彼を混沌へと引き上げた。
 断罪されるべき自分が、償いの場を与えられなかったということは。
 苦悩し続けろとでも言うかのようだった。
「こんな俺が誰かの力になりたいなんて……笑っちまうだろう? だがそう願っちまった。
 そうしたいと思っちまった……お前達の力になりたい。それを許せるか?」
 天川は僅かに俯いて、手をカウンターの上に置く。

 問いかけは期待の裏返しだ。
 この問いを投げること自体が信頼と先の答えの上に成り立っている。
 それでも、否定されてしまうのではないか、という不安は常に纏わり付くものだ。
 だから天川は己の罪を全て曝け出したのだ。
 血に汚れた自分の手で、晴陽や燈堂の人々、龍成や暁月自身に関わってもいいのか。それが許されるのか、審判してほしいと天川は願う。不器用な天川が考えた最大限の誠意の形なのだろう。

「笑ったりしないよ。天川が私達の力になりたいと願ってくれるのは、単純に嬉しい」
「……そうだぜ、そんな悩む事じゃねーじゃん。そういうとこおっさんだな」
 助けたいから助ける。それで良いと龍成は伝う。

 他人を踏みにじった過去がある。
 それは、天川も暁月も龍成も同じだ。
 程度の違いはあれ、誰かを己の意志で傷つけた。
 年を取るほどに一歩を踏み出す勇気が持てなくなるのかもしれない。

「私は全ての人を救わなければならないとは思わない。そこまで聖人君子じゃないよ。私は大切な人を守りたい。まあ、一番大切な人を守れなかった自分が言うのも何だけど」
 暁月は壊れてしまった詩織より、未来在る仁巳の命を選んだ。どちらも大切な家族だった。
 天川は復讐の為、多くの人をその手に掛けた。
 誰もが大切な人の為に、少なからず斬り捨てたものがある。

 それでも、進むべき途は目の前にある。
 積んだ後悔を背負い、傷付きながら進むしか無いのだ。
 躓いたのなら手を差し伸べると、差し伸べて欲しいと、この日伝え合ったのだから。

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