PandoraPartyProject

SS詳細

父と娘とグラオクローネ

登場人物一覧

ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
Lumière Stellaire
ココロ=Bliss=Solitudeの関係者
→ イラスト
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女

 田舎にはよく妙な風習がある。
 頼んでもいないのに出てきた、このお茶もそう。
 しかもこのカフェは、なんでもお金を取らないらしい。
 ただより怖いものはないというが、この村では共助のサイクルがすっかり出来上がっているらしく、基本的にはなんでもかんでも無料なのだそうな。

 ――ここはアルティオ=エルム。
 迷宮森林の南部に位置するリオラウテという小さな村にある、僅か一件だけのカフェだ。
 椅子へ座ったココロは、さらさらに磨き上げられた木製のティーカップへ視線を落としていた。
 丸テーブルに乗ったカップの中。緑茶の水面をゆるゆると漂う湯気から、シーサーペントがゆらりと顔を出す。ふとそんな想像をしてみる。
 なんら面白くはなく、次にカップの木目を数えてみる。十七まで数えたところで、どこか一段飛ばしたような気がしてきて、そのまま有耶無耶になってしまった。
 カップの横にはちょっと美味しそうなドライフルーツがあるが、まだ誰も手を付けていないから、食べるのもなんだか気が引けてしまう。

 さて
 仮に何かを望んだとして、それが叶えばは嬉しいものではないのか。
 だとすればこの状況は、全くということになるのだろう。
(普通ってなんだろう……)
 ココロは顔を上げて、正面――ではなく木窓の下の棚を見つめる。室内用の植木鉢にはこんもりとコケのような植物が植えられており、薄桃色の小さな花をぽつぽつと咲かせていた。
「それじゃあ、ジョゼッフォさん。ご趣味は?」
 視線を泳がせているうちに、始まってしまった。
 お見合いなんてしたことはないけれど、きっとこんな感じに違いない。
 だとしたら大変そうだとか、どこか他人事のように思えてくる。
 正直に言えば穴があったら入りたい。貝殻があったら挟まりたい。暗い海の底に沈んでいたい。
 けれどきっとお師匠様は、そんな弱腰を許してくれやしないのだ。
「私の趣味……ですか」
 イーリンの質問に、ジョゼッフォが言葉を詰まらせる。
「ええ、趣味とか、好きなこととか、日々の習慣だとか」
「そうですね……少々剣術などを嗜んでおります」
 ティーカップに口をつけていたココロは、ふいに「こふっ」とむせた。
 こんな場面に限って、頭の中から突然「それって趣味なの?」などとツッコミを入れてくる、もう一人の自分が憎いったらない。

 この日、ココロは父ジョゼッフォへ会いに来ていた。
 記憶にはないが、幼少期に生き別れた父であり、実の肉親である。
 父は母を病から救うため、ココロを海洋の海に残したまま世界各地を旅したそうだ。
 数年の後、ジョゼッフォ達は生命の秘術アルスマグナを有するこの村へとたどり着いたという。
 しかし時は既に遅く、母は亡くなっていた。ココロと生き別れになってから何年も経過しており、ジョゼッフォは娘の元に顔を出すことも出来ない心境になってしまっていたのだ。
 そして深緑における戦いの際に、ついに再開を果たしたという訳である。

 親子が再開した以上は、交流があってしかるべきなのは理解出来る。
 会いたいと思ったのは確かだし、相手も同じだということも理屈上は分かる。
 けれど「そろそろ」だとか「いい加減に」だとか「今でしょ」だとか。師匠の言葉を何度も聞くたびに、毎回なぜだか『会わない理由』を付けていた。
 ココロは別段として怠惰ではなく、どちらかといえば、いやむしろ大いに勤勉なタイプだ。
 もっと言えばやらない理由を付けるというよりも、常に他の何かへ打ち込んでいたというほうが、余程正しい説明になるだろうか。
 ともかく頭で理解することと、感情というものは、まるで別ものなのだと思い知らされている。
 なんなら会いたいという感情があってさえ、こんなにも阻む何かがあるなんて。
 こういうのは臨床心理学で習ったろうか。どうだろう。

「じゃあココロも教えてあげるといいんじゃない?」
「……」
 悶々と思索に逃げていると、イーリンが話を振って来た。
 流れは薄々感じていたが、ついに時が来てしまったか。
「医療を少々――」
 言いかけたココロは(しまった!)と思ったのだが、今度はイーリンがむせた。
 何もこんなことで、血の繋がりを実感させられることがあるものか。
「吹奏楽でしょ」
「最近はフルートを少々、嗜んでいます」
「それは聴いてみたいものですね」
「ですって。聴かせてあげたら?」
 どうしてそういうことを言うかな、この人達は。
 顔から火が出そうな気分になる。
 なぜこんなに恥ずかしく感じるのか、自分自身でも分からないが、とにかく恥ずかしい。
「え、いえ。ここは店ですし」
 やんわり断ろうとしたが、イーリンが人差し指を両耳にあてる仕草をする。
「……お師匠様」
 隣でニコニコしているイーリンの表情を見て、ココロはついに観念した。
 そして小さなポーチからaPhoneを取り出し、イヤホンを挿して父へと手渡す。
「これは?」
「これを耳へ入れてもらって。こうして、こうすると――」
「練達の機械ですか、すごいものですね」
 結構上手く演奏出来ていると思うが、変に感想を述べられるより助かった気がする。
 そう思った矢先――
「とても上手ですね、いつまでも聴いていたいような、そんな優しい演奏です」
 ほら、こういう人は、すぐこういうことを言う。

「ああ、そういえばこの子ったすごいヤキモチ焼きでね」
「ほうほう、それは」
「ちょっ」
「私が他の弟子を夢中になって育ててると、私の身の回りの世話をストライキしたりするのよ」
「……うう」
 自身の反応になにか既視感があるが、ふいに思い至る。
 友人の普久原ほむらとかって、いつもこんな気持ちでいるのだろうか。
 だとしたら、ちょっと悪いことをしているかもしれない。
 そう信じかけた時、違和感に気付いた。
 違う。態度こそ似ていたかもしれないが、ほむらはもっとずっと嬉しそうだ。
 だからもっとどんどんやってやろう。

 それからココロ達は二時間ほど話し込んだ。
 別に話したい訳ではなかったし、話すことなんて何も思いつかなかったのだけれど、お師匠様が次々に話題を振ってくるのだから致し方がない。
 それにジョゼッフォもやたらと聞きたがる。
 だから仕方がない。しょうがない。ないったらない。
 話したのは医学校の出来事や吹奏楽部のこと。あとは友人達のこと。
 それから最近の戦いの様子を語れば、ジョゼッフォはずいぶん心配そうにしていた。
 ジョゼッフォはと言えば、相変わらず村の守人として近隣の魔物などを討伐しているようだ。
 幻想種達と共にルーティーンのような生活を送ることは、性に合っているらしい。
 それからジョゼッフォは大人になったココロを遠くから見守ることに決めたようだ。
 聞いた時に、ココロはなぜだか分からないが、すこしだけむっとした。
 突き放されたような、線を引かれたような、そんな気がしたのだ。
 なぜそんなことにむっとしたのかは、よく分からないけれど。

 ジョゼッフォは師匠にあまり迷惑をかけないようにだとか、母の墓に来て欲しいだとか、そんな事も言っていた。とはいえ母についても何も覚えていないのだから、墓前で何を祈れば良いのかすら見当が付かない。
 なんだか医学校の先生達が言いそうなことだと感じる。
 大人の人らしい物言いは、大人になった今でもやはりよく分からない。
 母が血縁である以上は、縁もゆかりもあるのかもしれないが、記憶にはない人だ。
 墓前の祈りが残された生者のためにあるならば、この場合、自分自身は何を思うべきなのだろう。
 世の中って、分からない事だらけである。

 イーリンにはジョゼッフォの態度が、以前までのようなであることが、今ならばはっきりと理解出来る。
 あの決戦でココロのために命を捨てる覚悟だったという時とも違う。
 その自己犠牲は贖罪であり、ある種の逃避ではあったろう。
 けれど今のジョゼッフォはココロという存在へ、真摯に向き合おうとしてくれていた。
 話しているとひどく口下手だと分かるが、自身の考え方などを真剣に伝えてくれているのは感じる。
 そこには不器用ながらも、温かな感情があった。
 ともあれ、全てのわだかまりが解けた訳ではない。
 だが新しい一歩が始まったことは、確かに実感出来る。
 今はそれだけで充分だった。
 それになんだか、あの二人。似たもの父娘おやこではないか。

 辺りはすっかり夕暮れとなり、そろそろ良い時間だ。
「娘のお師匠様、この場を設けて頂いてとても感謝しています」
「ありがとうございます」
 ココロも父の感謝に言葉を重ねる。
「大丈夫よ。ね、ココロ」
「はい、お師匠様、ジョゼッフォさん」
「そんな他人行儀じゃなくて、お父さんて呼んであげたら?」
「……」
 こうなればもう、意を決するほかにない。
「……おとう、さん」
 今まで首の辺りばかり見ていた視線をおずおずとあげると、父の頬を涙が濡らしていた。
 ただそれだけの一言で、この人は――父は、こんな風になってしまうらしい。
「これは失礼」
「いえ、大丈夫よ。またお茶会、三人でしましょうね」
 カフェを出て、一行が向かい合う。
「ああそうそう。グラオクローネだから、渡すものがあるのよね、ココロ?」
 お師匠様はそうは言うが、喜んでくれるかどうかすら分からない。
 そもそもなぜこんなものを渡すのだろうなどという所から、考え込んでしまうが。
「はい、これを」
 仕方ないから手渡すと、父は一瞬驚いたような表情を見せた。
 不要だったろうか。
 迷惑だったろうか。
 返されるだろうか。
「……これは、嬉しいな。ありがとうございます」
 声音は僅かに弾んで聞こえた。

 こうしてココロとイーリンはリオラウテ村を後にした。
 あの瞬間、父の敬語が僅かに崩れたのが、妙にココロの胸の奥底へ張り付いている。
 なぜだか不思議と、嫌な気分はしなかった。

おまけSS『その夜――墓前にて』

 ハッピーグラオクローネ。
 今日はココロが来てくれたよ。
 チョコレートをくれたんだ。
 食べるのがもったいないよな。

 少しお茶を飲んだけど、次は食事なんかもしたいと思うよ。
 そういえば、ずっとまえに君がくれたレシピがあったのを覚えているかい。
 ほら、結婚したばかりの頃に、よく作ってくれた。
 君が倒れてからは代わりに何度か作ったけど、苦笑いされたっけ。
 あれから結構練習してね。いつかココロにも食べてほしいと思ってる。
 単なるエゴだろうけど、ココロにとっては『おふくろの味』だろ。
 けどさすがにね、泊まっていけだなんて言えなかったよ。
 きっと忙しいだろうし、それに打ち解けてる訳でもないんだ。
 情けないけど、仕方ないよな。

 あの頃、君はずっとココロのことばかり心配していたね。
 私のことなんか放っておいて、ココロを助けて欲しいって。
 そんな風に何度も言ってくれたけど、俺は感染がどうとか、何かと理由をつけたな。
 父親として失格だと思う。それに結局、君も助けられはしなかった。
 どうにも出来なかったんだ。
 悔やんでも悔やみきれない。
 家族全員を幸せにする方法が、どうしても探せなかったんだ。
 本当にすまなかった。

 けど、それでもココロは会いに来てくれたんだ。
 師匠と一緒にね。迷惑をかけていやしないか心配だけど。
 そうそう、学校にも行っているらしいよ。
 海洋王立医学校なんて、すごいと思わないか?
 吹奏楽もやっているらしい。フルートだそうだ。
 それに友達も沢山いるんだ。
 ココロは立派に、健やかに育っているよ。
 だから安心してほしい。

 今だから白状するよ。
 いや君のことだから、とっくにバレているんだろうが。
 ずっと長いこと、すぐに君に会いたいとばかり思ってた。
 戦ってばかり居れば、すぐに君の元へ行けると思ってた。
 冠位との戦いがあった時は、チャンスだとさえ思った。
 ココロを助けて、君の元へ行くんだと。
 でもそれじゃあダメだよな。
 失敗した分は取り返すよ。
 これからもずっと命続く限り、ココロを見届けてみせる。
 だからそっちへ行くのは、だいぶ遅くなりそうだ。
 その分、土産話は沢山集めておくからさ。

 それじゃあまた。
 お休み、愛してる。

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