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家族になれるのかもしれない
登場人物一覧
火打ち石がカチカチとぶつかって、暖かい火花を散らした。
前に見た花火みたいで、きれい。
そう思っていると、集めた葉っぱがぽわぽわって燃えだして、もっともっと暖かくなった。
魔法みたい。そう言ってみせると、バクルドは顔をくしゃってして笑った。
夢みたいな世界。
魔法みたいな時間。
『旅色コットンキャンディ』カルウェット コーラス(p3p008549)にとって、森での野宿は初体験だ。
勿論たき火も。
渇いた葉っぱを集めて固めて、火種を酸素でちょっとずつ膨らませるさまをそれこそ当たり前にこなす『放浪者』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)の様子に、それはもうテンションをあげたものである。
「バクルド、きのこ、みつける、した!」
大きな木のそばにかがみ込んだカルウェットがこれまた大きな声を出して手を振ると、折りたたみ式のバスケットを持ったバクルドが『どれどれ』と言ってやってくる。
「食べられる?」
興味津々でなんともサイケデリックな色をしたキノコを指出すカルウェット。
「これ、きれい」
「ははっ、確かに綺麗だ。けど食べられないキノコだな。そのかわり、夜になると光るぞ」
「キノコも、ひかる、する!?」
ぱああっと顔を明るくするカルウェット。
そんな様子を、少し離れたところから少女トルハはじっと見つめていた。
大きな手が私を引いて歩いていったのを覚えている。
お父さんもお母さんもいなくなった。そんな私の手を引いて。
ごつごつした手はちょっとだけ温かくて、熱くて熱くて喉が渇くあの集落の中でさえ、触れていたい温かさだった。お父さんのそれに、少し似ていた。
私に行く場所がないと知って、大きな手は私をまた引いていった。
熱い集落を出て、冷たい川を渡って、骨の道を抜けて。
知らない世界へ。広くて、すこし怖い世界へ。
けれどなぜだろう。大きな手が私を引いている間は、怖くなかった。
世界が広くて、ちょっとだけ、温かかった。
「ひっひー! トルハ! こっち!」
こっちにおいでとばかりに大袈裟な動きで手招きをするカルウェット。スキップでもしそうなほどはしゃぐ彼女の様子に、トルハはちらりとだけバクルドの顔を見上げた。
バクルドはほんのわずかな微少を浮かべ小さく数度頷いて見せる。
トルハはおそるおそるといった様子で歩き出し、そして踏んだだけでガサッと音を立てる渇いた何かの感触に思わず足をあげた。
「わっ……!」
虫だろうか。それとも小さなハチュウ類かなにかだろうか。いずれにせよ足を不自然にあげたトルハはその場にとすんと転んで、カルウェットとバクルドはそんな彼女へと小走りに寄ってくる。
バクルドは手を差し出し、それを……トルハはじっとみつめた。
冗談じゃあない。
最初はそう思った。根無し草が子供の面倒なんて見れるわけがないだろうと。
俺の人生は大して長くはないが、結構な間は一人ぼっちの気楽なモンだ。その日に飯が食えればいいし、次の日に雨が降ろうがどうだってよかった。
野宿をするのは当たり前で、十年先の金なんてあっても邪魔なだけだった。
それがどうだ。
年端もいかない少女の服を苦労して買って、何を食うのか分からず頭を抱えて、どこへ行きたいのか聞いても帰ってくるのはまごついた吐息ばかり。
まるで子供でも持った気分だ――などとは、言わない。俺の子供じゃあない。そうだ、あの二人の、勇敢な夫婦の子供だ。俺はそれを、ただ連れ回しているだけなのさ。
それがいつまで続くのか、今の俺にはわからなかったが。
バクルドの手を数秒見つめたトルハが、手を掴んでゆっくりと立ち上がる。
駆け寄ってきたカルウェットが『大丈夫?』といった様子で顔を覗き込むと、トルハは彼女のつま先でも見るようにうつむいた。
そんな視界に差し込むみたいに、カルウェットは手を差し伸べる。
行こう?
カルウェットの言葉が優しく、トルハの手を自然と出させた。
僅かに伸ばした手を掴むようにして、カルウェットは歩き出す。
「ひっひー! ボク、これ、好き、する!」
小川が流れていた。枯葉を一枚手に取ったカルウェットは、それを川にそっと置くように流した。
ゆっくりとした川の流れはさながら生きているかのようで、枯葉は時にくるくると周りながら川を流れていく。
それがなんだか綺麗で、わくわくして、この先に何があるんだろうって思わせる。
見送ったカルウェットのそばで、トルハも同じように枯葉を見送っていた。気付いたカルウェットが枯葉をもう一枚手に取って、トルハへと差し出す。
「?」
「流す、する!」
同じようにやってみて、とでもいう風に川を指さすカルウェットに誘われる形で、トルハはおそるおそる枯葉を川へと近づけた。
水面に僅かについた枯葉は、急に命を持ったみたいにふわりと動き、そして手を離すと自由を得たみたいに泳ぎ出す。
葉っぱが魚になったみたいだ。トルハはそんな風に思って、流れる川をじっと見つめた。
「お、かかったぞ」
そうしていると、少し上流のほうにいたバクルドが折りたたみ式の竿を引く。取り付けられた糸の先がぎゅっと何かに引っ張られ、竿は軋まんばかりに曲がりはじめている。
竿の握り方を変えたバクルドが、タイミングを見計らうようにしてくいっと竿を引っ張れば、糸の先で何かがはねる。
魚だ! カルウェットとトルハは同じように声をあげ、そしてバクルドはそんな二人を見て確かに笑ったようだった。
木の実を広う。一個、二個。最初にバクルドに見せて貰った実と同じものもあれば、なんだか青っぽいものもある。すごく膨らんだようなものや、形は似てるけどなんだかツンとした臭いのするものも。
カルウェットはバスケットに拾った実をつめると、トルハにバスケットをすっと差し出した。
彼女はスカートの端っこをもって、広げた布の上に実を沢山のっけていたのだ。
この中に入れるといいよ、と差し出したバスケットを無言で見てから、トルハはざらざらと実をバスケットへと流し込む。
「二人とも、どうだ?」
声をかけてきたのはバクルドだ。
釣りを充分に終えたようで、まだぴちぴちと動いている魚を専用のかごに入れて歩いている。本来川の中を泳いでいて、触れることだってないような魚をああも簡単に手に入れて、あまつさえ籠に入れて歩くなんて。
魔法みたいな有様に、カルウェットはつい『さかなぁ!』と指をさして言ってしまった。
それがどうしてか愉快なようで、バクルドが今度こそ声を上げて笑い出した。
拾った木の実や、キノコや、とってきた魚。それらを調理するのは思った以上に難しそうだった。
木の実は食べられるものとそうでないものをわけて、食べられないものは土へと放り投げておく。特に『早い』ものは後に木に変わるのだから、ちゃんと投げておかないといけないという。
こんなちっちゃくてまあるいものが、見上げるほどの木に変わるのか。
知識では知っていたけれど、直に触ってみればそれもまた魔法みたいだった。
魚は焼く寸前までぴちぴちさせておいて、先端を鋭く切った木の枝にさして焼くらしい。
火をおこすバクルドはとにかく手慣れていて、何もないところからぽっと温かい火を灯す。
それをみるみる大きくして、たき火に変えてしまうのだ。
できあがったご飯もまた、不思議なものだった。
茸と木の実のシチュー、焼き魚、灰で焼いた堅パン、剥いた果物……。
「ああ、この実はなかなか旨いんだが数食うと腹が痛くなるから気をつけろ」
バクルドはそんな風に言いながら、川で洗ってきたお椀にシチューを盛り付けていく。
「わぁ……」
カルウェットは貰ったお椀の温かさに、奇妙に驚く。
不思議なことだが、森の中に熱はないのだ。木の実も、木も、葉っぱも川も。太陽がずっと当たった場所はほんのりと暖かいものの、みな元は冷たいものばかりだ。
「それがゆっくり生きているってことだ」とバクルドは言っていたけれど、その意味はカルウェットには難しかった。
けれど、なぜだろう。
お椀を手に取った時、カルウェットは『とても生きている』と思えた。
木のスプーンでひとすくいして、口に入れる。
伝わった熱にびっくりして、けれど吐き出したくなくて大事にしていると……トルハとつい目が合った。
トルハはこんな経験にちょっとだけ慣れているようで、ほふほふとしながらシチューを食べている。
そんな様子をじっと見つめていると、トルハがシチューからスプーンをあげて、『こうするんだよ』とでも言うように息を吹きかけてみせる。
同じようにして、シチューをくちにはこぶ。
「おいしい、するな……!」
目の前に花が咲いたみたいに、ぱあっと世界が明るくなっていく。
焼いた魚も、パンも、果物も……とてもとても、生きていた。
トルハが笑ったのを、見た。
カルウェットとパンを半分にしてわけあったとき、川を流れる葉っぱを一緒に眺めたとき。
一度も見なかった彼女の微笑みを、確かに見た。
いや、『一度も見なかった』というのは嘘だ。
彼女の両親が殺されるその瞬間を目撃した彼女の凍り付いたような表情が焼き付いて、まともに顔を見てやれなかったのは俺のほうだ。
勝手に連れ回すような俺の有様をどう思っているのか分からなかった、この俺の。
もしかしたら彼女は、俺のそばで笑っていたのかもしれない。見ないうちに。知らないだけで。
もしかしたら、彼女は……俺の……。
家族になれるのかもしれない。
- 家族になれるのかもしれない完了
- GM名黒筆墨汁
- 種別SS
- 納品日2023年04月03日
- ・バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)
・バクルド・アルティア・ホルスウィングの関係者
・カルウェット コーラス(p3p008549)