cresc.

登場人物一覧

　トランペットが歌う。勇猛な戦士達の背を鼓舞するように。高らかに。
　開け放たれた窓から響きは空へ空へと消えていくけれど、聴く者がいるのならその胸に確かな熱を残すだろう。

　————、——♪　——、——————……♪

　最後の一音が黄金の百合を揺らす。『青薔薇のマーチ』——先の竜宮での戦いにおいてフーガが作り、奏で、多くの人々を守り救った旗印のような曲だ。本番（戦場）と同じだけの熱量を抱え、それを冴えた自分が俯瞰し制御する感覚を掴むように。その余韻が頭の芯から抜けるまで、フーガ・リリオは火照った金属から唇を離さなかった。

｢……っ、はあぁ｣

　吸って吐く。吸って、吐く。隅々まで酸素が巡り、研ぎ澄ませた感覚がじわりじわりと現実に帰る感覚が心臓を逸らせる。各派閥に散った鉄帝の動乱は収束し、最終楽章を目前にした束の間の暇。深く呼吸を繰り返す間も思考は遠く、かの地へ馳せていた。
　医療チーム・青薔薇救護隊の司令として混沌各地に赴き出したフーガだが、元いた世界では一衛兵でしかなかった。だから目の前の負傷者の先、戦場全体の行方を見据えて指揮を取るということは彼に変化を齎すには十分な経験だった。
　多くの悲しみと怒りが満ちる闘争。信じた明日が途絶える瞬間。生が絶望になる恐怖——愛器を模してなお傷ひとつ残らない金色とは真逆の、血と埃に塗れた現実。そんな世界を共に歩んでくれる妻（ひと）を得た今の幸福を噛み締め、彼らの隊名を冠した楽譜を指でそっとなぞっていく。

｢……繋げた、手と手の中で、起こす……奇跡……｣

　ふいに溢れたのは詩。

｢臆病風には……負けないほどの、喝采を｣

　辿々しく、弱々しく。迷いながら音へ乗るそれは、誰かのために紡ぐことに怯え震える喉を越えて。

｢それでも、なお……柔らかな蕾は、待っているから｣

　熱を持たないトランペットが空気に解け、声は次第に輪郭を得る。

｢歌え、夢へ誘う子守唄（ララバイ）……子から親へ｣

　春の陽に綻び、開花していくように。

｢謳え、夢を叶える行進曲（マーチ）……人から人へ｣

　優しく言葉と希望を届けるために。

｢……青き薔薇が、咲き誇る｣

　臆病な自分へ別れを告げるために。

　……————、——♪　……——、——————……♪

　フーガが歌う。ひとつひとつ確かめるように。言霊を生み出すように。
　解き放たれた想いを願いへ決意へと変えながら、聴く者はいなくとも彼自身の胸に懐かしいぬくもりを残して。

おまけSS『étude』

駆ける、怒りが怒りを呼ぶ戦場（いくさば）
兵達の足跡は血と涙の道
その先へ無限に続くはずの明日が消えていく

誰かを想う愛から拒絶が生まれたなら
生きる幸福は反転するだろう
それでもなお、柔らかな蕾は待っているから

繋げた、手と手の中で起こす奇跡
挫けぬ心が灯す道標
神の祝福は成し遂げた者に訪う春の声

歌え、夢へ誘う子守唄（ララバイ）
子から親へ
謳え、夢を叶える行進曲（マーチ）
人から人へ

震える背中を叩け
臆病風には負けないほどの喝采を
青き薔薇が咲き誇る