PandoraPartyProject

SS詳細

森深き怪物

登場人物一覧

紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453)
真打

 ギルド掲示板に張り付けられていた一枚の羊皮紙は乱雑な依頼内容だけを記載していた。まるでラブ・レターに端的な愛の言葉だけを記載しているかのように簡潔に纏められた一文は、唇を閉ざした女の様にそれ以上何も語ることはしない。
 紫電・弍式・アレンツァー は掲示板よりその羊皮紙を剥がし受付カウンターへと向かう。古びた木の匂いが心地よく感じられるカウンターは場末のバーを思わせる静けさが漂っていた。カウンター越しに「これを」と声をかければ、「はあい」と幼い少女の声が返ってくる。ひょこりと見えたベレー帽は馴染みのものであり、日常の象徴のようにも思えた。
「ええと……人食い怪物の討伐依頼ですね。頑張ってきてください」
「ああ」
 少女の口から飛び出した依頼内容もまた、羊皮紙に書かれた一文と大差はなかった。それ以上もなくそれ以下でもなく、玉ねぎの皮をいくら向いてもその中身が玉ねぎだという事を知らしめるかのような少女の言葉に紫電は頷くだけの返事を返してギルドを後にした。
 青々と茂った木々は壁のようにのっぺりと立ち、空より注いだ太陽の光を遮っている。まるで夜の様な静けさを封じ込めたその森の中を臆することなく進んだ紫電が辿り着いたのは依頼書に唯一書かれていた任地であった。
 幻想王国レガド・イルシオンの王都より離れれば美しい森林やなだらかな丘陵を望むことができるのがこの国の良い所なのかもしれない。まるでルノワールが描いた風景画の様にくっきりとした色彩を湛えた森近くの小さな村では年若い乙女がそうするかのように村人たちの口論が続いている。
「……依頼できたのだが」と紫電は口論の間に冷や水を差し込む様にそう言った。口々に言葉を並べ立てていた男たちの幾つもの眼が丸いビー玉の様にきょろりと光る。
「村長、アンタがギルドに依頼を出したのか! 嗚呼、なんてこった! 化物あいつの討伐なんざ無理に決まってる。今まで通り供物を捧げて冬の眠りでも与えてやりゃいいだろう!」
「そんな事を言って今まで何人が犠牲になった? アンナマリアは? グレイスだってそうだ!
 わしらは鳥人様あのかたの餌となる為にこの村に住んでるん訳じゃないだろう。ああ……悍ましい……」
 村長と呼ばれた老人が身を屈め禿げ上がった頭に手を添えて大袈裟な程に震えて見せる。地団駄を踏む様に男が苛立った声を漏らし「あんた」と紫電へと声をかけた。
「どこまで聞いてる?」と男が言う言葉に紫電は念の為にとギルドより持ち出した依頼書を見下ろして「討伐依頼。人を喰う怪物が居る」と簡潔すぎる答えを返した。
 顔を見合わせた男たちは依頼書をギルドに提出した村長を恨みがましく見た。「悪いがこの依頼を受けるのはやめておいた方がいい。何せ人食い怪物ってのはね」と珈琲にミルクでも混ぜ込むが如く言葉を濁した男に紫電の眉が吊り上がる。
「ちょっと?」
「ああ、ちょっと」
 村人同士の諍いの真っ只中に立って居た紫電はそれでも仕事としてこの場所に来たのだから理由もなく依頼を撤回されるわけにはいかないのだと溜息を交らせた。女がデートを断る気紛れの様に仕事を撤回されては堪ったものではないのはローレットとしてもだ。ギルドというものは慈善事業で成り立っている訳ではない事を誰もが知っている。
「わしらの間ではその怪物を鳥人様と呼んでおるんじゃ」
「……モンスターに『様』を付ける?」
「ああ。これは何代も昔の話にはなるが……鳥人様は我らと姿が似て居った。まるで、そうじゃな、天使様のような――」
 悪魔の間違いだろうと横やりの言葉が入る。それは子供が母親の言葉を邪魔するかのようなナンセンスな響きであった。紫電にとって村人が人を喰う怪物を悪魔だろうが天使だろうがどう認識していようが関係が無かったのだ。話の続きが聞きたいと促した彼女へと村人たちは居心地の悪そうな顔をし言った。
 上半身は背に翼を生やした半裸の女であった。美しき人食いの獣。鮮やかなる金の髪が眩く陽の光を思わせるその女はあろう事か下半身を鷲の羽毛で覆われた鳥のような脚のライオンの化け物であった。異形と呼ぶに相応しいその姿に村人たちは恐怖し、討伐を考案した。まだ年若き化物を成熟する前に害うべきだと村人たちは口々に告げ、誰もが賛同した。しかし――そう上手くは行かなかった。
 その怪物は美しき唇から愛を囁く訳ではなく獄炎を吐き捨て、雷を討った。白い指先が愛するおとこの頬を撫でる訳ではなく鋭く尖る氷の爪先で胸を切り裂く。掻き抱くようにして赤き血潮のに濡れるその怪物は人を喰らう事を欲していた。殺すことができないままに時間が立っていく。幸いな事に怪物にはが存在せず繁殖する事は無かった。平穏の為に村では供物えさを定期的に鳥人様へと差し出していたのだが――最近になって女は狂暴化した。
 たびたび村へと降り立っては柔らかな肉の女の腹を裂いた。はじめは村長の孫娘のアンナマリアだった。次に、村一番の美人であったグレイス。村長はこれ以上は我慢ならないとギルドへと討伐依頼を出したのだという。
「何であれ、そこまで被害が大きいのならオレは討伐を勧める。報酬次第ではあるが」
「報酬は払う……が、あいつは凶暴で知性もない。女一人で倒せるなんて思わないね」
 村人の言葉に紫電は肩を竦めた。女ばかりを喰らう知性のなき獣は村人や外より訪れる旅人たちを襲い喰らい続けている以上、村長がそうした決断をしたことは何ら可笑しなことではない。寧ろ、今まで通りの供物を与えて懇ろに収めようとする村人たちの思考の方が紫電には理解できぬことであった。
「倒せる、倒せないは問題ではないだろう。オレは仕事としてここに来たんだ。
 ギルドだって許可は出した。……なら、一応はギルドから派遣された冒険者って事だろう?」
 信用のしるしというものはそうしたところで箔が付く。息を飲んだ男の居心地の悪そうな顔を見ながら紫電は溜息をついた。村人たちは口々に怪物の脅威を吐き出した。
「……討伐を行う、で構わないか?」
「ああ。鳥人様は強くそして女の肉が好きだ。冒険者殿……どうか、ご無事で」
 白々しいにもほどがあった。報酬と言う薄い関係性でつながった紫電と村人たち。口にされた言葉は心配から繰る訳でもなくするかのような響きを持って居る。ステージの踊り子を褒めるような他人事は薄ら寒くなるほどの感情の響きも持ってはいなかった。
 獣の住処だと言われた森深く。鬱蒼と茂る木々はおんなが秘密を隠す様に薄ら暗い。足先に鈍くぶつかった鉄の感触に紫電が見下ろせば、旅人と思わしき男女が倒れていた。
「……凍傷のような、そして爪で引っかかれた裂傷、焼け焦げた顔……」と男の姿を確認する。煤の付着した衣服はズタズタに破れ布切れを被っているかのようだ。
「ところどころ肉が食われており、そして近くには帯電した鷲のような羽……と」
 そこまで口にしてから紫電は村人たちの白々しい態度が水溜りに飛び込んだ毛虫の様に何の頼りにもならなかったことに気付き「クソ、相手はウィッチド・グリフィンか」と毒づいた。彼らはウィッチド・グリフィンが何たるかを知っている。知性なき半人半怪。美しい女のナリをして居る事から彼らが鳥人様と呼んで親しんでいたのは確かな事なのだろう。
 しかし、鳥人様と呼ぶ位だ。最初は肉を食う獣として村の周囲の守り神の扱いを受けていたのだろう。彼らにとって必要であったのは深き森というぐつぐつと煮え滾る鍋の中に潜んだ秘密の様に何を内包しているかさえ分からぬ脅威から手っ取り早く護ってくれる存在に違いなかったのか。
「……利用するだけしておいて、という奴か」
 道中には他のモンスターの屍骸もごろごろと転がっている。それもすべて旅人たちと同じ傷を負っている事からウィッチド・グリフィンが人を喰らうだけではなく肉を欲している事が見て取れた。
「血痕が向こうまで続いている……死体の状況を見るに、逃げる途中で殺された、というところか」
 生きた儘、巣穴に運び、其処から死に物狂いで逃げだした旅人。そう思えば不幸な目に合ったのだとは感じるが、モンスターたちにとっても生き残るための作法だ。それ以上の感慨を抱くことなく紫電は何処からか聞こえた唸り声に顔を上げた。
「やれやれ、知性があって温厚なら抱いてやりたいほど美人なんだが」
 肩を竦め、紫電はその女に様子をじっくりと見た。美しき金の髪をした獣。彼女は生き残るために人を喰らっていたか――それも、本能での行動であろうことは様子から見て取れる。
「来やがれ、半人半怪の化け物め」
 地面を踏み締める。紫電の手がな太刀をしっかりと握り占めた。空駆けの独特なる脚運びで木々を蹴り飛ばす。上空より飛来するウィッチド・グリフィンを視界に収めた儘に紅い雷を女の顔面へと一気に叩きつけた。ど、とまるでドアを叩く様に一気に音を立てた鼓動に唇を噛み締める。
(掠ったか――!)
 鋭き氷を思わせる爪先が紫電の柔らかな肉を切り裂いた。白い肌に一閃通った傷痕からは雨垂れのように赤が落ち続けている。ムービースターであればこういう時はどんな顔をするであろうか。まるで愛の言葉にそっけなく返された様に呆然として見せるべきなのだろうかと紫電は自嘲する。
「――――――――――!」
 慟哭のようにウィッチド・グリフィンが唸った。慌て、左手で手繰り寄せた焔氷。銀の髪が鋭き爪先に攫われていく。それは情愛で掻き抱くというよりも余りにも乱暴であり、趣味ではないと紫電は再度、脚に力を込めた。

 巣穴の中から何かが聞こえる。覗き込んだ紫電は目を見開いた後、唇を噛んだ。は居ないと言っていたがこれまでの長い歴史であのおんなも何時かは愛を育んだのであろう。突然、狂暴化したのは彼女がその愛の結晶の為であったか。
 静かに暮らしていたおんなにとって近隣の村は彼女が脅威を排除したおかげで栄え人口を増加させた。そうして森を荒らしたのだ。おんなにとっては幼き我が子を護るために森へと踏み込む不届き者を排除し、それらを餌にしているだけに違いなかった。
 ウィッチド・グリフィンを討伐したのだと村へと帰還した紫電はそう告げた。村人たちは脅威が去った事を喜び、「化物に子供が? 其れも化物でしょう。冒険者さん、そいつらもきちんと殺してくれましたか」と何の感情も宿さずに言う。傷だらけの紫電は報酬だけを受け取ってギルドへ帰還すると言葉少なに村を後にした。
 女は確かにその村を護っていた。森より下りてくるモンスターを喰らい、知性無くしても『餌』が事足りていたからこそ平穏を与え続けた。子を授かり、餌が足りなくなり村に降りた事は確かに村人たちの生活を脅かしたが、森を削り生きる場所を確保した村人たちにより彼女の餌が減り続けた事も理由に他ならない。

 ――そいつらもきちんと殺してくれましたか――

 罪もなき命に、何の感慨も浮かべずにそう口にできるか。テーブルから摘まみ上げてゴミ箱に放る様な響きを宿したそれを思いだし報酬袋を乱雑に鞄へと詰め込んだ。
「……クソ。化け物なのは怪物と人間、どっちだかな」
 その森には獣の声はもはや響く事は無かった。

  • 森深き怪物完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2019年12月31日
  • ・紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453

PAGETOPPAGEBOTTOM