PandoraPartyProject

SS詳細

罪状『産卵という趣味』

登場人物一覧

ユリーカ・ユリカ(p3n000003)
新米情報屋
山田・雪風(p3n000024)
サブカルチャー
アト・サイン(p3p001394)
観光客

 混沌同人誌即売会『pants panty project』
 それこそ情報屋雪風にとっての混沌世界での楽しみであり、自身が輝いていると実感する瞬間であった。
 サークル『ゆきりんご』として幅広く活動する雪風――本来は自分の大好きなプリティ★プリンセスの布教の為であったが求められるうちに様々なジャンルに手を出したことは否めない――はその時、一つの罪を犯した。
 そう、その場のノリと呼ばれる特有のテンションは彼へと地獄の片道切符を手渡したのだ。以前、エルピスを卵生であるかの様に接し、ユリーカに『ないない』されてしまったアトの事を雪風は忘れていた。彼が作成した同人誌がユリーカの産卵本及びエルピスの産卵本である事なんて記憶の彼方だった。(最初受け取った時は「Dear my egg」という母性のを炸裂させた慈愛の微笑みに「これはヤバくないすか」と思ったのも遠い記憶の外であった)
 サークル主としての挨拶を終えて交換した本はプリティ★プリンセス2ndのイラストバッグに詰め込んでローレットへと無事に帰り着いた雪風は先ずは自身の戦利品を部屋へと運ぼうとして一つの視線に気づいた。
 美しき新緑を思わせる柔らかな丸い瞳は人懐っこく愛されガールとしての嗜みの輝きを宿している。寒々しい冬を乗り切るために羽織ったポンチョよりちらりとお腹が覗いたのは愛敬のひとつなのか――ユリーカ・ユリカは「お帰りなさいなのです」とにんまりとした笑みを浮かべた。
「……ただいま?」
 その愛らしい笑顔に「流石、ローレットの看板娘は陰キャの俺にも優しいんだなあ」とイベント帰り特有の高揚したテンションでユリーカにへらりと雪風は笑った。イベントに向かう彼はしっかりと『外向けモード』の笑みを浮かべている。
「ユリーカ、どうしたの? 何か急ぎの仕事でもあった?」
「そうじゃないのです! 雪風さんならいっぱい『戦利品』を持ってるんじゃないかなと思って。
 ボクが読めるものがあればちょっぴり見せて欲しいのですよ。あ、へっちなのは駄目なのです」
『><。』という表情でいつも通りの笑みを浮かべたユリーカに雪風は自身が作成しているものが全年齢本ばかりであり、R-18関連の本は自身が読めない事から練達の金庫に『お宝』として預けたからと軽い気持ちで紙袋を手渡した。
「この袋の中身は?」
「あー……うちのサークルで頒布されたやつとか、サークル外交で交換した奴とか……。
 あ、あとは委託のやつとかもあるかも。忙しくって、あーんまり仕訳けてないからR-18が混ざってたらごめ――」
 そこまで行ってからユリーカがじっと紙袋の中を見詰めている様子に首を傾いだ雪風は「ゆりーか?」と震える声音で彼女の名を呼んだのだった。

 ――時は遡る。
 同人即売会という混沌世界でも大きなイベントがあるという事を情報屋としてキャッチしていたユリーカは雪風の専門分野という認識をしていた。今までもそう言ったイベント関連には雪風も参加していたからだ。
 勿論、それだけならいいが今回は多数の特異運命座標が参加し様々な本を持ち寄るのだという。
 少しばかり厭な予感がしたのはエルピスが「本というのはどの様なものなのですか」と問い掛けているのを見た時だった。雪風が優しく説明していたが彼以外のディープに関わる面々がエルピスには説明せず、剰えユリーカと目を合わせる事もしないのだ。
(……可笑しいのです)
 イベントの主催側になれば頒布される本の内容を把握している筈だ。そこはユリーカ・ユリカのはいぱー美少女力ちからづくで問い詰めるしかないというのが彼女の判断だった。
 そこで発覚したのが産卵同好会(※至極少数の派閥であり雪風は関係していないらしい)だ。彼らがエルピスと自身の産卵本を販売しようとしているという確かな情報を得てユリーカは首を傾げる。
(可笑しいのです……全員しっかりとご理解いただいたないないした筈なのに……)
 そう、全てはアト・サインという観光客の仕業だった。
 ユリーカは元凶を理解し、普段の天真爛漫な情報屋から暴虐の限りを尽くす獣ツイッターモードに変容する。愛らしく、そして、誰もがポピュラーに使用できる天使の笑みはサッと消え去り愛用のバールをその手から離すことはない。
「アトさんのバカはどこなのです! 許せないのです!」
 ローレットで待ち構えていたユリーカの視界に入ったのは大量の本を抱えて来た雪風だった。
 雪風=同人誌。
 ユリーカの脳内で確かに組みあがった公式は残念ながら間違えることはない。流石は伝説の情報屋、エウレカ・ユリカの娘。敏腕情報屋として『誰の所持品をチェックすれば現物確認が出来る』か位理解していたのだ。

 ――というあらすじを雪風は知る由はない。
「ユリーカ?」
「雪風さん。ボクは一つ聞きたいことがあるのです。『ボクの本』を誰が売っていたか分かりますか?」
 にんまり笑顔のユリーカに雪風は「ユリーカの本かあ……」と悩まし気にその丸い瞳を瞬かせる。少しばかり疲れが出たのか眠たげに目をしぱしぱさせた彼はちらりとユリーカを見て余りの覇気にその眠気もどこかへと吹っ飛ばしてしまう。
「あ、あー……ア、アトさんとか? お、俺はユリーカの本の表紙はちらっと見たけど可愛く……ほら、慈愛の笑みって感じで……卵を抱え――たまご……?」
 墓穴であった。
 アトは言っていたではないか。産卵関係はユリーカに『ないない』された事で懲りてはいたらしいが、巨大鳥のダンジョン情報を張りだした際に意気揚々と出かけていく彼が「雪風、あのダンジョンの鳥の卵は食べれるよ」と言っていたではないか。そう、その時に産卵同好会――現地では産卵勢と呼ばれていた――とかいう諸悪の根源に変わって産卵本の頒布をしていたのだ。
 その際に「ユリーカの本作ってるけど、見せたの?」と聞いた雪風にアトは「ユリーカが来ても欺くための準備は抜かりないよ」と言っていた。つまりはアトはことを理解していたのだ。どうしてそんなことを言うのだろうと雪風は思っていたが、今なら分かる。そう、今――雪風はユリーカを見遣る。にんまり笑顔の彼女の表情はその愛らしさを吹き飛ばす程に凶悪である事から嫌という程理解した。
「あの、さあ」
「はい」
「俺ね、アトさんが分かってて、ユリーカに何も言わなかったんだあって……思うんだあ」
「はい」
 淡々としたユリーカの受け答えに雪風から血の気が引いた。さあ、と全身廻った血液が低い場所へと集まる感覚と共に、疲れた体の神経を総動員して雪風は走り出す。
 煌めくはバール。鮮やかなるその鈍色が空を切る。
 ローレットの入口の扉に手を掛けた時に雪風の白い指先が宙を切り何かを掴んだ。それはブラウンの布であり雪風が今程見たくないと願ったカラーリング――アト・サインの衣服だった。
「ア、トさん」
「雪風?」
「に、逃げ――!」
 口をはくはくと水中より飛び出した金魚の様に動かして雪風は慌てた様に後ろを振り返る。紅い瞳に涙を溜めて後の体を一気に寒空に押し出した雪風のカーディガンを掴んだのは白い指先。
 ほっそりとしたその白い指先が優しく撫でつけたそれに雪風はぞわりと背筋が粟立つ感覚を覚えた。唇より漏れた恐怖は『男のプライド』を脆く崩れさせる。「ひいん」と怯えた声を漏らした彼を見下ろしていたアトはバールを手にしたユリーカを見て全てを理解した。
「まさか」と唇から漏れた言葉は仕方がないものであったに違いはない。晴天の空を思わせるその前髪で隠された瞳を今程見たくないと思った事は無かった。アト・サインは理解する。少女がその手に握り占めているものがバールである事を。そして、地面に倒れた雪風の腹の上にぽすりと置かれたのがユリーカとエルピスの産卵本であったことを。
「みなさん……?」
「エルピスさんはあちらでココアを入れて居て欲しいのです。ボクと雪風さんで後でご馳走になりにいくのです」
「……はい?」
 訳も分からぬ儘遠ざけられるエルピスに雪風は『物証』としてアトの前へと連れ出された憐れな被害者出会った事もアトは瞬時に理解した。
「……」
 曖昧な笑みが浮かんだ。ユリーカの満面の笑みとそれは交差する。
 ああ、ユリーカ。その白く綺麗なポンポンは産卵のためにある様なものだと、産卵同好会のメンバーが言っていた。
 言い逃れさえできない。地面に引き倒されて口をぱくぱくとさせた憐れな被害者ゆきかぜが居る以上、もうどうしようもないのだ。
「ああ、用事を思いだした。それじゃ」
 さっと背を向けてアトは走り出す。背後から「逃がさないのです」という声が聞こえたが――なりふり構っては居られなかった。

 翌日の事である。
 朝の散歩をとローレットの外へと踏み出したエルピスがくしゅんと小さなくしゃみをしてから宙を見遣る。
 落ちた影は――ローレットの木に吊るされた憐れにも冷たくなり変わり果てた姿となったアトが作ったものだった……。

PAGETOPPAGEBOTTOM