PandoraPartyProject

SS詳細

最強不良と優等生

登場人物一覧

九十九里 孝臥(p3p010342)
弦月の恋人
空鏡 弦月(p3p010343)
孝臥の恋人


 穏やかな春の日のことだった。
「なあ、孝」
「どうした?」
「俺が大人になったら、孝が俺のお嫁さんになってくれ!」
 なんてことない口約束だったかもしれない。
 艶やかな黒髪に揃いで飾った花冠はあまりにも不格好で。小さな手で作った花の指輪なんてもっと不格好だったけれど。
 それでも、嬉しかったのだ。大好きな人と一生の約束を、なんて夢物語が叶ってしまうのだから。
 ヴェールなんてないし、ティアラもドレスもタキシードもないけれど。それでも叶うと信じていた。大好きだったから。
「ああ……! 絶対絶対、弦のお嫁さんになる!」
 小さな手のひらで交わした小指の指切り。叶うと、信じていたのだ。

 ピピピピピピピピピピ――

 けたたましい目覚ましの音がアデプトフォンから鳴り響く。
 頭を撫でて居た手に長い黒髪はなく、絡めていた小指もない。
 『ご家族の事情で引っ越した』なんて言葉で納得できるほど弦月は大人ではなかったから、好きだった人と離れ離れになった現実を受け入れられなくて、悲しくて、苦しくて、結果グレた。
 どうして居なくなってしまったのだろう、なんてわがままは言わない。時は過ぎて体格もみるみるよくなった弦月は喧嘩を売られてばかりの毎日。
 未だに初恋を引きずっているなんて情けないだろうか、でもそれを越えるようなひとが現れないのだから仕方ない。
 食パンを適当に焼きながら、これまた適当に髪をセットして着替えて。新学期も始まるらしい。今日くらいはしっかり学校に顔を出そうと決めていたので遅刻しない時間に家を出る。
 桜の花びらは淡いピンクで、それがいつかみた孝臥の頬のようで可愛くて、ああそういえば此処には居ないのだったと知る。
 思い出すだけでも苦しい初恋が疼くから、いつしか前をまっすぐ見ながら歩くのもやめて。足元ばかりを見るようになって。それがやけに虚しい。
 だからなのだろうか。前を基本的に見ることのない弦月は見知らぬ誰かとどん、と肩がぶつかる。この地区は治安がいいとはお世辞にも言えないのでそのまま喧嘩になることのほうが多い。小さいため息をこぼしながら小さく拳を握れば。
「……弦?」
 そこにいたのは。
 黒いポニーテール、艶やかな赤い瞳。
 相変わらず自分よりは小さいけれども、それでもすらりと伸びた身長。華奢な体はしなやかで男性的であるのに女性的な美しさをも感じる。
「お前、まさか……孝か?」
「ああ、そうだ、弦。久しぶり……!」
「まさか帰ってきてたなんて……!」
「はは、まあしばらく会ってないから。でもそうか……弦も大きくなったな……」
「変わらずな。孝も背が伸びたな。俺のほうがでかいのは変わってないけど」
「そうだな。にしても……久々に会えて嬉しい」
「ああ、俺もだよ」
 ふわりと花がほころんだような笑顔を浮かべる孝臥は弦月が着ている制服とは違い、有名な進学校の制服であった。
 そして己を見る。変わらない。なにもないままの弦月だ。
「孝は、その制服は……」
「ああ、これは……特待生なんだ。おじさん達に迷惑はかけられないからな、全額免除の代わりに成績だけは……っていう」
「ああ……」
 あたたかい気持ちがみるみるしなびて枯れていく。どうして。なぜ。そんなこと言えるはずはない。
 きっと弦月が居ない間も頑張り続けていた孝臥。孝臥がいないことを理由に荒み誰かを傷付けてきただけの弦月。
 そんな自分が側にいて良い理由は、ない。
「……そういやそろそろ始業式の時間に遅れちまうから、じゃあな」
「あ、そ、そうだな。じゃあ、また」
 またな、という言葉を言うのは飲み込んだ。
 初恋を引きずっているのが情けないだけではない。隣にいていい資格もないし、今や顔を見るだけでも怯えられてしまう自分が特待生の孝臥の隣になんていられるはずがない。
 これは二人のためなのだと自分に言い聞かせて、孝臥に背を向ける。
 きっと振り返ったら抱きしめてしまうような気がして、だからより遠くへと自分を追いやって。ずきずきと痛む胸を押さえながら、投げやりに学校への道を走った。
 きっと約束なんておぼえていないのだ。だからきっとこれっきりなのだ。
 そうでないと、何か大切なものが崩れ落ちてしまうような気がして。
 逃げて。逃げて。逃げ続けた。

 『弦月は最強の不良と呼ばれている。』

 それが従兄弟の聖からの連絡と調査結果であった。
 聖は孝臥とは違い弦月と共にここに居続けた。だから聴きたくなくても噂なんてまわってくるのだろう。頭を下げた甲斐はあったというものだ、きっと弦月は孝臥の体裁を気にして消えたのだろう。
 特待生と不良。どれほど仲が良くとも相容れないものである。
 久々に再会したあの日は嬉しそうにしていたのに、孝臥が少し話をしただけで時間を気にしていってしまうのだ。拒みにくいのはわかるがそれ以降も連絡は返してくれないし、学校の前で出待ちしてもそっけなくあしらわれるだけなのである。
 それが悲しくて辛い。
 忙しいからとか、今日は予定があるとか、アルバイトがあるのだとか。
 何もないであろう日をわざわざ聖に調べてもらって、その日を狙って会いに行っているのに。毎日毎日会いに行くのだってできるけど、それはきっと嫌がられるから。だからしていないだけで、本当は毎日会いたいのに。
「弦!」
「……孝」
「なあ、弦。なんで俺のことを無視するんだ」
「してない」
 と言う割には早歩きで、孝臥のことを見るつもりもなさそうで。ざわめく群衆を睨みつけたかと思えば、孝臥が油断したすきを突いて走り出さいて塀を越えていく。
「あっ?!」
「もう俺に関わるなよ!!」
 逃げ足が速い。
 ならば諦めるわけにもいかない。弦月にできることは孝臥にだってできるのだから。会えない間に鍛えていたのだから、少しくらいなら追いつけるような気さえする。
 勿論目立ちすぎて学校で怒られない範囲にはなるのだけれど。でも今はそんな体裁を気にしていられる余裕はない。
「弦、弦!」
「ああもう、なんで追いかけてきてるんだよ!?」
「危ないことはするな、親御さんが心配するだろう!」
「うるせえな、孝には関係ないだろ?」
「関係ある!」
「ない!!」
 大きく叫んだ弦月は孝臥を振り切って。気がつけば見知らぬところに居た孝臥は、髪や制服についた葉っぱを払いながら帰ることになるのだが。
 しかし、運命の神様はそんな孝臥を見逃すことはない。
「いきなり飛びかかってきたのはてめえだろ!!」
 鈍い音。
 皮膚と皮膚が傷付く音。ぴちゃ、と床に飛び散る液体の音はまるで汚れを撒き散らすかのようで。
「……?!」
 思わず息を殺す。巻き込まれたくないし、巻き込まれるつもりもないからだ。
 けれどその音がなる路地裏の中央に居たのは、弦月で。
「弦……?!」
「な……お前、帰ったんじゃなかったのか」
「帰るところだったけど……弦、その傷は」
「別に、大したことじゃない。孝には関係ない」
「なんでそんなこと言うんだよ……」
 ぽろぽろと涙が溢れるのはきっと大切だから。どう触れたら良いのかわからないけれど、触れたくて。
 なのに傷だらけの弦月は触れることを拒むから一層悲しくて。遠ざけるのを隠そうともしないのか辛くて。
「こんなに怪我をして放っておけるわけないだろう……」
「別に、慣れてる。だからもういい」
「よくない」
「……あのなあ、なんで俺につきまとうんだよ。お前が怪我するかもしれないんだぞ?」
 苛立った声だ。わかる。
 孝臥が弦月のことでわからないことなどない。そっぽを向いて、顔を見せない時は。傷付けるのが怖いときだ。
 いつも笑っている弦月が笑わないのはきっとそれほどショックなことがあったから。いつも明るい弦月の声がくらいのはきっとそれほど悲しいことがあったから。
 知っている。知っているのだ。だから悲しくて涙が止まらない。
 弦月の大きな掌が、乱暴に。けれど優しく、孝臥の涙を拭う。
「それでもいい」
「よくない」
「だって……」
「なんだよ」
「お嫁さんにしてくれるって言ったじゃないか……」
 めそめそと呟いた孝臥。弦月はがつんと頭を殴られたかのような衝撃に陥る。
「……覚えてたのか?」
「当たり前だろ? まさか忘れてると思ってたのか……? 指切りだってしたのに……」
「ああ」
「……先に言えばよかったか」
「いや、聞かなかった俺も悪いけど……」
 ぎゅう、と孝臥を抱き締める弦月は。
 これまでの空白を埋めるように、長く。長く。苦しくなるくらいに抱きしめて。
「ごめんな」
「いや……良いんだ。それより」
「ん?」
「もう危ないことはしないでくれるよな?」
「……あ、ああ」
 孝臥の笑顔に押された弦月は、やや気圧され気味に頷いたのだった。


 地頭は良いのだと思う。
 少なくともここまでしっかりした点を取れるならどうしてサボっていたのだろうかと考えたくなる程度には、成績もめきめきと上がっていった。
 一番は孝臥がいることであろうが、それでもしっかり授業を聞いていればわからないところは出て来ないし、テストも困っては居ない。
 つまるところ怖いものなしなのである。
「……」
「あの、先生?」
「いや、間違ってないし全部あってるんだが……そのだな」
「はい」
「なんで今まで喧嘩をしてたんだ?」
「いや、俺からは買ってないです」
「え?」
「なんか……俺がでけーからとか、そういうので絡まれて。正当防衛を繰り返してただけなんですけど」
「……なるほどな」
「それより先生」
「うん?」
「恋人を待たせてるんでもういいですか」
「あ、ああ……」
 あの不良を更生させた恋人の存在が職員室でちょっとだけ話題になった。

「弦!」
 校門の前で立つ孝臥はどこか浮世離れしていて。
 平凡な学校の前にいる優等生の姿を見ればだれだって驚くはずなのに、そこに駆け寄っていくのが最強の不良だと呼ばれている男なのだからなおさら。
 しかもそんな最強の不良はその見知らぬ学生の前で破顔しているのだからもう何が起こっているのかもわからない。
 柔らかな春風が吹き荒れる。眩い桜吹雪はひかりを受けて輝いた。
「ごめん孝、遅れた」
「いや、いいんだ。それより今日は何をしよう?」
「勉強会もいいが……ケーキを買いに寄り道しないか? 新しいのが出るらしい。甘いもの、好きだったろ」
「ああ、好きだ。じゃあ寄り道して行こうか」
 初恋はいつだって痛み続ける。君が笑えばずっと、まるで熱病に浮かされたみたいに、きつく、きつく。
 それでもこの恋を終わらせるなんて計画にはない。それほどまでに君が好きだから。
 繋いだ掌の温もりを離すにはもう君を知りすぎたから。
「あ、そうだ」
「ん?」
「先に公園によっていかないか?」
「いいけど、なんで?」
「弦にまた指輪を作ってもらいたいんだ」
「……ああ」
「決まりだな」
「あの頃は孝のことを女だと思ってたんだ」
「え?!」
「でも、孝が女でも男でもきっと、俺は孝のことを好きになってたと思う」
「弦……」
「だから、改めて指輪を作り直さないとな。今度はもう離れるつもりもないし」
「ああ、そうだな」
「俺がバイトでお金もためたら、ちゃんとした指輪を贈るから……それまでは、待っててくれ」
「! あ、ああ……!」
 高い指輪なんて要らない、のだけれど。
 それでもやっぱり好きな人からもらえるものならなんだって嬉しくて。
 無骨な、誰かを殴って傷付けてきただけの掌が、こんなにも優しく自分に触れてくれているのだと思うと、胸の奥がちりりと疼く。
 恋をして。愛して。そうやって息をする度にまたひとつ、君を好きになる。
 小さい頃の続き。花冠と指輪、それから誓いのキスを捧げよう。
 穏やかな春風が二人の髪を攫い、笑い声を遥か青空へと吸い込んでいった。

  • 最強不良と優等生完了
  • NM名
  • 種別SS/IF
  • 納品日2023年04月01日
  • ・九十九里 孝臥(p3p010342
    ・空鏡 弦月(p3p010343

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