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ローズクォーツと声

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佐倉・望乃(p3p010720)
生きて帰りましょうね

 植物を育てるときは、話しかけたり、歌を歌って聞かせたりすると良いらしい。そう聞いたから、最愛の夫と共に植えた花の種たちに、毎日のように歌を聞かせていたのだ。
 望乃にとっては、歌は心の支えだ。幼い頃に身体が弱かった望乃に出来ることは多くなかったけれど、歌を歌うことは自由にできた。だから歌はただの支えではなく、希望でもあったのだ。

 しかし、ある日のこと。無事に芽が出るよう願いを込めて歌っているときに、急に声が出にくくなった。
 不思議に思い喉元に触れてみるが、腫れている様子は見られない。しかし声帯があるであろう場所に触れたとき、固い感触が指に触れた。慌てて鏡を取り出すと、そこに埋め込まれていたのは淡いピンク色の宝石だった。

 宝石化、という病らしい。原因は不明。徐々に宝石化する範囲が増えていくが、肉体への癒着が激しいため、部位によっては取り除くのは困難。そして望乃の発症部位は声帯を含む喉であり、除去は不可能だった。

 宝石となる範囲が広がれば、いずれは声も出なくなる。それはつまり、自分の幼い頃からの希望を喪うということ。そしてそれと同じくらい怖いのは、愛する人が好きだといってくれたものをなくすこと。

 夫は望乃がどんな姿に変わり果てても愛してくれるだろう。だけど、彼が愛しんでくれたものは、より一層優しい輝きを放つのだ。そんな風に与えられてきた温もりを、ひとつだって失いたくはなかった。

 宝石化を止める方法を探しているうちにも、症状は進行していく。
 細い息ばかりが零れる声で、莟をつけようとしている花たちに歌いかける。声が震えているのは、ただ発声が困難だからではない。だけど夫と共に愛情を注いでいる花には悲しみを与えたくなくて、泣きたくなるのを堪えて微笑みを浮かべた。

 せめてこの花たちを。せめて。

 弱々しくなっていく声。肥大していく結晶。不安を誤魔化すように紡ぐ歌。やがて喉に根を張った宝石の名前が分かったとき、育てていた百合が開花した。やっと咲いたのだ。

 喜びを言葉にしようと思った。しかしそれは空気を震わすことはなく、固い息ばかりが花弁の上に落ちる。

 彼が愛してくれたものを、自分の希望を、とうとうなくしてしまった。だけど、だけど、きっと、こうして力強く咲く花は、望乃を照らす光となるはずなのだ。

 震える手で、自身の身体を抱える。ただ失っただけではないのだと、そう思いたかった。


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