転覆病

登場人物一覧

　僕がまるくなっている。
　隙間なくつまった僕が、透明な殻をこわせないなんて。
　いつものことで、よくあるめまいで。
　――臓物をずるずる除かれた、痩せ細った。
　……きんぎょ。
　ヒトサマの油分を、脂分を、こねくり回して、その不定形に輪郭を与えたとしたら、あらゆる光景が台無しになってしまう。根本から、根底から、全ての意味で間違っているのだと僕は最初から理解していた筈だと謂うのに、欠片も、そんな事は知らないと演技をしてきた。水底で狂っている触手に絡め取られて、幾億もの嗜虐を一身に、一心に受けて、既に十分に満足していると嘯いた事も多々と有ったが、在ると想い込んでいた手羽先に肉なんぞは付着していない。こんなにも粘着質なのは何故なのかとハジメマシテのヒトサマに訊ねられる。莫迦々々しい、塵も積もれば山となる、と、諺すらも忘れてしまった有象無象の君へ。さて、自制心を見失った怪物に罅割れた器を与えたならば、お犬様は如何様に吼えるのか、喚き散らかすのか。混沌とした世界の只中でお風呂場のヴェールを引き千切り、破り、棄てる。逸脱していて嵌まり込んで、再びの超越性とは優柔不断なオマエめ。うん、わかってる。わかっているから、僕を辱めないでくれないか。最早、手遅れなほどに恥辱だと謂うのに今更、その、面白くも無いとふくれっ面になるのは人として可笑しくないのか。ああ、申し訳ない。オマエは本当に、狂っていようとも狂っていなくとも、満面の笑みからして、かみさまの恍惚とやらを鯨飲馬食としているのだ。絶対的な理想を追い求めて、謳って、否、謳われて、足跡をSS昂らせるなんて、思わず躓いて転びそうだ……もう、うしろまわりになんかならないよ。なれないと正すのがよろしい、糺される所以もないのだと触れ回るのが悦ばしい。ひどい慢心の類も存在したものだ、揺らいでも揺らいでも、由来は変質しない、出来る筈がない。では、突き破るかの如くに生え揃った永久歯は乳歯の行方を探すのか？　いいや、いいや、まさかまさか……僕が墜落したって、せいぜい、出来るのはたんこぶだ。円筒に改めて地獄を詰め込んで水溜まりに投げ込む、流れてください、お願いしても――此処は絶望の海ではないのだから！　頭蓋骨がくだけて、大切にしていた混ぜ物がヒリ出る……。まだ生きているだって。へぇ、そんな欠陥品がなんたって泳いでいるんだい。水溜まりの淵で生活していたオタマジャクシが代理戦争にキャッキャと燥いでくれている……。
　困惑しているのは僕だっておんなじだと謂うのに、イカロスはイカサマを堂々と企てている。トンカン、トンカン、作り出された天上に、迫ったところで燃え、爛れ、朽ちるとは如何しても考えられない。つまり、だ、僕に齎された墜落死と呼ぶレッテルは僕自身が導き出した妄想でしかないと、ああ、なるほど、と。理から外れた者の末路には理が相応しいのだと、混沌ではない何処かの世界が宣ってくれていた。それを『おくれ』と確かな言の葉がヒリ出された脳味噌だけに届いている。幼い頃の幻想に、今だからこそ起きた酩酊感、ようやく僕の事を紹介された気分に陥って、この、ていたらくな袋小路に感謝の科白をまわす――いたい。いたいよ。やめ……やめなくていいよ――そうとも、情け容赦なくDHAを欲する事に、なんの罪があって、それに、罰を与える権利があるのか。早速で悪いんだけれど、僕はそろそろ女体盛りとかになった方が良いんだね。ちょうど眠たくなってきたから、悪くはない提案だと思うんだ。団子状に丸め込まれて赤色のアンテナが奥へ奥へ、この一本を引き抜かれたなら滔々、一切合切、悩まなくても済むのだろう。オツム・スムージーの完成を間近で判断する為なのだから。僕は僕で幽世を暴くとしよう……。

　……自分がめまいを覚えるほどに成長したのは……。
　そうとも、愉快か不愉快かと問われれば何方もで、
　人の出方を窺うだけのヒトサマになっちまったと謂うワケさ。
　そんじょ其処等のヒトサマにゃ、
　備わっていない絶望の類さ。なぁに、さっきまでの理想は如何したって？
　イヤイヤ、此処で帰るなんてのは勿体ない。
　尚且つオツムがゆぅれる……なにぃ？
　……崩壊してるのは緑じゃあなく※※だって？

　歌が聞こえた。詩を食んだ。それはもう、〽と謂う〽をヒリ出た脳味噌に染み込ませた。ぶくぶくと泡立った漿液が翼のように広がって、新たなかみさまの再構築に一役買っていた。ご機嫌斜めだった僕はもう証明されないし、月の美しさだってこのグロテスクな肢体には敵わない。四六時中わがままだった『もの』がチャイムを追放して胎児の『ころ』を退治する。それじゃ、もう少し僕の味噌汁を飲んでもらうよ。塩辛いだって。こっちは甘くないかって。死ねるものか、死んでいるものが、味覚を有するなんて思うなよ……。
　転覆している……転覆病だ。
　上下左右がわからない。