PandoraPartyProject

SS詳細

一番好きな色

登場人物一覧

松元 聖霊(p3p008208)
それでも前へ
松元 聖霊の関係者
→ イラスト
嘉六(p3p010174)
のんべんだらり
嘉六の関係者
→ イラスト

●愛が痛い
 腹に押し当てられた冷たい刃が皮膚を裂き、器用に骨の隙間を突いて肉を突き破って深く深くめり込んだ。カッと一箇所に熱が集まり、熱いと感じた後、染み出した液体で着物をじわじわと濡らす感覚。
『ああ、また・・刺されたのか』と嘉六が理解するまで約三秒かかった。
「もう、また他の女の子の事ばかり……でもこうすれば嘉六さんは私を見てくれるものね」
 恋に恋する無邪気な少女の声で目の前の黒いウェーブのかかったロングヘアの美しい女、からすが笑った。誤って日向に咲いてしまった向日葵の様に明るい筈なのに、光を宿さない暗い黄色の目だった。
 彼の深紅に映る自分自身の姿と、ずるりと包丁が引き抜かれ栓が無くなったことでさらに零れだしたせんけつをうっとりとからすは見つめていた。
 その熱を帯びた視線に苦笑し嘉六は崩れる様に近くの壁に凭れ掛かった。自分がパンドラを持たぬただの一般人だったら大量出血によるショック死しているところだっただろう。
 からすが過去に闇夜に葬ってきた者達の様に。

「ね、つれつ、だな」
「ええ、私。嘉六さんの事を愛しているもの、誰よりもね」
 からすと嘉六の出会いはなんてことの無い月の綺麗な夜だった。
 人を殺すことを生業とするろくでもない毎日。生きた屍の様に刃を翳しては穢れた返り血で汚れた身体をシャワーで洗い流すような日々だった。
 だからからすは『赤』が大嫌いだった。
 自分を汚す、穢れた色だったから。
 その日も標的を殺すために闇夜に紛れていた。隣には獣人の男が一人いたが不都合はなかった。どうせ消してしまうのだから。
 無関係な者を巻き込むなんて、と痛む心は遠い過去に棄ててきてしまった。
 一歩、二歩と近づいて、今だと手にした小刀に力を込め、振り翳した時だった。
 隣にいた獣人が此方を見たのだ、びっくりするくらい綺麗な『赤い』眼で。
 気配は完全に消していた筈だったのに、男はすたすたと此方にやってきて自分の右手からあっさりと小刀を取り上げてしまった。そのまま横一文字に切り裂いてしまえばよかったのに、どうしてそれが出来なかったのか。からすにはわからなかった。そして、男はからすの顔を見て笑って言ったのだ。
『こんな夜中に、別嬪さんが出歩いてちゃ危ないぜ』

 その優しい笑顔を見た時、ドクンと心臓が強く音を立てて女は間違いなく恋に堕ちた。堕ちてしまったのだ。
 そしてその日から、からすにとって『赤』が一番好きな色になった。

(まさか、それがこんなことになるとはなぁ)
 結論から言うと、からすは嘉六にゾッコンになった。
 彼こそ運命の人だと信じ込んで頬を薔薇色に染めて嘉六に付き纏う様になる。ここまではよくある話だ。嘉六だって何度も経験している。しかし今までの女性と違うのは彼女は暗殺家業の女であり所謂普通の恋愛を経験してこなかったことだ。嘉六が他の女に優しくするだけで頭が狂って叫びだしそうになった。吐き出し掛けた呪いの言葉をなんとか呑み込んでからすは必死に考えた。
 大好きな人に振り向いてもらうために、自分だけをその眼に映してもらうためにどうすればよいか。
 考えに考えて、考え抜いたからすが至った結論、その行動が『嘉六を刺してしまう』ということだったのだ。

「……ッ」
 血が止まる気配が無い腹を手で押さえ、痛みには歯を食いしばって耐える。崩れ落ちそうな脚を叱咤し嘉六はよろよろと歩き出した。
 行き先は松元診療所。嘉六の友人であり『いつもの』メンツである松元聖霊が経営している診療所である。
「……じゃ、俺行くところあるから。また、な。からすちゃん」
 自分を刺した相手だというのに、笑んで別れを告げるのは一重に『女の子の前では恰好を付けていたい』という男としての意地だった。本当は恰好を付けている余裕など無いのだが。

 一歩嘉六が踏み出す。からすも一歩踏み出す。
 二歩嘉六が踏み出す。からすも二歩踏み出す。
 にこにこと笑顔を浮かべてぴったりとついてくるからすに、嘉六は恐る恐る問いかけた。
「……からすちゃん?」
「なぁに?」
「そのぉ……もしかして病院までついてくるつもりぃ……?」
「当然じゃない! もし道端で倒れてしまったら誰が嘉六さんを運ぶの?」
 もうっ! とからすは愛らしく頬を膨らませた。
 屹度、彼女の姿は傍から見れば大切な人を気遣う一途で健気な乙女に見えた事だろう。
 嘉六がこんな重傷を負っているのは、その女性が刺したからなのだといって信じる者は果たして何人いるのだろうか。定かではないが一人~二人いれば多い方だろう。

(やべぇよなぁ……聖霊になんて説明したもんか)
 そして嘉六は非常に困ってしまった。
 嘉六が刺され、聖霊がブチ切れ、傷を縫合して入院させる。
 過去に何度もあったことで聖霊はその度に「今回だけだからな!!」と言っているが、真面目でなんだかんだ甘い男が嘉六を見捨てたことは無い。小言を言いながらも絶対に嘉六を治療していた。
 なので「また刺されました、縫ってください聖霊先生」というのは易いものだ。治療費に関しても、自慢のもふもふとした尻尾を差し出せば少しマケてくれるのも知っている。
 そもそも、聖霊は貧富の差や立場に関係なく患者を救っている。金が無いから治療できませんとは天地がひっくり返っても言わないだろう。よって金に関しても問題なし。

 では嘉六がそれほどまでに憂いていることは何か?
 からすが着いてくるということである。
 自身に包丁なんて物騒なものを向け「えいっ☆」くらいのノリで躊躇いなく刺してきた女が当たり前の様についてくるのである。実に忌々しき事態だ。
 聖霊は父親の影響もあり、全ての生命を尊び癒し掬い上げてきた医者である。
 医神と呼ばれた父の様に、全ての患者を救うのだという男。それが松元聖霊という存在だった。そして基本的にクソ真面目である。

(絶対まずいよなぁ、会わせるのはよぉ……)

 そんな生命に対して真摯に向き合ってきた医者と、容赦なく人を刺す(おそらく)話を聴かない女が出逢えばどうなるか、大事故不可避である。
 刺されたのは脇腹の辺りの筈なのに、寧ろ胃が痛くなってきた。
 今までもからすが診療所へついて来ようとするのでその都度「男のプライドが~」とか「別嬪さんを血で汚すわけには~」等と上手いこと言いくるめてきたが今回ばかりはネタが尽きた。
 遠回しに帰れと伝えてみたが、伝わっていない様子で愛らしい笑顔を返してくれるだけだった。
 結局言い訳が思いつかぬまま診療所の前に着いてしまい、嘉六は大きく溜息を吐いた。
 いつもは簡単に開けられる扉がどうしようもなく重く感じて、やっぱり一旦引き返してからすを置いてこようと決めた矢先、何故か勝手に扉が開いてしまった。
「診察だろうか? ……嘉六? どうした」
 開けた先には嘉六や聖霊よりも背の高い手術着を纏った男性――アネストが立っていた。
 聖霊の遣い魔である彼だが普段はこうして医療従事者として聖霊を支えている。嘉六とも面識があり、聖霊に黙ってこっそり餌付けしたり遊びを教えている程度には嘉六とも良好な仲を築いていた。
「あっ、あ~~、そぉなんだがよ……」
 やけに言葉につかえる嘉六に首を傾げ、腹に深い傷を認めたアネストは眉を潜め中へ通した。
「酷い傷だ、すぐに診ないと悪化する。大丈夫だ、聖霊に任せておけばいい。隣の女性も一緒で構わない」
「お、お~……そっかぁ……その、アネスト殿が診たり治療したりできねぇかな……?」
 こうなれば最後の賭けだと嘉六はアネストに懇願した。まだアネストの方が被害は少ないと考えたからだ。

「済まない、私自身手術はできるが……聖霊の傍から離れられないんだ。魔力が足りなくなって人の形を保てなくなってしまうからな」
 申し訳なさそうに首元の紫水晶アメジストを指さしたアネストに、こんな所の賭けでも負けるのかと嘉六は俯くしかなかった。
「お医者様がいらっしゃってよかったわね! 嘉六さん!」
「ウン、ソウダネ……」
 もはやツッコむのも億劫になり、嘉六はアネストとからすに挟まれ診察室へと連行された。

●理解できない
「ああ!? お前まーたやったのか?!」
 案の定聖霊はブチ切れていた。
 そのあとはいつも通りである。問診は後回しで応急処置を施し、アネストに指示を出し、嘉六に麻酔をかけた。そして何度目かわからぬ手術の宣言をしてから手術にとりかかり、数時間後、嘉六はベッドの上で目を覚ました。
 ぺらりと入院着を捲って確かめると、グロテスクだった傷はすっかり塞がれており、血塗れだった肌はすっかり綺麗になっていて嘉六は改めて友人の技術に舌を巻いた。

「あ、目が醒めたのね! 嘉六さん!」
「よかった、彼女がいつ目を覚ますのだと、とても心配していてな」
 ベッドの傍らにはからすとアネストが立っており、此方に微笑んでいる。
 目が醒めぬ主人公を心配し、ヒロインはずっとベッドの傍に居て目を開けた主人公に歓喜の涙を零す――というのはよくある噺だが、実際にはそんな感動的なものではなく嘉六は再度頭を抱えた。収まった筈の胃の痛みがぶり返した気がする。
「起きたかよ。寝坊助」
 肩を回しながら聖霊が病室へと入ってきた。コキコキと首を鳴らしたり手首を回した後に丸椅子を引っ張ってきて、嘉六の隣に座った聖霊は淡々と告げる。
「腹部に刃渡り十五センチメートルはある刃物による刺し傷。傷は一箇所だが深く刺さって、臓器まで達しかけていた。かなりの重傷だ。いつものヤツとは違う。誰にやられた?」
「いつもの?」
 きょとんとからすが首を傾げた。聖霊がそれに答える。
「こいつ、しょっちゅう女性に刺されるんだよ。まぁ、大体の原因は嘉六なんだが……」
「俺が悪いのか?」
「六割くらいな。で、ここにその子らとくるんだよ」
「痴情の縺れというやつだな、この間小説で読んだぞ」
「お前なんつー本読むんだよ。 いや、話が逸れるから答えなくていい」
 何故か得意げな顔をしたアネストを制止し、聖霊は続けた。
「で、当たり前だが一般人がパニックになって刺しちまってるから刺し傷が複数あったり肌の浅いとこだけ切ったりしてるのがほとんどだが。今回は明確に慣れている奴・・・・・・の犯行だ」
 特異運命座標イレギュラーズは様々な依頼をこなす。そのせいで、実際に生命を狙われるケースもあるのだ。ましてや嘉六は賭け事や女性事でいろんな意味で目立つ存在だった。
「だからさ、嘉六。護衛とか付けたらどうだ、もしくはローレットに相談するとかさ」
「そうね、腹立たしいことに私以外に刺されたこともあるみたいだし……私なら嘉六さんを護ってあげられるわ。ずっと一緒にいましょう?」
「ほら、彼女もこう言って――待て、なんて言った?」
「私なら嘉六さんを護ってあげられるからずっと一緒にいようって言ったわ」
「違うその前」
私以外・・・に刺されたこともあるみたいだしって言ったわ」

(あーーーーー詰んだわコレ)

 とうとう恐れていた事態になってしまった。
 聖霊は嘉六と此処に来た女性たちが皆パニック状態になっていたのを見ていた。原因やきっかけは嘉六にあるとはいえど身勝手な理由で、大切な人を刺してしまったという罪悪感からである。嘉六自身彼女らを責めることはせず笑って許していたが、人間として当然の反応だろうと聖霊は思っていた。
 だが、今回付き添ってきた彼女――からすは違った。
 落ち着いて状況を話し、嘉六に付き添い、余りにも堂々としていたものだから、てっきり刺された嘉六を見つけてここまで連れてきてくれた善意の第三者だと聖霊は信じて疑わなかったのだ。なので彼女の発言をうっかり聞き流すところだった。

「待て待て待て、お前が嘉六を刺したのか!?」
「あら、ごめんなさい。話していなかったかしら?」
「ごめんなさいを言う相手が違う!!」
 真実を知った聖霊は嘉六とからすの合間に割り込み、嘉六を護る様に立ちふさがった。
 どんなことを嘉六がしでかしたのか(実際は何もしていない)は判らないが、冷静にかつ的確に急所を刺す女である。屹度、相当な恨みを抱いているに違いない。自分が離れれば嘉六を殺そうとするかもしれない。手荒なことはしたくないが、必要であればと聖霊は杖を構えた。
「……なんで、嘉六を刺した? こいつがなんか酷いことをしたか?」
「俺何もしてない……」
「お前は黙ってろっつーの!」
 今度は嘉六が尻尾を下げ、アネストがよしよしと嘉六の頭を撫でていた。
「嘉六さんが私に酷いことを? いいえ、してないわよ?」
 何故そんなことも分からないのかという様にからすは再度首を傾げた。今度はアネストがからすに問いかける。
「ではなぜ嘉六を刺した? 何か理由があったのだろう?」
「そんなの決まっているじゃない。刺したら私を一番に見てくれるからよ」
 刹那、聖霊の脳内に宇宙が広がった。単語は判るが言語として意味が分からない。
 そしてそんな聖霊の顔を見て、あいつあんな顔もできるんだなぁと嘉六は現実逃避をしていた。言葉を紡ぐことのできない聖霊に代わりアネストがからすへ切り込む。
「普通、人は自分に害を為す存在に対して恐怖……あるいは嫌悪を覚えるものだ。嘉六に嫌われるとは考えなかったのか?」
「嫌いになってたら、そもそも私を傍に置いていないでしょう? それに、そんなことになったら嘉六さんを刺して私も死ぬわ」
 あっけらかんと答えるからすを否定するわけでもなく、何度か頷きアネストはサラサラと手元のバインダーになにやら書き込んでいる。ひとえに彼が人間ではなく、蛇だからこそ偏見を持たずフラットなカウンセリング(と、言えるのかは謎だが)が行えるのだろう。こういう相手に関しては聖霊よりもアネストの方が上手い。
「あー……まぁ、それはあるかもな。女の子のやることだし……」
「ふむ……、嘉六自身が彼女を責めるつもりは無く、咎めるつもりもないのだな」
「いや、怒れよ。叱れよ、止めろよ!」
「だって大声出したら可哀想じゃねぇか」
 ずしゃ、と聖霊がつんのめった。嘉六この男はいつもそうだ。
 自分の方がよほど痛く、可哀想な目に遭っているというのに『女の子だから』と赦してしまうのだ。ストーカー気質の男に関しては机の下に隠れるくらいだというのに。聖霊からすれば怯える対象が真逆なのではないか、とさえ思えてくる。
「嘉六さんは素敵な男性だから、女の子が放っておかないのよ。嘉六さん自身も女の子が好きでしょう? でも私が嘉六さんを刺したら、嘉六さんは一番に私を見てくれるわ。だから私は彼を刺すのよ」
「なるほど。要は、嘉六の気を惹きたくて刺しているということか」
「うーん、そういうことになるのかしら?」
「幼子が親の気を惹きたくて、わざと悪戯をすることがある。それに近しいと言えるだろう」
「いや、こどもと一緒にするなよアネスト……」
 善悪のつかない幼子ならともかく、相手はれっきとした成人女性で知能に問題もない状態だ。嘉六の周りにはどうして、倫理的に外れた者が集まるのだと聖霊は眉間の辺りに皺を深く刻んでいた。本来であれば彼女を警察に突き出すべきである。今までの彼女達とは明らかにレベルが違うのだ。しかし、とうの被害者であり友人の嘉六が警察には言わないでやってくれと懇願してくるのも判っている。
「……なぁ、からすって言ったよな。二度とこういうことはしねぇって約束してくれ。此奴は俺の友達なんだ」
「聖霊……」
 自分を思いやる言葉にぐす、と嘉六は鼻を啜った。きっと聖霊にとっては最大の譲歩なのだろう。後はからすが反省して「はい、ごめんなさい」と言えばすべて丸く収まる。聖霊の言葉に屹度彼女も考え直してくれる筈だ。
「え? それはできないわ。嘉六さんが私を見てくれなくなっちゃうじゃない」
「ですよねー」
 思わず嘉六は口に出していた。第三者の言葉で改心するなら何回も人を刺したりしないのだ。あっさり一蹴された聖霊は信じられないという風に口をパクパクとさせていた。
「ざ、罪悪感とかねぇのか……!?」
「どうして?」
「だって、好きな奴を刺して大怪我させちまったんだぞ!?」
「聖霊さんが治してくれるんでしょう? ちょっと妬けちゃうけど」
 会話がかみ合っていない。聖霊の至極真っ当な言葉もからすにはなんら届かないのだ。
「あ、大丈夫よ。これでも私加減は心得ているの。うっかり殺しちゃった……ってことにはならないわ」
 何が大丈夫なのか、原稿用紙三枚きっちり埋めて教えてほしかった。聖霊には凡そ理解できない価値観と倫理観から予想もできない言葉がぽんぽん飛び出してくる。いっそ崩れないバベルが一時的に崩壊して実は全く違う言語になっていると言われた方がずっとマシだった。
「それにね」
 恍惚とした笑みでからすは続けた。見る者全てを魅了する蠱惑的で恐ろしい笑みだった。
「嘉六さんのお腹から溢れる色がね、とっても綺麗なの。嘉六さんの目とおんなじ色……柘榴石ガーネットみたいな深い赤色がとっても好きなのよ」
 だからごめんなさいね、とからすは困った様に眉を下げた。

「聖霊さんのお願いは聞けないわ。じゃないと私、屹度嘉六さんを殺しちゃうもの」
 台詞とは裏腹に、からすの表情は明るかった。その目に確かに恋と嫉妬に狂った黄金を宿しながら。
 
 
 

おまけSS『ひそひそ噺』

 聖霊が絶句しながら「ちょっと頭冷やしてくる……」と疲労困憊で病室を後にし、嘉六の世話役を命じられたアネストは嘉六と会話を楽しんでいた。
 アネストに俗っぽいことをこっそり教えこむことが嘉六の入院中の楽しみの一つである。

「しかし、ああいった愛情の表現もあるのだ。医療従事者としても聖蛇としてもその在り方を肯定することはできないが……興味深い」
「おいおい、それ聖霊の前で言うなよ~? 怒られるぞ?」
「む……それは嫌だな。聖霊は怒ると怖いんだ」
 アネストだって人間の常識や価値観に関してはまだ一年生、主人である聖霊に性質が似ているから良かったがもしからすが彼の主だったなら。
 そこまで想像して嘉六はぞっと悪寒が走った。これ以上アネストがからすの愛情表現に興味を持つ前に話を逸らさなければ、くいくいと指でアネストを呼び寄せた嘉六は身を屈めたアネストに耳打ちする。
「そうだ、アネスト殿。今度賭場に連れて行ってやるよ、聖霊に内緒で」
「賭場……以前連れて行ってもらったトランプを扱ったものか?」
「あーー……あそこは出禁になってな……」
 真白の蛇はその貴重さから金運や幸運の象徴とされている、なんて噺を偶々聞いた嘉六は冗談半分、ゲン担ぎ半分でアネストを賭場で連れ出したのだ。
 イカサマをする気はなく、ただちょっと運気が上がればいいかな、程度だった。心なしかいつもより手札も良く、順調に勝ってご機嫌そのものな嘉六だったが。
『嘉六、あの男顔に熱が集まっている。興奮している様だ。おそらく、良い役が出来ているんだろう』
『アネスト殿ぉ!?』
 アネストは賭け事自体がよくわかっておらず、只率直に見たままを伝えただけだろう。だが当然、指摘された男は立ち上がり嘉六を指さした。
『てめぇ、そいつに何させてやがる!!』
『い、いやたまたま! 俺は何もさせてないって、なぁ!?』
『ああ、ただ、賭場に来てくれと頼まれただけだ』
 確かに嘘は言っていないが言葉が足りないんじゃないかアネスト殿。冷や汗だらだらな嘉六に対しアネストは申し訳なさそうに男に謝っていた。
『すまない、私は体温などを視覚で判断できるのだが……ルール違反、という事なのだろうか』
『体温を見れるぅ!?』
『お前、さてはイカサマさせるために連れてきたな!! 今までの勝負だってこいつに見てもらってたんだろ!?』
『違う違う、今知った! マジで!!』
『じゃあなんで賭場に連れてきてんだよ!!』
 とまぁ、あらぬ誤解を受け逃げ出す様にアネストの手を引きその場を後にしたのだが結局出禁になってしまった。
 しかしアネストが傍に居ると妙に運がいいのは屹度気の所為ではない、勝負師の勘というやつである。何より、賭け事を見学して純粋に楽しんでいるアネストを見るのは嘉六自身密かに気に入っていた。聖霊は『そろそろ負けるから引きあげとけよ』しか言わないので。そしてその忠告を無視して大体彼の言ったとおりになるので。

「今度は賽子使った奴だ、見た事ねぇだろ?」
「無い。着いて行って構わないのか」
「勿論」
「ずるいわ、蛇のお兄さんを連れていくなら私を連れて行って頂戴」
「か、からすちゃん」
 何時からいたのか、完璧に気配を消していたからすが二人に割り込んだ。じったりとした目でアネストを睨み、嘉六の手を握る。
「怪我が治ったら行きましょうね、大丈夫よ。絶対に勝たせてあげるから・・・・・・・・・・・・
「ひえ……」


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