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始まりの色~euphony~
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世界に、音は満ち溢れている。
その音をどう表現するかは、きっと人によるのだろう。
きっと色々な表現がある。どう表現するのが一番美しいかは、ここではさておこう。
そんなものは今此処では、何の意味もない。けれど、あえて1つ言うのであれば。
そう、たとえば。音に「色」を感じることもあるだろう。
赤、青、黄。そうした三原色には収まらない、無数の色。
人を千差万別と評するように、音にも様々な色がある。
それはもしかすると、1つとして同じものはないのかもしれない。
そして当然、快と不快もあるだろう。感じられるということは、そういうことだ。
音は世界中に満ち溢れているからこそ、何処にでもいて何処にもいない。
けれど、そんな音に誰もが何かを感じ取る。まるでそれが存在の証明だとでも言うかのように。
そして、そんな音の1つを海辺で1人の少女が聞いていた。
良く晴れた、風のない日。誰も感じ取れないだろうその音を、少女はその共感覚で感じ取ったのだ。
「……素敵な音。なんだか、心地よい……」
茶色の髪を持つその少女は、なんとなく……そう、本当になんとなく、感じたままにそう言った。
その少女は、共感覚を持っていた。
だからこそ、その音にも「色」が見えた。
それはこの海に相応しい、青色であった。
海辺の凪の音。それはまさに、少女にとって心地よい音であったのだろう。
凪いだ海辺に漂う取り留めもない音、そもそも認識すらされない大気に漂う無数の音のひとつ。
しかしそれは確かに少女に「心地良いもの」と認識された。
その瞬間に、ユーフォニーが成り立った。
そう……「euphony」、つまり「心地よい音」。
少女がそう定義した。
もし「不快な音」と認識されたなら「cacophony」として存在していただろうけれども、確かに「ユーフォニー」はそう定義されたのだ。
「あら……」
そうして少女は、その瞬間を見た。
自分ではないもの。けれど、自分によく似ているもの。
白と薄い青でコーディネイトしたお気に入りの服まで、本当によく似ていた。
まるで鏡がそこにあるかのよう。けれど、そうではないと少女も知っていた。
何故なら、まだ意志の光を感じないその瞳の色は……綺麗で心地の良い、青色。
それは少女にはないもので、だからこそ少女が「自分ではない」と気付いたのだ。
そして同時に少女は、それが「ユーフォニー」であるとも気付いてしまった。
髪の色も、髪型も、服装も……唯一違う、自分が見た「音の色」をした瞳を除いてはそっくりなユーフォニー。
そこから感じる気配は間違いなく、少女が「その音」に感じたものなのだから。
自分でそう感じたものを、間違えるはずもない。
……音が自分に似ている少女になる。それが不思議な現象であることに気付いてはいたが、少女にとっては特に気にすることでもなかった。
音に色があるのなら、形があったっていい。それが自分自身なんて、本当に素敵。
だって「あの音」を……本当に、心地よいと思ったから。
そしてそれが「ユーフォニー」を生み出したのであれば、きっと世界は自分の知っている何倍も素敵なのだろうと……少女はそう思う。だからこそ、その気持ちを少女は素直に言葉にした。
「素敵。そう、貴方は今生まれたのね」
その少女は、ユーフォニーを確かに観測した。
けれど同時に、ユーフォニーを引き寄せようとする何かの力をも感じていた。
だからこそ、この出会いは少女の一方的な記憶になってしまうのかもしれない。
それが少女には少しばかり寂しくて。けれど、だからこそ僅かな絆を其処に残したいと少女は思った。
まだ生まれたばかりで明確な自我のないユーフォニー。
だからこそ、少女は自分にそっくりな、自分が観測した少女に1つの絆を手渡すことにした。
光に包まれるユーフォニーに渡されたそれは、白レースリボンの髪飾り。
少女自身が大切にしていた、想いの籠ったソレだからこそ、きっとユーフォニーの助けになると信じて。
何処にユーフォニーが向かうのかは、少女には分からない。
けれど、きっと悪い場所ではないように少女には思えた。
だから、未だ意識の芽生えぬユーフォニーに、自身にそっくりな少女に。
少女は「さよなら」は言わなかった。
「いってらっしゃい。どうか、幸せにね。私と貴方はもう会わないかもしれないけれど。きっと、それでいいんだと思うから」
何処の何者かは分からないけど、その誰か……あるいは何かはユーフォニーを必要としたのだ。
なら、そこから始めればいい。自分のことなど思い出すこともなく、きっと幸せに生きていけるはずだ。
「ふふ、そう考えると。なんだか羨ましいわ。貴方にはきっと、素敵な出会いが待ってるわ」
それがどんな出会いであるかも、少女には分からない。
けれど、そうして1から始められるのは本当に幸せなことだろうと少女は思う。
だから少女は願う、自分にそっくりなユーフォニーに贈られる、無限の幸せを。
「綺麗な音に出会いましょう、素敵な音に出会いましょう。今日が素敵であるように、明日がもっと輝くように」
そんな歌を歌いながら、少女は海辺の散歩を再開する。
少女にとって、今日は不思議な一日。
きっと忘れないであろう、素敵な出会いと別れの日。
そして……ユーフォニーという少女の、始まりの日。
だから、ユーフォニーの2度目の始まりは無垢なる混沌で目を開いた、その瞬間。
何も分からない。何も知らない。けれど、自分の名前は知っている。
「何も覚えてない。でも、微かに聴こえる音と淡く感じる色。きっとこれが、私の鍵……」
ユーフォニーに与えられたギフトの名はfeel of colour 。
音や楽器や声、文字などに"色"を感じ取る、少女の持っていた共感覚と似たようなもの。
そしてユーフォニー自身はその「微かに聴こえる音と淡く感じる色」がユーフォニー自身の音であり色でであるとは気付いていなかった。
自分以外から発せられた感覚情報へ意識が向いているためか、まだその事に気付いていないのだ。
そう、ユーフォニーはまだ何も知らないのだ。だからこそ余計に「世界」の色に圧倒され、自分に気付かないのだろう。
けれど、仕方のないことだ。誰だっていつだって、一番知らないのは自分自身なのだから。
ユーフォニーがそれを知らないのは、仕方のないこと。
それでもいつか気付くのだろう。色んな人に出会って、色んな色を感じて。
その途中の何処かでふと気付くに違いない。
ああ、これが自分の色だったのだ……と。それがきっと、ユーフォニーの3度目の誕生の日になるのだろう。
「さあ、何が何だか分かりませんけど。とにかく進みましょう♪」
ユーフォニーは手の中にあった白レースリボンの髪飾りを一目見て気に入って、髪に括りつける。
まるでそこにあるのが自然で当然とばかりにそこに収まった髪飾りは、何処か温かい気持ちを感じて。
けれど、ユーフォニーはそれを知ることはない。これは、知られずともいいと思った少女からの、小さな絆であるから。