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SS詳細

『辻』

登場人物一覧

澄原 水夜子(p3n000214)
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣

 地方都市とは、人口密集地帯が存在している事がある。往々にして狭苦しい道路の角や電信柱などには『擦』った後が残されている。往来を走行する自動車がミラーをぶつけた程度のものなのだろうが、ギリギリ通れる程度の道というものはニュータウン事業が始まる前に存在した住宅街ではよく見られるものであった。
 そうした場所は見通しも悪い。高い生け垣や塀がぐるりと家屋を囲み、新築住宅のような、柵のないガレージには生活感を僅かに匂わせる。駐車された自動車の裏には自転車が詰め込まれ、子供が遊んだ白墨の落書きがやや欠けながら残されて居るものだ。
 裏路地としか呼べぬその場所を水夜子は何気なしに歩いて行く。黙って着いていく愛無は「誕生日のお祝いでもしませんか」と声を掛けられた事に対して妙な気分であった。
 愛無にとって己の生誕の日とは大した記念日ではない。精々、それが出生した『日時』という個人情報の断片程度のものだ。だが、水夜子が張り切るものだから「水夜子君が言うならばそうしよう」と着いてきた。着いてきたのがこの裏路地なのである。
「嘗て、此の辺りは人口が集中したのでしょうね。棲む場所が足りないからとある程度の道幅を設定して乱造していった。
 そうする事で曲がりくねって先も跡も見えない様な場所が出来るのです。時々、祠と出会うことが出来ますけれど、それも奥まっていて可哀想にも見えますね」
「ああ、そうだな。陽の光が当たらないというのは些か不敬にも見える。此の辺りに存在して居るという事は大凡、屋敷神だろうに」
「ええ、そうですねえ。土地を守護して下さっているので、日当たりなどは余り気にしていらっしゃらないかも知れませんが。
 もしも、格上げして、此の土地全てを護られていたとするなら……まあ、何て罰当たりなことを、なんて言いたくはありませんか?」
 水夜子が揶揄うような声音でそう言った。愛無がぴたりと立ち止まったのは辻だ。三つ辻と呼ぶべきものなのだろう。前方には家屋が詰め込まれたかのように存在し、左右にはまたも狭苦しい道が存在している。右側の塀は良く擦った後があった。自動車が曲がりきれずに横面をぶつけているのだろうか。左方にはそうした痕はない。寧ろ、ぶつからぬように何かを『避けた』痕跡がある。その不自然な空間がぽつねんと存在した向こう側には大通りが見えた。
「この左側は」
「ああ、あちら側に舗装された道路が出来た事もあり、此の辺りの方が『抜ける』為に道を広げたのでしょうね。
 右側はまだ住宅街が広がっていますから……どちらかと言えばメインルートは左と言うべきでしょう。何か、気付きましたか?」
「ああ。ここ、曲がりやすくしたのだろうが。それにしては不自然な場所だ。四角の何かを避けたというべきか、家屋の塀も態々、この『四角』を避けるように作られているように見える。
 もしかして、この場所には家屋を作る際にどうしても避けられなかったものがあったのではないか?」
 愛無が近づきまじまじと眺めてみる。自動車が走行するために広げられたのだろう。斜めにハンドルを切れば曲がれる程度に広げられたその場所は今、愛無と水夜子が立っていた場所のアスファルトよりもやや新しい色味をしている。後々になって付け加えたことが良く分かるのだ。じっくりと観察してみれば、四角の形に新しいアスファルトを設置しているが手前側には丸が二つぽつ、ぽつと存在してる。まるで棒か何かを立てて居たような――
「棒?」
「この道を広げたのは地域の人のお手製だそうですよ。だから、少しだけ雑な工事なんですね。
 何かを避けてみたはいいけれど、この棒の部分だけはどうしても後回しにして……結果、此処だけ少し凹んでしまっている」
 舗装した後にその場所に改めてコンクリートでも流し込んだのだろうか。少しばかり奇妙な舗装工事をする杜撰さを感じ愛無はまじまじとその場所を眺めて居た。
 自動車の走行音が聞こえては来るが、少し奥まっているために閑静な住宅街と呼ぶほかはない。右側の道を見れば山がぽつぽつと存在していた。愛無は「此処はどの様な向きなのだろうか」と問う。
「太陽の位置を見れば良いのか……成程、これは『北西』か」
「そうですね。この不自然な場所は北西で、丁度私達が壁にぶち当ったと思ったこのお家は古くはお屋敷だったそうですよ。ですが、徐々に土地が分割されていってこの形になった、と言うわけです」
 水夜子はにこりと微笑んだ。歩き出す彼女について大通りに出てみれば、先程までの閑静さを忘れたような地方都市ならではの落ち着き穏やかな喧噪が存在していた。木造の家屋など知らないとでも言いたげな鉄筋コンクリート住宅に、コンランドリーが点在し、遠巻きにはコンビニエンスストアまでもが見える。街路樹は申し訳程度にぽつぽつと立てられ、標識には駅の方向を丁寧に示していた。
「こんなにも明るい道があるのに、一本道を違えたらあれだけ静かなのですから妙な心地にもなりますね」
「確かにそうだ。喧噪は人の営みならではというが、人間の住処が乱造され、申し訳程度の道を作ったあの空間はある意味で日常という者が遠く感じられた」
 その辺りには『モノ』がないからであろうか。通りを出たところに疏らに存在する人影を見る限り、居住者達の買い物の拠点なども斯うした通りに移行してしまったのだろう。間違いなく、その場所に住んでいる人間しか踏み入れない場所。正しく、妙な境界に入り込んでしまった気がして愛無は少しばかり汗ばむ陽気の10月の太陽を受け止めた。
「しかし、水夜子君が散歩だなんて珍しいな。何か気になることがあったのではないか?」
「ええ。ありましたが、何だか少しだけ予想が外れたというか……やはり、そう簡単には出会えないと言うべきなのでしょうね」
 肩を竦めた水夜子はもう一度あの道を戻りたいのだと愛無に提案した。するすると歩いて行く水夜子の背を追掛けながら、愛無は彼女が何を期待していたのかと考えた。
 ただ、道を歩く程度ならば再現性京都などを散策した方が気分も高揚するだろう。態々、地方都市を思わせる斯うした道を歩く経験だけならば希望ヶ浜市街を離れれば容易だというのに。
「此処、何があったと思いますか?」
「……そうだな、二つの柱がそれぞれ立っていたとして、水夜子君が何かを期待しているならば、屹度、鳥居だ。
 それから、この不自然な四角は石であり、その石の上には祠が存在していたと見るべきだろう」
 愛無がじいと不自然に拡張していた道を眺めた。水夜子は頷く。先程の話を考えれば北西に位置したこの場所には屋敷神が元々は存在していたと考えるべきだ。
 神が坐した祠が其処にあったとする。ならば、其処に祀られていた神様は何処に行ったのか。薄ら寒い物を感じて愛無は水夜子の横顔を眺めた。何時もと変わらぬ笑顔を浮かべていた彼女は「そう、そうです」と言う。
「丁重に場所を移動して頂く事はよくありますが、そんなことをして居ないことがこの無作法な道の延長工事で良く分かる。
 もしも、移動して『頂いた』のならば、取り壊しの際に、揉めることはなかったでしょう。古びた祠を撤去するまでは誰かが強行したのでしょうが、鳥居に対しては日本人である以上は本能的に忌避感があった。だからこそ、祠を取り壊してから、最後まで壊せなかった鳥居を――そう、見るべきではありませんか?」
 貼り付けた笑顔の儘で水夜子が愛無を見た。その笑顔を見詰めてから、愛無は「ああ」と頷く。大通りに来れば空気が澄んで感じたのも、生活感がないようにも感じられたこの裏路地に妙に気を惹かれたのも、全ては彼女の言うとおりではないか。
 ――神様は、何処に行ったのか。
 丁重になんて、移動して頂いていない。其処に存在したはずの屋敷神は気付いた頃にはその地を治める土地神へと神格を上げていただろう。無作法にも『このあざ』に棲んでいたであろう神様をどこぞへか押し遣ってしまった。畏れるべきは、神の祟りだ。
 幾つか残されていた自動車による痕。その奥まった路地に向けて吸い込まれるように人はハンドルを切ったのだろうか。そして――その向こうには何があるのだろうか。
「見に行こうか? それとも」
「いいえ、辞めておきましょう。私は、お腹が空いてしまいましたし」
 水夜子は振り向くことはなく大通りへと歩いて行く。愛無はその背中を追掛けながら心がざわめき落ち着かぬ気配だけがしていた。
 背後から何かがひたひたとついてくる。この三つ辻は分かれ目だ。現世と幽世の境目に他ならない。何故ならば、大通りには境界線があった。丁度、その地に着けられた名前が変わるのだ。
 愛無は水夜子が何かの気配を感じて、敢て振り向かずに大通りに向かって歩いているのだろうと言葉がなくとも気付いて居た。何者かの存在に答えてしまわぬ事が此処では賢いのだ。
「水夜子君、今からくれーぷでも食べに行こうか」
「愛無さんがお好みのモノを今回は私が奢りましょうか。苺が良いですか? お好みのメニューをどうぞ。
 あ、それから、何なら雑貨屋で可愛い品物をプレゼントしましょうか。
 お好きなモノを教えて下さい。私がその中からとびきりのモノをお選びしても構いませんから」
 後ろ髪を引く何かが居る。愛無は水寄ること会話を途切れさせることなく、ゆっくりとした歩調で大通りまで出た。
 立ち止まった水夜子と振り向けば――真っ直ぐに『右側の道』の奥が見える。その向こう側を覗くことなくやって来た二人は「ああ、普通の道でしたね」と『当たり前のこと』を口にした。
 もしも、道の中で右側を覗き込んでいたら、其処にはどの様な風景が広がっていたのだろう。何方に征くか選べる場所には気をつけなくてはならない。自らが起こした行動は当たり前のモノとして『受け入れられる』のだから――

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