SS詳細
綱渡り
登場人物一覧
- アト・サインの関係者
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イルナス・フィンナが見定めたところによれば、ラウリーナ・オンドリンは俗物であるといってもいい。
そもそも、彼がエーニュの立ち上げに協力したのは、幻想種の未来のためでも、深緑の未来のためでもないのだから。
リッセの思想に共感したことは嘘ではない。だが、その心中にあったのは、森林警備隊の排斥と乗っ取りであり、自身をリュミエに続く新緑のNo2に置きたいがため。
崇高な理念も、醸成された憎悪もない。
それ故に、事ここに至って、ラウリーナはエーニュを『取り戻せる』と勘違いしていた。もうすでに、彼の組織は、上から下まで、自身の手を離れた、一匹の怪物になり果てているということに気付いていない。
彼は、指導者たる器ではないのだ。金庫番としての才能はおそらく嘘ではないのだから、どうせなら、どこか商家にでも潜り込んで、経理でも担当していれば一生を安泰に過ごせただろうに――そう、イルナスは考えている。
「ご協力には感謝を、オンドリンさん」
イルナスが言ったのを、ラウリーナは僅かに息をのんだ。
ラサ。レナヴィスカの保有する拠点の一つ。
イレギュラーズ、アト・サインの伝手によりイルナスに接触を希望したのは、ラウリーナである。
「彼には、確かに一部の才能はあるけれど。野心的で、無謀だ」
アトがそういったのを思い出す。
「ほら――何とかとはさみは使いようっていうだろう。勇者ばっかりじゃなくて、ああいう匹夫の勇も使い道があるんじゃないかな」
随分と厄介なものを押し付けたものだ。イルナスが嘆息する。
「ええと。あなたの指導する『正統エーニュ』――あなた方が、現在のエーニュと袂を分かち、そして現在の事件に心を痛めてくださっていることは確認しました」
とはいえ。とはいえ、エーニュという厄介者の内部情報を得たいのは、イルナス、ラサ、そしてローレットにとっては事実である。
「それで、何をお望みです?」
「は――」
ラウリーナが、虚を突かれた顔をした。
「腹を割って話しましょう。我々は傭兵と商売の国の民です。証書と契約の国なのですよ。義憤、などというものがこの世で最も信用ならないことを理解しています」
にこやかに、イルナスが笑った。
「
はっきりといえば――金や名誉が目的の人間の方が、よっぽど信用できるのです。なぜなら、欲しいものがはっきりしていますから。
あなたは、何が欲しいのです? 名誉ですか? 金ですか? 地位ですか?」
「――」
ラウリーナが、わずかに渋面を見せた。ここでラウリーナの内心に視点を切り替えれば、ラウリーナといえば、谷の上にぴんと張ったロープで綱渡りをしているような気持である。
ラウリーナがイルナスとの面会を希望したのは、御しやすいと思ったからだ。ディルク――今は行方不明らしいが――では遠すぎる。ハウザーでは獰猛過ぎる。イルナスは妥協の産物であるといえた――。
目の前の女は、舐めるなよ、と言っている。レナヴィスカの頭領たる、自分を。心臓を狙われているような気すらしていた。
慎重に選ばなければならない。言葉を。ここからは、商談なのだ。そうだと考えれば、いくつかラウリーナ自身が渡った修羅場とも、リンクするように思えた。
彼は指導者の器ではないが、金を運用する才はあった。商品を運用する才はあった。ならば、ここからは自分を売り込む。商談の場であるのだ。
「……我々エーニュを、森林警備隊と同等の組織としたい」
「ほう」
「
「それで?」
イルナスが笑った。
「私たちに何の益が?」
「
ラウリーナが言った。
「それに投資していただきたい」
かちかちと、時計が音を刻む音が聞こえた。
ふ、とイルナスが息を吐いた。
「いいでしょう。では、具体的な商談の場に入ります」
ここに至るまで、まともに話をするつもりもなかった。イルナスにそう突き付けられていた。だが、言い換えれば、ここからは対等の商談にはいれるのだ、というラウリーナの
「あなたが提供するものは?」
「現在の旧エーニュの内部事情」
ラウリーナが言った。
「内部にスパイを紛れ込ませている。彼らによれば――すでに彼らの内部はガタガタだ」
「というと?」
「吸血鬼が紛れ込んでいる」
その言葉に――今日初めて、イルナスは興味を示した。
「今回の事件で確認された敵対勢力ですね?」
「そうだ。おそらく旧エーニュは、近いうちに
は――と。
イルナスは息を吐いた。
「敵が単純に一つ増えましたね」
「そうだ。
ラウリーナは強調した。
食い荒らされる。エーニュは。
それは、ラサにとっての厄介ごとが、確実に一つ増えている事を示していた。
- 綱渡り完了
- GM名洗井落雲
- 種別SS
- 納品日2023年03月08日
- ・アト・サインの関係者
※ アト・サインからの提案※ おまけSS『イルナスの独白』付き
おまけSS『イルナスの独白』
まぁ、こいつは単純にダメだろうな、というのが、結局の所、ラウリーナと話してのイルナスの印象だった。
森林警備隊と同等、あるいは上を行く組織を作る?
テロ屋風情が、いつまで
イルナス・フィンナは、言うまでもなくレナヴィスカという巨大な傭兵集団のトップである。それ故に、ラウリーナの野心の『無謀さ』を嫌というほど理解していた。
そもそも――現在の自分の置かれている状況を冷静に見極められないものに、権力を握る資格などはない。ラウリーナといえば、自己の置かれた状況の認識というものが徹底的にかけている。というか、自分を過大評価しすぎているのである。
それが、おそらくはエーニュを作り上げた成功体験によるものであることは、イルナスも想像できた。だが、本当に全く、自分の実力だけであの化け物を作り上げたと本当に思っているのだ? だとしたらお笑い草だ。
アト・サインから仕入れた情報も加味して成り立ちを想像すれば、ラウリーナはリッセというカリスマを利用し、『スポンサー』――おそらくこれはラーガ・カンパニーのものだろう――の手のひらの上で踊らされていたにすぎない。切り捨てられてもやっていける、と思っているのだろうが、それがすでに壮絶な勘違いだ。
彼はイルナスと対等の交渉を終えたつもりだろうが、イルナスは彼の言う
イルナスが欲しいのは、エーニュの内情だけである。それさえわかってしまえば、もう彼にほぼ価値はないといえる。
――まぁ。彼が本当に何とかするのであれば、ここからどうあがくか、でしょうが。
胸中でつぶやく。目の前の男が、それができるとは思えないが。
いずれにしても、厄介ごとが増えたのは確かだ。ラサの人間として、エーニュは何とかしなければならない――厄介なものが、深緑から流れてきたものだ。が、それもラサの身から出た錆ではあるかと思うと、イルナスは全く、暗澹とした気持ちとなった。