渇き

登場人物一覧

　抗い難い衝動というものは存在する。
　元は人間であった自分が吸血鬼となったあの日。
　度し難い程に屈辱に塗れた中でヨハンナは『吸血鬼』に覚醒した。

　宿敵ヨハネ＝ベルンハルトとの死闘は幾日にも及び。
　その日も一歩及ばず。
　指一本すら動かせない状態でヨハンナは横たわってただ身体の回復を待った。
　戦闘の傷跡はヨハンナの身に刻まれる。

　意識が朦朧とする中で突然口元に生暖かい液体が入り込んだ。
　鉄の匂いがするそれは、口に含んだ瞬間『血』であると分かった。
　吐き出そうとしたヨハンナの身体に異変が起る。
　――渇きだ。
　喉が渇いて渇いて渇いて。
　どうしようもなく、抗い難い『血』への欲求。
　同時に傷口が瞬く間に回復した。

「おはようございます。吸血鬼のヨハンナさん」
　聞き慣れた声。何度も何度も自分を嘲う男の声だ。
「ヨハネ……貴様ァ！」
「いやぁ、感謝してくださいよ。私の血をあげたんですから。美味しかったでしょう？」
　吐き気と共に血の甘美な味が脳裏を過る。
　屈辱と怒りに満ちた覚醒。

　そんな、激しい吸血衝動を『再び』味わう日が来るとは思ってもみなかった。
「耐えろ……耐えろ……ぜったい、めーちゃんには」
　烙印が押された首筋を押さえ、レイチェル＝ヨハンナ＝ベルンシュタインは深く息を吐いた。