SS詳細
Gift of temptation
登場人物一覧
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「どうしたんだァ? 溜息なんかついて」
赤斗に声をかけられ、寒櫻院・史之 (p3p002233)は我に返る。無意識のうちに出てしまったものは仕方ない。悩みを打ち明ける前にと、史之は辺りを見回した。
ここは異世界のカフェ&バー。赤斗がバーテンダーを務めている店だ。混沌でもない場所で、たまたま知り合いが居合わせる…なんて事はあまり無いはずなのだが、どういう訳か秋之宮の四人組はここではち合わせる事が多い。身内の気配がないと確認してから、ぽつりと呟く。
「グラオ・クローネの贈り物をどうしようかなって」
「史之からのプレゼントなら、何贈っても睦月は喜ぶじゃねぇか」
「それはそうなんだけど、マンネリ化っていうか…」
付き合う以前から、幼馴染としても長く共に過ごしてきたのだ。物を贈った回数は指折り数えれば足りなくなるほど沢山。
「奥さんをいつも以上に喜ばせたい気持ちはあるけれど、どうしたらいいか分からなくて。赤斗さんなら色々なライブノベルを渡り歩いているし、バーテンダーで女性の扱いも馴れてると思ったから、アドバイスを貰えないかと思ったんだけど」
ここまで話してから史之が赤斗を見ると、彼は考え込む様な素振りを見せた。きっと助言をくれるに違いない。そう身構えているとーー目の前にトン、と置かれる一杯のショットグラス。
満たされた琥珀色の液体は、顔を近づける前から鼻孔に酒の香りが漂ってくる。いつもは『お任せ』で頼んでも、ほど良く酔える物ばかりで、強めの酒を勧める事など絶対しないのに。
「どうぞ。こちら
「赤斗さん?」
「アドバイスしてやってもいいが、そいつを飲み切るのが条件だァ。今きてるお客様が帰った後で、いいもん見せてやるよ」
「ちょっと待って、赤斗さん!」
一方的に条件をつきつけるなり、赤斗は別の客の対応に向かってしまった。カウンター席にぽつんと取り残されてしまった史之は、仕方なくグラスを手にとってみる。
掌にすっぽり収まるぐらいの小さな一杯。その水面にはバーの照明が落ち、湖に映る月のようにゆらゆらと揺れていた。
(飲むしかないのかな、とりあえず。…あんまり強いのを飲んだら、カンちゃんに酒臭さでバレそうだから避けたいんだけど)
最後にヤケ酒したのはいつだったか。
「しーちゃん、何でそんな無茶な飲み方したの?」
少し怒ったような、それでいて心配しているような声が頭の中に響く。嗚呼そうだ、海洋の依頼だからとあれもこれもと受けていたら、酒の席で酒豪の愚痴に付き合う仕事なんかが混ざり込んでいて、ちょっと無茶な飲み方をさせられたんだっけ。
(現場では「勘弁してくれ」と思ったけど、あの時に見たカンちゃんの困り顔……可愛かったな)
また泥酔して帰ったら、見せてくれたりしないだろうか。そんな事を考えながら、史之はぐいっと一気にグラスを煽り、空になったそれをカウンターテーブルに置いた。
ぐらり。一瞬、身体のバランスが取れなくなって大きく世界が揺らいだ気がした――が、それだけの様に感じてぱちぱちと眼鏡の奥の瞳を瞬く。
(なんだ、喉が焼けたり吐き気が来たりすると思って身構えてたけど、大した事なかったな)
「待たせちまって悪かったなァ」
「…? 何言ってるの、赤斗さん。さっき別のお客さんの対応に向かったばかりでしょ?」
見回してみると、さっきまで居たはずの客が見当たらない。いつの間にか照明も最低限のもの以外は落ちていて、閉店の時間になった事が伺える。
「…自覚なし、か」
「……?」
「嗚呼なんでもねぇ、こっちの話だ。それよりグラオ・クローネのプレゼントだったよな」
史之が飲み干した月狼。あれはちょっとアルコール度数が強い蒸留酒――
魔術的な細工が施された
赤斗は常々思っていたのだ。史之は周囲にとても配慮のできるしっかり者ではあるが、そのせいでどうにも遠慮や配慮をしすぎてしまう傾向にある。
月狼は、まるで満月の夜に月の光を浴びた狼のように身体じゅうに力が漲り解き放たれたような高揚感を得る。転じてーー遠慮という鎖が緩まり、本音で話しやすくなる。
「史之、こっからは腹を割って話そうや。ここには俺が長年デザインして貯めてきた禁断のカタログがある。ずばり……『睦月に着せたいへっちなコスチューム集777選』だ」
「アンタ人妻に何てもん妄想してんだよ!?!?」
「しょうがねーだろォ、史之も睦月も好きなんだから、服飾オタクの考える事っつったら『あれ着せたい』『これ着せたい』に集約すんだからよ!!」
例えば、セクシー小悪魔風ランジェリー。ベビードールで布面積は広いのに、レースの刺繍が施されたデザインの中に程よい透け感があって、うっすら透ける肌色が妖しい魅力をかきたてる。
例えば、キュートな華ロリワンピース。フリル沢山スカートふんわり。シニョンカバーを使ったお団子ヘアも珍しくてポイント高い! 可愛さに振り切っていると見せかけて結構エグめのスリットが…えっ、これスパッツ必須では!?
過度に肌色面積のある服はないものの、どの衣装にも目を引くポイントがはっきりと用意されているあたり、デザイナーの信念めいたものが感じられる。
「こんな服、カンちゃんが着たら……最高すぎるに決まってるだろ!!」
シラフの時の史之なら、こんな恥ずかしい服を着せるなんてと断固反対する事だろう。だが今の彼には遠慮がない。"
赤斗にとっては幻滅されかねない諸刃の剣ではあったが、リスクよりも男の友情を取ったのだ。他ならない史之の悩みだったからこそ、マンネリ化脱却のために腹をくくると決めたらしい。
「それで史之の好みはぶっちゃけ、どんなだよ。必要ならラフから作り直したっていいんだぜ?」
「目が据わってるよ赤斗さん。というか、そもそもなんだけどさ。グラオ・クローネってメジャーどころのプレゼントは
「そこは問題ないぜぇ、理由はちゃーんと用意できる。例えば……」
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「
声がだんだんしぼんでいく。紅潮する頬を少しでも隠そうと、史之は眼鏡のブリッジの中央を人差し指で押さえて俯いた。電灯の光がレンズに反射する――その隙間からチラとツレの様子を伺う。
「えっち、って…うわ、凄い…しーちゃんが、これを僕に?」
冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)がプレゼントボックスから取り出したのは、目が冴える様な赤と光沢のある黒が美しい、大人の色気いっぱいのバニースーツだった。
(流石に唐突すぎたかな。なるべくカンちゃんも好きそうなデザインにして貰ったけど……夫婦だからって、こんなに趣味全開の物を贈りつけるっていうのも…)
ずっと「大好き」の気持ちを封印し、『剣であり盾として信頼できる幼馴染の従者』として煩悩のないフリをしてきたのだ。いきなり露骨にべったりしたら、怖がらせてしまうかもしれない。史之なりに睦月を大切に扱い、段階を踏んで少しずつ愛情を表に出す努力を重ねてきたはずなのに――酒の勢いか深夜のY談のテンションか、こんなに趣味をコテコテに固めたうさぎさんを世に生み出してしまうとは。妻の機嫌をどう直そうかと眉間に皺を寄せる史之だったが…しかし。
「いいよって言うまで後ろ向いててね、しーちゃん」
「はいはい…はい?」
がっくりしたままいつもの様な返事をして、一瞬の間を置いてようやく頭が状況に追いついた。ごそごそ、ぱさり。言われるがままに背を向けたそのすぐ後ろで衣擦れの音がする。
(うっ、うわー、うわーー!!)
少し前に二人で海洋に行った時の事を思い出す。
『旦那様って呼ぶの、僕も恥ずかしくない訳じゃないよ……?』
呼び方ひとつでお互い茹でダコになるぐらい真っ赤になるほど照れたのに、こんな大胆なプレゼントを受け入れてくれると思ってなくて。
(家で渡してよかった。今日はひなちゃんもちひろも遊びに出ていて二人っきりだし…じゃなくて! ちがくて!!)
「しーちゃん」
(極限まで趣味を突き詰めたのはいいけど、それを着たカンちゃんの破壊力なんて考えもしな――)
「…だんなさま?」
深紅のルージュが愛おしげに言葉をなぞる。振り向けばそこには、両手を広げて微笑みかける
――やばい。やばいやばいやばいやばい!! 想像以上に似合って!る!!
「うぐっ!!」
「えっ、どうしてそんなダメージ受けたみたいな声出してるの? ほら、しーちゃんだけのバニーさんだよ。ぎゅーってしてくれないの?」
ハグ待ちの姿勢で上目遣いにこっちを見て来る姿に、史之は両手を広げ返してやる余裕もなく動揺していた。
(どうしよう、すっっごく可愛い! 抱きしめたら柔らかそう、うわー…カンちゃんってこんな衣装も似合うんだ……)
睦月にとっては無意識だったが、
ぼんやり惚けてしまった間に、花のような甘い匂いが鼻孔をくすぐった。間近にいる、と気づいた時には胸元に柔らかな感触。
「しーちゃんがしてくれないなら、僕の方から。…ひ、人前で着るのは恥ずかしいけど…しーちゃんの前だけなら、いいよ」
皆に内緒ね、と頬を桜色に染めながら照れ笑いする睦月。その唇に今度は柔らかな感触が降り、今度は彼女が驚いた。抱き込まれ尻尾のすぐ後ろをさすられて、手の温かさに目を細める。
「その可愛さ、反則すぎるよ。…着てくれてありがとう、俺の妻さん」
おまけSS『フラペチーノは春咲く香り』
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「赤斗さん」
「おー、睦月と史之かァ」
恋人たちの甘い季節も過ぎ去って、いつも通り仕事に追われていた赤斗は、背後からかかった声に振り向きーー睦月が手にしている黒い塊を見て絶句した。
「違うんだよ、カンちゃん。赤斗さんは俺がプレゼントを用意するのに協力してくれただけで…」
「でも、知っちゃったのは確かなんだよね? 僕の、僕の…す、すりー……」
ぷく~っと頬を膨らませながらふるふると恥ずかしさに震える睦月。ざんげハンマー(配布用)を掲げたままじりじりと迫って来る様は、嫌いじゃないけど知られたくなかった、そんな複雑な乙女心が見え隠れしている。
「お、落ち着け睦月ィ、俺は結構…その、悪くない体型だったと思――」
ゴガン! と鈍い音がした。前述の通りざんげハンマーは配布用。あくまで頭の中にあるものを飛ばすための代物なので全く痛みはない、はずではあるが……。
「カンちゃん、逆手はまずいよ、逆手は! せめて正しい振り下ろし方じゃないと!」
「だってしーちゃん、しーちゃんがあんなに大胆な服を選んで来るなんて普通じゃなさそうだし、赤斗さんにきっと何か盛られたんだって! とりあえず忘れるまで叩いてみなきゃ!」
「赤斗さんがそんな蒼矢さんみたいな事する訳ないでしょ!」
「え、何? 僕とばっちり??」
騒ぎの音を聞きつけやってきた野次馬もとい蒼矢がちょっぴり悲しそうな顔をする…が、周りに擁護する者はいない。これが日頃の行いというやつである。
「とにかく、やっぱり危ないからハンマーはそこまでにしておこう? 赤斗さんもなんか白目むいちゃってるし!」
「そもそもしーちゃんが僕のスリーサイズ知ってるのもおかしい話だよね? どっ、どこで知ったの? 僕の…!」
「あーもう、二人してリア充全開な喧嘩しなーい!」
このままではまた何かあった時に疑われかねない。冷や汗混じりにどうしたものかと考え込んだ蒼矢は、しかし…すぐに妙案を思いつき、二人へと笑いかけた。
「とりあえず、僕のカフェに移動しない? 赤斗がスリーサイズを知っちゃったお詫びに、いいものをプレゼントするよ」
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「……わぁ、綺麗な桜色!」
ハート型のコースターの上に置かれたグラスは、愛らしい桜色。ホイップクリームに桜色のチョコレートが散りばめられたコールドドリンクは、見る者の目を乙女心をくすぐる。きらきらと目を輝かせて喜んでくれる睦月に、蒼矢はとても満足そうだ。
「桜のつぼみも膨らんで、春を運んで来る時期だからね。試飲してもらうのは僕渾身の新作! カップル限定『さくらラブラブフラペチーノ』だよ」
「とりあえずネーミングはもうちょっと再考した方がいいんじゃない? というか…」
長いうえに言いにくい。睦月の隣に横並びに座っている史之は、新作とやらの一点に視線を向けていた。
『さくら』と『フラペチーノ』の間に挟まる『ラブラブ』――もとい、二股の赤いハート型ストローである。
「何このストロー。途中がハート型に曲がってるけど、吸いにくくない?」
「いい所に気付いたね、史之。君の言う通りこのストローはオシャレに振り切った結果、肺活量がかなりないとフラペチーノをすすれない」
「仕様バグじゃん」
飲めなければ意味がないのではと半眼になる史之へ、蒼矢はチッチッと指を振る。
「だから二股なんだよ。カップルが息を合わせて同時にストローを吸えば、ちゃんと飲めるって訳!」
流行とは一周するもの。今の若者があまり見ないであろうカップル専用ストローが
ここでようやく、史之はファミリー用の広いテーブルに案内されたにも関わらず、睦月と隣り合って座るように促された理由に気が付いた。
(この二股ストロー、やけに短いな。これじゃ顔がぶつかるんじゃないの?)
色々と言いたい事はあるが、隣にいる睦月は飲みたそうにソワソワしている。昔なら「早く飲もうよ、しーちゃん!」と少しぐらい強引でも一緒に飲むよう促しただろうが、それをせずにじっと史之の一声を待ってるのだ。ちゃんと"旦那様を立てる奥さん"の配慮ができている。
……もっとも、当人がそれを自覚する余裕があったかというと、それどころでないのかもしれないが。
(つまりこれ、間接チュー…って事だよね。うわー、なんか普通にキスするのも緊張するけど、意識しちゃったらもう心臓バクバクだよ。飲んでる時にバレちゃわないかな)
「いつまでもこのままって訳にもいかないし……カンちゃん、飲もうか」
「そうだね、しーちゃ……」
目の前で眼鏡を外す史之の姿にどきりとする。顔が近づいた時にフレームが顔にぶつからないよう気を配ってくれたのだ。
(しーちゃん、優しい!)
髪が邪魔にならないようにしなきゃと睦月が横髪をかき上げる仕草に、今度は史之の胸が高鳴る。
(カンちゃん、色っぽい……)
「それじゃあ僕はこっちから飲むね」
「…ん」
ストローの飲み口の長さが短いのも、二人の距離を物理的に狭める工夫なのだろう。身体をぴったりと寄り添わせてストローからフラペチーノのを吸ってみる二人。透明な管をピンク色の液体が上り、可愛い色に染めていく。
「味はどう? おいしいといいんだけど」
((恥ずかしすぎて、ぜんぜん味見どころじゃない!!))