SS詳細
衝動
登場人物一覧
●死へ至るアイ
練達、再現性東京202X地区にて。
以前にも弾正を交えて話をしたカフェで、チャンドラは幾度目かの顔合わせになる道雪と同席していた。
「どうなさいました? 新たな
「相変わらず君は面白い言い方をするね。そうだな、まずは結論から言おうか」
チャイを頼んでいたチャンドラと、期間限定のストロベリーココアを楽しんでいた道雪。
何の不自然も無い日常の風景の中で、明日の買い物に誘うような口調で、道雪はチャンドラにその結論を告げた。
「俺と弾正の殺し合いの場を設けたい」
次のチャイを口へ運ぼうとしていたチャンドラの動きが止まる。
しかし、彼は『殺し合い』そのものを窘めたり、憤ったりすることは無かった。
ただ、いつものように微笑んで理由を求める。なぜ殺したいのです、と。
「理由、ね……どこから話したものか。まあ、今更君に何を隠したところで意味が無いか」
道雪は結局、最初から全てを打ち明けることにした。
そもそも彼自身が幼少の頃、スパイとして育てられた折に人らしい感情を無くしてしまったこと。
その感情を得るために度々イーゼラ―教の信者を使った実験や観察を続けていたこと。
今はイーゼラ―教の幹部《
どういう訳か、弾正に一部の情報が洩れて距離を置かれてしまったこと。
「距離を置かれてしまっては、これ以上の観察は続けられない。それなら、弾正と殺し合いをすれば極限の中で心を知ることができるかも知れないと思ったんだ。
これほどの長い期間、向き合い続けてきた弾正と。生死をかけた命のやりとりができれば」
君ならいくらかわかるのではないかと、道雪はチャンドラへ視線を投げる。
恐らく――過去に愛情絡みで人の命を奪っているであろう、この男なら。
「……
アイとは、恋情のみならず。憎悪も、後悔も、興味も悲哀も殺意も。命を終わらせるほどのアイとは、それほどのものなのです。相手に、それ以降のアイを許さないのですから」
一人語るチャンドラは、しばし目を閉じて。何度か瞬くと、チャイの続きを口に運んだ。
その語調はいつもと大して変わらないが、道雪の視線からではチャンドラの表情は黒髪に隠れてわからなかった。
「……なるほど。それならますます、殺し合わない訳にはいかないな。それほどの強烈な心を、俺は是非とも知りたい。君には殺し合いの観測者になってもらいたいが、興味はあるかい?」
「貴方と弾正の殺し合いを、
「ははは! 話が早くて助かる。俺も君こそ適任だと思っていた」
目を細めて笑むチャンドラが立ち会いを快諾すると、道雪は気持ちよく笑った。
「しかし、弾正には何と説明致しましょうか。彼は貴方を殺したいとまでは考えないのでは?」
「ああ、その点は心配無用だ。君は殺し合いの場に弾正を
「……では、そのように。場所は、そうですね……」
そこに一切の憎悪は無く。愛情も無く。
ただ興味のみで行われる殺し合いの舞台が、二人の間で整えられていった。
●アイの行方
『はづき殿、この紅葉が見せた罪は実在するものなのか?』
『さあ……見えたんやったら、にいさんの中にはあるんとちゃう?』
あの紅葉狩りで見た景色が、弾正は忘れられなかった。
『はづきさん』からは、はっきりと事実だとは伝えられなかった。しかし、見えたのなら己の中に罪はあるはずだと。
(知らなかったことが、罪だというなら……俺が見た景色は。道雪サンは、俺に)
弾正が傷心の内にイーゼラー教へ入る前から、何かと気さくに接してくれていた。
不思議なところはあるが、心を許せる、信頼できる友人だと思っていた。
イーゼラー教へ入ってからも、右も左もわからなかった自分にとっては心の支えとなっていた。
そんな彼が。
『いつもすまないな、弾正。今日は更に脳波を乱して数値を取ろう』
『なぁ。特異運命座標は奇跡を起こすんだろう? だったら早く教えてくれよ。俺に……心を』
「道雪サン……」
「弾正」
例え事実でも信じたくない光景と声に思い詰めていると、隣りに聞き違えるはずのない愛おしい音が聞こえた。
「アーマデル……」
「イシュミルから薬草茶を貰ってきた。いくらか気持ちが休まればいいんだが……変な材料は入れないように釘を刺しておいたから、恐らく大丈夫だと」
アーマデルによってポットからコップへ注がれるのは、湯気を上げる薬草茶。辺りに満ちる香りだけでも、弾正の心を窒息させそうになっていた思いが少しだけ軽くなったような気がした。
「すまない……君に気を遣わせてしまうとは。俺が君を支えていたいのに」
「どうして弾正が俺に謝る。俺はここまで弾正を傷付けた相手なら、今からでも殴りに行きたいとすら思ってるぞ」
「道雪サンを殴りに?」
思わず聞き返す弾正に、アーマデルは表情を変えないまま頷く。
否、表情に出にくいだけで彼はきっと怒っているのだ。
「俺は気に入らない奴は
細い体をして、彼自身にも繊細な過去や消せない傷は数多くあるはずなのに、こうしてとてつもなく思い切りがいいところもあるアーマデル。彼のそんなところを弾正は度々頼もしく思い、改めて強く惹かれもした。
「アーマデルの気持ちは嬉しいし、心強い。心からそう思う。でも……俺はそれでも、道雪サンを……」
「弾正は、あの男をどうしたい。許したいのか? 怒りたいのか?」
「……わからない。どうすればいいのか、わからないんだ……」
薬草茶の香りが、温かく鼻腔に届く。一度はこの気持ちを静めてくれた香りも、今はアーマデルの頼もしさや優しさと相まって弾正の視界を滲ませてしまった。
溢れそうなものをアーマデルに見せまいと、咄嗟に片手で己の目を覆う。しかし、音までは誤魔化しきれない。
懸命に押し殺そうとする感情が、息を吸うと嗚咽のような音をたててしまう。
泣く資格は無い。泣いている場合ではない。恐らくは怒るのが正しい。そう、思っても。
「演技だったとしても、優しい言葉を沢山くれた。笑顔をくれた。道雪サンに会わなければ、俺は今頃ここにいない……君に出会うことも無かったんだ、アーマデル。だが、そのために君を傷付けてしまったこともある……」
「平蜘蛛が暴走したときのことか」
『平蜘蛛』は、道雪が弾正に託した相棒にも近しい武器だ。しかし、過去にはその『平蜘蛛』が暴走を起こし、アーマデルと意図せず衝突してしまったこともある。その衝突すら、道雪が仕組んでいたものだとすれば――弾正は、道雪を憎むべきであるはずなのだ。
わかっていても、完全に憎めない。怒ることができない。他でもないアーマデルがここまで怒ってくれているのに、己の不甲斐なさが申し訳なくなる弾正だった。
「お取り込み中、失礼致します」
そんな折、声をかけてきたのはチャンドラだった。
「チャンドラさ」
「ああ、どうぞそのままに。すぐに済む用事ですので」
姿勢を直そうとする弾正を留めるチャンドラ。調子を戻しきれない弾正をアーマデルが見守る中、チャンドラが用件を伝えた。
「道雪が、お二人に用があるとかで。再現性九龍城までご足労頂きたく」
「道雪が俺達に?」
「はい、
アーマデルは弾正の返答を待った。紅葉狩りであの
しかし、この不安定な弾正が道雪と対面できるのかどうか。
「……これは毒酒にも薬酒にもするつもりのない、
返答できない弾正に語りかける風でありながら、チャンドラはあくまで『独り言』を呟く。
「良いではないですか、憎めずとも怒れずとも。悩み苦しむこともまたアイです。貴方のアイは、貴方だけが抱けるのですから」
「…………」
「では失礼を。用意ができたらご連絡を――」
「チャンドラさん」
去ろうとするチャンドラを、弾正が呼び止める。
「……道雪サンに会う。あの人をどうすればいいかは、わからないままだが……俺が思っていることを、伝えに行きたい」
「……それが貴方のアイならば、良いのではないでしょうか」
にこやかに待つ彼の元へ向かう弾正。その傍らにアーマデルも付き添った。
「俺は何があっても弾正の味方だ。あと、落とし前は付けさせてもらう」
「ありがとう、アーマデル」
向かった先で何がどうなるのか、全くわからない。それでも、目を背けたままでは前に進めない。
自分は独りではないのだと、声を掛けてくれたチャンドラやアーマデルの存在に支えられながら――弾正は再現性九龍城を目指した。
●その名は衝動
中華風の建物が安全性度外視で詰め込まれた再現性九龍城。
表社会を追われた人間や裏社会のマフィアなどが多く幅を利かせているこの地域には、アーマデルの隠れ家もある。弾正も一度だけ、道雪と共に訪れたことがあった。
「道雪サンはまだ来てないみたいだな……」
「チャンドラ殿、本当に場所はここで合って……チャンドラ殿?」
入り組んだ路地の先。少し開けた辺りでアーマデルが振り返った時、同行していたはずのチャンドラがいなかった。
「どこかではぐれたか……弾正、ここで少し待っていてくれ。チャンドラ殿を探してくる」
「アーマデルはここの土地勘があるからな。俺は言う通りにしよう。気を付けてな」
すぐに走り去るアーマデルの後ろ姿が路地の影に消えるのを見送ると、弾正はその場で周りの景色を眺めながら彼の帰りを待った。
「――いつからだと思う?」
その時、道雪の声がした。姿は見えない。
「道雪、サン」
平静を保っていれば、音のエネルギーの出所を探して道雪の居場所を突き止めることもできた。彼がどのような意志で語りかけていたかも感じられたかもしれない。
しかし、この時の弾正は『道雪の声』というだけであらゆる均衡を失ってしまっていた。
「イーゼラ―教で再会してから? 練達で出会ってから? 残念だがちょっと違うな」
壁の影から、人影が露わになる。
アーマデルに刃を突きつけた道雪だ。
「アーマデル!!」
「俺は大丈夫だ、落ち着け弾正!」
アーマデル本人に言われても、彼が道雪の刃に晒されているという光景だけで弾正は心が荒むのを止められない。そしてそのような姿こそが、道雪を更に昂ぶらせていく。
「ああ……やっぱりな。期待通りだよ弾正、だがまだ足りない。だから教えよう。
俺こそが、お前が焦がれて止まなかった《
「な……、……に?」
「そして菅井順慶を殺したのも、この俺だ」
「……、順慶、を……? ……、……?」
「記憶がごちゃごちゃして苦しかったろう。俺が知りたかったんだよ。恋人を自分で殺してしまったとしたら、残された方はどう思うか。愛情とは、感情とは何なのかってな」
淡々と事実を明らかにする道雪に、弾正は身動きひとつ取れない。呼吸の仕方も思い出せない。
名前も付けられないあらゆる感情が弾正の内に渦巻いて、肉体を食い破られそうな心地だった。
あるいは、脳が爆発しそうで頭が割れそうだった。気分が悪くて腹の中身を戻しそうだった。
妙な汗が止まらない。熱いのに寒い。腹立たしいのに恐ろしい。立ち向かいたいのに悲しい。
「う、……ぅ、……ッ」
「ほう……ここまで体調も乱れるか。さぞ気分が悪いだろう。ここで恋人の仇を取ってもいいん、」
全て言い終える前に、道雪は激しく咳き込んだ。刃を突きつけられていたアーマデルが、自分が傷付くのも構わず道雪に肘を叩き込んで脱出したのだ。
自由になったアーマデルは真っ先に弾正の元へ駆け寄り、その背を撫でて呼吸を落ち着かせた。
「感情を理解できない、というのは……わからないではない。俺も感情を封じられて育ったから。
今でもよくわからないし、知りたいと思うのもわかる。
その為の手段が危なかったり、そもそも人物が胡散臭いのも身内にいるからわかる。
だがな」
首から血を流しながら、その眼に蛇を宿してアーマデルは道雪を睨んだ。
「――弾正をこれ以上傷付けるのは、俺が許さない」
「感情がわからないのに、弾正にはそこまで執着するんだな。弾正の何がそうさせる?」
肘の一撃から立ち直った道雪が、徐に日本刀を抜刀する。刃が赤く発光するサイバネティック装備の『雷切』だ。
「立て弾正。事実を知ったショックが身動きできないほど大きいんだろうが、俺は知りたいんだよ。お前のその豊かな心を。感情を。今までも沢山話をしてくれただろう?」
それとも、と。『雷切』の刃がわずかに構えられると、アーマデルが素早く迎撃の構えを取った。
「――《
「ぁ、ああ」
「弾正、無茶をするな。ここは俺が、」
「ぁあぁああああああ!!!!」
『《
道雪から庇ってくれていたアーマデルを押しのけ、弾正の『平蜘蛛』が耳を劈く壮絶な音を響かせる。
それは感情という形を保てない、原型のままの『衝動』。大きすぎる衝動は『平蜘蛛』自身の出力限界を超え、敵を砕く音と共に自身をも軋ませていた。
『平蜘蛛』が自壊しかねないほどの『衝動』に傷を刻まれながら、道雪は感動すらしていた。
「は、ハハハ! それでいい、もっと寄越せ! 俺を殺してみろ弾正!!」
「ああああぁ、うああああぁああああああ!!!!」
弾正は完全に我を失っており、ただ全ての感情が合わさって濁流となった『衝動』に憑き動かされるまま道雪に刻みつけている。
(これは……駄目だ)
アーマデルは感情がわからない。道雪は報いは受けるべきだとも思う。
しかし、このまま弾正が衝動任せに道雪を殺してしまうようなことがあれば、弾正は今度こそ正気に戻れなくなってしまうような恐ろしさがあった。
「そら、どうした!」
一瞬の隙に道雪が『雷切』で斬り払い、弾正が倒れ込むと、追い討ちをかけるように道雪が弾正を踏み付け斬り付ける。
「そんな音じゃ俺は殺せないぞ。お前が俺を殺せなければ、俺がお前を殺すだけだ」
「ぐ、ううぅ……!」
「それとも、自分の命は惜しくないのか? だったら……」
道雪はこの期に及んで、まだ弾正の激しい感情を引きずり出そうとしていた。弾正を見下ろしていた視線をゆっくりと上げると、再びアーマデルに狙いを定める。
「悪いが、そう何度も同じ手は食わないぞ」
蛇腹剣を振り抜き、弾正の上から道雪を退ける。しかし深追いはせず、アーマデルは弾正を抱きかかえた。
「弾正、しっかりしろ。これ以上は良くない。俺の声が聞こえるか、弾正!」
「う……、ううう……、ふ……、……マ、……デ、ル…………」
アーマデルの呼びかけに、満身創痍の弾正がようやく視線を合わせて名前を呼んだ。彼を憑き動かしていた衝動も、正気を取り戻したことでなりを潜めたようだ。
「なんだ、正気に戻ったのか。あの『平蜘蛛』が壊れかねないほどの熱量、もう少し感じていたかったが」
道雪も弾正を殺しかねなかったほどの興奮が白けたのか、刀を納めはしないが溜息を吐いていた。
「それで、どうする弾正。全てを知った以上、俺を生かしておく選択は無いだろう。俺も、もうお前での観察ができないなら用済みだ。ましてやお前は全てを知っている。俺にとっても、生かしておく理由が無い」
道雪が寄越した選択は淡白なものだった。この場で弾正が道雪を殺すか、そうでなければ道雪に殺されるか。
「《
「経験上、そういう風に受け取られてきた言葉を選んで話していただけだ。俺自身は、俺の言葉にどれほどの力があるかもわかっていない。選ぶべき要素と結果がわかっているだけの、面白くも無い作業に過ぎない」
その点、と。赤い『雷切』を担ぎながら、道雪はにやりと笑む。
「さっきまでの、衝動をそのまま叩き付けてきた姿。一切の制御を失った激情。俺はこれまでで一番興奮したよ。他でもない、お前の衝動だからな」
「……道雪サン……」
「だが、これ以上はそっちの相棒が許してくれないだろう。だったら、俺達はもう終わりだ」
弾正は悩んだ。
自分は、本当に実験の被検体でしかなかったのか。友情があってはいけないのか。
許し難い過去も多い。順慶を殺したことを黙っていたばかりか、記憶を弄って自分で殺したように思わせていたこと。《
だが、それとは別に頼もしい人物であることも事実なのだ。その技術も、言葉も、失いたくないと思う自分もいる。
「道雪サン」
「なんだ」
「――ふん!!」
前置きなしに、全力の拳を鳩尾へ叩き込む。アーマデルよりも力で勝る拳に、道雪は思わず前のめりになった。
「不意打ちとは、やってくれるじゃないか」
「これで、終わりだ。多分足りないが、けじめとして」
「そうか」
ではその命を、と道雪が『雷切』を構えようとしたとき、弾正は『平蜘蛛』を道雪へ差し出した。
「どういうつもりだ?」
「今日の、俺の暴走で……故障してるかも知れない。道雪サンに見て欲しい。ついでに、改良も加えてくれ」
「……つまり、これまで通りの付き合いがしたいってことか? お前が全てを知ってる状態じゃ、俺は実験にならないのに。教団の《
道雪にとっては、被検体にならない弾正と友人であることに何一つメリットがない。
この関係は最初から、どちらかが死ぬことで終わるつもりで始めていたのだから。
それでも、弾正は『平蜘蛛』を差し出したまま続ける。
「実験ではなくて……本当の友人として、やり直したい。感情についても、一緒に考えたい。
《
それでは、駄目なのか」
道雪が己の感情検証のために実験を行わなくなることこそ、亡き順慶への弔いにも繋がるのではないか。
何より今の弾正自身が、どうしても――ここまで長く己を知ってくれている道雪を、殺したくないと考えたのだ。
「……完全に白けたな。やめだ」
深い溜息を一つ吐いて、道雪は『雷切』を納めた。
「個人的にも今日の『平蜘蛛』のデータは気になる。こいつは預かっておくとするよ。
実験抜きでお前と付き合えるかどうかは……気が向いたらな」
弾正から『平蜘蛛』を受け取ると、道雪は二度と振り返ることなくその場を去る。
これでよかったのかは、弾正にもわからない。正直、未だ迷っている部分もある。
ただ――事実として、誰も失わずに済んだ。
今はそれだけが、確かに残された結果だった。
おまけSS『とある千殺万愛と共犯者と、とある冒険的な』
●存在しない衝動
アーマデルの応急手当てを受けながら、ふと疑問に思って弾正は訊ねた。
「そう言えば、チャンドラさんは見つかったのか?」
「それが、俺も見つける前に道雪に捕まって……本当に迷子になってなければいいんだが。うっかり他所のシマに踏み込んだりとか……」
場所が場所なだけに少々不安になる。しかし先程までの戦いもあり、この怪我の弾正を置いていくのも気が引けるアーマデルだ。
「まあ、あのチャンドラさんだからな。探すのはそれほど難しくないだろう。俺も歩けないほどではないし、探しに行ってみるか」
「大丈夫か? 帰ってからイシュミルに診てもらうのでもいいぞ」
「それがいいな。今回はすっかり迷惑をかけてしまったな……」
「俺は気にしてない。きっちり落とし前も付けられたしな」
弾正にアーマデルが肩を貸し、二人で歩き始め――ようとして。
「……弾正、流石に歩けないぞ」
「少しだけ……こうさせてくれ」
肩だけでなく両腕をアーマデルの体に回し、しっかりと抱き締める弾正。酷使して疲弊しきった弾正の心に、愛する人の温度と感触は何にも勝る癒しとなった。
――ちなみに戻ってから受けたイシュミルの治療は実に的確であり、傷跡ひとつ残さず完治する技術ではあった。治るまで頭からオレンジ色の顔ににっこり笑顔を張り付けた冒涜的で冒険的で陽気な妖精さんが生えていた以外は。
道雪との事とは別にちょっとしばらく忘れられそうにない……とうなされる弾正がいたり、いなかったりしたのは、別の話。
*
二人が完全に歩み去るまで見送った後、その場に跳び降りてきたのがチャンドラだった。
「まだいらっしゃるのでしょう? 死に損なったご感想は如何です?」
「……『器』が壊れそうなほどの衝動。最後にあんな熱量で殺されるなら、実験としても大成功だったんだがな」
壁の影に凭れていた道雪を見つけると、チャンドラは彼にメガ・ヒールを施す。
「二人は君を探しに行ったぞ。行かなくていいのか?」
「これからどのような顔をしてお会いすべきか、考えているところですよ。今回に限っては、
困っているような言葉選びではあるが、それを口にするチャンドラの表情は恍惚としたものだ。その言葉と表情の矛盾に、道雪も小さく笑みを零す。
「それで、観測者の目にはどう映っていたんだ?」
「ええ、ええ。殺しかねないほどのアイ。壊れそうなほどのアイ。アイを守るためのアイ。
「ただ?」
それまで満足げに、流暢に語っていた口が止まり、不思議そうに自分の手を見つめるチャンドラ。
「何故でしょう。あの『衝動』は……どの感情とも定まらない、思いの濁流は。妙な親近感があるのです。
しかし
「……ほう?」
道雪は僅かに片眉を上げたが、それ以上の興味は示さなかった。既に全てを知っている『共犯者』である彼では実験台には成り得ない。……少なくともそのままでは。
「それより、これからどうされるので?」
「さてな。『平蜘蛛』の分析はするが、その後のことは。何か興味深いデータでも取れるといいんだが」
出力限界の悲鳴をあげていた『平蜘蛛』を仰ぎ見る道雪。何はともあれ、これが今回教えてくれるものに興味があるのは確かだった。
「
チャンドラは再びにこりと笑って、同じ『平蜘蛛』を見つめていた。