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『御守』の青年

登場人物一覧

新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
新道 風牙の関係者
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 風牙はカムイグラにはよく訪れる。此岸ノ辺に居るつづりとそそぎの様子伺いのためである。成長してゆく二人を傍で見守る風牙は双子からの信頼も篤く、時折、彼女達の遣いを頼まれることがあった。
 それが『茨木神社』へのお遣いだ。当代の巫女の様子を『御守』に伺ってきて欲しいと云うのが今回の遣いの理由だ。獄人たちの信仰を集めるこの茨木神社は八百万によって弾圧を受けた過去がある。その際には現帝による助力で何とか直せたが『異界の神』の影響を受けやすく巫女は定期的にけがれ祓いを行なわねばならないのだという。
 その定期連絡が遅れている。だが、定期連絡が遅れることはよくある事なのだと双子は告げた。当初は多忙ではあったが中務卿が部下に指示をし、度々様子伺いに訪れていたが事情を知ってからは定例の連絡であれども遅延を赦されるようになったと言う。その事情というのが現巫女も、その御守もまだ年若く神社の経営だけで精一杯だと言うことである。
 ――しかし、流石にけがれ祓いの必要性を確認しなくてはならない事もあり、何れだけ多忙であれども様子はうかがうべきであろうという話しが出たのだ。
 茨木神社は高天京より外れた場所に合った。風牙が様子伺いに向かう先の相手は綱・繭理という青年だ。17になったばかりの彼は綱家の三男坊であり、獄人ではあるが茨木神社の管理を任されていたことで古くより式部省への出仕を許されて居たらしい。繭理の兄達は式部省務めを行ない御所でその姿を見ることも出来るが、厄介払いの体よく巫女を押し付けられた繭理だけは生家と高天京を離れているのである。
「どうして、三男坊が?」
「巫殿――ああ、当代の宮司にして巫女の娘さんです。彼女と繭理殿は年が近く、幼馴染みとして育ったのですよ。
 だからこそ、巫殿の安定のためには適任であろうと選ばれたのです。『茨木の巫女』の精神が安定していることこそが茨木神社にとっては必要不可欠ですから」
 そう告げたのは道中の案内を買って出てくれた『陰陽頭』であった。茨木の巫女は異界に通じる特異性を有しているために、その身を侵食されやすい。簡単に言えばR.O.Oの『豊底比売』のような存在に身を乗っ取られる可能性が高いのだ。故に霊脈の維持を行なう巫女は危険と隣り合わせであり、精神的安定を喪えば容易に身を神へと明け渡してしまうのだそうだ。
 現に前代の巫女――巫の母は異界の神に心を委ね、繭理の兄に討ち取られた事がある。その危険を無くすためにうつつに巫女を繋ぎ止める綱の役割を担うのが『御守』だそうだ。
「じゃあ、三男坊……繭理の兄ちゃんは、巫女の母を殺したって事か……」
「ええ。巫女の母上は繭理殿の兄――栗落花殿にとっては母代りでもありましたから非常に心苦しい決断であったでしょう。
 ですが、茨木神社は霊脈を維持する要所。巫女が神に引き摺り込まれてしまったならばそうする事もやむを得ません」
 巫女は世襲制。母を喪った幼い娘が巫女となり、その綱に幼馴染みが選ばれたのは合理的だ。神を見張るお目付役という重責を17の青年が追うには些か重すぎるだろうが。
「此方です。では私は此方で」
「会っていかないのか?」
「おや、ふふ、風牙さん。僕はコレでも陰陽頭……ちょっぴり偉い人なのですよ。
 主上みかどや中務卿が可笑しいのです。我が国ではトップクラスに偉い人なのにあんなに気軽にお会いできてしまうのですから」
「まあ、確かに……?」
「茨木神社の周辺霊脈を診たいだけで同行したので。では、此処から先はお願いします。報告も式部省にして下さいね。僕は中務省の人間なので絡んでたら叱られます」
 悪戯っこのように笑った陰陽頭を見送ってから風牙は茨木神社へと踏み入れた。
 神社の内部には『綱』が張り巡らされており異様な光景のようにも見える。風牙は練達のホラーゲームを思い出しながら神社の境内を見回してはあ、と息を吐いた。

「何方ですか」
「おあっ!?」
 びくりと肩を跳ねさせた風牙を不審そうに見守っていたのは白髪の青年であった。鬼人種らしい角に金色の眸を有する青年は眉を顰め風牙を見守っている。
「此岸ノ辺からの遣いで来た。ええと、神使の新道 風牙だ」
「あ、ああ……式部省の綱 繭理。茨木の御守です。神使殿、ご足労戴き感謝を」
 背筋をぴしりと伸ばして礼を言う彼に風牙は「そんな、畏まらなくても」と肩を竦めた。相手もあくまでも救国の英雄として風牙を扱っていたのだろう。不躾な反応をしてしまったのではないかと伺って居たことがその視線から良く分かる。
「つづりとそそぎが心配してたから様子を見に来たんだ」
「成程、双子巫女殿が。申し訳なく……巫――ああ、いえ、宮司殿のおつとめが終って居らず報告書が纏まっておりませんでした。
 此度も滞りなく。ただし、霊脈の乱れを感じるが故に宮司は鎮めの儀を取り計らい続けることになる、と言伝を頼んでも構いませんか」
「あ、ああ、オッケー。待って、一応メモを……」
 ポケットを探った風牙がボールペンを使ってメモ帳に書き連ねる様子を繭理は不思議そうに眺めていた。練達製品は彼にとっても物珍しいものとして映るのだろう。
「神使殿」
「風牙でいいぜ」
「風牙殿、その筆は墨も硯も必要ないのですか」
「……あ、ああ、ボールペン。うん、これはこの一本で使える。えーと、繭理だったか? 見たことないのか?」
 こくりと頷いた繭理は風牙にボールペンを差し出されてからやや不思議そうに長め、上部を押して『飛び出した』事に「武具ですか」と神妙な顔をした。
「あー、いや、それで戦う奴も見たことあるけど筆記具だよ」
「面妖な……」
「練達って凄い国だよな。豊穣とは全く違う」
「成程、海向こうのものなのですね。主上がそうした品を好んで居られるとも聞いたことがあります。
 あの方は練達の文化にも似たお国から訪れた神使でしたから……しかし……こう、筆先を滑らせ……?」
 ボールペンを力一杯に握る繭理に風牙は違う違うと笑った。筆を持つようにして握り込んでしまうと上手く書けないのだろう。幼子に教えるように風牙が繭理の手を取る。
 興味深そうな彼は休憩時間だったのだろう。ボールペンの使い方を練習しながら、外にはどの様なものがあるのかと問うた。
 希望ヶ浜について語った風牙は、お役目から離れることの出来た双子巫女の片割れが霞帝の勧めで希望ヶ浜へと出掛けていることを思い出した。
 元から練達文化に近しい立場であった霞帝だ。そそぎが望むのであればと希望ヶ浜学園への入学についてローレットとも話し合いを重ねていたらしい。
 詳しく説明する度に繭理は愉快そうに頷く。棘を感じていた態度も和らぎ、頑なだった口調も穏やかな者に変化している。
「面妖な国があるのだな。……見て見たい物だ」
「見に行けば良いじゃないか。あ、仕事が忙しいか?」
 折角ならば長旅ではあるが出掛けるのも良いだろうと提案した風牙に繭理が何処か申し訳なさそうに眉を下げる。
「先程、霊脈が乱れていると申し上げたが……瑞神殿達もそれは如実に感じていると思うのだ。
 彼の主神達がけがれ祓いに出ている時点で大事だ。其れ等の霊脈を但し、大元に向かう準備を整えているのであろうな」
「大元?」
「自凝島――その中にけがれが留まっている。巫もその地から溢れる穢れの影響を受けやすい……些か心配ではあるのだが」
 眉を顰めた繭理に風牙は『けがれ』が溢れ出すことはつづりやそそぎにも悪影響なのだと直ぐに結びつけた。
「ならさ、何かあれば神使が解決するよ」
「何……その様な事は負担になるではあるまいか」
「構わないって。つづりやそそぎの為でもあるしさ。お勤めが少しでも安定すれば繭理だって外に出掛けられるかも知れないだろ?」
 ずっと、巫の傍で茨木に縛り付けられずとも、練達に出掛けられる可能性がある。
 お役目から解放されたそそぎも再現性東京に足を運ぶようになったのだ。繭理だって、と風牙が考えるのは当たり前だろう。
「巫から離れて……?」
「あ、そんな、そうするのが正しいってワケじゃないぜ。けど、息抜きって必要だろ?」
 繭理の眸がきらりと輝いた。風牙の手を握りしめ、嬉しそうに笑う。
「巫も共に行けるであろうか? 主上のお許しを得、そそぎ殿とも共に――! 巫には『学園生活』とやらを楽しんで欲しいのだ」
 天真爛漫に笑う繭理は当初であったときの『御守』ではない、一人の等身大の青年であった。
「貴方は優しいのだな、風牙殿。その言葉だけで私は嬉しい。
 そうだな……もしも、けがれ全てを払う事が出来たならば私も巫と共に出掛けてみたく思う」
「ああ、それが良いと思う。巫さん? も喜んでくれるんじゃないか」
 繭理は大きく頷いた。幼い頃からずっとずっと大切にしてきた『幼馴染み』が喜ぶ顔が見たいのだ。
 後ろ暗い事情ばかりに囚われて、彼女を一人の少女ではなく『神に通ずる者』として扱ってきた繭理にとって、久方振りに幼馴染みを真っ直ぐに見る良い機会だったのだろう。
「その日が来ると良いな」
「来るよ、手伝う」
「……私の様な初対面の者でも?」
「困ってる奴が居て、それで悩むなんて下らないだろ。
 それなら助けてから考えりゃ良いし、もう繭理とは友達だと思う。ダチが困ってんなら何も考えずに真っ先に助けに行くって」
 にんまりと笑った風牙に繭理は「友達」と呟いてから頷いた。
「ああ、友達だ。ボールペンを教えてくれた、愉快な友達だ」
「ボールペン、気に入りすぎだろう」
 可笑しくなって笑った風牙に釣られて繭理も微笑んだ。
 けがれ祓い――瑞神達がその準備を整えていることは知っている。それがどれ程難しいことであろうとも、彼等のために解決してやりたいと。
 風牙は心の底で結審した。それが双子巫女の未来にも繋がっていくのだ。ならば、迷っている暇なんてこれっぽっちもないだろう?

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