PandoraPartyProject

SS詳細

ラッキースケベはラッキーだから起こるもの

登場人物一覧

九十九里 孝臥(p3p010342)
弦月の恋人
九十九里 孝臥の関係者
→ イラスト
空鏡 弦月(p3p010343)
孝臥の恋人

●とある日の夜の話

 再現性東京のあるマンションの一室にて、孝臥はテキパキと先程乾いたばかりの洗濯物を畳んでいた。
 今日は相方である弦月は仕事のため家にはおらず、明日の昼頃に帰ってくるため一人きり。
 しばらく留守にするということで大切な相方の衣類を丁寧に、丁寧に折りたたんでいた。

 そんな孝臥だが音がなくては寂しいからと、テレビをつけて作業を続けている。
 不可思議な物品を紹介するCMやノリノリの歌に合わせて踊っているよくわからないCM、何やら怪しげな薬を宣伝している博士が出るCM等が流れた直後、今の時間放送されているドラマのワンシーンに切り替わった。

 薄らぐらいバーの中、女優が演じるキャラは何やら対面している男性に向けて一言二言囁き、甘い言葉で少し惑わそうとしている。
 注がれたグラスの中身に軽く一口つけた後、女優は再び男性に視線を向けている。
 返答が欲しいという言葉を投げることもなく、ただただ沈黙の時が流れていた。

 そんなシーンを洗濯物を畳みながら見ている孝臥だったが、流れがよくわからないためあまり脳内には入っていない。
 だが、次の瞬間女優が発した言葉が強く、孝臥の頭の中に残ってしまった。

『自分に落とせなかった男はいないの』
『だって、男は皆私の虜になってしまうからね』
『何故? そう問われても、私にはわからないわ』
『気づけば皆落ちてるんだもの。しょうがないわよね』

 並べ立てられた台詞はそのドラマに合わせて作られた台詞で、女優本人のものではない。
 しかし女優は美人だ。見る人が見れば、スタイルもよくて落とされるのは当然だと思うほどの美貌を持ち合わせている。
 そんな美人からそんな言葉を発されては、孝臥の頭に残ってしまうのも当然だ。

 孝臥の手はテキパキと洗濯物をひっつかんで折りたたみながらも、視線と耳はテレビに向けられる。
 その光景は主婦そのものではあるのだが……孝臥は男。主夫といったほうが正しいだろう。

(もし、もしも。自分が女だったならば)
(……この女性のように、美人でスタイルが良ければ、弦はどう思うんだろうか)
(……アリなのかもしれないけど、それで弦が困ったら……?)
(いや……そもそも弦は、俺だと気づけるのだろうか……?)
(…………)

 脳内であれやこれやと考えながら、手が最後の洗濯物に伸びて数秒の間に畳み終わる。
 それと同時に、孝臥の頭の中も終了だとシャッターを閉めた。
 これ以上考えても起こり得ないことに何を言っても無駄だし、バカバカしいだけだと。

「……弦、まだかな……」

 ふう、とため息をついて少し温かいものでも飲んで寝ようとホットココアを用意。
 くるくる、くるくるとかき混ぜて、ココアが溶け切るまでスプーンを回し続けている。
 途中で入れたミルクが渦を巻いて中心へ集まるのを見ると、まるで自分の心の中のようだ、と小さく笑った。

 そっと口につければ、甘く、切ない味が口の中に広がっていくのを感じる。
 一人寂しく飲むホットココアがこんなにも切ないのかと思うと、今日はもう寝ようと部屋に戻って布団を被り、すぐさま目を閉じて夢の中へと入り込んでいった。
 しばらくは頭の中でモヤモヤと考え事をしていたが、そのうちすんなりと眠りにつく。

 夢の中では、寂しさが積もり積もった故に弦月と共にピクニックへ行く夢を見ることが出来た。
 美味しいご飯に、美しい景色、澄み渡る空とどれをとっても最高のシチュエーションが浮かんでいる。
 ……が、その時の孝臥の姿は女だったことだけが、妙に頭に引っかかっていた……。



●次の日の朝

「んぅ……なんだ、今の夢……」

 げんなりとした様子の孝臥。寝る前に考えていたことが夢となって出てきてしまって、少々目覚めが悪い。
 せっかく弦月と良い雰囲気の夢だったのに、自分が女になっている、という部分が引っかかってしまってどうにも良いとは言い切れない。
 早いところ忘れて弦が帰ってくる前に掃除でもしないと。そう思って、布団を押しのけて起き上がる。

 ……起き上がった時に気づいたのは、なんだか少しだけ窮屈で、特に胸のあたりの服がきついなと感じること。
 次に、いつもより布団が大きくなったように感じるということ。
 最後に、妙に手と足が冷えやすいなと感じること。
 それらに気づいてまず胸に視線を下ろすと、なんだか……膨らみが出来ている?

「え……あれ……??」

 まさか、まだ夢を見ているのか? なんて考えたのも束の間、布団に触れた自分の手の指が少し細くなっている事に気づいた孝臥。
 思わずベッドから飛び起きると、諸々の朝のやることをすっ飛ばして洗面台の鏡で自分の姿を見る。

「な、な、なっ……!?」

 普段と変わらぬ麗しい姿がそこにはあった。確かにあった。
 しかし……違うと言えば、性別が変わっているという大きな違いが見受けられる。

 まつげの際立った、二重の可愛らしい瞳。
 少しだけ赤みのある頬は男性のときと少し違って柔らかで。
 男性のときと違って、女性になると髪質がとてもふわふわと柔らかい。
 よく見ると手の指は男性のときより少しスラッと細くなり、簡単に折れてしまいそうな気もする。
 胸はもう、とにかく大きい! こんなものを胸に取り付けているせいで肩に負担が来ているのか! とも気づく。

 まさかこんな、男性が女性になるなんてことがあるのか!? と驚きを隠せない孝臥。
 こうなってしまった場合、どうしたほうが良いのかわかっていない彼はパニックに陥ってしまった。

「で、電話……だ、誰に……!?」

 誰かに相談しなければ心落ち着かないだろうと考えた孝臥。
 けれど弦月に相談するのはなんだか違うし、任務で出会った仲間たちに相談するのも違うなと考えた。
 かと言って現象に詳しい人を知っているかと言われたらいるわけでもないし……。

 では、誰に相談したほうが良いのか。
 ……なんて考えている間に、アデプトフォンを操作する孝臥の指は自然とある人物の連絡先へカーソルを移動させていた。

 ――八十神 聖。
 孝臥の従兄弟であり、最近こちら側に召喚されたイレギュラーズ。
 気を使わずに様々な相談に乗ってくれる人物であり、今、一番相談したほうがいいと閃いた相手。
 近くの誰かより遠くの知り合いとはよく言ったもので、すぐさま孝臥は聖に連絡を入れた。

「あ、あっ、聖!? ちょっと、あの、相談に乗って、欲しいんだけど……!」

 声が普段より少し高く、緊張から少し上ずってしまう。
 男性と女性では声の高さがこんなにも違うものなのかと体感すると、聖に色々と誤解されてないだろうかと少々不安が広がる。

 けれど聖は特に気にすること無く、すぐに向かうという言葉を残してくれた。
 その一言が孝臥に何よりの安心感を与え、精神を落ち着けてくれる。混乱しないようにしたくても出来なかったから、少しだけ助かった。



●その日のお昼頃

「わぁ、わぁ、わぁ……」

 聖が孝臥と合流すると、頭の天辺から足の先まで舐め回すように視線を移動させる。
 男の方の孝臥は見慣れているが、女の方の孝臥は……今回出会うのが初めて。故に物珍しさもあって視線がよく移動する。

「えーと、弦月と何かあったんです?」
「い、いや、何も。というか、弦は今仕事があって留守にしてて……」
「ふぅん? このこと、彼に話は?」
「し、して、ない……。出来るわけ、ないだろう……!」
「なるほど、なるほど……」

 顔を真っ赤に染め、聖から視線を逸らす孝臥。両腕で胸を隠すようにしているため、余計に女性っぽい。

 しかもこんな状態が弦月に知られたら、何が起こるかわかったもんじゃない。
 なので弦月に知られないように秘密裏に情報を探ってほしい、と聖にお願いをする。

 対する聖は……顔こそはいつもの表情を保っているが、頭の中ではとても楽しんでいる。
 先立って混沌世界に来ていた孝臥と弦月の関係を知っているが、ほとんど進展がなくて何しているんだと呆れていたところで……今回の事件。
 楽しまない理由が何処にあるだろうか?

 知られないようにと孝臥に念を押されているので、今は弦月に気づかれないように行動をすることになった。

「ほ、本当に知られないようにしてくれよ!?」
「大丈夫、大丈夫。僕があなたとの約束を反故したことありますか?」
「それは……無い、な……」
「でしょう? 安心して待っててくださいって」

 優しい笑みを浮かべた聖。こういうところがあるからこそ、孝臥は彼を信頼してしまう。
 ……だが今回に限ってはこれを信じていいものなのだろうか? なんて考えも頭の中を過るが、昔からよくある表情だからと気にすることなく信じることにした。

 元の世界ではかなりの情報通で通っていた聖の情報収集力は侮れない。
 孝臥が女性となってしまう原因もすぐに解き明かしてくれるはずである。

「……あ、でも」

 いつ弦月が帰ってくるかもわからない上に、家の中にいては気持ちが落ち着かなくてソワソワしてしまう。
 更に言えば、聖だけに情報収集を任せるのは少々気が引けるということで、孝臥も共に外に出ることにした。

 服は大丈夫なの? と聖に問われたが、服も何故か女性のものになっているため問題はない。
 下着込みで変化していると言うと不思議な感じがするが、それもまたなにかの力が働いたことによるものなのだろう。
 ほんの少しだけ、ほんの少しだけだがその事象も聖の情報の袋に詰め込まれた。



●奔走、収集、結果

 情報収集をする前に、まずは孝臥が陥ってしまった状況を整理し始める聖。
 女性になる前に何かなかったか、なにか食べたり飲んだりしていないか、術などを受けていないか等の質疑応答を行い、何をトリガーにして女性となってしまったかの点を探る。

 とは言え孝臥が女性になる前の出来事と言ったら、夜中にドラマを見ながら洗濯物を畳んでいたぐらい。
 あとは家にある普段遣いの食材や飲料を口にしたぐらいで、ずっと家にいていつものように家事をしていたので思い当たるのはその辺りぐらい。
 術をかけられたのなら若干特定は難しいが、数日間は買い出し以外では外に出ていなかったのもあって、術式関連ではないだろうと考察からは排除された。

「ふーむ。そのぐらいしか情報がないのであれば、あとは少しずつ探るしかなさそうですねぇ」
「すまない……で、でも、本当にそれぐらいしかやってなくてぇ……」
「はいはい、じゃあとりあえず大まかなところから情報をかき集めて行こうか」

 若干、女性となった孝臥は弱気になっている。
 男だった時のあの強気な彼は何処に消えてしまったのやら、と少し呆気にとられた聖はひとまず思いつく限りの情報源と人脈を駆使して、女性化に至る方法を探っていった。
 幻術、呪術、その他混沌世界には様々な方法があるため、大きな範囲から少しずつ対象を絞って情報をかき集めていく。

 ――結果としては、混沌世界に訪れた際に与えられる孝臥のギフトが原因、ということになったが。

「ぎ、ぎ、ギフトォ!?」
「はい。もしかして忘れてたりしました?」
「あ、いや……そうか、よく考えればそうなのか……」

 女性になる前の出来事を思い返してみれば、ギフトが発動してしまう状況ではあったと孝臥は呟く。
 ドラマの中にいた女性の姿。それを見て小さな憧れが少しずつ膨らんでしまった、と。

 孝臥のギフト『憧れの姿』。
 その力は孝臥が女性に対して憧れを抱き、大幅に高まった瞬間に発動する。

 あの日は女優の素晴らしい演技と台詞が大きく脳内に焼き付いて、バカバカしいと思いながらも心の何処かでは憧れを抱いていた。
 『自分を落とせなかった男はいない』と豪語する女優の台詞。アレは今でも、脳の奥底をくすぐって離れることはなく、むしろそんな女になれたならと憧憬を抱いてしまった。
 ほんの僅かな火種の憧憬は眠る間に夢となって大きく膨らみ、そして孝臥の肉体さえも変貌に至らせる。
 それが、今回の孝臥の身に起きてしまった事件である。

「ギフト……そうか、ギフトのせいだったんだな……」

 なんだかほっとした孝臥。ギフトなら時間経過で元に戻るという情報もあるし、これで大丈夫だろう、と笑っていた。
 ……だが……それがいつ戻るか、なんてのはどの情報にもないもので……。

「これ……いつ、戻るんだ?」
「さあ……?」
「さあ、って」
「今朝この効果が始まったのなら、明日には元に戻ると思いますよ。長続きしそうにないっていうなら、1日限りとかありそうですし」
「おっ、うぇ!? え、あの、その間に弦が帰って、来たら」
「さあ……?」
「お、おおう……」

 孝臥の反応があまりにも面白くて、冷静な顔で(でも心の奥ではとても楽しそうに)孝臥の反応を眺める聖。
 この状況を楽しまない理由がないので、少々意地悪な面を見せながらたっぷりと楽しんでいた。



●そんな貴方にラッキーを

 さて、そんな孝臥がどうなっているかも知らない弦月の方はというと、ようやく仕事を終わらせることが出来たので、孝臥に何かお土産でも買って帰ろうかとデパートで思案している最中である。
 最近何かと忙しかったのもあって、1人にさせすぎたという詫びも込めてのプレゼント。孝臥が好きなものをこれでもかと言わんばかりに詰め込んで、包装まできっちりしてもらおうと考えていた。

(とはいえ、あんまり詰め込みすぎても驚かせちゃうかな……)

 いつもお世話になっているため、その分の気持ちも込めてプレゼントしたくなるものだが……あまりに多くても愛が重くて孝臥を困らせてしまうかもしれない。
 困っている孝臥を見たいには見たい。けれど今困らせるのは、ちょっと違うような気がする。
 悩み悩んだ結果、弦月は孝臥の好きなものを1つ選び、おとなしめのラッピングで包んでもらった。日頃の感謝を伝えるなら、このぐらいがいいだろうと。

「孝、喜ぶかな」

 ようやく会えるという喜びの中、ラッピングを待つ弦月。
 そこへ弦月のアデプトフォンが鳴り響く。メール音だったので画面を開いて、チェックしてみると……聖からの連絡が入っている。

「ん……なんだ?」

 メールのタイトルは「ラッキーなあなたへ」というタイトル。
 発信者だけを見ずにぱっと見ると怪しげなスパムメールにも見えるが、聖からのメールなのでスパムということはありえない。
 胡散臭い感じではあるが、恐る恐るそのメールの内容を覗き見てみると……。


  ******

 このメールを見た弦月はとってもラッキー!
 今なら気になる人と急接近できる、最上級の運勢になっているよ!
 早く家に帰ってあげるといいかもね☆

 あ、ちなみに今、孝臥が面白いことになってるからね。

  ******


「……どういうことだ?」

 前半の文章はともかく、最後の文章が気になって仕方ない。
 孝臥が面白いことになっている、とは……どういうことなのだろうか。
 聖と自分の【面白い】には差があるため、どこがどう面白くなっているのかを想像するが……孝臥『が』面白いことになっているという文章がどうにも頭に引っかかる。

 そもそも、聖の言う【面白い】は碌なことがないのはよく知っている。
 よく知っているからこそ、孝臥が面白い、という単語が頭に引っかかってしまうのだ。

「……」

 その内容が、というよりも孝臥が無事どうかが気になって仕方ない弦月は、店のカウンターの前でそわそわとラッピングを待つ。
 完成したのはそれから5分後。店員から紙袋を受け取ってすぐに、自宅への帰路へとついた。



●そして輝くラッキーソウル

 家の前まで到着した弦月。少しだけ身体が緊張しているのが、自分からでもよくわかる。
 ドアノブに手を伸ばし、戸を引くだけで簡単に開くというのに……何故か、心の準備が必要な気がしてままならなかったのだ。

(いや、うん。あのメールはきっと……)

 ――きっと聖のイタズラ。

 聖は面白いという言葉で釣り針を垂らし、自分が引っかかるのを待っているのだろう。
 孝臥だって、この扉を開ければいつものように出迎えてくれるはずだと頭の中を満たす。

 そうでもしないと聖の碌でもない考えに引っかかってしまう。
 そうでもしないと自分のこの緊張を解ける気がしない。

 勇気を振り絞ってドアノブを回し、扉を開ける。

「ただいま、孝」

 声をかけて玄関へと入ったものの、室内はしんと静まり返っており、孝臥が出迎える様子はない。
 家にいるのは間違いないはずだが……と軽く室内を見回すのだが、何処にも誰の姿も見当たらない。

 ――もしかして、メールの内容は冗談でまだ聖と一緒に外にいるのではないか?
 そんな考えが弦月の頭を通り過ぎて、でも違う、と抜けていく。

「……とにかく、シャワー浴びるか……」

 大きくため息をついて、シャワーを浴びるために着替えを片手に脱衣所へと向かう。
 からからと扉をスライドさせて、一歩、足を踏み入れようとしたその時に事件は起こる。

 扉をスライドさせて視界を脱衣所に向けると、そこにいたのは女体化した孝臥がいた。
 それはいい。この家は孝臥と弦月が一緒に住んでいるから、彼だってシャワーを浴びたくなるだろう。

 問題があるとすれば、女体化した孝臥がタイミングよく弦月と向かい合わせになるように立ち、胸の下着を外そうとしていた瞬間を弦月が目撃してしまったという部分だけである!!

「わ"あぁっ!!??」
「わ"ぁーー!!??」

 数秒の空白後に家の中に響き渡るのは、声も女性となって静かにしていた孝臥のちょっと高めな叫び声と、疲れ切ったところに突然の情報が襲いかかった弦月の叫び声。
 混声楽章でも始まったか? と言わんばかりの2人分の叫び声がしばらく続いた。

「げ、弦!? いつ帰って来てたんだ!?」
「いや、あのっ、えっと、すまないッッ!!」
「弦ーー!!?」
「すまない!! いや、本当にすまない!!」

 唐突に流れた視界の情報量があまりにも訳がわからなさすぎて、思わず弦月は戸を閉めた。
 それから深呼吸をして、頭の中を整理する。

 目の前にいるのが孝臥なのは、自分を『弦』と呼んでいたのでわかった。
 それはいい。それはいいんだ。彼がそこにいるという証拠となる。

 ――でも、なんで女性なんだ?
 弦月にとって、一番の疑問はそこである。

「あ、あの、弦! これには深い理由があるんだよ! だから、あの……ちゃんと、服を着たから、開けて……」

 弱々しい、普段とは違う孝臥の声が扉1枚を隔てた先から聞こえる。
 ちゃんと理由があると聞いて弦月は少しだけ冷静さを取り戻したが、身体が女性になるなんて事象は聞いたこともない。
 一体孝臥になにが起きてしまったのか? それをきちんと聞かない限りは、決めつけるのは早計だろう。

 ひとまずゆっくりと扉を開けて、ちゃんと服を着た孝臥と対面する弦月。
 普段よりもしなやかで、胸も大きな彼は……男だったとは思えないほどに美しい。
 一瞬だけ変なことが思い浮かんだが、煩悩は去れ! と思いっきり頭を横に降って振り落とした。

「と、とりあえず……おかえり、弦」
「あ、ああ。ただいま、孝」

 いつものやり取りを済ませた2人は、着替えをきっちり終わらせてからリビングへ。
 身体が冷えているだろうからと、温かいココアを準備してそれぞれが椅子に座る。

 数分の間の沈黙が続いて、2人がココアを飲む音だけが聞こえる。
 このままでは埒が明かないからと、弦月から話を始めた。

「……それで、何があったんだ? 聖から一応、連絡は貰っているんだが……」
「っ~~……!! ひ、聖は、なんて……?」
「いや……面白いことになってる、と」
「ッ~~~!!! 聖の、ヤツぅ……!」

 顔を赤くし、拳を握りしめる孝臥。
 まさかそんな形で弦月に連絡されているとは思ってもいなかった。
 自分の状況を事細かに伝えず、ただ『面白い』という一言だけで弦月に告げるなんて、と。

 情報収集に長けているからこそ、言い方次第で孝臥と弦月の2人をどうにでも出来ることを知っているのだろう。
 否、むしろ2人の事をよく知っていて、なおかつ言葉さえ選べば楽しい状況を作れることをよく知っているから、弦月にただ一言『面白い』という言葉を残したのだろう。

 ……なぜか、ダブルピースをして喜ぶ様子の聖が2人の頭にしっかりと浮かんでしまった。
 何を言ったかまでは想像がつかないが、まあ、碌でもないことだろうと……。

「い、一応、聖が言うには……ギフトのせい、だって」
「ギフト? ……そういえば、今までは大丈夫だったのか?」
「うっ。え、えと、その……大丈夫といえば、大丈夫だった……」
「そうか……」

 ギフトであれば数時間のうちに解除されるだろう、と予測をつけている弦月。
 ただ、その解除時間がいつになるのかがわからない以上、ラッキースケベな状況を受け入れざるをえないのが現在の状況だ。

 目のやり場に困るのか、それとも女体化した孝臥の表情に慣れないからか。弦月の視線は少しだけ揺れ動く。

 まつげの際立った、二重の可愛らしくも美しい瞳。
 少しだけ赤みのある頬は男性のときと少し違って丸っこくて。
 女性になると髪質が変わってしまうのか、孝臥が動くたびにいつもよりふんわりとした髪の動きになっている。
 コップを持っている手の指は男性のときより少しスラッと細くなり、見ているだけで壊れてしまいそうな。
 胸はもう、とにかく大きくて嫌でも目につく! 孝臥が望んだのかどうかは分からないが、少なくとも、目のやり場に困ってしまう!

 これをどうやって、解除時間まで持ちこたえろというのだろう。弦月はめちゃくちゃに悩んでいた。
 ……が、今日は仕事が終わったばかりで疲れている。考えれば考えるほど疲労が溜まって、それどころではない。

「……ひとまず、シャワー、浴びていいか? 考えれば考えるほどに、疲れてきた……」
「あっ、うん。……あっ、でもタオルは干してある分しかない!」
「おっと、わかった。じゃあ……」

 慌てて立ち上がった孝臥と、自分で取りに行こうとした弦月。
 いつもならお互いのタイミングを測って立ち上がるのだが、今日に至ってはどちらも混乱が激しい。
 同時に一歩前に出て、同時に同じ方向に向かおうとしていたせいで、孝臥は弦月に押し倒されてしまった。

 柔らかい胸が弦月の胸部に触れる。
 彼の鼓動が直に、しっかりと伝わるのがよく分かる。
 これはまずいとすぐに起き上がったが、2人の心臓の鼓動はみるみるうちに早くなっていった。

「ご、ごご、ごめん。あの、1人で、行くよ」
「う、う、うん。じゃあ、あの、夜食、作るから……」

 ぎこちない喋り方でそれぞれがそれぞれの目的の場所へと出向く2人。
 ……気の所為か、少しだけ相手への意識が普段よりも強まっていたような。そんな気がしていた。


●そうして終わる、ラッキーな日

 次の日の朝には孝臥の姿は元通り、男性の姿に戻っていた。
 あれがギフトの効果によるものだったのは間違いないようで、今日も同じように女性への憧れを抱いたがインターバル期間だった故に発動しなかったそうだ。

「はぁ、よかった……。ずっとそのままじゃなくて」

 ホッとした弦月。
 孝臥は男性でも女性でもどちらでいいと考える反面、ずっとそのままだったらどうしようかと考えていたほどだ。
 なんなら、女性の方は見慣れないというのもあったのもある。

 対する孝臥はもしかして女性になったらワンチャンあったかも! と考えていたが、その恋は叶わず撃沈。
 しかももう一度発動したくてもインターバル期間があるせいで発動出来ず、そのインターバルがいつ終わるのかもわからないので若干がっかり気味。
 もう少し効果時間が長ければ……とさえ考える始末である。

 ともあれラッキースケベな事件はこれで終わりを迎える。
 今日からまた、普段どおりの孝臥と弦月の生活が始まるのだ。



「……弦は、どっちがよかったとかあるのか?」
「それはー……秘密にしておこうか」
「なんてこった。……でも、それもいいのかもなぁ」

 ――お互いの本音は……またしても内に秘められた。

おまけSS『折角の機会』

 少し時間は遡り、情報収集中の聖と孝臥。
 新しい情報が入ってくるまではやることがなく、オープンカフェで時間を潰していたのだが……。

「んん~、ん~」
「え、何?」

 じろじろと孝臥を見つめる聖。正確には、孝臥の衣装を見つめている。
 その衣装は男性だった時の衣装が女性用に変化しているだけのもので、新しい衣装というわけではない。

 せっかく女性になったのに、衣装チェンジが無いのはいかがなものか? そう、聖は考える。

「時間余ってるし、ちょっと服でも見に行きません?」
「はあ!?」
「新しい情報が来るまで暇なんですよ。ね?」
「いや、ね? って言われても……!!」

 孝臥にとって今歩き回ることは弦月との遭遇率を高めてしまうのと同じなので、出来ることなら静かにカフェで飲んでいたい、と聖に告げる。
 それを聞いた聖は見るからに元気をなくしたが、まあ、それもそうかと納得してくれた。


 それからしばらくして情報が集まり、今日は解散、というところで孝臥と別れた聖。
 澄み渡る夕暮れの空の下、孝臥が小さくなるまで見送っていた。 

「……いつになったら、くっつくんだか」

 聖の小さな小さな呟きは、孝臥に聞こえることはない。
 そして彼はつぶやきの後に、アデプトフォンを操作して――……。

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