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とある師の昔話

登場人物一覧

黒鉄・相賀(p3n000250)
フリアノンの酒職人
ユーフォニー(p3p010323)
誰かと手をつなぐための温度

●とある師弟の話
 亜竜集落フリアノンは、今日はとても平和である。
 仕事に駆けまわるイレギュラーズがいるわけでもなく、行方不明者がいるわけでもない。
 とはいえ、人が住んでいるということは各種の生活物資も必要なわけで。
 数少ない娯楽品である酒も、非常に出が良くなる。
 つまりどういうことかというと……フリアノンの酒造所であり酒屋である、この家の主人……『フリアノンの酒職人』黒鉄・相賀(p3n000250)は、とても忙しいということなのだ。
 酒にせよ味噌にせよ、仕込んで一日で仕上がるものではない。丁寧に仕込んで毎日世話をして、それでも味に関しては安定はしても上物かどうかは多少の運も絡んでくる。
 ギフト「酒職人の神髄」を持つ相賀はマイナス面の偶発的要素はそれなりの確率で弾けるが、それは毎日の世話をサボっていいという意味ではない。
 丁寧に全力を尽くし、その上でどうにもならないものを弾ける。つまりはそういうことだからだ。
 故に相賀の酒造りに妥協はなく、毎日の作業は心血を注いでいるものである。
 この辺り、相賀のクソジジイっぷりを知る者からは意外に思われる部分ではあるが……仕事に関しては非常にストイックであるということが出来るだろう。
 フリアノンの酒事情はこうした相賀のたゆまぬ努力によって支えられている部分もあり、それは他の大集落と比べてもかなり自慢できる部分と言ってもいい。
 何しろ匂いの強いものを仕込む時にはわざわざフリアノンの「外」に作った作業所で仕込みをしているのだ。
 命がスナック感覚で奪われる覇竜でそれをやるというのが、どれだけ難しいことかは言うまでもない。
 それは最近相賀に弟子入りし酒造りも多少ではあるが手伝っている『ドラネコ配達便の恩返し』ユーフォニー(p3p010323)にもよく分かる。
 ……まあ、相賀の娘であり最近フリアノン3人娘と呼ばれるようになった1人は修行マニアなので、日中はほとんど居ないことも多いのだが……アレはアレで相賀の血を感じなくもない。
 ともかく、今日のユーフォニーは相賀の手伝いをしていたわけだが、酒や味噌などの入った甕の確認と、各種の材料の在庫チェックに品の受け渡し……作業は非常に多岐に渡る。
 場合によってはフリアノンの外に出ることも多く、かなりアクティブなことになるが、」今日はフリアノンの中で済む比較的平和な作業といってよいだろう。
その作業がひと段落して飲み物を飲む段階になって、ユーフォニーはふとした疑問を相賀へと投げかけてみた。
「む? 儂の話?」
「はい! 『つい最近まで結構ヤンチャしていたという噂』というのがずっと気になってます。どんなヤンチャだったのか……」
 目をキラキラさせるユーフォニーに、相賀は「ふーむ」と考え込むような仕草を見せる。
「嬢ちゃんも妙なことに興味を持つのう……」
「そこはまあ、折角弟子入りしましたので♪」
「そこも含め物好きじゃなあ」
 しみじみと言う相賀だが、まあ聞かれて隠すことでもない。しかし何を話したものか?
 ジジイの昔話ほど長いものはないというが、長々と語るものでもない。
「そうじゃのう……ああ、そういえばアレは話しても良さそうじゃな」

●とある過去の話
 それは、随分と昔の話だ。
 まだ相賀が20代の時の話になるだろうか?
 フリアノンから少し離れた岩山の上。そこに、とんでもなく旨いオレンジのなる木があるという。
 名前はない。デザストルオレンジ、とでも呼べばいいだろうか?
 その岩山から転がってきて運よく無事だったデザストルオレンジを食べた者は、疲れた身体が新品になるかのような感覚を味わったという。
 しかしその場所、残念ながら亜竜種の生存圏からはそれなりに離れた場所だ。
 その男もワイバーンに追われ逃げた先でそれを味わったというから、相応に運が良かったのだろう。
 だが勿論……黒鉄・相賀という男はそれで「はい、そうですか」と諦めるような物分かりの良い男ではない。
 そこに旨いものがあって、しかも自分が食ったことがない。となれば是非食ってみたいとなるのが相賀だった。
 だからこそその男を質問責めにすると、止められる前に相賀はフリアノンを飛び出した。
 手に持つのは重量感のある鉄杖が一本。武装としては頼りないながら、使い慣れた相棒ではある。
「さてさて、デザストルオレンジ。どんな味なんだかな」
 早々に道を外れ走る相賀だが、それがどれだけ命知らずな行いかは覇竜に生きる者であれば今更問うまでもない。亜竜種が比較的無事に生きられる安全圏とは想像以上に狭く、その安全圏を通っていてもなお亜竜種は簡単に死ぬ。
 故に、決まった道以外を通ってはならぬと誰もが子供に言い聞かせるし、新しい集落は念入りに調査を重ねて作られる。
 それでもなお死ぬ。とても、とても簡単に死ぬのだ。それを相賀は恐れない。
 いや、正確には恐れてはいる。恐れて尚好奇心と勇気と無謀を重ね合わせ、恐怖を駆逐しているのだ。
 フリアノンの悪童、20を超えてフリアノンの命知らず、と散々な言われようではあった。
 そしてそう言われて尚、相賀はそれを改めるつもりはなかった。
 自分は何でもできると思っていたし、何処にでも行けると思っていた。
 この話をユーフォニーに話している今現在ですら「落ち着いている」だけで、性格は全く変わっていない。
 さておいて当時の相賀は未知を前にして進む以外の道を選ぶ機などさらさらなく、最短ルートを爆走していた。そうするとどうなるか? 答えは簡単で、今日の場合は相賀を見つけたデミワイバーンが襲ってくる。
「ハ、ハハ! 俺を喰おうってか? ワイバーンどころか『デミ』のくせに生意気な! かかってこいよ、ブチのめしてやる!」
「ギオオオオオオオ!」
 叫び吐かれた炎のブレスを、相賀はサイドステップであっさりと躱す。
 空を舞うデミワイバーンはたとえ『デミ』であるとはいえ脅威で、戦闘に慣れていない者であればアッサリとデミワイバーンの餌と化す。しかし、相賀はそうではなかった。
「受けな……俺流棒術! 『すげえ飛ぶ投擲』!」
 槍投げの要領で投擲された鉄杖はガオンと音をたてて飛び、空中のデミワイバーンに命中し大きく吹っ飛ばす。
「ギ、ギガアアアア!?」
 あまりの衝撃に高度を落としたデミワイバーンは、自分を狙って再度投擲の姿勢に入っている相賀に気付き悲鳴を上げて飛び去っていく。冗談ではない。あんなとんでもないことをする奴など餌にはできない。その辺りのリスク管理はデミワイバーンの得意技だが、逃げていくデミワイバーンを見て相賀はチッと舌打ちをする。
「逃げたか……ま、いいか。連中の肉マズいし」
 脂肪分がなくパサパサしているだけならともかく、味が凄く不味い。
 あく抜きすればいいとかそういうレベルじゃなく不味いのだ、そんなものを頑張って食べる気もない。
「さて、と。確かあっち……だよな」
 そうしてデミワイバーンを撃退した相賀は昼前には目的の岩山の前に立っていたが……その麓で、巨人型モンスターのネオサイクロプスと睨みあっていた。
 どうやらオレンジの香りに引き寄せられてきたらしいが、その巨体では木ごと食われかねない。
「まぁたお前か……何処にでも出るな。しかし今回は譲れねえぞ。どうせ言葉は通じてねえだろうが、黙って譲ってくれるならお前の分もとってきてやるぞ。どうだ?」
 相賀のそんな提案に、ネオサイクロプスの答えは棍棒を振り上げること。
「やるってか!? 面白ぇ、さっき思いついた新技見せてやらぁ!」

●そして、今に至る
「その戦いはどうなったんですか!?」
「うむ。まあ、色々あって協力してオレンジを捥ぐことになってのう」
「え。何がどうなって?」
「うるさくし過ぎてアトラスがやってきてのう。奴もオレンジに気付いたもんじゃから、そこはまあ流れで……の?」
 まあ結果的にはデザストルオレンジはそれなりに仲良く分けたのだが、その味は今でも相賀は思い出せる。
「今まで食べたオレンジとは別物じゃったなあ。身体に染み渡り、全身が全く新しいものに生まれ変わるような……そんな体験じゃった」
「へえ……私も食べてみたいです」
「うむ。その時のデザストルオレンジの種をその後近くに植えたんじゃがな。オレンジを狙って毎年色んなものが来るようになったわい。ハッハッハ!」
 それは「ハッハッハ」で済む問題なのだろうか、とユーフォニーは思わないでもないのだが……最近までそうであったらしいという話を鑑みるに、それで許されているのだろう。
 しかしなるほど、確かにヤンチャではあるが……結構なヤンチャであったのは間違いないだろう。相賀にそのヤンチャをヤンチャで済ませるだけの実力がなければ、単なるアホが死んだ話になりそうなヤンチャっぷりではある。
 それを、つい最近まで……である。フリアノンの人々の心労を考えると、ユーフォニーはフリアノンの人々の苦労をねぎらいたくなってしまう。しまうが……まあ、相賀の貢献を考えればあんまり強く言えない部分もあるのだろうか?
 その辺の諸々を考えてみると、ユーフォニーはなんと言えば今の気持ちを表せるのか、じっくりと考えてみる。
 考えてみるが……やはり、答えは1つしかないだろう。
「ヤンチャ、だったんですねえ」
「ニャー」
 その辺を歩いていたドラネコが「そうだね」とでも言うかのように鳴くが、当の本人である相賀はどこ吹く風だ。
「うむ、よく言われるよ。昔っからの」
 そうでしょうね、とユーフォニーは諸々の感情を籠めて頷く。
 フリアノンの命知らずにしてヤンチャ男は他にも色々なエピソードを溜め込んでいそうではあるが……ユーフォニーが試しに聞いてみても「ほっほっほ」と笑ってごまかすだけで、話す気は一切無さそうであった。
 これはそんな、フリアノンのとある平和な一日の話である。

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