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IF//大切だから、散りましょう。

登場人物一覧

ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
高貴な責務


 貴方は散った。私の知らない間に。
 残された手紙に綴られた、きっと彼が吐き出せなかった本音の数々。彼から残された最後の言葉だというのに、それが苦しくて、信じたくなくて、頬を濡らす雨にまかせてくしゃりと握りつぶしてしまったのだったか。
 無意識の内にしわくちゃになったそれを広げたときには、「あいしてる」の言葉すらも歪んでしまって、これでは貴方のすべてを疑っていたような気さえして。目の前にいてくれたのならどれほど良かっただろうと。その体温に縋り付いて、珍しく我儘に睦言のみっつやよっつを強請ってやったかもしれない、なんて上から目線。

 隣にありえたはずの体温が消えてしまうことは、ひどく夢のようで。
 貴方の思惑に気付いた頃には、すべてが遅かった。

 貴方の形を象ったカタバミ。どうして、なんて言う前に走り出した私を拒むように、古びた教会に風が吹いた。
 黄色いその花は。ハレルヤを謳うその花は。彼を。私の大好きな、愛おしい彼を奪っていった。
 手を伸ばして、抱きしめて、そのまま走って行きたかった。けれど掌から透けて消えてしまったその花は、私に彼をひとつも残すことはなかった。
 その美しいきらめきのひとつすらも、残すことはなく。ただ一方的に別れを告げて逝ってしまった。
 悲しいくらいに美しい別れだった。
 どうして、なんて言えなかった。何もいいたくなかったんでしょう。それくらい気付いてた。気付いてあげることはできる。
 でも、受け入れてなんてあげない。苦しい。
 貴方が時々申し訳無さそうに呟いた「ごめんなさい」の意味を、今もまだ知ることはできずにいるのに。
 触れるほどに欲しくなって。想うほどに欲張りになって。それはきっと、貴方も同じだと、思っていたのに。

 結果として。
 鏡禍はルチアに何も告げずに逝ってしまった。けれど。運命だろうか、それとも必然だろうか。けほ、と咳き込んだルチアの口元からは、白い花が溢れる。
「これは……エーデルワイス……?」
 何が起きていたのかはわからなかった。けれど少しずつ思考が理解を得てきた。
 花言葉は大切な思い出。貴方がひとりで逝くことを選んだのだとしても、絶対に一人で逝かせるつもりはない。
 時折咳き込んでいた貴方が何を隠していたのか、今ならよくわかる。これは隠さなけれベア、心配されるに決まっている。花を食べていたなんて言い訳が通用するとも思えない。
 医者にも通った。どういった縁なのか、彼と同じ主治医だった。
「……はぁ、なんということか」
 彼の選択を思ったのだろう。医者の表情はどこか苦しげで、他人事というわけでもないのに笑えてしまった。
 花で引き裂かれた恋人たちへの手向け。備えられる花はないのに、きっと天国で花に囲まれた彼が待っている。
 だから、どうしてだろう。怖気づくよりも、早くその時が来ればいいのになんて思っていた。

 ――一つだけ心残りがあるとするなら、彼女がどんな花になるか知りたかったけど。どんな花だって。彼女を美しく引き立てることに違いない。

 完治させるつもり? ないわ。
 だって貴方の想像しているほど私は強くないから。恋人を失ってなお笑い続けるなんて、できない。
 忘れてのうのうと生きるつもりもないし、貴方を想って泣き続けるほど弱くもない。
 それが、貴方の愛した私。
 貴方を失って生きることに価値はない。そんなこと、望まない。
「貴方が今際に願った事は想像が付くけれど、その願いは聞くことはできないわ。ごめんなさい」
 もしも神が追いかけることを許さないのならば、同じように逝かせることを許すわけがないのだから。
 諦めてしまうなんて。いいえ、怒らないわ。
 希望を捨てるなんて。いいえ、わかってる。
 私のため。そして貴方自身のためだったのよね、今ならわかる。
 きっと何も彼のことなんてわかれていなかった。わかったつもりになっていたのでしょう。だからきっと、死んでから対話したい。してやる。そんな気持ちで、白い花を吐き出し続ける。
 唾液にまみれて出てくる姿は綺麗とはお世辞にもいい難いのに、吐き出せば吐き出すほど貴方へと近付いている気がして。貴方への想いを残せているような気がして。だからずっと、早く死にたいのだと思っている。

「ルチアさんは、ど……どんな結婚式が、したいですか?」
「え?」
「急すぎましたよね、す、すみません」
「ううん……そうね。綺麗な花に囲まれて、貴方と私の二人きり。今は、そんな結婚式がいいかな。貴方は?」
「うーん……そうだな。ルチアさんが一緒ならどんなものでも。それでも……ああ、そうだ。うんと素敵なドレスを、僕から贈らせてください。特別な日に着るものを僕から贈れたら、素敵じゃないですか」
「ほんと? それならうんと高いものにしちゃおうかしら、ふふ」
「う……依頼、沢山頑張らないとなあ。どんなおねだりでも、してくれていいんですからね」
「ふふ、そう? 楽しみにしてる」
 ショウウィンドウを飾るウェディングドレスをぼんやりと眺める。
 春先。ぬくもりを帯びた春風。結婚式の約束は叶わないのだろう。ならばせめて、来世で、なんて。
 一生をかけて貴方を愛すると誓うことだって、今すぐにでもできるのに、私の隣に貴方はいない。その事実がひどく苦しい。
 そういえば、故郷の伝承に「行方不明になった夫がクレバスで死んでいるのを見つけた妻が、ずっと一緒にいさせて欲しいと願ったら、エーデルワイスの花に変わった」なんて話もあったかしら。イタリアの空は高く、青く。時折吹き込む潮風は……どこか海洋に似ていた。そんな記憶。
 私も花になれば、彼とずっと一緒になれるのかしらね。指先にこぼれるエーデルワイスは、ルチアをあざ笑うようだ。
(彼はきっと、私が記憶を失ってでも生き延びることを望んでいたのだと思うのだけれど……全てを忘れてしまうことは、今の私にとっては死んでしまうのと変わらないわ。私であって私ではない誰かがこの世に在り続けるくらいなら、潔く総て散ることを選びましょう)

 死ぬときは。彼の望んだ姿で、なんて。
 自費なのはちょっぴり痛かったけど、死んでしまうのだから関係ない。持っていたものすべてを売り払って、素敵なウェディングドレスの足しにした。
 彼が死んだ教会で、一等素敵なドレスに身を包んで。抱きしめたカタバミは彼を奪った黄色。足取りはどこか軽い。きっと、彼へと続いているのだと信じているから。
「……全く。迎えに来るのが、遅いんじゃないの?」

 ――ごめんなさい。ずっと貴方に、生きて欲しかったんです。

「貴方がいないのに? 残酷なことをいうのね。でも、」

 ――……でも?

「これからはずっと、一緒よ――」

 空に口付けるように目を閉じたルチアは。
 触れた唇から、はらりはらりと溶けて、白に転じて。
 教会を包むようなエーデルワイスの春風――貴方という大切な思い出。
 どうか、どうか、永遠に。貴方と私の記憶が、咲き続けるように。

  • IF//大切だから、散りましょう。完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2023年03月10日
  • ・ルチア・アフラニア・水月(p3p006865
    鏡禍・A・水月からの提案

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