ＳＳ詳細
雪解け前のブルーモーメント
登場人物一覧
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バーカウンター横の専用のテーブルの上には、さまざまな形をしたお酒の瓶や、高級そうなグラスが並んでいる。
キドー・ルンペルシュティルツ (p3p000244)はそこから一本取り出した瓶の栓を、キュルキュルッと抜き、琥珀色の蒸留酒を立ったまま一口飲んだ。
今夜、はやくも二本目。
大事に胸に抱え持ち、椅子に座る。
いつもならラゴルディアが見咎めて、「無作法だぞ、腐れゴブリン」というところだ。そこから「うるせえ、クソエルフ」と返して、殴り合いのケンカに発展するのが定番の流れだが、今夜は違う。
キドーとエルフの異母兄弟が囲むテーブルには、時間を凍りつかせる沈黙が乗っていた。
カウンターの中では、うんざり顔の執政官のアリアンヌ・バダンデールが紫煙を燻らせている。
窓の外が暗くなり始めていた。
キドーがエルフの異母兄弟の弟の方、ネミアディアと酒を飲むのはこれが初めてのことだが、腐れ縁の友人にして事業のよきアドバイザーであるラゴルディアがいなければ、こうして三人でテーブルを囲むことはなかっただろう。
数週間前、キドーとラゴルディアは有志の仲間たちとともに南の孤島を根城にしていた女海賊たちを成敗し、島に捕らわれていたネミアディアを救い出した。
ネミアディアの体力が回復するのを待ち、二人をルンペルシュティルツ島の私邸に呼んだのが一夕のこと。
酒くみかわしながら、和解してもらおうと思ったのだが……。
ラゴルディアとネミアディアの前に置かれたグラスの酒は、天使がかすめ取っていく僅かかな量を除いてほぼ減っていない。
キドーはキドーの、ネミアディアはネミアディアの思惑と思想から、互いに視線を合わせる事もしない。ラゴルディアの視線は、へそを曲げた弟にずっと注がれている。アリアンヌは最初から参加していない。
まるで一人で飲んでいるかのようだ。
このままでは確実に悪酔いする。
（「勘弁してくれ……」）
以心伝心、言わず語らず、沈黙は金、といった言葉が示すとおり、事柄を全て表現しなくても聞き手は理解してくれる……なんていうのは幻想だ。
すくなくとも、今この場では。
この状況を打開すべく、何か行動を起こさなくてはならない。
キドーはアリアンヌを呼んで、胸に抱いていた酒瓶を預けた。
「見張っててくれ」
いまではすっかりラゴルディアのことを信用しているが、全身からゴブリン族に対する蔑みと軽蔑、キドー個人に向けた敵意を発するネミアディアのことはまったく信用していない。
うっかりテーブルの上に置いて部屋を出てしまい、ネミアディアに毒を入れられでもしたらお終いだ。
椅子から立ちあがると、隣に座るラゴルディアの耳に小声でささやきかけた。
「おい、クソエルフ。ちょっとこい、話がある」
返事を聞く前に歩きだす。
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キドーがアンティークのランプが輝きを放つ天井の下を歩いていると、後ろでドアが開く音がした。
すぐにラゴルディアが追いついて来て、「話ってなんだ、腐れゴブリン」と上から噛みつくように言った。
キドーは足を止め、ため息をついた。
「結局、オマエはアイツにどうなりたいんだ？」
「どうって……わたしは血の通った兄弟同志、力をあわせて生きていきたいのだ。過去ではなく、未来に目を向けて……キドー君の会社で共に働けたらいいなあって」
「キショ！！」
「なにが？！」
「テメェが君づけで呼ぶから！ 見ろ、鳥肌立っちまってるじゃねえか」
渋い顔で腕をゴシゴシさするキドーを見て、ラゴルディアはせせら笑った。
「ろくに風呂も入らん腐れゴブリンの肌は元々そんな感じではないか」
「なんだとクソエルフ、これでも最近はな――って、怒鳴りあってる場合じゃねぇ」
キドーはラゴルディアを二つ隣の部屋へ誘い入れた。
「あのな、ラゴルディア。テメェの話は最初から最後まで理路整然としていて反論の余地は一ミリもねェ。合理的といやぁ聞こえはいいが、なんか説教くせえンだよ。ビジネスの場ならそれもいいが、これは兄弟どうし仲良くしようぜって話しだろ？」
言われたことが理解できても、感情では納得できない。ネミアディアに限らず、誰にでもあることだ。
「……あれだけ言葉を尽くしたのだ。頭でわかってくれているのなら、いずれ時間が解決してくれる」
キドーは大げさに目を回した。
生ある時間は無限だと思っていやがる。これだからエルフは！
「そんな悠長なことを言っていたら、いつまでたっても兄弟で腹を割って話し合えねぇぞ。逆に時間が気持ちを遠ざけることもあるんだ」
そこでぐっと奥歯を噛んで、俺が生きているうちに和解しやがれ、という言葉を喉の奥におしとどめる。
（「ほとんどのヤツにとっちゃ人生は短けえんだよ。たく……」）
キドーの怒気に当てられて肩を落としたラゴルディアが、「じゃあ、どうすればいい」となさけない声を出した。
「実際に見せるしかねぇだろ。つまらねぇ偏見を捨てて、仲間と力をあわせればどんなことができるかを」
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二人でバーカウンターを設えた部屋に戻ると、ネミアディアは窓の外を見ていた。
カウンターの中から、ガッ、ガッ、ガッという音が聞こえてくる。
見るとアリアンヌが歯を食いしばりながらアイスピックで氷を砕いていた。
ラゴルディアはテーブルにつき、キドーはカウンターに寄る。
「何があったマリアンヌ？」
「なんだい、あれ。ゴブリンに使われて恥ずかしくないのかとか、エルフのくせにとか。ゴブリンだけじゃない、エルフ以外は全部家畜かなにかだと勘違いしてるんじゃないか」
昔はラゴルディアもそうだったんだよ、とは言わなかった。
かわりに労をねぎらい、もう下がっていいと言った。
「あとは俺たちだけで『仲良く』やるから」
マリアンヌは、ふん、と鼻を鳴らすと「氷をたくさん作っておいたから」と言い残して部屋を出ていった。
キドーは氷が入ったバケットを持って椅子に座ると、窓際に立つネミアディアに声をかけた。
「そんなところに立っていないで座れ。ラゴルディアから一つ提案があるそうだ」
ネミアディアは動かない。
キドーは肩をすくめた。
ラゴルディアは両腕をテーブルに置くと、手を組んだ。その手を見おろす。
「どうやら言葉だけではわたしたちのことを理解し、受け入れてもらえないようだな」
カーテンが揺れた。
少ししてネミアディアがゆっくりと振り返る。顔に怒りと軽蔑を滲ませていた。
「あたりまえです！ 我ら御三家のエルフは世界樹の護り手、すなわち世界を導く者。知性も魔法も持ち得ぬ、最底辺に属する野蛮なゴブリンと友情をはぐくみ、あまつさえその下につくなど……常識としてあってはならないことです」
ラゴルディアが目に強い光をたたえて顔をあげる。
「ここは混沌だ。我らの世界の『常識』は通じない。いや、その『常識』は変えなくてはならないのだ、わが弟よ！ 我らと我らの世界のより良き未来のために、『人』を種族や出身で分ける極めて愚かなことは止めなくてはならない」
「ゴブリンと肩を並べて歩け、というのですか？ はっ、さすが『時に燻されし祈』を盗みとられるだけのことはありますね。それで言いなりに――」
いい加減にしろ、とテーブルを叩いたのはラゴルディアだった。
先を越された形のキドーは、浮かした腰を椅子にすとんと落とす。
「それはわが友への屈辱だぞ、いくら弟でも許しがたい。『時に燻されし祈』は友情の印として、一時的に貸してやっているだけだ。腐れゴブリンがこのわたしから盗んだと？ 勘違いだ、謝れ」
勘違いでもなんでもなく、キドーが『時に燻されし祈』をラゴルディアから盗んだのは事実だ。
だが、さすがにキドーもここで口を挟まないだけの分別はある。
「誰にですか？ 兄さんはともかく、そこのゴブリンには謝れません」
「エルフと同等ではないから？」
「そうです」
「ならばゴブリンもエルフと変わらないということを証明しよう」
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ラゴルディアはネミアディアに、ローレットの依頼を受けようと提案した。
「元の世界に還りたいといったな。ならば在りもしないドアを探して混沌を彷徨うよりも、パンドラを集めたほうが早い。それに一緒に依頼に行けば、ゴブリンだけでなく、その他の種族の優れた面も感じられよう。彼らもまた『人』であること納得できるはずだ」
ネミアディアは少しうつむいて下唇を噛んだ。
混沌に召喚されて数年。
本当はネミアディアもうすうす気づいているのだ。
元の世界に戻れる方法があるとすれば、パンドラを集めて『混沌』の滅亡を防ぐのが一番早いということに。
「どうだ？」
「一つ条件があります」
元の世界に戻ったら、という前提でネミアディアが出した条件に、こんどはキドーが噛みついた。
「『時に燻されし祈』を寄越せだと！ テメェ、何を考えてやがる」
ラゴルディアは、キドーの腕を引いて椅子に座らせた。
「いいだろう。ただし、わたしが還るまではキドーが『時に燻されし祈』を持つ。いいな？」
「おい！」
「いいんだ、キドー。家族の絆を守るためならわたしは何でもする。 それに、宝珠が誰の手にあろうと関係ない。みなで共に力を合わせ、世界と聖樹を守ることこそが重要だ。わたしは混沌でそのことに気づいた。弟もきっと気づくだろう」
ネミアディアは意外な顔をして、渋々とラゴルディアの提案を受け入れた。
「では仲直りの印に乾杯しよう」
「ま、まだ仲直りしては――」
「いいから、ここにきてグラスを手に取れ」
ラゴルディアはグラスを持ち上げながら、隣のキドーに耳打ちする。
「誰かが聖樹を守らねばならん 。が、友よ、わたしはお前との約束を果たすまで何があっても還らないからな」
約束。それは混沌と元の世界をつなぐ橋をかけること。
二人にとって、もはや混沌は第二の故郷なのだ。
「我々は
- 雪解け前のブルーモーメント完了
- GM名そうすけ
- 種別ＳＳ
- 納品日2023年02月15日
- ・キドー・ルンペルシュティルツ（p3p000244）
・キドー・ルンペルシュティルツの関係者
・キドー・ルンペルシュティルツの関係者
※ おまけSS『やる気にさせるのもあたしの仕事』付き
おまけSS『やる気にさせるのもあたしの仕事』
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信じられない。
珍しくデスクで仕事をしていると思ったら、あのクソエルフ兄弟のためにローレットから取り寄せた依頼書を、これじゃない、これはダメ、とぶつくさ言いながら読んでいた。
この腐れ領主！
頭にきたので上から大量の書類をドサドサ落としてやった。
風圧でローレットの依頼書がデスクの両端から滑り落ちる。
「何しやがる」
「仕事をしやがれっていってんだ」
「してるじゃねえか、いま！」
それは仕事ではない。
ルンペルシュティルツ島のためでも、 ルンペルシュティルツ社のためでもなく、まったく個人的なことだ。
「ゆくゆくはうちの社員になるんだから、これはもう会社の仕事だろう。いわゆる先行投資！ まあ、俺が信用できるって思えるまでは、誰が何と言おうと非正規雇用の下っ端スタッフどまりだけどな」
いろいろ間違っているが、それは指摘せずにおいた。
寝首をかこうとするヤツを雇うのはどうなんだ。
一度や二度、依頼を一緒にこなしたからといってあの男女エルフの頭からゴブリンへの偏見が取り除かれるとは思えない。
いい女をみればすぐくどく、美しければ男もくどく、ナンパな兄のクソエルフと違って優等生で真面目そうではあるが、それゆえに思い込みの呪いを解くのは大変だろう。
「そーいやさ、なんであいつら似てないんだ？ 兄弟のくせに」
透けるような真珠の肌に輝く金髪、まさにエルフと言えばこう、といった見た目の兄に対して、弟は肌の色こそ白いものの、髪は茶で全体的にもっさい。ちょっと耳の長い人間って感じ。
「母親が違うんだとさ。あいつはそのことに引け目を感じていたらしい。その上、ある日他家へ養子に出されて、自分は要らない子だったんだと拗ねて捻くれた。慕っていた腹違いの兄貴に妬みの目を向けるようになるぐらいに」
「なにそれ、くだらない」
聞けば養子に出された先も、元の世界では実家と並んで重要な地位につく家柄だったとか。そこの跡取りになれたなら、むしろ喜ぶべきではないか？ 次男では正妻腹の子であったとしても、家は告げない。
それなのに兄を怨むのは筋違いだろう。
「まあな。俺も最初にラゴルディアからその話を聞いたときは、クソくだらねぇって思ったぜ。ゴブリンは腹違いの兄弟とか種違いの兄弟とか、ざらにあることだからな。ま、エルフの名家じゃ、大問題なんだろう」
「じゃあ、やめときな。よその家の問題に首突っ込んでも碌なことにならないよ」
そんなことより、溜まった仕事を片づけてくれと言うと、腐れ領主は唇をタコのように突き出した。
可愛くない。
まったく可愛くない。
「そうはいってもなぁ……。うちの相談役はあの性格だし、面倒くせえが社長の俺が手を貸してやらなきゃどうにもならねぇ。やつにはこれからもバリバリ仕事をしてもらわなきゃなんねぇし、魔法もまだまだ教えて貰わなきゃなんないからな。塞ぎ込んでもらっちゃ困るんだよ」
この腐れ領主はなんだかんだと普段からコケ落としていながら、いいとこの坊ちゃんでよく言えば天真爛漫、まっすぐな性格のクソエルフことラゴルディアが好きらしい。
何かと世話を焼く。
「そこまでいうならもう何も言わないよ。だけど、この仕事は先に片づけて欲しいね」
「ん～、今夜一緒に風呂に入って息子を洗ってくれたらやる」
「いいとも。ゴシゴシ洗ってやるよ。ちようどいい金属たわしが手に入ったところさ」
腐れ領主はひーっと悲鳴をあげた。
ぱしっと、頭を叩く。
最近はオレンジ色の髪をトサカにしていないので、気軽に叩きやすい。
「バカ言ってないでさっさと片づけな」
「オマエな……領主の俺をなんだと思ってるんだ」
「異世界で成りあがったくせして、いまだにびっくりするほど世話の焼ける腐れゴブリン。違うかい？」
「腐れゴブリンっていうな。それを俺に言っていいのはクソエルフだけだからな」
腐れ領主のキドーはまた唇を尖らせた。
可愛くないつーのに。
「よしよし。終わったら一緒に依頼を選んでやるよ、ベッドで」
「マジか？」
なんだかんだと言っているが、あたしもクソエルフ兄のことは気に入っているのだ。手ごろなオモチャとして。
あの陰キャの弟だって、陽に転べば――。
「おい、なにニヤニヤしてる？」
何を勘違いしたのか、腐れ領主が目じりをだらしなく下げ、鼻の下を伸ばしながら聞いてきた。
ベッドで、とは言ったが、ベッドの中で、とは言っていない。
依頼を選んでやるとはいったが、ナニをするとは言っていない。
「別に。ニヤニヤしてんのはあんたの方だよ。じゃ、しっかりやんな」
張りきって仕事をし始めたキドーを残し、執務室をでた。