PandoraPartyProject

SS詳細

Guirlande

登場人物一覧

イル・フロッタ(p3n000094)
凜なる刃
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女

 騎士団詰め所には叔母が勤めている。それ故に、スティアが顔を出すのは最早日常であった。聖職者である彼女は度々、顔を出しては叔母に差し入れをしていくのだ。
 そして、叔母の隣にはイルが居た。エミリアの補佐をしながらも騎士として研鑽を積むイルをスティアは応援し続けて居た。
 彼女が見習い騎士ではなく、一人前の騎士として聖騎士団の中で活動を始めたというのは少しの風の噂だが――イルに言わせれば「私は未だ未だ見習いなのだ」との事だ。
(多分、叔母様が厳しいだけだと思うけどなあ)
 イル自身は其れなりに経験を詰んできているはずだが、エミリアの下で騎士として登用されることを前提とするならばもう少し剣の腕を磨きたいという事なのだろう。
「叔母様、こんにちは。イルちゃんもこんにちは」
「ああ、スティア。すまない、エミリア様はちょっと席を外している。
 あ、と、あのさ、私、これから休憩なんだ。エミリア様のお遣いもあるのだが……一緒に来てくれるか?」
 もじもじとしていたイルは普段通りの騎士らしい礼装に帯剣し背筋をぴんと伸ばしていた。彼女の思い人の姿も無いことから、エミリアと共に呼ばれていって仕舞ったのだろう。
 その間に外部での用事を済ませたいというイルに「あ、リンツさんが居ない間に外の用事を済ますんだね!」と臆面も無く告げたスティアは「わああ、先輩は関係ないんだ」と叫ぶイルによって口を塞がれて仕舞った。

「――で、ええっと、何処に行くの?」
「ああ、注文してあった書籍の引き取りなんだ。資料なのだが、ちょっと手に入れづらいものであったらしくて海洋から取り寄せたらしい」
 フォン・ルーベルグの街を歩きながらスティアは「成程」と首を傾げた。うきうきとした足取りで前を行くイルは書店の場所を把握しているのだろう。
「海洋からって珍しい本なんだね」
「ああ、そうらしい。それで、少しだけ歩く場所だから……ちょっとだけ寄り道してきても良いとも言われている」
 菓子などを買おうかと振り向いたイルにスティアは頷いた。ふと、彼女を見遣れば服装こそは何時もの騎士服だが髪には可愛らしい桃色の花が飾られている。イルの眸と同じ色彩なのだろう。リボンで結わえた金の髪がふわりと彼女の楽しげな動きと共に揺らいでいた。
「イルちゃんの髪飾り、可愛いね。とっても似合ってるよ」
「ふふ、有り難う。これは私が見習い騎士の試験に受かった際に父がプレゼントしてくれたんだ」
 嬉しそうに髪飾りに手を遣ったイルは「宝物だ」と付け加えた。それ程高価な物ではない。雑貨屋でも買えるような一品ではあるが、イルはそれを大層大切にしているそうだ。
「イルちゃんのお父様って……」
「あ、そういえば、あんまり詳しく説明してなかったかな?
 なんだか、話す機会もあんまり無かったし……そうだなあ、実は……」
 イル・フロッタという少女は『一応』は天義の貴族に連なる血筋の娘だ。一応、というのはフロッタという家門が天義には存在していないからである。
 イル自身は純種ではあるが、その血は半分旅人の者が混じって居る。所謂、混血の状態ではあるが、混沌で生まれた以上は人間種なのだろう。
 その人間種の血――彼女の亡き母が貴族の令嬢であり、元々は騎士を輩出する家系の娘であったそうだ。あった――というのは母親は生家を追われた身であるからだ。自分から出て言ったと言っても差し支えはないのだろうが、天義というお国柄それは余りにも『不正義』な事情であったらしい。
 イルの母親はレアという。イルに良く似た金髪の愛らしい令嬢であったそうだ。
 彼女には二人の兄が居た。何方もが聖騎士となり現在も活躍している。騎士になるべく育てられ、騎士になることが約束された家系。それは女子であれど例外では無かったが、レア自身は病弱であった事から騎士になる事は無かった。その分、家を支えるべく勉学に励んでいたらしい。
 貴族の子女らしく彼女には『神が決めた』婚約者がいた。今こそ、神の威光も少しばかり落ち着いて来た天義ではあるが当時は『神こそが全』であった時代だ。当たり前のようにレアの婚姻は定められた未来であった筈なのだ。
 だが――彼女はとある旅人の青年と出会った。冒険者の真似事をするように混沌各地を歩き回っている青年だ。人間種と酷似した外見をしている特異運命座標よそものは病弱な貴族令嬢に冒険譚を届けに毎日通ったらしい。
 最初の出会いはと言えば、偶然のものだった。買い出しに出掛けたレアの落としたハンカチーフを拾った程度の事だ。「落としましたよ」と穏やかに声を掛けた青年にレアは一目惚れをした。それが神への手酷い裏切りになるとはしりながらも、どうしようも無く惹かれたのだ。
 お礼をしたいと彼を呼び出して話を聞き、その冒険譚にレアは惹かれた。心躍らせ、もっとその話を聞いていたいと――そこからは真っ逆さまに恋に落ちた。
 逃れられぬ愛に雁字搦めになってからレアはあるまじき行動を取る。神を裏切ったのだ。つまりは、彼女は聖職者と婚約破棄をし、駆け落ち状態で青年と婚姻関係を結んだ。
「それが私の父と母だ」
 つまり、イルという少女は旅人の血が半分入っているが故に『貴族の家系ではあるが認められなかった娘』なのだという。
 国家柄非常に不名誉な出自を持ったイルは騎士として大成することが母の名誉の回復で有り、父の姓を名乗る自身を改めて母の家門に向かえて貰い母の遺骨を返す事に繋がると認識しているのだという。
「ミュラトール家――ああ、お母様の生家なんだ、ミュラトール。そこにな、母の遺骨を戻してやりたいと思ってる。
 私が騎士として立派になれば、ミュラトールも私を無視できない。勿論、父のことだって蔑ろにし続けられない筈なんだ」
 胸を張ったイルはその為に騎士になろうと懸命に努力をし、幼い身の上で『見習い騎士』の称号を得たらしい。
 その際に父がなけなしの金で購入したのがこのリボンなのだそうだ。可愛らしい桃色の花。幼い娘に良く似合う品だ。
「イルちゃんは、お母様のために頑張ってるんだね」
「うん。けど、最近はあんまり其れが理由になってないかもしれないな。
 ……最初は、お母様のために私は騎士として強く在らねばならないと思い続けていたんだ。この髪飾りだって、着けるのが怖かった」
 盲目的に母を愛していた父は、『レア・ミュラトール』の為にイルをミュラトール家の騎士にしたかったのだろう。レアがなる事の出来なかった当たり前の未来に代わりに娘のイルを据えようとしていた事など簡単に想像できる。
 イルの父は母の為にとイルを騎士にするために献身的であったらしい。其れがせめてもの母への救いになると考えて居たのだろうか。イルも、父親もレア・ミュラトールという娘に囚われてばかりだったのか。
 それでも、余り在る愛情の中で育ったイルは其れを可笑しな事だとは思わなかった。寧ろ、父と母の愛の結晶である自分が為すべき事だと認識していたのだろう。ある意味で歪んでいる。スティアは口にしなくてもその様に感じていた。
 普段から明るく振る舞っているイル自身にもその様な過去があるのだ。彼女が挫けることなく成長したことはある意味で奇跡だったのだろうか。
「でも、さ、今はそんなことを思わないんだ。だって、私が幾ら頑張ったって、これは私の成果でしかなくて、母はもう死人だ。
 死人に口なしとは言うが、母が月光人形になった時にだって、思った。『屹度、母は私がどうしようと大して興味は無かっただろうな』って」
「それは……」
「あ、深い意味はないんだ。騎士である私なんて、母はあまり興味は無かったと思う。
 ただ、私が騎士だろうが聖職者だろうが、唯の女の子だろうが……お母様は気にしないで私を、ただのイルとしてみてくれただろうなって」
 彼女は恥ずかしそうに笑った。スティア自身も母を亡くしている。スティアの場合は『生まれたときに亡くした母の愛』をある種、あの恐ろしき夜に改めて触れることが出来たとでも言うべきなのだろうか。何となくだが、イルの言いたいことが分かるような気がしたのだ。
「……そうだね。屹度、そうだと思う」
「うん。で、今の私はスティア達と一緒に努力して行けたらなと思って騎士を志しているんだ。
 イレギュラーズみたいに強くは戦えないけれど、此処から真っ直ぐに歩き出して行ければスティアの隣に居られるんじゃないかなって思うんだ」
 自信満々に微笑んだイルは「だから、その決意で髪飾りを着けてみた」と恥ずかしそうに微笑む。
「うん、とっても良いことだと思う。嬉しいな、一緒に頑張ってくれるだけでも本当に幸せだよ」
「ふふ。なんだか私の決意表明みたいになってしまったな……まあ、その、何だか恥ずかしいけれどそういう事なんだ」
 イルは何処か目線をうろうろとさせてからふんわりと笑った。
 スティアがプレゼントしてくれた短剣は懐刀としてしっかりと持っている。身を守るお守りになるだろうとしっかりと持ち運ぶことにした。
 調理用具も父と一緒に料理の勉強を始めた。最初こそは父は「騎士には必要ないだろうに」と困った顔をして居たが、イルの心境の変化を感じ取ってから協力してくれるようになったそうだ。
 そんな思い出を沢山日記帳に記してイルは毎日を過ごしてきたらしい。沢山の努力の結果に「偉いね」とスティアは微笑んだ。
「ふふ。頼り甲斐のある友達になれるかな?
 スティアが困ったときは私を呼んで欲しい。スティアが疲れたときは私が支えるし、スティアが悩んだときは私も一緒に考えたいんだ」
 イルは胸を張る。恥ずかしげも無く、自分自身の立場を堂々と語る。そんなイルにスティアは「やったー」と万歳をして見せた。
 ちょっとだけの気恥ずかしさ。それから、沢山降り積もった喜びがそこにはある。
「でも、イルちゃん。私の為だけじゃないでしょ? ほら、例えば……」
 スティアが言葉に含ませたのはイルの片思いの相手のことだった。名門騎士の家系であるコンフィズリーの青年。一度は没落貴族としてその名を知られていた彼ではあるが、今は聖剣の使い手として知られるようにもなってきた。
 彼を先輩と慕うイルは随分と長い間片思いを続けてきていた。家の復興の為にと努力を重ねるリンツァトルテには全く以てイルの恋心は伝わっていないのだろうが彼女が騎士として研鑽する理由の一つではあろう。
 かあと思わず頬を赤らめたイルが「ち、違うんだ。そんなやましい思いがあって、騎士を志しているわけでは決してなくて」ともごもごと言葉を連ね続けて居る。
 慌て続けるイルを見ているだけでスティアは可笑しくなる。是だけ分かり易いのだから、この友人の恋が叶えば良いのにと願わずには居られなかった。
 何時だって応援をし続けているが相手も強敵なのだ。
(もう少し、二人の中が暖まってくれれば良いのになあー。イルちゃんには幸せになって欲しいし!)
 恋のキューピットを目指すスティアは『先輩』の事を思い浮かべては表情が緩むイルの様子を微笑ましそうに眺めていたのだった。
 その調子で街を歩いていると、可愛らしい雑貨屋が眼に入る。店構えは古びているがそれも趣があって良い。イルはその店舗の看板を見てからはっとしたように顔を上げる。
「あ、スティア。待っていてくれ」
「どうしたの?」
 雑貨屋の中に入っていったイルは何かを直ぐに購入して戻ってくる。目的は定まっていたのだろう。そそくさと購入してきた紙袋を大切に握りしめていた。
 プレゼント包装をする暇は無かったのだと告げたイルにスティアは首を傾げる。一体何の話しだろうか、と問い掛けたところで――
「ごめん、ちょっと急いだからこんな普段通りの渡し方になってしまうのだが……」
 イルはその紙袋をスティアへと差し出した。どうやら、スティアへの贈り物らしい。
 紙袋を受け取ったスティアは「開けて良いの?」と問い掛けた。開ければ可愛らしいリボンが付いた髪飾りが入っている。その花はイルの髪に飾ってあるものと同じだ。
「この雑貨屋で父が購入したのを思い出したんだ。色違いだが、おそろいだな」
 スティアに似合うようにリボンの色を選んだのだと自慢げに笑ったイルにスティアは其れを髪に宛がってから「似合うかな?」と微笑んだ。
「うん、似合う。今度、それを着けて出掛けよう」
「うんうん、そうしようか!」
 約束だよと微笑んだスティアにイルは「何をしようかな」と足取り軽く書店へと飛び込んでいく。勿論、静かな場所に勢い良く入ったため彼女は慌てて「あっ、お騒がせしました」と頬を赤らめたのであった。
 当初の目的であるエミリアのお遣い。それは本の受取りだ。何故か、騎士団詰め所から距離のある本屋をセレクトし、イルを遣いに出している時点でスティアは疑問に思っている。
 そもそも、エミリアは貴族だ。欲しい本があればヴァークライトの名を使って屋敷に届けさせれば良いではないか。イルには何かの資料だと伝えているようだが、果たしてそれは本当なのだろうか。
「……イルちゃん、本は受け取れた?」
「あ、ああ。依頼書を渡したら直ぐに貰えた。私が欲しがっても違和感がないものだそうだが、何なんだろうな?」
 首を捻ったイルにスティアは更に疑いを強くした。絶対に資料じゃない気がして鳴らないのだ。
「何の本だったのかは分かった?」
「……分からない、けれどエミリア様は『見ないように』と言っていた」
 顔を見合わせたスティアとイルは注文書を覗き見て、不思議そうな顔をした。到底エミリアが頼むとは思えない書物であったからだ。
 何処かのロマンス小説のようなそれはエミリアの趣味なのか、もしくは何処かの誰かの愛読書をエミリアが興味を持って取り寄せたのかは定かでは無かった。
「……スティア、見たことは言わないでくれ」
「え?」
「スティア、駄目だぞ」
 二人揃って行き着いた答えがあの褐色肌の『エミリアの元婚約者』が関わっていそうだという事は――取りあえずは、口にしないでおこう。

 ……余談ではあるが「エミリア様、本を貰ってきました。私くらいの年齢の子が欲しがる本だと店主が言っていたのですが」と『一応』言って見せたイルにエミリアは大慌てをしたそうだ。
 そして更に余談ではあるが、騎士団の詰め所付近でスティアが出会った褐色の肌の男、ダヴィットが『流行のロマンス小説を愛読書にしており、その内容を使ってエミリアを口説き落とそうとした』という可笑しな情報を入手することになる。「本の内容でしょう、下らない」と一蹴したエミリアではあるが、内容が気になったのか取り寄せたのだろう。
(私の周りって何だか、不思議な恋愛をする人が多いんだなあ)
 恋にはまだまだ無頓着なお年頃のスティアはそんなことを思いながら騎士団詰め所を後にした。

  • Guirlande完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2023年02月09日
  • ・スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034
    ・イル・フロッタ(p3n000094

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