PandoraPartyProject

SS詳細

武器商人とクウハと子どもたちの話~はじめましてこんにちは~

登場人物一覧

リリコの関係者
→ イラスト
リリコ(p3n000096)
魔法使いの弟子
リリコの関係者
→ イラスト
武器商人(p3p001107)
闇之雲
クウハ(p3p010695)
あいいろのおもい

 破滅が近い。
 未来は暗い。
 鉄帝は崩壊し大乱。天義では爛れた神託降り、ラサはザントマン事件再来。各地で根源存在冠位魔種が暗躍している。
 だがさしあたって、クウハはそんなこと、興味がなかった。あるのはただひとつ。
「慈雨」
 唯一無二の主人への興味関心。
「なんだい、アタシモノ
 主人はクウハのことをそう呼ぶ。その甘い声が、クウハは好きだ。
 触れれば壊れそうな白い肌が、じつは強靭で何者も侵せないと知っている。そのうなじへ赤い痕をつける瞬間が、クウハは好きだ。
 手の込んだ、たおやめのごとき衣装は、じつは魔術礼装であり、びっしりと狂気めいたあらゆる術式が書き込まれていると知っている。その衣装の前を割り、中へ包み込まれる瞬間がクウハは好きだ。
 ぬくもりがないようで、あるところも、クウハは好きだ。自在にすべてを操ってのけるのに、あえてそうしないところもクウハは好きだ。不自由で不格好で、なにもかも意のままにならない、有限の存在へ寄り添おうとするところも。なにもかもが大好きだ。
 昨日よりも今日の方が、主は美しい。きっと明日になれば、さらに美しくなるだろう。
 それが流れていく自分の魂のせいなのか、客観的事実なのかもクウハにはわからない。好意を抱いた。愛したいと願ってしまった。久遠の罪業に身を焼かれようとも、隣へいたいと考えたから、そんなのはもう、どうだっていいのだ。
 道なき道を歩むが如く、暗澹たる未来に視界が閉ざされようと、隣へこの存在が居てくれるなら、己は何もこわくはない。ただひとつ恐れるものがあるとすれば……。
「慈雨」
「どうしたんだい?」
 この存在から注がれる「愛」が、消えてなくなること。慈しみの雨に降り籠められて、何も聞こえなくなったとしても、それは本望だ。願望の成就だ。喜ばしいことだ。けれど、その雨が遠のいた時、自分はたしかに、地獄へ投げ込まれることだろう。この身に恐怖の対象などなにもないと思いこんでいたけれど、そうではないと気づかせたのは、気づかせてくれたのは、武器商人、いまクウハがその膝へ頭をあずけている存在にほかならなかった。
 やさしい手がクウハの髪をすく、頭を撫でる。閉じたまぶたをつつく。指先がまつげへ触れる。眉をなぞる。そうされるたびに己の輪郭が浮き彫りになっていくようで、クウハはそんなすこし退屈で、たまらなく心地良い時間を楽しんでいた。
「慈雨」
「なァんだい、アタシモノ
 名を呼ぶ、答えてもらえる。それこそが目的であるから、べつになにかをなしたいわけではないのだ。呼んでいないと、この存在は遠くへ行きそうで、そんなはずはないと理性が打ち消すも、衝動は止まらない。
 クウハはとじていた目を開けた。色とりどりのカーテンが天井から下がっており、あるかなきかの風に揺れている。そのたびにカーテンは鮮やかで微妙な色彩を放ち、ソレと一匹のこの空間を周囲の喧騒から守ってくれている。これらもまた、武器商人の魔法のひとつなのだろう。
 魔法と呼ばれると、武器商人は首をひねるかもしれない。太陽が昇れば日がさすように、ソレにとっては自然で当たり前のことだ。こうあれかしと願う、それだけで力が発動する。もちろんその力の流れを制御し、体系立てて講義する知見も、武器商人は兼ね添えている。しかしながら武器商人にとって、力の流れは呪文を始めとする命令でひっつかみ、強引に振り向かせるものではなく、おいでと呼ぶような、こちらへと誘うような、その程度のものだと言うだけだ。その量が莫大であり、余人には生涯かけても到底たどりつくことができない境地に居るだけであって、武器商人にとっては、朝の次が昼、昼の次が夜、だいたいそのくらいのものでしかない。
「慈雨」
「かわいいモノ、かわいいおまえ。何か叶えてほしいことがあるならば、何でも言ってごらん?」
「べつにそんなんじゃねえ」
「そうかい? いいんだよ、遠慮なんかしなくったって」
「遠慮があればこうしてねえ」
 ソファへ横になっていたクウハは、すこし転がって武器商人の腹へ顔を埋めた。白檀の香りがする。体臭というものが、このモノにはない。魔術礼装へ焚きしめた香だけが、武器商人の有り様を教えてくれる。すこし寂しく思いながら、クウハは胸いっぱいに白檀を吸い込んだ。こうしてぬくもりがあって、呼吸もして、鼓動も聞こえて、だけどそれは全部作られたものでしかなく。クウハの有り様とは若干違うところで、武器商人は在る。
 クウハ自身、自分の正体を知らないところは、武器商人と似ているかもしれない。己はエレメンタルの集合体がヒトの姿を真似たのみなのかもしれない。クウハとしての自意識を最初に抱いたのは、いつだっただろう。100を越えたあたりで面倒になって数えるのをやめた。真相は藪の中。それでいい。光を当てないことで、輝く宝石だって、世の中にはあるのだ。きっと、自分たちはそれに近いのだろうと、クウハは感じていた。とろとろと眠りがせりあがってきて、頭の中がぼんやりしていく。
「もう一眠りするかい、クウハ」
「オマエがかまわないってんなら」
「かわいいモノ、猫はいつだって気ままに振る舞っていいのさァ。飼い主サマは、猫へ奉仕するのが喜びなのだから」
 ああそんな甘い言葉をくれるんじゃねえ。慈雨。俺はどんどん勘違いしていくじゃないか。まるでこの世界にふたりきりのような気がしてくるじゃないか。実際は違うんだ。オマエは誰のものでもなく、しかしてオマエは常に誰かの隣りにいる。今は単純に、それが俺様のそばだってだけで。わかっちゃいるんだ。
「どうしたんだい? 不機嫌そうな顔をして。アタシはなにかつまらないことを言ったのかい」
 慈雨が眉を下げる。慈雨はやさしい。甘い。毒入りの林檎みたいに。俺様は離れられなくなっていく。どこかの昔話の林檎は、赤と青とで色が分かれていて、おいしそうな赤には毒入り、まずそうな青い面は無害。慈雨は俺へいつだってとびきり赤い方をくれる。つやつやした表皮、口の中で弾ける果汁。蜜たっぷりの果肉。俺様は抗えない。誘惑を目の前のして、平静でいられるはずがないだろう。だけど慈雨、オマエからのなら、俺様は毒入りだって食らってみせるさ。安心しな、こう見えて悪霊だ。毒。麻痺。悪夢とは友人だとも。
 砂糖菓子みたいな手がクウハの猫耳フードを引っ張る。
「気分を変えて遠出でもしてみるかい?」
「どこへ?」
「さァ、どこにしようね。どこでもいけるし、どこにも行けない。クウハ、おまえ自身が決めなくてはね」
「そういう問答は嫌いだ。慈雨が決めてくれ」
アタシがかい? いいとも、おまえがそれを求めるならば、アタシは応えよう」
 ふむと武器商人は思案している。
「ここなんてどうだい?」
 武器商人が手を伸べて、空間をぐうるりとかき混ぜる。色彩が乱れ、何もない中空へぽっかりと丸窓が空き、異国情緒あふれる景色が見えている。
「……豊穣か」
「察しが良いねえ。さすがはアタシ眷属モノだ」
「豊穣のどこへ行くんだ?」
「黒影の旦那のところ」
「なんだっけ、孤児院の子らがいるところだっけか」
 そうそう、と、武器商人はうれしげにうなずいた。
「あの子たち、あまり外へは出られないようだし、いい機会だから護衛という名目でうっぷんばらしをさせてあげようかと思ってね」
「お優しいこって」
「なんてね、本当はアタシモノをみせびらかしたいだけ」
 きれいに笑う武器商人には邪気のかけらもなく、クウハは了承するしかない。慈雨が言うなら、と、重い腰を上げた。

 ソレと一匹の周りに、子どもたちが大喜びで集まってきた。興味津々の視線がクウハへ。
「あらためて紹介しようか、クウハだよ。アタシのかわいいモノアタシの大事な眷属モノ
「へええ、武器商人しゃんの眷属なんでちか?」
「そうだ。よろしくな」
 クウハが答えると、武器商人はねじくれた水色の翼を持つ少女の頭へ手を置いた。
「この子はチナナ。孤児院の最年少の子だよ。すこしおしゃまかな。早く大人になりたくてたまらないみたいだよ。かわいかろ?」
「まあな」
 武器商人は今度は青と緑のオッドアイの少女の頭へ手をのせた。照れているのか、少女は「やめなさいよ!」と大きな声を上げる。けれども、抗う様子はない。
「ミョールだよ。リリコと同じくらいか、ちょっと上かな。まったくもって素直じゃない。でも面倒見がいい。それでもって、けっこう一途」
「なんなのよ、性格診断なら他の子でやってよ!」
「とまあ、こんな感じで、からかいがいがある。噛みつくのも吠えるのも上手。まるでチワワみたいだね」
「人のことチワワ呼ばわりって! 覚えときなさいよ、武器商人!」
「……はは」
 元気が良すぎるミョールの反応に、クウハは笑ってごまかした。
 武器商人がシトリンの瞳の少女の頭を撫でる。クウハは眉を寄せた。かすかな違和感があったからだ。
「この子はロロフォイ。愛らしかろ? こう見えて男の子だったりするんだよ。でもね、かわいいものに目がないのさ」
「ああ、男なのか。どおりで」
「うん、そうだよ。ボクは男だよ」
 ロロフォイはしごく当然と言いたげに、にっこり笑った。それにしてもひよこ色のワンピースがよく似合っている。長い金髪を彩る、くってりした黄色いリボンのカチューシャもかわいらしい。クウハほど感覚が鋭敏でなければ、ふつうに女の子と言い張っても通るだろう。
「ボクね、カワイイものが大好きなんだ。いまね、お裁縫を習っていてさ。武器商人さんのね、このワンピみたいな、カワイイ服をたくさん作ってみせるよ」
 ロロフォイの頭をよしよしと撫でた武器商人は、ついで翠の髪の少年の頭へ手をやった。
 クウハは気づいた。彼の耳が根本から削ぎ落とされていることを。髪を伸ばして隠そうとはしているが、本来あるべきはずのものがないのは、どうしても露見する。
「こっちの子がザス。よくユリックについてまわってる子だよ。無邪気でね。意外と食いしん坊だ。ほどほどにおばかさんで、ちょっとこわがりで、愛嬌があって、誰とでも友だちになれる。……そして、ミョールなんか比べ物にならないくらい、一途さ」
「は? どういう意味? 武器商人」
「ヒヒッ、怖い顔するんじゃないよ、ミョール。自分だってザスの持ってる人形のことは、よく知ってるだろう」
 ミョールが不服そうに黙った。ザスの肩掛けカバンには、30cmほどのきせかえ人形がある。翠の着物を着ていて、赤い帯を結んでいるそれは、ピンクブロンドの髪と、こんじきの瞳を持っている。かつてセレーデという少女が居たのだと武器商人は語る。あまりそれに触れてはいけないなと、クウハは察した。武器商人の顔に、影がさしたからだ。同情と憐憫と悲哀、そんなものを瞳へ宿す主人など、見たくはない。
「んー、しょうがないよ。しょうがなかったんだ、あの時は。だから、しょうがないんだよ」
 ザスは何度もそうくりかえした。まるで自分へ言い聞かせるみたいに。軽薄そうな見た目とは裏腹に、存外重いものを抱えている少年だと、クウハは感じた。
「このザスって子はね、初恋の相手をずーっと想ってるのさ。振り返られないとしても、自分が選ばれなかったとしても、それでもいいってくらいにね。ヒヒ、健気だろう」
「なんの話でちか?」
 チナナが好奇心で瞳をきらめかせる。そういう話ではちょっとないんだよと、武器商人はチナナの頭を再度撫でた。
 クウハは、すこしだけザスへ親近感を持った。報われない想いを抱き続けるのはつらい。そのつらさを、自分もよく知っている。
 それから武器商人は、金髪のウルフカットの少年の頭をぽんぽんたたいた。くすぐったそうに肩をすくめる少年。その首元には、ごつい3連チェーンの金の首飾りが誇らしげに主張している。
「ユリックだよ。ラサの出でね、そのせいかカフェオレみたいな肌の色だろう?」
「いいだろ。太陽から愛でられている証なんだぜ」
「それ、キミのご母堂のセリフかい?」
「そうそう。さすが武器商人のにーちゃん。あいかわらず鋭いな!」
「にーちゃん?」
 クウハは思わず聞き返した。善悪も裏も表も性別もまぜこぜの武器商人を、そう断定するからにはなにか根拠があるにちがいない。クウハが問うと、ユリックはふしぎそうにクウハを見た。
「なんか男っぽくね? そりゃ色っぽいのはたしかだけど、俺のキャラバンには、そんな男ごろごろしてたぜ」
「キャラバン?」
「そうそう、俺はキャラバンで生まれて育った。だから俺には故郷ってのがない。歌と踊りと、肉とうまいメシ、それから占いと夜。それが俺の故郷ってやつかもな」
 年の割には、いっぱしの口をきく子だとクウハは考えた。頭の回転が速いのだろう。勉強なんかは苦手そうだが、それとはべつに世間知や感情の機微というものがある。この子はそれに通じているらしい。
 武器商人はさらに年長らしい年上の男の子の頭へそっと手を添えた。平々凡々とした少年だが、血のように赤い髪と目が印象的だ。腰には神秘の品らしい銃を帯びていた、が、そんなことより、彼が着ているファイアパターンのTシャツのほうがよほど気になった。ぶっちゃけダサい。よくもまあそんなものを着て歩けるものだと、クウハは逆に感心した。
「ベネラーという子だよ。まあいろいろと事情があるけれどね、基本的には真面目ないい子さ。ヒヒ、すこしばかりお硬すぎるきらいはあるけれどね、安心おし、そんなところもちゃーんとアタシはわかっているともさ」
「お気遣い感謝します、武器商人さん」
 そういえばパルルがこいつを目の敵にしていたなと、クウハは思い出した。なんでも信仰上の理由がどうたらとか、ワケワカンナイとパルルが毒づいていたっけか。
「あー、カミサマとか信じてんの? オマエ」
「僕は天義の出身ですから。神の実在は当然のことと受け入れています」
 ふむ、こいつはややっこしそうだ。ちょっとしゃべっただけで、クウハはベネラーに相容れないものを感じた。まあこれだけ子どもが居れば、そんなこともあるよなと思い直す。それから武器商人が、最後の子の頭へ、祝福するかのように手を置くところを見ていた。
「リリコだよ。おまえも見覚えがあるんじゃないかね?」
「お気に入りだっけか」
「そうだよ。アタシの弟子さ」
 あんまり自慢げに武器商人が言うものだから、ちょっとばかり妬ける。その少女は、武器商人にとって、特別な子なのだということがわかるから。言うなれば自分へ注がれるはずの慈雨が、この子へも降り注いでいるようなもの。自分が受け取るべき甘い感情を、この子も受け取っている。だがクウハは彼が思っているよりずっとオトナだったし、自分の感情へ蓋をすることだってできたから、少女へ向かってかるく会釈をした。
「……こんにちは、クウハさん」
「ワカサギ釣りの時ぶりだっけか」
「……そうね」
「その、喋る前に黙るくせ、なんとかなんねえ? 会話のテンポが悪い」
「……とっても、ごめんなさい。だけど……」
 魔物に食い殺された両親から、遺言を告げられたのだそうだ。「何があっても静かにしているように」と。自分が言葉を発することで、不幸を呼んでしまう。なのでなるべく言葉を吟味して、最低限しかしゃべらないでいるらしい。ひどい思い込みが、リリコの中には根深く植わっている。
「難儀なこった」
 事情を知ったクウハはそうとだけ反応した。
「まあいいや。オマエら、ヒマなんだろ?」
「ヒマー、超ヒマー」
「ひまーひまー」
 ユリックが辟易したように首をまわし、ザスがおもしろがって口真似をする。ここでの暮らしぶりは悪くないどころか贅沢なくらいだが、常に監視の目がついているのはしんどいだろう。クウハは手をポンと打ってニンマリ笑った。
「聞いて驚け、今日はこの旦那がオマエらを哀れんで外へ連れ出してくださるってさ」
 こどもたちが目を丸くし、ついで喜んで飛び上がった。次々と重なる「ありがとう」「うれしい」。
「人気者だな、旦那」
「そうでもないさ。アタシくらい、誰にでもすぐなれるよ」
「旦那は自分のことをもっと知るべきだと思う」
 武器商人はこくびをかしげ、すぐにどうでもよくなったようだ。なにせあちこちから魔術礼装の裾を引っ張られ、早く行こうとせがまれている。
「それでは行こうか。おいで、みんな。もちろん、クウハもだよ。アタシモノ
 馬車はぽっくりぽっくり道を行き、高天京へと到着した。立派すぎるくらい立派な、屋敷のような甘味処。黒い壁は鏡のように磨かれており、外装だけでもため息をつきたくなるくらい豪奢だった。武器商人は軒でも借りるような気安さで、平然と暖簾をくぐる。クウハと子どもたちは、おっかなびっくりその後へ続いた。すぐに一行は二階の広間へ通された。人数分の膳が並び、白玉ぜんざいを始めとする和菓子が彩りよく並んでいた。箸休めの塩昆布も添えてあるところが、クウハは小憎らしく思う。
「予約入れてたのかよ旦那、いつのまに」
「ちょいとごにょごにょしただけさ。豊穣支部長から、ここのはどれも絶品だと聞いてね」
 おいしそうにぱくつく子どもたちを、武器商人は優しい目で見ている。その目に自分だけが映ればいいのにと思ってしまうのを、クウハは止められなかった。

PAGETOPPAGEBOTTOM