PandoraPartyProject

SS詳細

イノセント・シャドウ

登場人物一覧

アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮
アルヴィ=ド=ラフスの関係者
→ イラスト

 ――殺しすぎた。

 アルヴァは周囲を見て、噎せ返るような血の香りを振り払うように頭を振った。
 もう残っているのは数人だけ。彼らも無惨に殺された仲間を見て、逃げる気力を失い、恐ろしさに震えている。

「……お前らが悪いんだろ」

 呻くように言う。
 そうだ、こいつらが悪いんだ。アルヴァは罪悪感を怒りに変えて、残りの山賊に刃を振り上げる。

 山賊なんてしているから。
 人から金品を奪う、野蛮な事をお前らがするから。
 だから人は苦しむ。無辜の人が苦しんで、お前らが富む。
 俺は其れが許せない。何の罪もない人達が医者にかかる金もない中で、人から奪うお前らが奪った金品を使って豪勢な食事をしている事が。
 何を謗られるいわれもない人達が亡くなった仲間を葬る金もない中で、躊躇いもなく殺して奪っていくお前達が。

 許せない、許せない、許せない。

 罪悪感は怒りに変わる。
 ――お前らがいるから!
 存在を否定するように、刃を振るった。せめて苦しまないように、首筋を一太刀で切り裂く。ぶしゃ、と薄汚い真っ赤な血が飛び散って、頭を失った男の身体がぐらりと揺れ、バランスを崩して倒れ込む。

「ひっ! ひっ、ひっ、ひぃぃ……ゆる、許してくれ、許してくれ……!!」
「……お前らは、そう言った人たちに何をしたんだ?」
「やめろ、来るな、やめろ……!」
「お前らは、そう言って怯える人たちに、なんて言ったんだ? 答えろ。同じ事を言ってやる」

 ――最初は、アルヴァだって……殺さずに金品だけを奪っていたのだ。

 義賊として動き出して、殺す事はもうするまいと思っていた。
 魔に堕ちた姉を手に掛けて、其れでもう殺しはおしまいにしたいと思っていたのだ。

 アルヴァは昔の記憶がなかった。
 最近貴族の出だという事が分かったが、どうという事はない、其れをかさに着て偉ぶるつもりはアルヴァには無いし、自分は自分だと思っている。
 最初は騎士を目指していた。だが、彼は左腕を失った。盾を持つ為の腕がなければ、護る事は出来ない。だからアルヴァは、騎士になる事を諦めた。
 両親は暗殺者だった。そして、貴族社会は腐っていた。据えた香りのする社交界に行く気はアルヴァには起きず――そして姉の一件が終わって、彼は義賊として動く事を決意したのだ。
 奪う者から奪い、其れを無辜の人々に配ったり、孤児院の支援金にしたり……
 別に、善行を積もうだとかそういう訳じゃない。ただ、小さな幸せが何も知らない、静かに暮らす人たちに訪れてくれれば良い。そう思っていたのだ。

 其れが、――いつから、殺すようになっていたのだろう?

 アルヴァは其れを忘れてしまった。
 気付けば頸を刎ねるための最適な動きを覚えてしまっていて、賊を見ると其の隙を狙うようになっていた。
 特に己に絶望だとか、そんなものはしていない――そう思っていた。
 ただ、“こうなってしまったなぁ”と小さく思うばかりだった。アルヴァは其処で気付くべきだったのかもしれない。“己の悪感情は、一体何処へ行ったのか”と。

「やめてくれ、やめてくれ、頼む!」
「なあ、お前達はそういって懇願した人たちに何をしたんだ? だから俺もそうするだけなんだよ。世の中ではよく言うだろ? “因果応報”って」

 最後の一人が血だまりの中で身をちぢこめて懇願する。
 だがアルヴァは其の懇願を聞き入れるつもりはなかった。刃を振り上げ――力を込めて、振り下ろす。やめてくれ、と言おうとした男の頭を刃が両断し、薄汚い脳みそや骨が見えて、それは紛れもなくヒトの断面で、……直ぐに真っ赤に覆われて、血がどしゃりと噴き出した。
 男は最期に、アルヴァを見上げていた。其の目は既に瞳孔が開いていて、……血腥い小屋から差し込んでくる夕陽の光を受けて、きらきらと輝いていた。
 汚い、と思った。

 ――其れはオマエがか?
 ――其れとも、コイツらがか?

 誰かが問う。
 判らない、とアルヴァは其の誰かに応える。きっと心の中の僅かな罪悪感が問うてきたのだろう、と気にも留めず、夕陽に照らされて真っ直ぐ伸びる影を見ていた。

 ――なあ。
 ――もうそろそろなんだよ。

 そいつが言う。
 何がだ、とアルヴァは心中で問う。

 何がって?
 アルヴァが見下ろしていた己の影が、ふと、“動いた”。
 肩を竦めるような動きをして――

 ――オマエをそろそろ、頂戴しようとおもってさァ。

「……う……っ!?」

 どくん、と。
 己の意思に反して心臓が高鳴り、思わずアルヴァは己の胸を押さえる。
 何かがおかしい。これは何だ、何が起きている!?
 アルヴァは周囲を見回す。……攻撃の気配はない。誰かに攻撃されているのでないならば……己の内で、何かが起きている。

 ――なあ、お前の感情は美味かったよ。

 『そいつ』は言う。
 半分笑いながら、まるで酒の肴に話をするかのように。

 ―― 一番美味かったのは、オマエが姉ちゃんを殺した時の“罪悪感”かな。まるでフルーツみたいに甘くて、どろついてて……そうそう、丁度目の前のソレ、脳髄みたいな感じ! ああ、最高だった! もうあんなのは啜れないのかな? これからオレがオレとして動いたら、いつか出会えるかなあ。

「な、にを、言って……!」

 影が勝手に踊り出す。
 おぞましい事を言って、ひゃひゃと高笑いをする。其れはアルヴァの良く知る自身の声でありながら、アルヴァが言いそうにない言葉を口走っていた。
 そうしてアルヴァの心に手を伸ばして来る。さあ其れを寄越せと。まるで、そう、アルヴァが今しがた「処理」した山賊たちのように。

 だからアルヴァは咄嗟に願った。

 願ってしまった。

 『出て行ってくれ』と。『何処かに行ってくれ』と。

 山賊に襲われた人々が、そう願うように。

 ――やったね!! 其れが欲しかった!

 影が、ぷつん、と音を立てて……アルヴァから分離した。
 まるで泳ぐように屍の山の上を滑り、床から壁へ移動すると……ゆっくりと手を伸ばす。

 水面から出て来るように。
 ゆっくりと、浮かんでくるように、そいつは現れた。

 アルヴァそっくりの姿。
 しかし膚は浅黒く、左目には穴のようなものが空いている。
 にやにやと浮かべる笑みはアルヴァのようでそうではなく、――アルヴァは其れを邪悪だと判断した。
 そう、だから『これを外に出してはいけない』と……思った、のに。

「……!?」
『だァめだよ、無理しちゃ。もうオマエの速さも、技も、オレのものなんだよ。わかる? ちょっと走ってみる? 結構絶望すると思うよ、……凄く遅いから!』

 腹を抱えて笑うアルヴァの影は、すっかりと実体を持っていた。
 何が起きているのだろう。
 どうして足が重いのだろう。
 いや、足だけではない。身体全体が重くて仕方ない。……からん、と音がした。其れはアルヴァが持っていた刃が、手をすり抜けて落ちた音だった。

「……おま、えは」
『ああ、オレ? オレはね、オマエ。オレはオマエで、オマエはオレだよ、アルヴァ。正確にはちょっぴり違うのかもしれないけど、オレはオマエを食って育ったからさァ、だからオマエといっても差支えないと思うんだよね。……お前の中にのこったちっぽけな“清らかさ”がさァ、オレを後押ししてくれたの。『出て行ってくれ』って。オレは答えたよ。勿論だ! ってさ! アッハハハハハハ!』

 いつもならこんな存在、秒で片付けられるはずだった。
 アルヴァの真骨頂は其の素早さにある。素早く近付いて、其の首を刈る。スピードに優れていた筈のアルヴァは、しかし、全く動く事が出来ない。
 夕陽が沈もうとしていた。だから――ではなく。“影がない”ことにアルヴァはまだ気付けずにいた。目の前のアルヴァはにやにやと笑う。
 其の笑顔が、ふ、と消えた。
 アルヴァにはそのように思えた。
 そして気付けば眼前にそいつはいて……アルヴァが落とした刃を拾ってアルヴァに突き付ける。

『ほら、オマエと同じくらいオレは素早いだろ? オマエのお陰だよ。オマエがオマエを鍛えてくれたお陰さ。どーもありがとー! アハハ! 安心しろよ“本体サン”、これからはオレがオマエのために動いてやる』
「……俺の、為に……?」
『そう。オマエみたいに金品を奪って、殺して、殺して、殺して、殺す! オレはさ、憎くて堪らないんだ。この世界が、何もかもが憎くて堪らない! だから殺す。取り敢えず目について、憎いと思ったら殺すよ。しょうがないよね? これはさ、オマエが持つはずだった感情なんだよ。オマエが姉ちゃんを殺した時に感じた罪悪感をオレは食ってやった。だからオマエ、そんなに揺らがずに済んだろ? 其れからもそうさ。オマエが憎いと感じる度に、オレは食ってやったんだ。だからオマエは、苦しまずに済んでるだろ? まあ……これからは自分でどうにかしてもらわないといけないけど』

 オレはいなくなっちゃうからなぁ。
 刃をぶらぶらと遊ばせながら、アルヴァの影“だったもの”は言って、アルヴァから距離を置いた。
 というわけで、と楽し気に笑う様は、いっそ無邪気なのに邪悪だ。
 だが、アルヴァは其れを邪悪だと断じる事が出来ない。邪悪であるとは何だったのかを思い出す事ができない。だから、目の前の存在を“悪だと断じる事が出来ない”。

「ま、精々頑張ってよ、“本体サン”。これからは穏やかに生きてみるのもいいんじゃないか? まあ、もしかしたら」

 ――これまで以上に恨まれたりするかもしれないし。

 ――知らない人間に命を狙われたりするかもしれないけどさ!

 疾風が一陣奔る。
 アルヴァが瞬きをする間に、アルヴァの影“だったもの”は窓へと移動していた。

『じゃあね』

 其れは明確な別れの言葉。もうオマエのもとには戻らないぞ、という意思表示。
 待て、とアルヴァが言うより速く――アルヴァの影“だったもの”は風のように窓から飛び去っていた。

「……」

 がくり、と力が抜けて。
 アルヴァはその場に膝を突く。べたりと冷たいものが染み入る感覚がしたが、其れ以上にアルヴァは疲弊していた。

 一体何が起きたのだろう?

 いったいアイツは何なのだろう。

 ――アルヴァは知らない。
 己の中に巣食っていた精霊の存在を。
 己の中から精霊が、“悪感情”と“力の大半”を奪っていってしまった事を。
 そして其の“影のアルヴァ”が……アルヴァの悪感情を抱くゆえに“純粋に邪悪”である事を、彼は知らない。
 知るとしても少し向こうの話になるだろう。
 今はただ、……夕陽に照らされて。ぽっかりと心に穴の開いたような感覚と、身体が重いという感覚を久方ぶりに感じているばかりだった。

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