SS詳細
12月20日
登場人物一覧
●
連なった山々というものは、季節によってまるで違った様相を見せてくれる。
春には芽吹き出した草花が初々しくも幸福を賛美するように色づき、夏には生命の力強さを象徴するように碧々とした広がりを見せる。秋には最後の輝きを予感させる悲しくも美しい燃え上がりを経て。
そして冬には、生命の存在を拒否するような真白の絶景に染まるのだ。
降り積もる雪、雪、雪。
昨晩の内に降った雪はまだ新しく、早朝という時間もあって踏み荒らされた箇所も少ない。踏み固められておらず、まだ柔らかい新雪が山の形を飾り立てるように見事な起伏を見せていた。
その光景を。
「い――――――やっほおおおおおおう!!!!ミ☆」
ともすれば見失いそうなスピードを出してソリが行く。その上に乗っているのは足のない幽霊の少女、ハッピーだ。
彼女はこれでもかとばかりに体重を前にかけ、新雪に滑走の曲線を残しながら山を降っていく。人に当たれば危険な速度だが、朝が早いこともあり、他人の姿はない。彼女が必要以上のスピードに乗せているのも、周囲を見て問題なしと判断してのことだろう。
山の高いところからソリで降るというのも凄い話だが、足のない彼女では他に選択肢はない。スキーやスノーボードでは身だけで降りているのと変わらないのだから。
「山であんなに声あげて、雪崩とか起きないんだろうか……」
その後ろを、やや心配げな顔を見せながらサイズが滑り降りていく。こちらはソリではなくスキー姿だ。素人が見る目にも整った格好をしているが、動きはどこか危なげで、様相と比べるとアンバランスにも感じられる。
綺麗な曲線を描いて滑っていたかと思えば、不意にルートを外れてしまったり、木々にぶつかりそうになったり。その度に不自然な角度の弧を描いて道筋へと戻ってくるのである。
フォームにも何処かぎこちなさを感じさせるのだが、それでも滑ることが出来ているのはサイズの持つ羽の為だろう。あれで制動をかけたり、時には僅かに宙を浮いて軌道修正を行っているのだ。
「やれやれ、もう少し初心者向けのほうが良かったか……?」
途中で身体を横向きに変えて滑走を止める。その動きに雪が勢いよく舞い上がったところを見れば、サイズもそれなりのスピードを出していたようだ。
サイズの使うスキー板は山奥でも使えるように幅が広く、新雪の上でも沈むことはない。非常に洗練された外観をしていながら、塗装の類が全く見られないのは、サイズの自作だからだろう。
スキーなんて一度も経験はないが、それでもせっかくだからと拵えたところ、初心者に向けた機能がまるで採用されていないものになってしまった。何とかなるだろうと高をくくっていたが、身体特徴に頼ってどうにか滑っている状況では、『何とかなっている』とは言えなかった。
それでも無理とは言わずハッピーの速度に合わせているあたり、維持というものだろうか。何の、とは言うまいが。
「ふおあああああああ! お―――いしょっとぉおおおお!!ミ☆」
またハッピーが声を上げているから何かと思えば、大きな窪みがあって、それがジャンプ台のようになり、ソリが宙を舞ったようだ。
「飛んでる! 私いま、飛んでるよ!!!!」
「……いつもじゃないか?」
「そうじゃなくて!!! ……あれ、これどうやって着地するの? 脱出ボターン! 脱出ボターン!! お客様の中に脱出ボタンの方はおられげばごぼがれ!!!!!」
「大丈夫か!!?」
飛び上がる→はしゃぐ→着地忘れる→顔から行く、という見事なコンボを見せたハッピーに、サイズは慌ててスキー板を走らせ傍に寄る。
首全体が雪に埋まった彼女を掘り起こすと、彼女には怪我ひとつなく、今体験したあれそれに眼を丸くしているところだった。
「すごい、すごい!! 雪って柔らかい!!! 全然痛くない!!!」
「……心配になるから、無茶をしすぎないでくれ」
ほっとため息を付いて、彼女の手を引き身体を起こしてやる。
首を回して周囲を確認するが、まだ誰も滑り始めてはいないようだ。冬であるため、早過ぎるほどの時間とは言えないが、日の出も間もない頃から滑り始めたので、人が増えるのはもう少し後のことだろう。
冬の山で、ゲレンデで、ふたりきりで、ウインタースポーツ。
字面として並べてみても違和感はない。ないのだが、その『ふたり』に自分を入れると似合わなくなるのではとサイズは首を傾げる。
それでもまあ、ここに居るのだから。自分の意志で居るのだから、それなりの経緯はあったのだ。
さてそれはなんだったかと、少しだけ記憶を辿り始めた。
それは、昨日のことである。
●
「はいサイズさん問題だよ!! 冬です! 雪です! やることは? チッチッチッチッ、ハイ時間切れせいかーい!!! 答えはウインタースポーツでした!! 正解者には賞品として私と一緒にウインタースポーツを過ごせます!! 行く? 行くよね!? 行からいでよね!!? チッチッチッチッ、ハイ時間切れということは返事はイエス!! やったーーーーーー!!! じゃあ行こうね! GO! GO!! GO!!!ミ☆」
●
以上だ。
たった一セリフで回想シーンが終了したが、これだけである。
これだけでそのままふたりショッピングにでかけ、スキーウェア等必要なものを買い揃え、スキー板とソリを作成し、ゲレンデまでの深夜馬車に乗り込んで、今に至るのである。
至ってしまったのである。
「……マジか」
思わず天を仰いでしまったサイズの様子を、ハッピーは不安げに見ていた。
(あーーーーーー、変な声出しちゃった!! 呆れられてないかな!? 嫌がられてないかな!? なんか空見ちゃってるよ!! 私いま、見られないような顔してるわけじゃないよね!!?)
慌てて髪についた雪を払い落とす。雪山用の分厚い手袋で手ぐしを入れることは出来ないが、それでも可能な限りはと髪を整えた。
楽しんでいる。目一杯ウインタースポーツを楽しんではいる。しかしそれ以上に不安だった。無理を言って連れてきたことは自覚している。サイズと一緒というだけで舞い上がってしまったが、サイズ自身が楽しんでくれているのかは伺いしれないのだ。
(そもそも誘い方が強引すぎたよね。いや、サイズさんのことを考えたら多少強引にいかないと進まないのは確かだけどさ。アレはやりすぎっていうかなんていうか――)
と。
そこで、何時の間にかサイズの視線がハッピー自身に戻ってきていることに気がついた。
光のない特徴的な視線が、自分の様子を伺うようにじっと、じいっと向けられている。
「……大丈夫か?」
何のことだろう。そう思って呆けていると。
「やっぱり、どこか怪我をしたんじゃないか? それとも寒さで具合が悪くなっているとか? 無理だけはしないでくれ」
心配されている。そう気づいてまた恥ずかしくなった。そうだ、自分は顔から雪に突っ込むという醜態を見せたばかりではないか。そんな自分を、サイズは心配してくれているのだ。嗚呼だけど、雪に突っ込んだ瞬間の変な声だけは忘れていて欲しい!!
だがそれと同時に、嬉しくもあった。サイズが自分のことを心配してくれている。自分のことを思ってくれていると言いかえると何だか別の意味のようで気恥ずかしいが、今だけはサイズの心は自分だけに向いているのだ。
そう思うと、恥ずかしさと嬉しさで顔の熱が上がっていくのを感じ、それを見られまいと慌ててサイズに抱きつき、その胸に顔を押し当てて表情を隠した。
「なっ、お、おい!?」
「ひ、冷えちゃった、から、暖を取りたいの! こ、こうしてればあったかいから! えっと、そう、あったかいから!」
「そ、そうだな。確かに、こうしていると、あったかい……」
嘘だ。本当は、真っ赤になった顔を見られたくなかったからだ。それをうまく隠せるものが見当たらず、かといってまた雪の中に顔を埋めるわけにもいかず、こうして抱きついてしまったのだ。
(よ、よよよよよよく考えたら、もっと恥ずかしいことしてない!? 抱きついてるよ!? 私、サイズさんに抱きつちゃってるよ!? わぁ、腰細ぉい……じゃなくて! い、い、嫌がられてないよね!? 大丈夫、跳ね除けられてないから! いけるいけるいける!! 落ち着け、落ち着け! ひっひっふー! ひっひっふー!!)
心の中で誰にもツッコミを受けないラマーズ法を思いつつ、口ではしっかりと深呼吸を繰り返す。そうしている内に、胸の動悸も――全然収まらない。メタルバンドもかくやたるBPM。
(収まりやしない!! そもそも私幽霊なんだけど心臓動いてるんだっけ? 血脈あるんだっけ? いや今どうでもいいって言うか意識そらすと余計にサイズさんが近くにいると思っちゃってどうやって離れたらいいのかな!? 離れたくないんだけどな!?)
「な、なあ……」
心の葛藤でどれだけの時間が過ぎたのだろう。その内、サイズが困ったような声を出した。
「そ、そろそろ、大丈夫、か……?」
「う、うん、あ、あったかく、なった、かな。その、あ、ありがと」
「い、いや、これくらい、うん、いつでも」
「い、いつでも!?」
「ああいや、その! 変な意味じゃなくて!!」
「うん、うん、へ、変な意味じゃないよね、そうだよね!!」
「そ、そうだ、変な意味じゃないさ。もちろんだ」
「だよねだよね、変な意味じゃないもんね」
じゃあどういう意味やねんと、ツッコミを入れる者はこの場に誰ひとりとしておらず、しばらくこのやり取りは続いていった。
●
「君、可愛いね。一緒に滑らない? スノボ教えてあげるよ」
人が増えてきたあたりで、どうにかこうにか山を降りて、麓の食堂でブランチをとって、なんやかんやの待ち合わせ。
サイズを待っていたのだが、ハッピーはとても困っていた。
「ねえ、いいじゃん。一緒に滑ろうよ」
何にと言えば、この男にである。
先程から軽率に話しかけてくる男。ようはナンパである。待ち合わせがある。人を待っている。予定がある。そんなことを言っても聞きやしないのだ。
その上、自分の格好から御しやすいとでも判断したのか。口調は強気になっていっている。せめて自分の脚を見てから言え。スノボできるように見えるのか。
いっそ力づくで何とかしてこようものなら対処は楽なのだが、まだかろうじて会話と言える段階である。まさか、そんな段階で暴力的な手段に訴えるわけにもいかず、こうして困り果てているのだ。
どうしたものか、適当に視線を巡らせていると、こちらに待ち人が向かってくるところだった。サイズである。ハッピーはその姿を見るや、必要以上に大きく手を振った。
「サイズさーん! こっち、こっちー!!」
その表情から、彼がこちらに気づいたことは見て取れた。そして、自分が知らない男に話しかけれているということもだ。意図を察してくれたのだろう。サイズはやや顔をしかめつつ、早足でこちらに近づき、横に並んでくれる。
そして、ナンパ男のことを睨みつけた。
「彼女が、何か?」
彼女。その言葉に意味は違うと知りつつも少しだけ心が躍る。そうだ、私はこんな素敵な人と待ち合わせしていたんだぞ、だからどっか行くのだ身の程知らず。
「お、君も可愛いね」
(そう来たかーーー!!)
確かにサイズの容姿は整っている。そのため、友達同士の待ち合わせだと判断されたのだろう。いや、友達同士で間違いはないのだが。
(いやでも、もうちょっと近いと言うか! そうだったらいいなと言うか!)
「君も一緒に滑らない? 俺が教えてあげるか――」
「どいてくれないか。キミに要はない」
ぶわりと起ち上がる怒気。それは戦闘経験のない男にとって、強烈な殺気と感じられたかもしれない。男は思わず小さな悲鳴をあげ、身をすくめた。
(怒ってる……ナンパされて嫌だったのかな?)
だが、これは好機だ。男が黙っている内に、畳み掛けてしまおう。そういうのは得意なのだから。
「ざ、残念でした!! カレシと待ち合わせだったんだよね!! じゃ、そういうことだから! 行こ、サイズさん!!」
「か、カレシ!?」
腕に抱きついて一気にまくしたてる。男はサイズの怒気にいまだ身をすくめていたが、サイズは自分の怒りも忘れてハッピーの発言に驚いたようだ。
そのまま早足にその場を去る。男の姿がまるで見えなくなったあたりで、ふたりして息をついた。
「あ、ありがとう! しつこく話しかけられて、困ってたんだよね!!」
「い、いや、それはわかったから追い払おうとしたんだが、や、なんでもない」
「あ、あー……か、カレシとか言っちゃった! ごめんなさい! い、いやだったかな?」
「いや、そんなことはないけど、その、なんだ……そろそろ、腕を」
「…………へ? わひゃあ!! ご、ごめん!!」
腕に抱きついたままだったことを自覚して、慌てて離れた。なんだろう、自分から離れたのにとっても名残惜しい。
(もうちょっとああしてたかったな……あれ、ていうかカレシ扱いで嫌じゃないって言った? 言った!? 言った!!?)
「その……ご、午後からはどうするんだ? もう一回滑るのか?」
「あ、え、う、うん、そのつもり」
「そうか、人も増えてきたな……」
「うん、そうだね、でも、楽しいし……」
「そうだな、楽しいしな。でも、さっきみたいなのも増えるかもな」
「うん、増える、かも」
そう、さっきみたいなトラブルも増えるかもしれない。それは、サイズに迷惑がかかりそうで嫌だなあと漠然と考えていたところ、サイズが無言で腕を示した。
「…………へ?」
「さ、さっきみたいなのが、増えるかもしれないんだろう? だったら――」
「だったら?」
「も、もう少し、カレシのフリをしておいたほうが、いいかもしれない、から」
「…………うん、うん! そうだね! きっとうそうだ!!!」
ぎゅっと、しがみつく。さっきよりも身を寄せて。もたれかかって、温もりを感じて。
歩きにくいように見えるかもしれないが、転んでしまうように思えるかもしれないが、なあに、問題はない。
自分は幽霊なのだから、じゃあなくて。
何かあっても、守ってくれると思うから。
「ようし、次はバックサイドナインハンドレッドを決めてやるぜ!!!」
「……ソリで?」
「ソリで!!! しかも二人乗りで!!!!ミ☆」
「俺も!?」