PandoraPartyProject

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夏の日と

登場人物一覧

コラバポス 夏子(p3p000808)
八百屋の息子
タイム(p3p007854)
女の子は強いから

 覇竜領域、フリアノン。この時期は夏祭りを行うため、ささやかながらも町は飾り付けられ、常は薄暗い天井の影にだって煌びやかな魔法の灯りが色をつける。それは洞窟の窓から覗く空にも負けないくらい明るく、洞窟の中に賑やかな声が満ちるのだ。
「夏子さん、すごいね」
「そうだね」
 タイム(p3p007854)とコラバポス 夏子(p3p000808)は揃ってフリアノンを訪れていた。小規模な屋台や宴会場。そこかしこに笑顔の浮かぶ祭りは覇竜領域の厳しさを忘れさせるようだった。
 空の下では亜竜やモンスターが獲物を狙っている。故にヒトの活動範囲は制限され、生活はこのような洞窟や、地下といった暗がりが多い。活動範囲を広げるための開拓も進んではいるものの、まだまだその途中と言うべきだろう。夏祭りはそのような生活の息抜きにもなっているのかもしれない。
 素朴で暖かな祭りの雰囲気を楽しむ2人。屋台のいくつかに立ち止まって、ジュースや軽食を買ってまた歩を進める。そんな2人の、手元が丁度空いた時であった。

 ――ドンッ。

 何かが足元に当たる、いいやぶつかって来た音。それはあまりにも軽い感触で、この程度では華奢なタイムも体勢を崩すことはなかったが、咄嗟に夏子の手が肩を支えた感触がした。
(他の女性にも同じようにしているんでしょう)
 反射的にそんなことを思ってしまって、けれど今は他ならぬ自分がそうしてもらっていることに嬉しくなって、嗚呼、いやだ。タイムの気持ちを知った上で他の女の子へ鼻の下を伸ばすところが大嫌いなのに、優しくされたら絆されて、嬉しくなってしまう。
 だが、タイムが自己嫌悪に浸っている暇はそう長くなかった。視線を降ろしたその先には、瞳を潤ませた幼子がしゃがみこんでいたから。
「ご、ごめ、なさ……」
 おでこを両手で抑えた幼子は厚く張った水の膜を決壊させて、謝罪の言葉を言い終わる前にぼろぼろと涙を零し始める。タイムは目を丸くして狼狽えた。
「そ、そんなに痛かったの? よしよし」
 道端へと手を引いて、打ったらしい額にそっと触れる。多少熱を持ってはいるものの、腫れそうなほどではない。先ほど冷たいドリンクを持っていた手で優しく撫でると、気持ち良かったのか幼子がほう、と息を零した。
「んーでも、タイムちゃんがぶつかったって言うよりは、ぶつかってこられてたような?」
「どうして走ってきたの? パパとママは?」
 夏子の言葉にタイムも頷き、それから首を傾げる。辺りに保護者らしき姿は見えなかったが、ここまで小さな子を1人で遊ばせはしないだろう。3人は出会ったぶつかった付近の道端にたむろしているが、追いかけてくるような人影もない。
 タイムの言葉に幼子の瞳がまた潤み始め、大粒の雫が柔らかな頬をほろほろと滑り落ちていく。しゃくりあげる幼子の言葉から察するに、夏祭りを楽しんでいたら両親がいなくなってしまったようだった。
「つまり……迷子か」
 頬の涙を拭うついでにむにむにと幼子の頬をつつき、柔こいなと呟く夏子。びっくりした幼子は目をまん丸にしていたが、おかげで涙は一時引っ込んだようだ。その隙にタイムはハンカチでそっと涙の跡を拭いてやる。
「ねータイムちゃん、子供の扱いってどぉ?」
「わかんないけど……出来ないなんて言ってる場合じゃないでしょう?」
 夏子とタイムは顔を見合わせる。2人ともここで放っておくなどできようもない。ここで出会ったのも何かの縁なのだろう、きっと。
 しかして、タイムの動きは存外迷いがない。優しく言葉をかけながら涙と鼻水を拭いてやり、冷たいジュースを買ってあげると見る間に幼子の機嫌が上がる。
「夏子さん、この子がパパとママを見つけやすいようおんぶしてあげられる?」
「えぇ 何かおんぶ怖……っ! スゴい不安! 掴まれるのか!?」
 タイムの問いかけに夏子は軽く飛び上がるくらいに驚いて、それから恐る恐る幼子を見下ろして。若干情けない顔で「スゴい不安」と呟いた。思いのほかキビキビと動くタイムに安心感を得ていたところへ、とんでもない爆弾を撃ち込まれた気分である。果たして自分に子供の対応が務まるのだろうか?
 だがその"とんでもない爆弾"が夏子を見上げ、さらにハードルの高い事を言いだした。
「かたぐるま! かたぐるまがいい!!」
「肩車の方が良い!?」
 ぎょっとしながらも幼子のお願いのままに、緊張した面持ちで肩車してあげる夏子。その傍らで幼子の飲み物を持ってあげたタイムはふふっと笑みをこぼす。
「えっなに? 変なところある?」
「ううん、意外な一面が見られたと思って。ふふふ」
 いつも飄々として、タイムの心を振り回す彼が慌てる様なんて中々見られるものではないだろう。夏子はそうかなあなんて呟いて頭を掻こうとしたけれど、伸びてきた手に幼子がタッチした事で小さく悲鳴を上げる。
「うおっそうだった……! 上はお子様! 横でタイムちゃん!」
 暫くはこの調子になりそうだ。タイムは彼の肩の上ではしゃぐ幼子と、びくびくしている夏子にくすくすと笑った。

「どう? パパとママは見つかった?」
「んー……」
 タイムの言葉に幼子がぶんぶんと首を横に振る。そっかぁと返したタイムは夏子と次の場所へと歩を進めた。
 先ほどの屋台通りから直進して、宴会場にも顔を出し。他にも人が集まるスポットをいくつか経由する。しかし人の込み具合もあってか中々見つからず、もう一度同じ場所を回ってみようかと夏子が言って屋台通りへ足を向ける。追おうとしたタイムは不意の眩暈を感じて立ち止まった。
(なに……?)
 目をきつく瞑ると、視界は暗闇に閉ざされたはずなのに何かが見えてくる。
 金髪。小さな女の子のようだ。背中を震わせるその姿は――泣いている?
「タイムちゃん? 大丈夫?」
 はっと目を開ければ、その光景は瞬く間に消えて。代わりに見えたのは戻って来た夏子の姿。それからきょとんとした様子の幼子だ。
「ううん、何でもないの。大丈夫」
「そう? ならいいんだけど」
 問題ないと笑ってみせて、タイムと夏子は今度こそ屋台通りへ足を向ける。夏子に見えない角度で、タイムは小さく眉根を寄せた。
(……なに? さっきの)
 知らない。あの女の子は見たことがない。なのにどうして頭の中に浮かんできたのだろう?
 そんな考えは幼子の声で中断される。はっと視線を向けると、反対側から駆けてくる一組の男女が目に入った。
「ママ! パパー!」
「わ、ちょっと待って、ちゃんと降ろしてあげるから」
 前のめりになる幼子を夏子が慌てて降ろしてやれば、一目散に両親へ飛びついて行く。その笑顔にタイムは頬を緩めた。
「急に走り出したらダメと言ったでしょう?」
「すみません、うちの子がご迷惑をおかけしました」
「いや、まあ、見つかって良かったよ」
 終わりよければ全て良しだ。子供にびっくりさせられることは多々あったものの、こうして子供が笑顔なら何よりである。彼らも子供の姿が
 手を振って家族と分かれた2人は、ようやくゆっくり屋台巡りを再開する。タイムは見つかって良かったねえ、と夏子を見上げた。串焼きを頬張っていた彼はぱちっと目を瞬かせ、咀嚼していたものを呑み込んでから頷く。
「意外とさ、笑ってると可愛いモンだね。ガキってのもさ。いや恐ろしかったけど!」
「ふふ、すっごく慌ててたものね?」
「タイムちゃんはわかんないってワリに子供の扱いこなれてたけど、僕1人だったら手も足も出なかったよ。本当に」
 これが女の子であれば色々な――将来の投資というか、未来への期待というか――思惑があるのでより優しくできるのだが、それはそれとして子供は大事にしてあげないといけない、という普通の思考だって持ち合わせているのだ。優しくできるか? 努力目標である。
(それにしても。……子供かぁ)
 先ほどの家族を思い出して、タイムはちらりと夏子を見る。屋台にばかり視線が向いている――女の子も見るけれど、今のところタイムの目の前で声をかけたりはしていない――彼とあんな風になれるだろうか。付き合っているようなものだし、聞いてみても良いだろうかとタイムは口を開く。
「ねー夏子さん」
「ん、なに?」
「その、えっと、もし出来たら……どうする?」
 問えば、彼は悩むでも迷うでもなく――ん? と首を傾げた。
「出来る? 何か作ってたっけ」
 え? と思わずタイムが目を瞬かせ、それからきっと目を吊り上げる。
「だから……子供!」
「子供?」
「もしかしたらの話! もーばかっ!」
 タイムの頬に朱が散った。あまりにも鈍すぎやしないだろうか。しかもとぼけて答えを紛らわせようだなんて信じられない!
 一方、夏子はタイムの言葉にしきりに目を瞬かせて、子供、こども、と呟き始めた。
 正直考えた事などなかった。可愛い女の子と関係を持つことができれば良くて、さらにその先のステップなんて意識した事も無かったから。
 しかし地元では既に家庭を持っている者もいるし、そういう年頃なのかと夏子は今更自身の年齢を意識する。
(ン……? まさか……やややでも……)
 悶々と考え始めてしまった夏子。その視界にむぅとむくれたタイムの姿を見て、ようやく思考を途切れさせる。
「あ、ごめんねタイムちゃん。ちょっと、真面目に考えちゃって」
 返ってくるのは小さな溜息。仕方ない、だってタイムにとっては『付き合ってるみたいなもの』で、もっと先の子供とか家族とか、そういった未来だって考えて欲しいのが乙女心。なのに今真面目に考えているということは、これまでその可能性すらも考えられていなかったということで。
(わたし達の関係って一体何なの?)
(僕とタイムちゃんの子供かぁ……)
 関係性の認識、価値観、それから相手への感情。ずれたそれらが2人の間に何とも言えない空気を纏わせる。
 それに、タイムが気になることはそれだけではない。
(結局さっきの、なんだったんだろう)
 すごく大切なことだったような。それを忘れてしまっているような。けれどそれを掴み取るにはあまりにも手がかりが少なくて、靄を掴むばかりである。
 小さく頭を振る。後にしよう。こういう賑やかな場所ではなくて、隣に誰もいなくて、1人っきりならもっと思い出せるものがあるかもしれない。
 見れば、夏子もまたぼんやりとしてしまって祭りを楽しむどころではない様子。しかも――まだ子供の事を考えているのだとしたら、本当の本当に、タイムとの関係を今考えているということだ。それを思うと悲しくなってしまいそうで。
 この日、2人は夏祭りを楽しむのもそこそこに帰路へついた。その後どのような結論に至ったかは――本人たちのみぞ知る。

  • 夏の日と完了
  • GM名
  • 種別SS
  • 納品日2023年01月05日
  • ・コラバポス 夏子(p3p000808
    ・タイム(p3p007854

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