PandoraPartyProject

SS詳細

砂漠都市のユリアン

登場人物一覧

シラス(p3p004421)
超える者
シラスの関係者
→ イラスト
シラスの関係者
→ イラスト

 ふとユリアンが思い出してみれば、このラサという場所に流れ着いてから、どれくらい月日がたったものやら、と考える。
 長いような気もするし、短いような気もする。
 幻想というあの国から飛び出して、シラスの手を借りて、今の雇い主――タルジュ・タマームという指折りの大商人である――への手土産を用意して、それから。まぁ、手を借りたというか、一方的に力を利用したようなものだったかもしれないが。
 シラスといえば、今や幻想の勇者様だと祭り上げられているシラスを見れば、なんぞと可笑しくなる。それもまぁ、しょうがないだろう。かつて幻想という国のごみ溜めに放り込まれていたシラスが、勇者様だと祭り上げられているのは――なんとも馬鹿々々しく、なんとも滑稽であった。
 別にシラスの行動そのものにケチをつけているわけではない。あれもまた、一種の『道』だろうな、とユリアンは思う。進むべき、道だ。目的地に向かって。ユリアンはドライだ。色々な意味で。でも、ウェットなところもある。シラスに関しては、きっとそうだろう。何か……くさい言い方をすれば、絆のようなものを、感じているのだ。
 いつか俺がでかくなったならば、とユリアンは思う。シラスをファミリーとして迎えてやろうと。ファミリーというのは、家族とか、血のつながりとか、そういうのではなくて、もっとドライなつながりだった。共生、なのかもしれない。ユリアンにとっての理想は、共生、だった。共に生きる。時に利用し利用されても、同じところに立って生きるのだ。理解でもなく、信頼でもなく……なんというのだろう、お互いの価値を認め合って、利用でき、利用できるからそばにおいてくれるという間柄。それは歪ではあったかもしれないが、間違いなく、『必要としている』ということでもあった。ユリアンという人間に、世の『かくあるべし』は通用しない。利用しあえる、とは、ユリアンにとっての最大の愛情表現に違いないのかもしれない。
 話を戻せば、ふとそんな、ここにきてからどれくらい、なんてウェットなことを考えてみたのは、本当に全く、気の迷いというか、気まぐれというか。とにかく意味はないことは確かだ。あるいは現実逃避なのかもしれない。両手の重さから、あるいは目の前の台風みたいな女から意識をそらせるための。ユリアンの両手には、馬鹿みたいな量の荷物が載せられていて、そのすべてが、流行りのボード・ゲームだったりカード・ゲームの入った箱だったりした。それらは一つ一つは軽くても、いくつも載せられればいい加減、地獄の枷のように重くなる。ましてや、目の前の台風女が、まだまだ買うわよ! みたいな顔をしていれば、これはつまり、地獄の刑罰に違いあるまい。
におかれましては」
 強調していってやる。嫌味である。
「まだお買い求めで?」
「当たり前でしょ?」
 と、台風女は言った。マリベル・エレディア。今日の雇い主タルジュの賓客で、ユリアンがもてなすべきゲストに違いなかった。ユリアンがおもりに選ばれた理由は、「共通の友人がいるのだろう?」という、雇い主からの一言で察することができた。
「あたしね、ゲームに目覚めたの。ゲームっていうのは、子供の遊びじゃないわ。知的遊戯っていうか、そういうの」
「お前みたいな女を知っている」
 ユリアンが言った。
「同僚の女だ。あいつも何を考えているか、わからない。アホなんじゃないか? と思う時がある……腕は立つけどな」
「あたしはアホじゃないわよ」
 マリベルが言った。
「ゲームもやってるじゃない」
「遊ぶだけならアホでもできる」
 うんざりするように言った。
「重要なのは、どう勝つか、だろ?
 お前がそういう、戦略的な思考ができるとは思えない」
「そんなことないわよ。タルジュ様だって、筋がいい、って褒めてくれてたじゃない」
 ほんの少し前、マリベルがゲームに興じていたのを思い出す。雇い主は当然のごとく手加減をしていたのだが、それに気づかないあたりが、マリベルの限界だろうな、とユリアンは思う。
「いいか、戦略的見地を持っている奴はな」
 ユリアンが言った。
「こんなにゲームを積まない」
「積むと決まったわけじゃないわ」
 マリベルが胸をそらした。
「遊ぶに決まってるじゃない」
「お友達とか?」
「そうね。あんたと違ってあたし、友達いるもの」
 マリベルが目を細めてみせた。
「あれあれ~? ユリアン君、お友達いないの~~?」
 あおるようにそう言うマリベルに、ユリアンは苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「知るか」
「あんた本当にいなさそうよね」
 マリベルが憐れむような顔を見せる。
「シラスとは大違いね……あんた、友達なんでしょ? シラスの」
「友達?」
 と、尋ねられる。改めてそう考えてみれば、友達というのとは違うな、とユリアンは思う。
「友達じゃ、ないだろ」
「違うの?」
 不思議そうに、マリベルが小首をかしげた。
「友達だと思ってた」
「違う……な。友達じゃあ、ない。同士とか、仲間とか、そういうのとも違うな……」
「え、何それ」
 マリベルが目を輝かせた。
「複雑な……男の友情? 本で読んだわ」
「お前本なんか読むのかよ」
「知的だもの」
 マリベルが言った。
「その話、長くなりそうよね。この先にあたしの好きな喫茶店があるの。そこで詳しく聞かせて!
 あ、拒否権はないから」
「地獄かよ」
 ユリアンがうんざりした様子でいう。とはいえ、もう、腕も限界だったし、これ以上荷物を載せられたくもなかった。つまらない小話でこの地獄を切り上げられるなら、まぁ、いいだろう、と思った。本当のことを話してやる義理もあるまい。
「わかった、少しだけ話してやる。少しだけ、だ。それで満足したら今日は帰れ」
「しょうがないわねぇ」
 マリベルが肩をすくめた。
「譲歩してあげる」
「譲歩してんのはこっちだ、クソ」
 舌打ちしつつ、ユリアンは歩き出したマリベルの後ろをついていった。

 カラッと乾いたラサの空気に慣れたとはいえ、熱と乾燥はやはり身に染みる。そうなれば、炭酸と氷の浮いた子供だましのソーダであっても、ユリアンにとっては甘露の一滴となるのはその通りだ。それが目の前の台風女の財布から出た金で買われたのだとなれば、なおのこと美味い。
「貸しね」
「二秒で忘れてやる。踏み倒すのは得意なんだ」
 それで幻想のスラムで大騒ぎをしたのを思い出した。結局、金など返さないまま追い出されたのだが。妙だな、とふと思う。今日は何かを思い出してばかりだ。
「で、何の話だ。シラスだっけ」
「そもそもなんであんた達知り合ったの?」
 ずず、とソーダをすするマリベルへ、ユリアンは、
「仕事で会ったのが初めてだ」
 初手から大ウソをついた。シラスも過去のことなど詮索はされたくないだろう。
「何の仕事?」
「何だったかな……忘れた。ま、それくらい古い繋がりだ」
 まったく、そうだな、と思う。古い、繋がりだ。
「俺は……あいつと、妙に気が合った。違うな、なんだろう、あいつは使えると思った。あいつも、俺を『使えるやつ』だと思ってくれてると思ってた」
「違ったの?」
「しらん。聞いたことはない。
 だが、俺は使えるやつだ。それは間違いない」
「プライドだけが高いやつね」
 マリベルが言った。
「どっかで躓くわ」
「知るか。なんにしても、そういう間柄だ。お前の思うような、ウェットな間柄じゃないさ」
 ユリアンが言う。たぶん、これは本心だった。
「本に載ってたか?」
「載ってないけど。興味深いわね」
 むむむ、とマリベルがそういう。
「面白い関係性だと思うわ!」
 別にお前を面白くさせるために生きてるわけじゃあないが、と思ったが、黙ってソーダをすすった。
「で、あんた、シラスとどうなりたいわけ?」
「どうなりたいってのは」
 ユリアンが、顔をしかめた。
「どういう意味だ?」
「どうって、そのまま。ずっと仲良くしたいとか、一緒に強くなりたいとか、そういうのあるでしょ?」
「仲良く、か。気色が悪いな」
 強く眉をしかめた。おてて仲良し、一緒にゴール、なんてのは気持ちが悪い考えだった。前述したが、ユリアンの理想は、利用して利用され、だ。使えなくなったら、捨ててくれてかまわない。
「ファミリー、だな」
 そういって、口が滑った、と思った。どうも今日は、調子が悪い気がいた。心が、口が、上滑りするような気がした。
「え、家族ってこと。それとも、組織、みたいな」
「どっちかっていうと、組織、の方だ」
 自分のうかつさを呪いながら、ユリアンが答える。
「いったろ? 俺は使えるやつだ。あいつも使えるやつだ。ならば、そういう関係性が一番いい」
 感傷に浸っているのかもしれない、とユリアンは思った。そして、同時に、なんとも馬鹿らしい、とも思う。感傷。まったく、馬鹿々々しい感情だった。そいう言うものとは、無縁だったし、無縁で生きてきたはずだった……あるいはこれも、年齢による成長といえたのだろうか。いや、とユリアンは思う。これは老化であり、劣化である、と。
「もういいだろう、お嬢様」
 ユリアンが言う。
「俺をダシにして休憩したんだ。そろそろ屋敷に帰ろうぜ」
「んー、それもいいわね」
 マリベルが言った。
「あんた、面白いからあたしの友達にしてあげる」
 そういって笑った。
「だから、帰ったらゲームに付き合いなさいよね。拒否権はないから」
 ぴょんと、席から立ちあがった。
「冗談じゃない」
 ユリアンが本当に、いやそうな顔をした。
「勘弁してくれ」
 肩を落とした。両腕の荷物の重さが、余計なものまで載せて重くなったような気がした。気持ちまで落ちてくるようだ。この後の、お嬢様の遊び相手を考えれば。
 暗澹たる思いを抱きながら、ユリアンは席から立って、荷物を抱えた。
「恨むぜ、シラス」
 まったく、面倒な女と知り合いやがって。胸中でぼやきながら、ユリアンは歩き出した。

おまけSS『余談』

「で、だ。戦略的見地をお持ちのお嬢様」
 ユリアンがあきれたように言う。テーブルの上に置かれているのは、シンプルな陣取りボード・ゲームだった。幻想と鉄帝の戦線をモチーフにしたらしいそれは、両軍の『有名な武将』が、おそらく無許可で実名で記されていた。
「大した名采配だ。お前が幻想の軍人じゃなくてよかった。俺も別に、幻想という国につぶれて消えてほしいとまでは思ってないからな」
 連戦・連勝。マリベルからしたら、連戦・連敗であるか。タルジュが言った「筋がいい」という言葉が、本当に全く、リップサービスであったことを、ユリアンは痛感している。
 なんにしても、考えが足らないのだ。直情的というか、素直というか。とにかく、まっすぐに過ぎる。
 こちらの行動に裏があるとも思わず、試しに引いてみたら着いてきて、押してみたら押し返してくる。子供かお前は、と思ったが、子供でももう少し、こう、『疑う』そぶりをするだろう。
「うう~~~っ!!」
 涙目になって、マリベルがコマを片付けた。やめるのか、と思ったが、また並べなおしたらしい。
「次は勝つわ!」
「そのセリフ、何回目ですかね、お嬢様」
 馬鹿にするようそういう。が、なんとも、あきらめないのだ。マリベルは。ずっと食らいついてくる。
 その点でいえば、ユリアンはマリベルを評価していた。瞬間的な興味の持続性は、彼女は非常に強い、と思っていた。つまり、爆発力はすごいのだ……持続力が壊滅的にないだけで。
 ユリアンも、マリベルの『気まぐれ』に付き合わされたことが幾度かある。もちろん、タルジュという雇い主を通しての話だが、なんにしても、この女はいろいろなものに興味を抱き、短期で飽きて別のものに手を出した。才能はないが、しかしガッツはある。短期間だけの、実にインスタントなガッツだが。
 それでも、インスタントとはいえ、その負けん気の強さと食らいつきだけは、本当に、評価していた。これが持続すれば、もしかしたら大人物になるかもしれない、とも思う。だが、そのように教育するのは親の仕事であるし、正直この女の未来がどうなろうが、ユリアンは知ったことではないのだ。よって、アドバイスをしてやろう、みたいな気持ちは全く、起きなかった。
「もう! 負けないったら負けないのよ! いいわね! もう一回付き合ってもらうから!」
 ばん、とマリベルがテーブルをたたくと、コマがガタガタと揺れた。ユリアンは肩をすくめた。「お前も苦労したんだろうなぁ、シラス」と、内心で、うんざりした表情を見せるシラスの顔を思い浮かべながら、
「じゃ、始めるか、お嬢様?」
 そういって、ユリアンはダイスを振った。

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