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うしろまわり
登場人物一覧
坂道で転んでしまった。
支えられる事も、支える事も、難しかった。
まわる、まわる、平らな地を見失う。
――意識は手放せなかった、かみさまの悔しそうな表情。
迷子の迷子の小魚が餌と勘違いしたのだ。
ぱくぱくと口を動かして懸命にキタナラシさを臓腑へおくる。
捕食者の影、あまねくは消化試合への布石、定石……。
初日の出を二人で視た記憶を、何度も何度も弄っている。橙色に嗤っていた、欠けている星は混沌の最中で在っても、妙な肌寒さを齎した。嗚呼、そもそも、初日の出、なんて名前が危ういのだ。コロコロと勝手に転がって往くような所業が駄目なのだ。あらゆる鎖を持ち出して、数多の言葉で惑わして、決して月に昇る事を赦さない、ひどい御伽噺の奴隷の沙汰。勿論、吐き気がする所以はオマエも理解出来ていた。めまいのする所以も理解出来ていた。幸せと称される渦巻きの底で滾々と、昏々とのたうつ、在り来たりな超越性の仕草。僕のことなんて最初っから、道具としてしか認識していないクセに。それならいっそ、鏡開きのごっこ遊びみたく、食べる前提であった方が悦ばしいのだ。滓みたいな出来事だと夢現に飛ばされる、残された肉片に縋りつくかのような、憑かれたかのような、寝言ヤカマシイ精神の障害、傷害だ。ええ、ええ、わかっています。わかってるから、不安になるんだよ。真っ赤になった目の玉を湖の中心に投げ込む。刺々しい予感に身体が痙攣した。腐っていく、融けていく、ドロドロと崩壊していく。制御不可能に陥った脳味噌様に改めてご挨拶してください。そう謂えば合いの手の一言だってロクに聞けていないではないか。はい、はい、はい、気が付けばイエスマンのお隣でちょっとした成長、これでも頑張ってるんだよ、僕。褒めてくれるよね。やった、嬉しいな。とても、とても、嬉しい――雀に餌をやる事で僕も似たような気持ちを視つけたんだ。奪い合っている小動物を眺めていると、なんとも、戦勝の化身に乗っ取られた気がして、おぞましく咽喉に詰まる――神の棲家に供えてくれないか。そうだ、そんな事を呟いていた。皮肉が凄いよね、まあ、今となっては皮も肉も骨も君のモノ。あんころもちが遠退いた。代わりに、かみさまのカタチが近寄ってきた。助けてよアノマロカリス。求めてよアノマロカリス。深淵へと身投げしたくなったのがタイヘン、よろしくない――かみさまに嫌われたかった。かみさまに一矢報いたかった。かみさまに……。
坂道で転んだフリだ。
支えなんぞ、あるワケがない。
まわる、まわる、自分自身を見失う。
宙に浮いて、入水、上下左右もなくなった。
吐物と共にゆっくりと……。
妙な衝動に駆られて、僕は服を着たまま湖へと飛び込んだ。途轍もない強迫観念にやられて、下へ下へと潜っていく。いや、正確に描写するならば、徐々に徐々に沈んでいく、か。鎮まる術を忘れた怪物は結局、滅ぼされるしかないのだと、砕かれ上手に成り果てて終う。苦しい。息が苦しい。ぶくぶくと泡をこぼして死とのお友達成立、おや、呼吸が出来るなんてオカシナところだ。口腔に溜まっていた酸味をうがいして飼われた鵜の真似事とする。じゃあ、つまり僕は混沌世界の胎児と謂うワケだね。それとも、卵子を自称すべきだろうか。つくしが欲しくてたまらないけど、ねえ、争っているのは誰なの? かみさま? かみさまの仔、かみさまの仔、かみさまの――問題はありません、だって、棘々が力を殺してくれるんだから。あ、僕以外の人もいたんですね、初めまして、あなたも逃げてきたのですか? 人間は七十年くらいでぐじゅぐじゅになるって知ってたか。いいえ、知りませんでした。もうすぐあなたは消失してしまうのですね。なんだか妬けてしまいます。そんじゃお先に失礼するぜ、アンタの地獄が楽園に成る事を祈ってるよ……ぐわり、無理矢理引っ張られる感覚。お帰りは逆回転です……。
かみさまの貌が通常に戻った。
まわれ、まわれ、速度変わらぬ儘、坂道をのぼる。
さっき回収した胃の中身がなんとも奇妙に咀嚼前へ。
――羊羹だったらあんまり関係ないよね。
転んだ原因もめまいだった、うるさいよ、アンモナイト……。
ほんの※時間程度の幻想だった。無限とも思えた、無間とも想えた、気分の悪さも気の所為と見做すのが人間らしかった。絶世魔性の女はくしゃりと膝を折り、無意識の内に布団をかぶる。嗚呼、台無しだ。びちゃびちゃだ、これじゃしーちゃんに怒られる。でも、まあ、今日くらいは甘えても良いよね。良いよ。ありがとう。棚から落ちてきた牡丹餅は如何してかお米の状態だった――噛み締める。反芻、反芻と……?
……進めない。
……戻っている?
……巻き戻されている?
……あの、坂道のぼる回転が?
……いや、まさか、そんなこと。
君ニ幸アレ、生贄ト成レバ何レ、白痴ノ安寧ニ至レル。
湖畔ノ民に攫ワレル事ナカレ。