PandoraPartyProject

SS詳細

つもる破片

登場人物一覧

リースヒース(p3p009207)
黒のステイルメイト
リースヒースの関係者
→ イラスト


 肌の色や瞳の色、そして髪の色が違っても、身体を持つものが行きつく先は同じ。
「死」だ。
 むろん、例外はいくつもある。無辜なる混沌においては生命のとは多種多様で、すがたは一つに定まらない。
 けれども、富めるも貧しきも、美しきも醜きも、……やがて訪れる「死」だけは、誰にだって平等だ。
 その道がすらが、モールは好きだった。
 肉が削げ落ち、骨だけとなったすがた。
 骨は、美しい。
 けれどもまたそれも、また、本質ではない。骨はゆっくりと土に還る。
 それは秘められるためにあり、裸体のように、暴き立てて晒すものではない。
 美しく成長した女性に青年が恋焦がれるように、モールが誰かを好きになるのはいつだってその生を終えてからだった。実る前に摘み取られることを約束された恋は、きれいだな、という乾いた思いになって、実らず、倦まず、いつしかさらさらと風が運んでいった。
 矛盾するようではあったけれど、愛とはきっと一方的なものではない。与い、与えられるべきものなのだ。死者はもうすでに誰かにとっての誰かであり、モールにとっての誰かではなかった。
 それでも恋をした。
 約束された失恋に、ギズモは静かに寄り添ってくれた。
 モールの世界は白く、大理石のように静かだった。
 ぴとりと、その隙間に入り込んできたのは影だ。黒い影……。

 リースヒースに初めて会ったとき、異質すぎて、恋焦がれても塗りつぶすことはかなわないような夜空だと思った。
 白ばかり目で追っていたモールが、影の色も、また、それほど変わらないのだと気が付いたのは彼に会ってからだ。
 ところが彼の影は、常人のものとはまた異なる。
 細い肢体、褐色の肌に銀糸の髪をまとった。影はずいぶんとゆっくりと姿を変え、武具となって覆い隠されていった。
 そのとき、自分は骨を見たのだ、と、モールは思った。触れてはならない芯を見た。美しいものを見てしまった。
 水浴びする乙女を見たような心地だった。
 モールにとって、リースヒースは影をまとった骨そのものだった。本質が見え隠れするたびに胸が痛い。
「ギズモ、お前をヒースのもとにやれたらなあ。ああ、ヒースがとっととお前を貰ってくれないだろうか……」
 ギズモはあきれたように主人をみあげた。
「私ごと……貰ってくれたらなあ。そうだろう、ギズモ、そう思うだろ?」
 そちらのほうが本題だろう。
 いままでの恋は死者が相手であったから、アプローチなどわからない。
 墓守モールにとっての家族は、遺産を贈る相手だった。婚姻届けへの署名を断られて数度――。


「おかえり、ヒース」
 こんにちはと返せばこんにちはと、決まりごとのように帰ってくる。ならば、「おかえり」と言ったらどうなるか?
 今日はただいまと返される代わりに、困ったような笑みで、肩をすくめてかわされる。そんなにべのないすがたも好きだった。
 返事が返ってくる。返事が……。
 内心しょぼくれる主人をよそにギズモがはい出し、ヒースから帽子を受け取った。それすらも闇に溶けていくのだけれど、客人の歓迎のあいさつだった。うごめく影を見るたびに、モールはたまらない気持ちになった。人前でなんてそんな、刺激が強すぎる……とは言えないので、ギズモを呼びつけて頭をなでる。
「無事に戻ってきてくれてうれしいよ、ヒース」
「残念ながら、御身には謝らないといけないことがある」
 ひゅっとモールは息をのんだ。
 ついにフラれるのか。とどめを刺されるのか。正式に求婚を断られるのか、それならちゃんと正面から言えばよかった――お前が好きなのだと。
 顔を青くするモールの前に、リースヒースは懐から取り出し、コトリ、と机の受けに何かを置いた。
 広げた袋の中には、無残に砕けた聖印が入っていた。
「それは……」
 用件は違ったようだ。けれども、安堵とはいいがたかった。眉を上げたモールは、ヒースが身を置く戦いの苛烈さに心配を覚えながらもそれを表には出さなかった。少なくとも出さない努力はした。
 それは、
――この聖印こそ愛の証だとも。いやいや、冗談だ。もっとも、愛というのは冗談ではないが。死者を送るなら、こういったことも必要だろう? どうか、不吉を払いますように……。
 と、言って、モールが押し付けたものだった。
「ああ、この聖印の功徳たるや。お目にかけたかったよ、その雄姿がいくばくのものだったか」
「お前が無事なら、それに越したことはないさ。これだって役目を終えたんだろう」
「ありがとう、友よ」という言葉が返ってくると思っていた。しかし、「ああ」と言い、言葉を止めたリースヒースは、何か言いたげなのだった。
 耳を澄ませていると、白蛇ギズモがシューシューと音をたてる。相手はしゃべりたがりではないのだ。自分から聞かなきゃ、すすまない。
「どうしたんだ、ヒース?」
「気に入っていたんだ」
「そう? そうだったのか……なら、もう一度同じようなものをこしらえるよ」
「ほんとうに気に入っていたんだ、モール。だから、これはもう二度と私のもとには還らない」
「……ヒース?」
 きっぱりと言ったヒースは、どこか別人のようだった。つらい変化ではない。出会った時は影一色と思っていたのに、今や忙しく様々な色合いを見せる、血の通った影は嫌いではなかった。


(捨ておいてくれればあきらめがついたというものを)
 決まった手順、過たぬ聖句。
 モールは、死者と語らうのが主であるから、想定と違うように返されるとどうしたらいいかわからない。独り言のようにきれいだな、というのにも返事が返ってくるから本当に心臓に悪いのだった。
 割れた破片は、いくらかは新しく用意せねばと思ったが、すべて残っていた。気に入っていたというのは本当らしい。膠を塗って、パズルのようにつなぎあわせる。バラバラになった遺体や骨を元通りにすることもあるから、慣れたものだ。
 これは一種のネクロマンシーではないのだろうか?
 この気持ちを、安らかに眠らせておけないのだろうか。
 戦場に捨ておいてくれればよかったのに。ヒースさえ無事に帰ってきてくれたらよかったのに、どうして自分が贈ったものまで、律儀に持って帰ってきてしまったのか。
「……許してほしい」
 今はまだ、これをとどめたいと思う。未練のひとかけらになりたいと思う。戻ってくる理由のいくらかに自分が含まれていたらいい。
 そう思いながらも、モールは手を動かしていた。
 ギズモが夜を通り越して朝を告げに来たが、モールは全く気が付かなかった。
 夜色の宝石を帯びた黒檀の聖印は、金で継がれ、新たな形を取り戻した。祈り、口づけるのも許してほしい。


 シャイネン・ナハトの夜だった。
 オルガンを弾いていたモールは、おもむろに黒檀の聖印を取り出した。
「これは」
「新しいものではないよ、さして驚きもないだろう」
 だから、どうか、返さないでほしい、と願いながら、モールは贈り物を渡した。
「ありがとう。またいずれ時を経て壊れるまで、大切にしよう。影のようにともにある」
 ヒースは、今度こそ壊さない、とは言わなかった。
 いつか終わる、物語には切れ目がある。
 人によりすぎてはしないかい。
 空に手が届くと錯覚してしまう。影は地に添い、手の届くかに思えてしまうのだ。夜空だと思っていたのに。
 願わくは次砕け散るときは、どうかその手で葬ってほしい。

おまけSS『それでこっちの届けなんだが』

「先ほども言った通り、それはもともとお前のものだったろう? だから、シャイネン・ナハトの贈り物にはふさわしくないと思うんだ」
「……また例の紙切れではないだろうな」
「いや、そうじゃない。そんなことをするはずがないじゃないか。おい、ギズモ、おいで」
 モールがぱちんと指を鳴らすと、白蛇のギズモがやってきた。赤いリボンをつけていて、レースのあしらわれた衣装を着ている。そう、まるで、花嫁衣裳のような……。
「そろそろギズモをもらってくれないかと……あっこら、逃げるのか、ギズモ。主人に向かって……」
 自分の意志ではない、と白蛇は器用に地面をぬめって脱ぎ捨てた。

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