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武器商人とリリコの話~魔法使いの弟子~
登場人物一覧
「あ、商人さんだ!」
庭に居たロロフォイがまっさきに正門から入ってくるその存在へ気づいた。
「お、武器商人のにーちゃんじゃん。何しに来たんだ?」
どこか退屈そうに遊んでいたユリックがタイムと宣言して武器商人を振り向く。
「ねーちゃんねーちゃん、あそぼーよー。サッカーしよ」
「よしよし、悪いね、今日はリリコに用事があるんだ」
武器商人はザスへそう告げた。縁側でマニキュアをチナナへ塗ってやっていたミョールが怪訝そうな顔をする。
「リリコぉ? リリコならベネラーと水無月さんといっしょにローレットの支部へ行ってるわよ」
「おや今日はずいぶん当たりが柔らかいね、ハートの女王」
「もう、からかわないでよ。あんたにはこの服の恩義もあるし?」
「意外と義理堅いね」
「からかわないでってば!」
「褒めたんだよ」
心外そうに応える武器商人に、ミョールは言いたいことを飲み込んだのか、ぷっと頬を膨らませた。
武器商人は視線を走らせる。子どもたちの腰には銃があった。たしかベネラーが鉄帝で購入して配ったものだったか。使い方の指導も受けているはずだ。
(物騒になったねここも)
できれば子どもたちには、無邪気で無垢なままでいてほしかったと、武器商人は思う。だが状況がそれを許さない。彼らは育っていく。彼らは生きていく。一歩一歩大人への階段を登りつつある。しかしそれはなにげない日々の積み重ねで行われるべきだ。名無しの魔種の襲来へおびえながら、大人になることを急き立てられるのは、武器商人の本意ではない。それに、いくら広いとはいえ、この屋敷の敷地から出ることもできない生活は、はっきり言って不健康だ。ちょっとそこまで出かけるだけでも、護衛という名の見張りがつくのは、さぞ息苦しかろう。
(やんちゃ盛りだというのにね。いい子すぎるよ、この子たちは……)
特にあの子は。そこで武器商人は思考を止めた。ひらひらと手を振り、子どもたちへ背を向ける。
「いってらっしゃいでち、武器商人さん」
チナナの声に、武器商人は再度手を振った。
てくてくとローレット支部まで歩いていった武器商人は、目当ての人影を一目で見つけた。
ベネラーがひょいと顔をあげる。
「あ、武器商人さん」
「お邪魔するよぅ」
「……だいじょうぶよ、私の銀の月。そろそろ帰ろうかと思っていたの」
よく視ればふたりともくたくただ。資料映像の見過ぎだろう。
「名無しの魔種について調べていたのかい?」
「はい」
ベネラーはうなだれている。残念ながら成果は得られなかったらしい。
「そんな日もあるよ。ところでリリコを借りていいかい?」
リリコはゆるくうなずいた。大きなリボンがうれしげにさやさや揺れている。
「……ええ、私の銀の月。このあと特に、用事はないから」
「武器商人さんがついていてくれるなら安心ですしね。いっておいでリリコ。僕は先に帰るよ」
ベネラーと水無月が立ち去った。その背を見送った魔法使いは、リリコを連れてまたてくてくと。ひとごみをゆらりと通り抜け、ふらりらと小舟行き交う水路に沿って歩き、小さな鳥居を見かけると会釈をして境内へ入った。
「うん、いい場所だね、空気が澄んでいる。いるモノもおとなしいし、ちょっとくらい悪さしても許してくれそうだ」
緑に囲まれて、小さな社がぽつん。あたりには誰もいない。高天京の喧騒が嘘のよう。
魔法使いは空中を一撫でした。その場に座り心地の良さそうなベンチが現れる。華奢で綿密な装飾が施された美しくも頑丈なベンチは、呼び出した主人の気性を反映しているかのようだ。
「とりあえずおすわり。朝から働き詰めで疲れただろう」
武器商人は自分が先に腰掛けると、己の膝の上をポンポンと叩いた。
リリコはおとがいをあげ、緊張した様子で武器商人の膝の上へ座った。
「……いいのかしら。小鳥と、ラスヴェートの場所でしょう? ここ」
「リリコは
「……ありがとう。ふふ、冷えているのね、私の銀の月」
「あァ、気を抜いていたよ。体温を調節しておこう」
「……いいわ。今日は、小鳥もラスヴェートもいないから、私が銀の月を温める」
「光栄だね。けれどリリコが風邪を引いてしまうよ。深淵に寄り添うと凍えてしまう。それは
ふわりと武器商人の肢体へぬくもりが灯った。外気にさらされたリリコのほうが冷たいくらいだ。
「どうだい?」
「……冷たくても温かくても、あなたは私の銀の月」
「あんまりかわいいことを言うと、こうだ」
武器商人がリリコの頬を両手ではさみ、むいむいとこねくりまわす。リリコは、ふにゅ、だの、みゅう、だの、妙な声を上げながらもされるがままになっている。しばらくそうやって遊ぶと、武器商人は手を止め、小さな顔を切れ長の紫紺で見つめた。井戸をのぞくように。
「なァおまえ」
「……なに?」
「魔術を覚えてみないかい」
「……どんな?」
「身を守る術とでも言い換えようか」
「……銃が、あるわ」
「ちゃんと取り回せるかい?」
リリコは黙ってしまった。自信がないのだろう。さもありなんと武器商人は考えた。この子の華奢な腕に銃は重すぎる。ただでさえ特製のザックの中には色々と入っているのだし。
それに、と武器商人は思考を切り替えた。この子には魔術の才能がある。何も教えずとも、与えた本を妖猫からの目眩ましに使える程度には、夜になじんでいる。時々『視える』ようだし、きちんと流れを教えてやればぎこちないなりに掴み取るだろう。
「実は豊穣へ疎開する前から、なにか教えるべきかと迷っていたんだよ」
「……そうなの?」
「そうだよ、おまえときたら、すぐ無茶をするんだもの」
「……無茶なんてしてないわ」
「いいやするね」
柔らな視線は見えないものすら視てしまう。武器商人にはわかっていた。
「端的に言うよ。
リリコは胸元を押さえた。紫陽花をモチーフにしたブローチを。
「ここまで言ってもおまえは、いざとなると当然の顔で、身を挺して家族をかばうんだろう?」
「……そうね。きっと体が動いてしまう」
「おまえが遠くへ行くと
「……ごめんなさい」
「どうか愛される喜びを忘れないで、可愛いコ」
……いいのかしら、私で。私は愛情を受け取るにふさわしいのかしら。リリコはそう考えている。
あァ本当にこの目はよけいなことまで視ちゃってさ。だから心配でたまらないのさァ。リリコ、
愛された獣は、強欲な怪物は、憂いと苦笑を織り交ぜた微笑みを浮かべていた。腕の中のひんやりとした少女は、見た目通りのビスクドール。武器商人は寒風からリリコを守るように、大切に大切に抱きすくめた。焚きしめた香が衣装から香り、まるでゆるい結界のようにふたりの周りへ満ちる。
「どうする? 魔術を習うかい?」
「……うん。教えてほしい」
武器商人は短く息を吐いた。欲しかった言葉だった。聞きたくない言葉でもあった。
そりゃァねえ~~~~でもさァ~~~~
……ああ全く、わかってるわかってるとも。
今の出力では事前の準備は出来てもいざという時に到底足りない。
教える必要が差し迫っているのはわかっているさ。
「いいとも、
死ぬな。武器商人は断言した。それはそのモノから放たれた呪であった。その呪はたしかに少女の心へ突き刺さった。
「……うん」
「ん、いいお返事」
武器商人はふたたびもにもにとリリコの頬をもみたくった。
「それじゃ準備をするよ? すこしのあいだ我慢をしとくれ。さあまぶたを閉じて」
リリコが言われたとおりにする。武器商人は人差し指を少女の額へおしつけた。指が、ゆっくりと額へ埋め込まれていく。皮膚を通り、頭骨を抜き、前頭葉へ達したところで、武器商人は『押した』。
「!!」
リリコが目を見開く。武器商人はするりと指を引き抜いた。リリコの額にはなんの痕もない。対してリリコ本人はとまどっていた。くらくらするのかこめかみを押さえる。
「……え、なに、これ。なに?」
「脳を刺激して、シナプスのつながりを若干ずらしたのさ。五感が鋭敏になったのがわかるかい?」
「……あなたの声に色がついて視える。とってもきれい」
「しばらくは共感覚による不快感が続くけれど、その期間を越えたら第六感が強化される。魔術に必要な第七感も追って目を覚ます。だけどくりかえすよ。リリコ、おまえの力量ではとうてい運命をも味方につけるイレギュラーズに及ばない。立ち向かったら死ぬ。覚えておけ」
「……うん」
「いい子だ」
武器商人は安堵したように口角を上げた。リリコもまた彼女にしては珍しくはっきりと笑みを見せていた。
「……私、魔法使いの弟子になったのね。最初の魔法はやっぱり箒にかけるべきかしら」
「スケルツォにあわせて踊るかい、リリコ」
「……すてきね」
「さて、まずはてはじめに
リリコはうなずくとザックから本を取り出した。
「……この本、こんなに暖かかったのね。それに、文体が丸い。透明で完全な球体」
「その調子。視て触れて味わって感じ取るんだ。すべての経験がおまえの力になる」
できれば役に立たないことを祈っているけれど。武器商人は心のなかでそう嘯いた。