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血、鬼、斬

登場人物一覧

源 頼々(p3p008328)
虚刃流開祖

 血しぶきが、障子の白を赤く染めた。
 惨劇が、屋敷を染めている。
 月下の夜である。
 白い月あかりを染めるように、塗りたくる様に、源 頼々は手をふるって、『刃』にこびりついた血を払った。びしゃり、と畳が、その上の白い月あかりが、赤に染まった。
「どういうつもりだ」
 男が言う。額に、角があった。鬼人種である。
 頼々は、答えなかった。ふぅ、と息を吐いた。それから吸った。血臭が鼻をついた。鬼の血の臭いだった。
「どういうつもりだ!」
 男が叫んだ。バタバタと、屋敷の奥から、男たちが、文字通りのおっとり刀で駆けつけていた。
 どいつもこいつも、額に角をはやしていた。
 鬼人種である。
 人、であるか。
 いいや、いいや、そんなことはどうでもいい。
 奴らは鬼である。
 人だろうが、獣だろうが。
 奴らは鬼だ。
 鬼だ。
 厭うものであった。
「莫ァァァァ迦、か」
 頼々は、凄絶に笑って見せた。くさい鬼の血が、返り血が、己のほほを濡らしていることに気付いていた。それがたまらなく、心地よさを感じさせた。
 心地よい。好い。鬼の血を無下に流し、無下に踏みつけ、血に塗りたくるのがよい。生きていてはいけないのだ。鬼などというものは。
「どう謂う心算も糞もあるか。
 鬼なんぞ斬って殺すのに理由があるか。
 鬼に遇っては鬼を殺せ。鬼に遇っては鬼を殺せ!
 貴様らはワレに遇っては殺されるものぞ! いざ、いざ、死に候え!」
 空想の刃を振るう。虚刃である。得手とした刃が、まず右手にいた鬼を斬った。ぎちり、と、ばきばきと、肉と骨を割く感触が、頼々の腕を走った。好い。心地好い。さぁっ、と刃を振りぬけば、鬼は、げはりと血反吐を吐いて、畳の上に倒れこんだ。
「おのれ――!」
 叫び、左手側の鬼がとびかかってくる。刀もちである。ちぃ、と舌打ちをした。反撃されたことにではない。このようなカスの反撃などは、頼々にとって飯事の御遊びにすらならない。不愉快だったのは、鬼ごときが、人切り包丁を得手としているような面をしていることだ。
 頼々は無造作に刃を振るった。構えも流派も不要である。雑魚を一匹捌くのに、流麗の業などは必要ない。頭をたたいて、雑に三枚におろせば終わりだ。だから頼々もそうした。無造作に振るった刃は、あっけなく男の両腕を切り裂いた。ふおん、と間抜けな音を立てて、両腕ごと刀が飛んで行った。さく、と畳に突き刺さる。奇妙なことに、手は主を失っても、刀を握ったまま落ちなかった。奇妙なものだ。面白い、と一瞬だけ思った。一瞬だけ思って、すぐに興味をなくした。
「い、ひああああ!」
 男が悲鳴を上げた。汚い声だった。あぁ、好い。なんとも鬼らしい間抜けな声だ。頼々は、もう一度刃を振るい、再度振り下ろした。上段から斜めに刃がするりと体を走り、鬼の体を切り捨てる。
「別に、何匹来ようと構わない」
 頼々が言った。
「斬れるなら斬れるだけ好い。その無駄な命を無駄に散らす前に、ワレの刃の試し切りにできるのならば価値も生まれようともさ。
 貴様らに残された道は二つ。今斬られて死ぬか、あとで斬られて死ぬかだ。何れにしても死ぬ。何れにしても殺す。
 さあ、さあ、如何に」
 それは笑う。鬼殺しの、それは鬼か。血の臭い煙る。ここは今より八寒地獄、鉢特摩地獄。その肉体を寒さにより咲かれ、血は紅蓮の華を咲かせる。まぁ、今この地獄で肉を割いて血を咲かせるは、頼々の刃であったが。
「くそ、くそ! かかれ!」
 鬼が叫んだ。鬼が寄る。鬼が寄る。頼々は笑った。斬ろう、斬ろう、今斬ろう。
 この下種どもを切り裂いて、血に紅蓮を咲かせようぞ。
 死体がぶつかった蠟燭が倒れて、障子にぼうぼうと火をともした。炎上する。屋敷が! ぼうぼうと! 燃え盛る!
 まさに地獄の顕現!

 時はしばしさかのぼる――。
「鬼人種どもの盗賊団などと」
 頼々は言った。
「まぁ、なんというか」
 お似合いであろうな、と口にせぬ程度の社会性を、持ち合わせていた。
 カムイグラの、とある一村である。
 富めるものではなかったが、貧するものでもない。普通、並み。そういった『当たり前に存在する村』の一つ。
 ローレットに依頼があったのは、そんな村からであった。
「もともと、お上に逆らうような奴らだったのですが」
 村長が言う。
「とうとう、徒党を組んで強盗を働くようになっちまって」
 鬼にお似合いの末路だ、と言わぬ程度の社会性を、頼々も持ち合わせていた。
 鬼は嫌いである。それが、己の世界に存在した『鬼』とは異なるものだとしても。額に角があれば鬼である。鬼であれば殺す。それが頼々の在り方である。
「で」
 頼々は言った。
「斬ればいいのか、そいつらを」
「それは」
 村長は言いよどんだ。殺してこい、と言えぬ程度には真っ当なのであろう。だが、何とかしてこい、とはすなわち殺してこいということであって、それを口にせぬのは臆病というか、卑怯というか――つまるところ、己の言葉と金で、人が死ぬのだということを自覚していないというか。そういうものだと、頼々は思っていた。
「斬ればいいのだな、そいつらを」
 念を押すように、頼々は言った。別に意地悪とか、悪辣とか、そういうわけではない。依頼内容は確認しなければならない。生かして連れて来いというのであれば、死ぬほど面倒だし不本意であるが、生かしてとらえてこよう。斬っていいのなら、斬って殺す。その方が楽だ。
「いいのだな?」
「は……」
 村長が頭を下げた。殺させることを、申し訳ないとでも思っているのだろうか。
「気にするな、仕事だ」
 心にもないことを、頼々は言った。
「それから、これもお願いしたいのですが」
 村長が言う。
「娘が」
「娘?」
「さらわれているのでございます――」
 と。
 そういった。

 時を戻す。強盗どもの屋敷はばちばちぼうぼうとあちこちが燃え盛り、一歩進むごとに頼々の体は血に汚れ、されど空想の刃はらんらんと炎と月光に輝き鋭さを増していた。
「久方ぶりに斬ったなぁ!」
 頼々が声を上げた。
「ひい! ふう! みい! よぉ……たくさん! たくさんだ!」
 狂気を見せつけるように言って見せた。無論、頼々の頭の中は冴えわたっている。冷静である。これは挑発とかハッタリとか、そういうたぐいである。実際のところ、たくさん、斬ったのであるが。その言葉通りに、あちこちに鬼の死骸が転がっている。
 鬼とは何だろうな、とわずかに頼々は思う。角が生えていればまぁ鬼である。が、角が生えていない鬼もいるかもしれない。今ここに転がっている死体は、楽しみながら村の女を殺して財を奪ったのだそうだ。そんなのは鬼でいいだろう。角が生えていようがいるまいと。人間ではあるまい。外道というやつだ。
 翻って、鬼というものを決めるのは魂なのではないだろうか、とも思う。鬼とは、性根の底まで鬼なのだ。なれば、それを殺すことに何の心を動かされようか。鬼は、鬼である。人ではない。故に斬っても問題ないし、死ぬべきだし、斬られるべきだし、殺されるべき存在だと思う。そのように、まったく、つくづく、そう思う。
「鬼め」
 と、男が言った。
 情報によれば、賊の頭目である。
 鬼の頭目、といってもいいだろう。
「鬼め」
 と、その男が言う。頼々は眉をひそめた。
「誰が」
 吐き捨てるように言った。
「鬼か」
「お前だ!」
 男は言う。手にした刀、その切っ先が、抱きかかえた女に向いていた。鬼人種の娘であった。
「武器を放せ」
 男が言う。
「女を殺す」
「ワレは」
 頼々が言った。
「正直、そいつが死んでも心は痛まん。鬼が何人何千人何億人くたばろうが知ったことか」
 そういって、空想の刃を構えた。
「寄るな」
 男が言う。
「殺すぞ」
「やってみろ」
 そういった刹那。
 男の眼前に、頼々はいた。
「は――?」
 男が驚いた顔をした。長々とみていたくないので、頼々は無言でそいつの腕を飛ばした。刃が、落ちる。そのまま、蹴り飛ばした。「あ」と男が声を上げた。女が離れる。頼々は、刃を振るった。男の首が飛んだ。毬遊びのように、ぽおん、と。
 そして転がった。
「ひ」
 と、娘が叫ぶ――のを、頼々は抑えた。
「叫ぶな。うるさくてかなわん」
 いやそうにそういうと、身分の証を見せてみせた。
「神使だ。帰るぞ」
 そうとだけ言った。娘は腰が抜けたようだったが、それでも立ち上がった。このような恐ろしい場所に、一秒たりとも居たくない。
「いい度胸だ」
 頼々は笑って見せると、女に手を差し出した。
 まるで、鬼の手を握るようだ、と女は思った。
 それでも、女は頼々の手を取った。
 それからゆっくりと、二人は歩き出した――。

  • 血、鬼、斬完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別SS
  • 納品日2022年12月31日
  • ・源 頼々(p3p008328

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