PandoraPartyProject

SS詳細

『穴』

登場人物一覧

澄原 水夜子(p3n000214)
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者

「井戸があるんですよ」
 他愛も無い日常会話。水夜子はスナック菓子を箸で摘まんでから口へと放り込んだ。資料を触る際に手が汚れないようにと彼女は菓子を食うときに箸を使うことがある。何ともずぼらな面が見え隠れするのはそれだけ距離が近くなったという事だろうか。愛無は「井戸」とだけ彼女に返す。
「ええ。古い家の裏手に、井戸があるそうです。現在は使われて居らず、放置されている涸れ井戸です。
 いつから存在していたのかも分かりません。相当に古く、それなりの長い時間をそこで過ごしてきたことだけは分かります。
 ですが、水は涸れてしまい汲み上げることも出来ない。さて、使い物にならない井戸は唯の穴です。
 誰かが落ちないようにと蓋をし、岩を置いて塞いでいたそうなのですが何とビックリ。ある時に僅かに開いていたそうでしてね」
「開いた、か。風等だろうか。それとも、人為的なものか」
「さて、どうでしょうね」
 スナック菓子をもう一度口へと放り込んでから資料をぱらぱらと流し見て水夜子は「珈琲を汲んできます」とだけ言って立ち上がった。可愛らしい宇宙ビーバープリントのマグカップは最近の彼女のお気に入りだ。R.O.Oアバターを作ってから従姉があれやこれやと宇宙ビーバーアイテムを用意したのは言うまでもない。
 怪談の走りだけを聞かされた愛無の側は何とも言えない心地であった。その続きが気にならないと言えば嘘になるが、その話しに水夜子が介入しているのかそれとも唯の世間話であるのかの側面での興味が強い。もしも、彼女が見知らぬ海尉と接触しているというならば危機に瀕していないかを確認しなくてはならないだろう。
「で、」
 マグカップにカフェオレを注ぎ口をつけながら水夜子は行儀悪く書斎の扉を脚で閉めた。執務テーブルにマグカップを置き、大仰な椅子に腰掛けて僅かに埋もれた彼女は「井戸が空いていたことに気付いたのは当時15歳の坊ちゃんでした。当時、その家に遊びに来ていた家主のお孫さんです」と話を続ける。
「ああ」
 ソファーに腰掛けて愛無は水夜子の話しに相槌を打つことにした。一先ずは彼女の話を聞いてどの様な結果が齎されるかを考えるのが良い。
 斯うして怪異の情報ばかり追っているのだ。偶には世間話をして心を潤すのもありだろう――最も、その世間話までもが怪異であるのは何とも言えない心地である。
「坊ちゃんは少し開いた井戸にどうしようも無く興味を惹かれました。井戸の蓋と言っても適当に板を重ねただけだったそうです。其れ等を大きい岩で押さえ付けていただけ。
 板が一枚腐り落ちたのか、それとも誰かが故意に割って井戸に落としたのかは分かりません。ですが、丁度中を覗き込むことが出来て手を入れることの出来る程度の穴です。
 坊ちゃんはどうしようかな、気になるな、でもなあ、と思ったそうですよ。落ちた場合、誰も助けてくれませんし、それが危険だとうんと小さな頃から教えられてましたから」
「そうだろうな。涸れ井戸だ。深さもあるだろうし、何よりも裏手にあるなら人も通りかからない。
 もしもaPhoneなどの通信媒体を有していたとしてもその場所から連絡を取って発見されるまで生存できているかの保証も無い」
「ええ、その通り。落ち方が悪ければそれだけで死の危機に瀕しますからね」
 嬉しそうに笑った水夜子は個包装された小さなドーナッツを手に取ってから指先で遊び始める。どうやら手持ち無沙汰であったようだ。
「ですが、どうしようも無く興味を惹かれているのです。好奇心は猫も――と言いますが、屹度、好奇心の殺戮履歴は人が一番でしょうとも。
 坊ちゃんはそろそろと井戸に近付きました。足元に落ちていた石ころを拾い上げてぽん、と投げ入れたそうです。
 それだけで井戸の深さは知れますし、何か動物が居るのならば物音もすることでしょうから」
 少年は好奇心に負けながらも理性的な行動をしたものだと愛無は感じた。適当な小石を拾い上げてから井戸の内部に投げ入れれば、内部の様子を探れる。それだけでも危険回避には近い。ただ、それでも尚も近付いてしまうのが人の業なのだろう。
 引き寄せられるように少年は井戸に近付いたに違いない。希望ヶ浜怪異譚を追掛ける中でも幾人かが危険を承知で怪異に接触する場面に直面したことがある。
「――まあ、物音は何も返りませんでした。其れ処か井戸の底に石が落ちた音も聞こえない。
 涸れ井戸ですから水も残っていなかったのでしょう。水に落ちればぽちゃんと音が立ちますが落ち葉などが降り積もっていれば反響音も無い」
「ああ、そうだろう。ならば何も情報は無かったのだな」
「そうです。何も分かりませんでした。ですが、なにも分からなかったからこそ興味がそそられてしまった。
 坊ちゃんはそろそろと近付きました。そして、僅かに開いた穴から覗き込んだ」
 そこまで離してから水夜子のaPhoneが着信を告げた。メッセージを確認して幾らか返事をしてからaPhoneを裏返すように机に置く。
「何も見えないんですよ。だって、薄暗く、光源も無い場所ですから。自分の影が覆い被されば見通しだって悪くなる。
 一度は体を起こしてから坊ちゃんは何か中に突っ込める板みたいなものは無いかと探しました。丁度、井戸の向こう側に『何本かの木が刺さっていた』んですって」
「刺さっていた?」
「ええ。それは木片と言うべきでしょうか。それとも――ああ、こう言った方が良いでしょうね。不自然に立てられ、所々は腐っていたけれど。それはまるで卒塔婆だった」
「……」
 愛無は黙り込んだ。卒塔婆を坊ちゃんと呼ばれた少年は引き抜いたのだろう。そして、それで井戸の内部を探ろうと突っ込んだ。そこまでの想像は容易だ。
「彼は内部に何か無いかと卒塔婆で井戸の縁ととん、とんと叩きました。彼は卒塔婆が何であるかを分かって居なかったのでしょうね。
 近年では故人の葬儀を終えても墓の管理者が居らず散骨や自然葬……樹木葬などですね、それから、納骨堂を利用する事が多い。ええ、知らなかったのでしょう。
 そうして、卒塔婆を突っ込んだとき、何かにくいっと引っ張られる感覚がした」
 少年は何かに引き摺られる様に小さな穴に腕を突っ込んだのだそうだ。強い力が腕を引きばりばりと蓋が割れる音がする。
 少年は思わず叫んだという。何が起っているかも分からず儘、不安と恐怖を剥き出しにして――
 そこで、aPhoneが再度の着信を告げる。どうやらメッセージアプリで短文程度のやりとりをして居るのだろう。大凡、従姉と夕飯の話しの連絡でも取り合ったか。
 愛無は一先ずは彼女が話し始めるのを待つことにした。語り部が都度都度に話しを止める事もあり、その先を些か想像させるのが何ともユーモラスだ。
 この想像というのものが酷く厄介で。どうしようも無く薄暗い未来ばかりを想像してしまうものだ。
 だが―― 
「この話って、実はオチはなにもないのです。だって、本当に心霊現象にあった人間が五体満足無事に返ってきていると恐ろしい事はなかったようなものです。
 坊ちゃんは数時間後、井戸の傍でへたり込んで泣いているのが見つかったそうですよ」
「ああ、無事だったのか」
「ええ、ですけれど、『井戸は完全に開いていて』。坊ちゃんの手首には誰かにつかまれた後があったそうです。
 さて、その後――どうなったのでしょうね?」

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