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残した世界のハッピーエンド

登場人物一覧

ゴリョウ・クートン(p3p002081)
ディバイン・シールド
ゴリョウ・クートンの関係者
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ゴリョウ・クートンの関係者
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 時は平時。場所はいつもの豊穣のゴリョウ亭、本店。
 これはきっと、今よりだいぶ前の話。ゴリョウにとっては守るべきものが増えた、大切な日のはなし。

 夜半過ぎにオークとチンピラ――こう見えても店長のゴリョウと、副店長のゼンシンである――はいつものように話し合いを。シーズナルのメニューを用意してみようか、ああそれから農家さんに連絡しておかないと、なんてそれはそれは和やかに話し合っていた。
「やっぱりあんまり無茶しねえほうがいいんじゃねえか?」
「でも、美味いもんは色んな人に食ってもらいたい……」
「職業病だろうな。わかるぜ」
 人生は飯が美味けりゃ大体良し、なんて笑ってしまえるくらいなのだから、その志が店に反映されないわけもなく。美味しいものをたくさん、なるべく多くの人に。そうして美味しいもので沢山の人を笑顔にできたなら、それはどれだけ素敵なことだろうか。少しずつ各所で店を経営することができているのだから、きっと少しずつ夢は叶い始めているのだ。目には見えずとも、着実に。
 美味しいものをたくさんの人に。簡単なようで案外難しい願い事。当たり前の行動でも店の品格は問われてくるのだから――というのはさておいて。そんな感じで談笑していたところ、突如として何かがぶつかるような扉の音が響く。
「な、なんだ?!」
「……すわ物取りか?」
「可能性は……ないわけじゃ、ねえだろうな」
 ゼンシンが肩を竦める。武器を持たなければいけないような相手がこんなまぬけな突っ込み方をすることがあるだろうか、いやしかし。警戒しないわけにはいかないのでとりあえず確認することにしよう、と頷きあう。ええいままよ、そう思ってゴリョウが扉を開けたところ、ずるりと倒れてくる華奢な姿。思わず支えるがその身体はあんまりにも軽い。軽すぎる。
「……」
 苦しげな表情が痛々しくてそっと前髪を払ってやる。が、なんだか見覚えがあるような気がして思わず首を傾げる。こんな知り合いは、混沌には居なかったような。だとすれば、きっと――
「……?」
「なんだ、ゴリョウ。知り合いか?」
「……かもしれねえ」
 そう、彼あるいは彼女こそがノエル――ゴリョウの母方のいとこである。あんなにも盛大な音を立てて突っ込んできたのだ、怪我か、病気か、と心配し慌てふためく盛大に鳴る腹の音。
 そういえば今は、各地の香味野菜と肉を炒めた際の香り比べをしていたんだった。真剣な会話の手元では美味しいつまみが広がっていた。外まできっといい匂いが漂っていたことだろう。
「おなか、すいた」
「物取りじゃなくて腹減りかよ」
「ぶはははッ、まぁこんな時間に飯テロっぽいことしてた俺らも悪いなこりゃ!」
 とりあえず保護し、店内で横にしてたらゴリョウ的にはすっごい見覚えのある顔。やっぱり母方のいとこ、ノエルである。
「ごはん……」
「わかった、ちょっと待ってろ」
「じゃあとりあえず飯食わせるか」
「だな。ゼンシン、適当によそってくれ」
「おうよ」
 椅子を寄せ集め、適当に寝床を作り。ゼンシンが温めたおかずの匂いが室内に充満するたび、ぐう、ぐうううと大きなお腹の音が鳴る。
「おし、できたぞ」
「助かる。ほら、腹いっぱい食え」
「……ん」
 いただきます、と呟くと同時。それはもう凄い勢いでもりもりと食べ始める。おかわりも勿論ためらいはなく。
「……よく食うね。どこに入ってんの?」
「おなか、の。なか」
「そりゃそうだな」
 美味しそうに食べるノエルの姿にほっと息を吐いた二人。何はともあれ互いの自己紹介にうつることに。
 お互いを知らなくては何を話すにも不便だから。それにきっと、この三人には積もる話もあることだろう。そう思って。
 
「俺はゼンシン。そこのゴリョウに雇われてんだ」
「ぶははっ、そうなるな。俺はゴリョウってんだ」
「私、は。ノエル……ひさしぶり」
「……やっぱりお前さんか。久しぶりだなぁ、ノエル」
 再会の喜びはあまりにも深く、ひどく。寒い夜を癒すには十分だ。その証拠にゴリョウとノエルの表情は心なしか普段よりも穏やかで。ゼンシンは微笑まし気に頬杖をつきながら見守る。こんなにも楽し気なゴリョウを見たのは久しいか。あるいは初めてだろうか。
 ノエルの話によれば新しく来れるようになった地――豊穣において繁盛してる御飯処が出来たのだと聞いて来たらしい。著名になってきたのはとても嬉しいことだ。しかしながらここに来るまでの道中で目新しいもの食いまくって到着時点で色々とすっからかんになり腹が持たなくなったのだとかなんとか。残念な異世界エルフである。
 もっとしっかり食べさせるべきか。それともしっかり計画的にお金を使えというべきか。幼いのか年上なのかも不明なノエルには何を言っても無駄な気がして、苦笑と共に肩を下ろす。
「……生きてたんだ、ね」
 ゴリョウを見るノエルの目は、心なしか嬉しさと安堵で満ち溢れていた。そう、ゴリョウは死んだはずの英雄として扱われているのだ。だからここでこうして生存しているのを見て驚かない理由もない。それに母方のものとは言え若干の血縁もある。彼女にはたくさんの心配をかけたことだろう。
「生きてたさ。こうして店を開けるくらいには回復もしてる、安心してくれ!」
「だな。もう今じゃ俺より強いぜ」
「……貴方は、誰?」
「ああ、そうか。……俺から言うのもなあ」
「ぶははっ、それもそうだな」
 ゴリョウのことはよく知っている。が、ゼンシンのことはよく知らない。のでノエルは首を傾げて。
 不思議そうな顔をするノエルが少しだけおかしい。いや、自分も最初はそうであったか。
 こほん、と仰々しく咳払いなんかしてみて。でもきっと不釣り合いなことくらい自分がよく解っている。
「こいつはあの『黒龍』だ」
「……?!!」
 息を呑む音、それから、不愉快そうに顔が顰められる。
「おっと、安心してくれ」
「そうだ。大丈夫だ、俺の弟子として一緒に飯を作ったりしてるんだぜ、これでも!」
「ええ……?!」
 もぐもぐと口を動かしていたノエル。もはや何もわからないのだといいたげに瞬くばかり。確かに先程お皿にこれでもかとおかずをよそってくれたりはしたけれども。でもそれだけじゃあ信じるにはあまりにも難しい。
 ゴリョウが世界を救った英雄であるのならば。
 ゼンシン――否、黒龍は世界を終わらせる存在であった、世界の敵であったのだから。
 深く長めの事情がある。が、それを語らうだけの時間はたっぷりと残っている。全てを語ったゴリョウ。そして色々と物静かになってしまったノエルがゆっくりと口を開いてから、ゴリョウは彼の世界の『その後』の話を聞くのであった。
 例えばそう、旧・白亜の塔の下にゴリョウの銅像が出来てて名所になってる――だとか。
「勘弁してくれ、ただの一衛兵だったんだぞ俺……!」
「言うて『黒龍』アレの十二支の守り突破できたのゴリョウだけだったらしいしなぁ。残当じゃね?」
「いや、それとこれとは違ってだな……」
「恥ずかしいのか?」
「まぁある程度は……ただの一般オークだったんだぞ俺!」
「まぁ、一般じゃなくなっただけ。の、こと」
 そうだ。世界を救った英雄なのだから、それくらいは当然なのだ。なんてノエルは得意げに笑って。
 しかもその名所は主カップルの待ち合わせ場所になってるとか。頭を抱えたゴリョウと酒の勢いもありけたけたと笑うゼンシン。爆弾を投下したことにも気付かず満足げに食べ進めていくノエル。まだ食べるのか。
「経緯も見目もカップルという存在とは程遠いと思うんですが!?」
「いいじゃねぇかゴリョウ、今嫁さん居るし」
「!??」
 既婚者なのかとかっと目を見開いたノエル。
「い、いやまだだけど!!」
「よていは、あるんだ」
「……」
「がははっ、たじたじじゃねえか」
「何も笑い事じゃねえ!」
 こうしてはいられない。なにも信じられない。あまりにも衝撃的が過ぎる!
 奥から秘蔵の酒を取り出してそっと注ぎ始めたゴリョウ。熱燗がね。おいしいんだよね。
 けれどそれだけではない。久々の再会は心が躍る。そして何よりうれしい。だからついついノエルは色んなことを語ってしまう。たとえば――ゴリョウに双子の弟と妹が出来ていた、とか。
 こればかりは。
 ずっとずっと、待ち望んでいたのだ。
 英雄になることなんかよりももっと大事で、重要で。
 それから、世界を救ったら。一番に待ち望んでいたことだ。
「そっかぁ。無事生まれたんだなぁ。ぶはははッ、誕生祝いが無駄にならんかったようで何よりだねぇ」
「……うん」
 会うことは出来ないけれど。
 仮に会えたとしても、きっと驚かせてしまうだろうけれど。世界を救った『その後』のことを知れたゴリョウは上機嫌だ。自分の無い世界。自分が死んだとされている世界に残った、ゴリョウにとってのハッピーエンドのその一つ。
「ぶははッ、ありがとうなぁ、ノエル」
 せっかくだからお礼に、なんて。それだけじゃないんだけれど。嬉しそうに笑うゴリョウに頷いたノエル。ゴリョウは彼女に飯を作ってやり――かくして長い夜と出会いを経て、ゴリョウ亭の常連に彼か彼女か分からない残念エルフが一人増えるのであった。

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