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ヴァレーリヤの異端審問
登場人物一覧
●審問タイム
強く扉を開いた音に、『俗物シスター』シスター・テレジア(p3n000102)は身を竦ませた。その瞳を彩るのは怯え。跪き、潤んだ目でこちらを見つめながら祈りの姿勢の体を震わせているさまを目の当たりにしたならば、乗り込んできた『祈る暴走特急』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)の中の良心がちくりと痛……
「……むわけありませんわーー!! どっせえーーい!!!」
「ぎゃーーす!?!?」
●異端なる部屋
部屋の中はまるで魔女のねぐらの様相を呈し、乾燥した植物が幾つか壁にぶら下がり、一部は部屋の中央の巨大な甕で丸ごと水に漬けこまれているといった有様だった。
部屋の主、テレジアは巨大なたんこぶを腫らせながら部屋の隅に神妙に正座しており、代わりに客人たるヴァレーリヤが悠々とうろつき回って、部屋の中の雑多な品々を検めている。
普段は祈りの時以外は落ち着きのない跳ねっ返り女司祭の眉間に、皺が寄った。材料は、幸いにもご禁制の品ではないらしい……けれどもこれらが何のためのものなのか、ヴァレーリヤにはさっぱり判らない。
だからひとつ小さく咳払いして、ヴァレーリヤは尋ねてみせた。
「……こほん。正直に白状なさいな。この草を水に漬けこんで、一体何を企んでいたのかを」
たとえ育ちが悪く酒好きなれど、彼女とて司祭。邪悪があるなら正さねばならぬ!
だけどテレジアがその邪悪センサーに引っかかったなら、この際弁解の機会など与えずに、問答無用できっちりと息の根を止めておくのが司祭の責務だったかもしれない。
「ああ、弱きを助け強きを挫く『クラースナヤ・ズヴェズダー』のヴァレーリヤ様ともあろうお方が、わたくしのようなか弱いシスターを捕まえて『企む』だなんて人聞きの悪い!」
そんな俗物シスターの嘆きが、思わずヴァレーリヤの鋼鉄の意志に揺らぎを生んだ。『弱きを助け強きを挫く』……ああ、なんと心惹かれる響き!
何かと弱者の自己責任論に帰結しがちな鉄帝の国民性に異を唱え、弱者救済をモットーとする教派、クラースナヤ・ズヴェズダーの女司祭の心の中に、テレジアの邪悪な言葉運びは疑念を浮かび上がらせていた。この怪しい魔女術じみたこの薬草スープが、もしや教派の教義に適うものなのではないか?
そんな誘惑を振り切って、ヴァレーリヤの冷たい表情がテレジアを見下ろした。突きつけるのは天使のメイス。テレジアの答え次第では、メイスは炎の浄化を彼女にもたらすだろう!
「では……何をなさっていたと仰るんですの?」
だが対し、外道シスターの両目はぎらんと光った。どれほど厳しい追及も、それまでの断罪の姿勢と比べればトーンダウンも同然。計画どおり……テレジアの勝利の口許は、怒濤の快進撃を開始する!
「ようこそお尋ねくださいました……こちら絶賛開発中の新商品、『テレジアの霊水Ⅱ』ですわ!!」
「今……なんと?」
●テレジアの霊水Ⅱ計画
「……つまり! 先日皆様にお配りした『テレジアの霊水』がさらにグレードアップすることにより、わたくしはウハウハ……」
得意げに語るテレジアは、ヴァレーリヤが再び構えた天使のメイスの気配に、しれっと何事もなかったかのように言い直してみせた。
「……もとい、聖なる奉仕活動のための資金を手に入れるという寸法ですわ!」
ヴァレーリヤの眉間の皺の数が思わず増える。けれども彼女に得物を振るう隙を与えぬ物言いが、さらなる言い訳の洪水として雪崩かかってゆく。
「それに……よーくお考え下さいまし? この霊水が高値で売れるということは、それを買うのは富裕層ばかりになるということ。では……その売上はどなたのものでしょう? 無論、その売り子である特異運命座標の皆様のもの――このあぶく銭を市井で使えば力なき民たちが、恵まれぬ者たちのために使えば彼らが潤って、一ヶ所に集積しすぎた富の再分配が為されるわけですわ!」
「つまり……これは人助けである、と?」
「ご明察ですわ!」
ヴァレーリヤの眉間の皺がますます増えれば、テレジアの表情は逆に歓喜を浮かべて彼女に迫っていった。確かにわたくしは手段を問いませんし、自身の利益の追求も怠りませんけれど……丸々と肥え太った豚どもから過ぎた富をかっ剥いで、罪なき貧民に与えて救えるのなら、それに越したことなどないんですのよ!
ヴァレーリヤの両眉が興味深そうに上がり、メイスの構えが僅かに開いたのも致し方なかっただろう。さらに――そうそう、こちら霊水の香り付けに使おうと思って取り寄せたものの結局使わなかった高級ウォトカですけれど……猫撫で声を作ったテレジアが酒瓶をヴァレーリヤの懐に滑り込ませたならば、審問者の両腕は胸の前で気難しそうに組まれ、表情にはどことなくそわそわとしたものが映りはじめる。
「ま、まあ貧しき者たちの幸せに繋がると仰るのでしたら、原材料の怪しさには目を瞑ることといたしましょう」
根負けしたヴァレーリヤが降参のポーズを取ってみせたのは、彼女の懐に3本めの瓶が捻じ込まれた後だった。思う……テレジアは詐欺じみた商売を企んでいるかもしれないけれど、利益の一部をこうして聖なる喜捨に回してもいるじゃあございませんこと。だとすれば……頭ごなしに否定するのではなくて、行く末を見守りながら少しずつ道を正してやる忍耐も、クラースナヤ・ズヴェズダーの教義とも合致するのでは?
●あやしい商売
「さあさあ皆様、寄ってらっしゃいませ見てらっしゃいませ!」
「あの噂のシスター・テレジアの霊水が、よりグレードアップして戻ってきましたわ!」
気付けばローレットの入口脇に山積みにされていた小瓶の山を、道ゆく人は誰もが邪魔くさそうに睨みつけていた。これは何なんだ、と誰かが顔を顰めて問えば、テレジアとヴァレーリヤのステレオ・マシンガントークが、霊水を買うまで犠牲者を離さない。
「ご覧なさいなテレジア。あれだけ作った霊水も今やここに残るだけ……例の件はよろしくお願いいたしますわ」
ヴァレーリヤが悪どい顔を作って囁いたなら、テレジアも同じ顔を作って彼女に返した。
「勿論ですわ……この霊水はクラースナヤ・ズヴェズダー司祭たるヴァレーリヤ様のお力添えあって世に出たものですもの。謝礼はたんまりと弾みますわ……おっと、少々お手洗いに」
行ってらっしゃいませ――そうテレジアを見送ったヴァレーリヤだったが、直後……不穏な影が彼女の頭上に差し掛かる!
「なぁ。オマエ――なんで俺のギルドの前で詐欺商売なんぞに手を染めてるんだ?」
「違っ、違うんですのレオン! これは今はお手洗いに行ってるテレジアが人助けのためにと考えたことで……」
弁解しようとしたヴァレーリヤにレオンはけれども疑いの目を向けて、思いもよらぬ事実を彼女に告げた!
「今、トイレなんて誰も使ってないんだけどね。いかにもアイツがやりそうな事だけど、何でもかんでもテレジアになすりつけるのは感心できないよ」
逃げられた……ヴァレーリヤが気付いた時には、既にレオンは霊水の回収と返金の指示を各方面に出して、彼女の首根っこをひっ掴まえていた。そのままずるずるとギルド内に引きずられてゆく女司祭の恨み節だけが、街角に空しくこだまする――。
――なお翌日、真相がバレたテレジアが、ヴァレーリヤが誤解された分まで折檻を受けたことは言うまでもない。