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Fantasia

登場人物一覧

九十九里 孝臥(p3p010342)
弦月の恋人
九十九里 孝臥の関係者
→ イラスト
空鏡 弦月(p3p010343)
孝臥の恋人


 11月も半ば、従兄弟たる青年――聖とカフェで話す孝臥。
 秋晴れした空は青く高く、けれどその風は寒く。頬を撫でるそれはどこか冷たかったのを覚えている。
「で、僕を呼び出してどうしたんですか」
「その……相談があって」
「はぁ。どうせ察しはついてますけど、話してみてくださいよ。あ、僕はカフェオレで」
「ああ、分かった」
 どこか落ち着かない様子の孝臥は、恐る恐る聖へと口を開いた。その様子から察するに言葉を慎重に選んでいるのだろう。己の恋心を下手にからかわれたりしないかという懸念も滲んで見える。
 確かに男性同士の恋は世間的に見れば『おかしい』し『普通とは違う』けれど。ただでさえ顔見知りで腐れ縁、そして一応は従兄弟である孝臥が。誰からも邪魔者のように扱われていた孝臥が、それでも、ようやく幸せを望むことに安堵して何が悪いのか。
(これでも、鬼じゃないのでね)
 注文したカフェオレをくるくるかき混ぜながらぼんやりとその表情を眺める。
「……決めたんだ」
「へぇ。何を?」
「弦月への気持ちを、諦める」
「……え?」
「な、何故そんな顔を……」
「い、いや……だって。好きなんでしょう? なら、どうして」
 考えていたのと違う。
 孝臥が「告白をするから手を貸してくれ」というのだろうと思って、ジャケットの内側に潜ませておいた遊園地のペアチケットを誕生日プレゼントとして渡すつもりだったのに。
「……いや、いや。聞きましょう。何故その結論にたどり着いたんですか? あんまりにも性急じゃありませんか」
「見たんだ」
「え?」
「……弦月が告白されているところを見たんだ」
「……ふむ」
 苦笑交じりに。といっても、強がりだろう。
 その笑顔はどこか引きつっていて悲しげで。少なくとも聖が知っている、春にほころぶ花のような柔らかい笑みではない。
 弦月との依頼帰りのこと。
 何度か同席してくれていた女性の冒険者が、弦月を呼び出していたこと。
 答えを聴くのも憚れて思わず先に帰ってきてしまっていたこと。
 そういえば、男女恋愛の方が『正しい』のだということ。
 ぽつり、ぽつりと言葉をこぼす孝臥のそれはまるで自分に納得するように言い聞かせているようで。
「本当に」
「ん?」
「本当に、孝臥はそれでいいんですか?」
「……なんだ、そんなことか」
「そんなことって、」
「――最初から。俺は、この恋が実るなんて思っていなかったんだ」
 秋の陽光に照らされる孝臥の姿が、やけに遠く思えた。
 こんなにもお互いを想っているのに、弦月が告白しないせいでこんなことになっている。
(というか、何故僕が頭を悩ませているのか)
 ため息が溢れた。嫌というわけではない。呆れに近い。それならば。
「……じゃあ、どうせ諦めるのなら告白しましょう」
 想定とは違うがプレゼントに罪はない。
「これ」
「なんだ?」
「誕生日プレゼントです。弦月を連れて行ってきてください」
「え?」
「どうせ諦めるんでしょう? なら後悔はない方がいいに決まってるじゃないですか」
「そ、それはそうだけど……」
「あなたは弦月に甘えすぎです」
 悩む。
(元の世界に戻ることができたら、どちらにせよ恋は諦めなければならないのだから……そうだ、な)
 しばしの黙考。後の承諾。
 机に叩きつけられたチケットを両手で受け取り、頭を下げる。
「ありがとう、聖」
「いや……ううん。ま、有り難く受け取っておきますよ。誕生日プレゼント、大事にしてくださいね」
 苛立ちはしたがずっと愚直なのが孝臥のいいところだ、と聖は考えている。ずっと変わらない、彼の長所であり短所。
(うまくいってくれるといいんですけどね)
 けれどそれを行うのは聖ではなく孝臥。だからあとは二人次第だ。
 どうせ勝ち戦なのは見えているけれど、つまらないから言ってやらない。どうせ信じるつもりもないだろうし。

「ただいま」
「おかえり。聖は元気そうだったか?」
「変わらずだった。それより弦月」
「ん? どうした」
「聖から遊園地のチケットを貰ったんだが、良ければ一緒に行ってくれないだろうか」
「俺? 孝臥がいいなら、勿論。どうせ誕生日プレゼントに貰ったんだろう? それなら誕生日にいこうぜ」
「ああ、そのとおりだ。それならばそうしようか。弦月は予定は空いてるのか?」
「当然。孝臥の誕生日なんだから空けてるに決まってる」
 その言葉が嬉しくて胸が弾んだのだけれど。誕生日の一週間前を境に、弦月は何かと出かけることが多くなった。
 朝から夜までどこかへと出かけているものだから顔を合わせる時間も少ない。付き合っているわけでもないし、ましてや恋人でなんてない。
 ならば何をしているのかなんて聞きようがない。聞いたところで答えてもらえる保証もない。
(もしや好い人ができたのだろうか)
 折角告白をしようと決意したのに、鈍ってしまう己が情けない。どうしたって不安で、大丈夫だと思いたいのに信じることができずに居る。
 本人にどうして出かけているのかを聞くことはできず、時間は過ぎて――


(結局、一睡もできなかった)
 なんとかくまは隠したものの、それはそれとして不安が残っている。どうしたものか。
 練達にある大きな遊園地のペアチケット。よくもまあこんなものを手に入れられたものだ。聖には今度改めてお礼をしなくては。
 空は快晴、秋も半ばではあるもののほんのり暖かい一日になるとのことでコートも家に置いてきた。
 誕生日に遊園地を訪れると胸元にワッペンを貼ってもらえるらしく、陽気に『HAPPY BIRTHDAY』の文字が踊るワッペンを飾られる。周りを見れば女子高生も愛くるしい子供達も年配の男性も同じようにはつらつとしたキャラクターものを飾られ――そしてそれは孝臥も例外ではなく。
「似合ってるぞ」
「本当にそう思っているか?」
「……く、ふふ。ああ、思ってるって」
「笑ってるじゃないか、もう……」
「だってそりゃ、こんな子供向けのものつけられるなんて俺も思って無くて……ははっ!」
「わ、笑うなよ……」
 明るいポップ・ミュージックに釣られるように笑い出した弦月の姿はいつも以上に楽しげで、それが嬉しくて。
 ああ、こんな笑顔が見られたのなら最後になっても構わない。なんて思ってしまうからいけない。
「ほら、孝臥」
「ん?」
「あのキャラクターが手振ってるぞ」
「……振り返すべきか」
「そりゃなあ」
「じゃ、じゃあ……」
「っ、はは、仕方ねえな、ほらいくぞ!」
「えっ、ちょ、おい!」
 手首をぐいと掴んだ弦月は、孝臥の気持ちも知らないで走り出した。遊園地にはしゃいでいるのか、それとも。
 弦月の根底にある思いは、孝臥には解らないけれど。きっと心の底から楽しんでくれていることだけは本音なのだろうと思う。
「なあ、カチューシャ買おうぜ」
「カチューシャ?」
「遊園地に来たらこういうのはつけるのが定番だろ」
「まあ、そうかもしれないけど……」
「決まりだな。にしても色々あるもんだな」
 人混みにさらわれないように、だろうか。弦月が孝臥の手を引く。きっとただの友人に違いないと思っていたい。そうでなければ、傷つくことに耐えられない。この関係が壊れてしまうことだけは何よりも望まないから。
 カチューシャを売っているファンシーなショップは大賑わいで、それこそマスコットモチーフのものやコラボ期間中のものであったり、周年を祝う限定品だったりと様々なバラエティがある。
「な、これにしようぜ」
「どれだ?」
「あれ。ほら、こっちが孝臥で、こっちは俺だ」
 孝臥の反応を伺うのは口頭だけで、お目当てのカチューシャをつけてしまう。
「……これは」
「似合うじゃん」
「いや、レディースなのだが……」
 大きなうさぎの耳にリボンが付いたもの。正直アウェイを感じずにはいられないのだが。鏡をまじまじと見つめているがあまり似合っている感じはしない。
「二人でおそろいしやすそうなのがこれくらいしかねえだろ」
「……ま、そうか」
 嘘である。弦月持ち前の体格で孝臥の視線の先にある他のペアアイテムを隠しているが全然その先にペアアイテムはある。
 だがしかし孝臥は気付かないので気がつけばレジで会計を済ませてしまっている。二人の頭の上には愉快なうさ耳が並んで。
「うん、いいセンスだ」
「弦月がいいなら、構わないんだが……」
「の割には不服そうだな」
「このリボンがなかなかな……」
「似合ってるぞ」
「皮肉か?」
「まさか、褒め言葉に決まってる」
 そう、心からの褒め言葉だ。
 愛らしくて愛おしい孝臥に似合うカチューシャ。周囲へのマウントと、俺のものであるマーキングもしっかりできた最高の贈り物。
 ほくそ笑む弦月などつゆ知らず、孝臥は遊園地の外観だけでも満足しているようで。
「孝臥」
「なんだ?」
「今日はお前が主役なんだ。どこか行きたいところはあるか?」
「うーん……当日に楽しめたらと思って、事前知識を何も入れてこなかったんだ」
「そうなる可能性も考慮しておいたから、実は俺は知識を入れてある」
「はは、流石だな」
 どことなく最近嬉しそうだった理由が、それであったならいいのに。なんて、くだらない嫉妬をしてしまう。
 大切になれるはずがないのに。一番になれるはずがないのに。
(だって俺は、男だから)
 気持ち悪いと言われるだろうか。それとも、もう友達じゃいられないと言われるだろうか?
 折角の楽しい空間でひとり落ち込んでいることすらも情けなくて、小さくため息をつきそうになる。が、しかし、ため息をぐっと飲み込んで。
(……でも、最後くらい)
 最後くらい。夢を見ていたい。折角の誕生日で、二人きりのデートで。楽しんでくれているみたいなのだから、今日くらいは幸せでいたっていいはずだ。
 何より、そうでなければ、折角チケットを用意して応援してくれた聖にも申し訳がたたないし、わざわざ忙しいであろうところの時間を裂いて付き合ってくれている弦月にも申し訳ない。
 今日の主役は僭越ながらも孝臥なのだ。一番に楽しまなくては。
「じゃあ、まずは腹ごしらえがしたいかな……良い店はあるか?」
「ちょうどこの時間くらいならいくつか空いてる店があるはずだな。それともワゴンカー的な食べ歩きでもいいが……どっちがいい?」
「ううん、そうだな。それなら店がいい」
「わかった。じゃあ行ってみるか、確かあっちなんだよな……」
 当たり前のように手をつないでくれる弦月。孝臥が混乱しているのをみると満足そうで、それが気に食わないはずなのに嬉しくて。
(きっと記念になるなんて思ってるんだろうな)
 何でもお見通しだ。孝臥のことなら、本当に、なんでも。
 繋いだ手の手汗を気にしているのも、おそろいがうれしいのも、でも人目が気になるのも。
「和食と洋食と中華とあるみたいだけど、どれがいい?」
「うーーーん……せっかくだから、フレンチ?」
「わかった。じゃああっちだ」
 他人には仏頂面だなんて言われるらしいけれど、こんなにもころころと表情が変わっていることに気付けないなんて眼科に行けばいいと思っている。いや、知っているのは自分だけでいいのだが。
 ちょうど空いていた店に入り二人で海辺を見ながらランチをする。海と言ってもパーク内につくられた人造のものである。サメが飛び出るアトラクションの近くだからかシーフードが豊富だ。
 メニューを注文しながら次はどこへ行こうかと話している時間も楽しいし、昔話に花を咲かせるのだって楽しい。毎日話している相手ではあるのに、場所が違えば感じることも話す内容が違うのも面白い。
 届いたいくつかのメニューをふたりでシェアして。ああこれがおいしいだの、本格的でびっくりしただの。些細な驚きが、嬉しい。
「ほら、孝臥。あーん」
「え?!」
「いやソースが溢れるから。ほら、はやく。あー」
「あ、あー……」
 いつまでたっても慣れない間接キスにどきどきしているのは。意識しているのはきっと、自分だけなんだろうけど。
「どうだ? 美味いだろ」
「ああ、美味いよ、本当に」
 嘘だ。そんなことわかりっこない。顔が熱くて、秋だというのに暑さを感じているような気がして。
 ぐいっと飲み干した水が、そのグラスのひんやりとした心地がどれほど孝臥を慰めるのか、弦月は知らずに居るのだ。
 勿論弦月の方は確信犯である。孝臥の可愛らしい反応を見て楽しんでいるだけなので、知らないわけがないのだけれど。
「この近くに目玉のジェットコースターがあるらしい」
「あんまり耐性がある自信がないんだが……」
「俺も。でも今日くらいは行ってみないか?」
「だな。折角の目玉らしいし、記念に」
 とは言えやはり目玉は目玉。100分越えの大行列らしい。ので、先程断念した食べ歩き向きのお菓子をいくつか購入して待機列へ。
「これすごくさくさくだ、美味い」
「こっちのドリンクもなかなか。テーマパークって侮れないな……」
「だな。値段だけが高いものかと思ってたけどちゃんと味も美味い」
「俺にも一口くれよ」
 といいながら、いい終わる頃にはもうばくっと食べきってしまっているのが弦月である。
 どうやって食べようか悩んでいたキャラクターの顔を、ぱっくりと頭からいってしまった。耳だけを食べてからどうしようか悩んでいた孝臥の悩みをぶち壊してくれたかのように。
「うん、美味いな。ありだ」
「いいよって言う前に食べ切るなよ……」
「はは、悪いな。でもこれで食べやすくなっただろう?」
「そうかもしれないけど……はあ。じゃあ俺にも一口、飲み物をくれ」
「おう、いいぜ。ほら」
「ん」
 ストローを口の中に突っ込まれる。ああ、全く。こちらの気も知らずに!
 これでは美味しいなんて言われた味が一生わからないままである。困ったものだ。
 次に行きたい場所をアデプトフォンで調べながら待機列に並んでいるともう自分たちの番。
 やや小走りで乗り込みながら、荷物を足元に置き安全バーをおろして。
「ど、どうしよう、やっぱり怖くなってきたな……」
「俺も。手繋がねえか?」
「あ、ああ」
 どきどきする。いろいろな意味で。これでは意識しているのはスリリングなジェットコースターだけ。
 風を切る。線路がやけにがたがた言っているような気がする。
「な、なあ」
「やばい」
「え?」
「下見れねえ……」
「い、意識しないようにしてたのに!! 弦月!!」
「悪いな、お前も道連れだ、孝臥」
「お、落ちる!!」
「うわああああああああああああ!!!!!!!!」
「わあああああああああああああ?!!!!!!!」
 最近は落下中に写真を撮ってくれる機能があるらしい。
 へろへろになって降りた二人の写真は、ぎゅっと目をつぶった孝臥と、ひどい顔をした弦月で、それはそれは愉快なことになっていて。
 記念に2枚購入して、大笑いしたのであった。

 そんなこんなで目一杯アトラクションも食事も楽しんで。気がつけばあっという間に夜になってしまった。
 閉園時間も一時間を切った。そろそろ帰らなくては電車が混んでしまうかもしれない。お土産を買うような相手は孝臥には聖しかいないし、ふられた帰りにでも買えばいいだろうと合点する。性格が悪いだろうか、でもそうやって自分を励まさないときっと泣いてしまう気がする。だから気を逸らすための手段はいくつあってもいい、と思うことにしておく。
 一日中遊園地を満喫した二人。朝からずっと笑顔の元月の頬には笑顔が浮かび、今も景色の写真を撮っている。そんな様子を微笑ましく眺める孝臥だが、その心中は不安があった。
 どうして最近出かけることが増えたのだろう? 何故どことなく嬉しそうだったのだろう?
 楽しげに話している最中も、アデプトフォンをいじっているときも。もしかして、がよぎる自分が情けなくて、笑顔がひきつってしまって。夜まで遊園地で楽しんだことに変わりはないけれど、どこか楽しみきったというには危ういような。
 こんなことでは聖に怒られてしまうだろうか。自虐的な笑みが溢れた。
 そういえばテーマパークらしくお姫様も王子様も居るらしい。彼らは目玉であるお城に住んでいるという設定があるらしく、夜になってからは盛大なBGMとともにライトアップが施されていた。
 今日は雲ひとつない晴天が続いていたらしく、星も相まって綺麗だ。けれど本来の目的である告白のことを改めて考える孝臥にとっては城など二の次、いや三の次かもしれない。
「ん? どうした?」
 こちらを見て笑う弦月は何も知らないのだろう、思い詰めた顔をした孝臥を見て次第に不安そうな顔へと表情を曇らせていく。
 その表情を見ると胸の内が曇っていく。欲張りになっていく。苦しい。苦しい。苦しい。
 どうせ叶わない。今の関係を壊したくない。一人になりたくない。自分には弦月しかいないのに。
 いろんな想いが溢れてくる。
「大丈夫だ。なんでもない」
「本当か?」
「ああ」
 大丈夫だ。わかりきっていたことだ。これから起こる未来も。何もかも。
(結局俺は、自分が傷つきたくないだけの自分勝手な人間だな)
 寂しく笑う。だから平気だ。今日くれた思い出を胸に、これからはちゃんとひとりで生きていくから、今日だけは許して欲しい。夢を見ていたし、これからも見ていたかった。
 それもきっと今で終わりだ。
「弦月、済まない」
 君を傷付けてしまうこと。傷付けてしまうだろうこと。
 よこしまな感情を抱いて、君と長い時を過ごしていたこと。
 こんなにも不甲斐ない俺が、君を愛してしまったこと。
 ほんとうに、ごめん。

 煌めく星屑は、まるで孝臥の涙のようだった。

「俺は、弦月のことが好きだ。恋愛感情で」
「え?」

 呪いを吐き出すかのように。大きく膨らんで破裂しそうだった胸の内をすべてさらけ出した孝臥は。恐る恐る、弦月の顔を見る。
 困惑したような、困ったような。そんな弦月の表情を見て、ああ、とすべてを察する。
(これで終わりか……)
「ごめん、困惑させたよな。大丈夫、わかってる――」
「いや、何もわかってない。待て、孝臥」
 泣きそうになるからやめて欲しい。くるりと振り返った孝臥は、目を見張る。
「……本当は、俺から告白するつもりだったのに」
 困ったように笑う弦月。その掌には、小さな箱。ベルベッドの生地に包まれた箱は、まるで指輪でも入っているかのような外見で。
「開けてくれるか?」
「あ、ああ」
 恐る恐る開けた。ああ、やっぱり。指輪が入っている。けれどこれは両方華奢な女性の指にはめるようなものではない。そう、まるで――

「俺もお前が好きだよ、孝臥。俺と付き合って欲しい」

 膝をついて。けれど、心から愛おしそうな視線を向けられる。
 それは孝臥がずっと願っていた言葉で。けれど叶うはずはないのに。どうして。ああ、これは夢なのか。
 ぽろぽろと涙が溢れる。
「本当?」
「ああ」
「本当に?」
「そうだよ」
「夢じゃないか?」
「キスでもすればわかってくれるのか?」
 こんなことが、夢に見たことが現実になるなんて。
 大声で泣くわけにもいかないけれど、涙は止まりそうにない。そんな孝臥を察してか、弦月は孝臥を抱きしめる。
 今までのように、友達だと繕うように乱暴なものではなく、恋人に行う愛を込めた抱擁を。
「ああ、」
 どうしたらこんなに幸せになっていいのだろう?
 夢ならばずっと覚めないでいてくれ。
 でもこれは夢じゃないとわかる。抱きしめてくれた弦月の体温はあたたかいし、何より、弦月の心臓もばくばくと高鳴っているのがわかるから。
「指輪」
「……?」
「つけても、いいか?」
 いつもなら強引に何かをしていたのに。弦月はやけに慎重に、声をかけてくる。
(ああ、そうか)
 きっと弦月もどうしたらいいのかわからないんだ。
 今までは友達だと言い聞かせていたから。孝臥が違和感を抱かないように、ずっとずっと気を遣ってくれていたのだ。
 弦月の触れ方はまるで宝物にふれるように優しくて、熱を帯びていて。
 それがどこか嬉しくてくすぐったい。嬉しくて、ときめいている。
「ああ。つけてほしい」
「うん」
 大きくて無骨な手が小さな指輪をつまんで、そっと右手の薬指に銀色の円環をはめる。
「……ほんとは、左手の薬指でもいいんだけど」
「うん?」
「でも、こっちはまた今度。もっと俺たちが愛を育んでからな」
「……っ!!」
 よくもまあそんな小っ恥ずかしいことを。
 みるみる赤くなる孝臥を見て満足したのか、弦月は己の指にもお揃いの指輪をはめて笑った。
「さ、帰ろうぜ、孝臥」
「……ああ」
 差し出された手ははぐれないためでもなんとなくでもない。これからは恋人として、繋ぐ手なのだ。


「俺はずっと、孝臥が俺を好いていてくれることは知ってたんだけど」
「え?!」
「でも、告白は俺からしないとなって思ってて。孝臥、意思表示をするのは苦手だろう?」
「……ああ、そうだな」
 よく知られているし、よく見られているものだ。
 となれば気付いていなかったのは自分だけなのだろうと、孝臥は少し恥ずかしくなる。
「この間聖とあった時に言われたんだ。どうせ諦めるなら告白しろって」
「……そうか。勇気を出してくれてありがとうな」
「いや、……こちらこそ。恋人になってくれて、ありがとう」
 嬉しそうに微笑む孝臥に口付けたくてたまらないが、それは徐々にステップを重ねなくては。
 いきなりがっついて泣かせてしまうのは本望ではない。ゆっくりと、確実に、俺だけのものにするのだ。
(にしても、あいつ……)
 聖は食えないやつだと思っている。考えがわかりにくいが、それでも孝臥が信頼していることもあり、また弦月の権力や家柄狙いで近付いてきたわけでもなく、媚びへつらうような性格でもない。そういったところを気に入っているし、弦月もなんだかんだで聖のことを信頼しているのだ。
「そういえば最近家に居なかったのはもしかして」
「ああ、うん。指輪を買いに行ってたんだ」
 他の人のところに行っていたのではないのだと聞いて安心する。この人を離したくない気持ちはもう隠す必要はないのだ。
「そうか……ありがとう。嬉しいよ」
「孝臥が喜んでくれたなら、俺も嬉しい。買ってよかったよ」
 あらかじめ測っておいた指輪のサイズは違いなかったようで、孝臥の指できらきらと煌めいている。それが嬉しい。
 しばらくの談笑を挟んだ後、眠たげに目を擦った孝臥はあくびをしながら弦月へと語りかけた。
「すまない、弦月」
「ん?」
「肩を借りても、いいだろうか……」
「ああ、いいけど……どうした?」
「実は緊張していて、昨日から眠れていなくてな……」
「そういうことならいくらでも。ついたら起こしてやるから、今はゆっくり寝てくれ」
「ああ、助かるよ……」
 目を閉じた孝臥は数分もしない内に眠ってしまった。
 弦月よりも体力がないのに一睡もせず、日中を動き回って、泣いて。ともなれば当然疲れているだろうし、今の今まで眠い素振りを見せなかった孝臥にはなんだか申し訳ないような気持ちになる。
 泣きはらした目元、安心したのかすうすうと小さな寝息を立てる姿、そのどれもが愛おしい。そしてこれからは、弦月のものだ。
 そっと髪に口付ける。今まで我慢していたのだからこれくらいはいいだろう。でも、触れれば触れるほどにたまらなくなって、それ以上が欲しくなる。ぎゅっと繋いだ手は孝臥によって抱きしめられているから必要以上に動かせないし、ああ、もう、理性を試されている。
 今は寝顔を撮るだけで我慢してやるのだから、褒めて欲しい。きっと故郷の友人たちに話したら同意してもらえるに違いない。
 がたんごとんと揺れる電車はまだ家の最寄りにはつきそうにない。空は綺麗な群青だ。
 きっと深い眠りに落ちていることだろうから起こす必要はないだろう。このまま抱きかかえて連れて帰ろう、と考える。
(もし、あの世界に帰ったとしても、)
 もう離れるつもりも、離すつもりもない。
 空鏡の家は孝臥をよく思っていないらしいが知ったことではない。恋人にどうこう言わせるつもりもないし、全面戦争になろうとも構わない。あんな家滅んでしまったって構わないのだ。
 今はただそばに孝臥がいることの喜びを噛み締めたい。
 これからはもう恋を。愛を隠す必要はない。
 孝臥がどれだけ特別で愛おしいかを余すこと無く伝えたい。そうして、弦月の愛に溺れてしまえばいい。もう孝臥が弦月なしでは生きられないようにしてやるのだ。
 とっくの昔から孝臥は弦月なしでは生きられないのだけれど、弦月はそれを知らない。だから望む。欲しがる。
(これからが楽しみだ)
 最高のシチュエーションで、最高のプロポーズを。
 告白は孝臥にとられてしまったから、プロポーズはせめて俺からしなくては。
 指輪も、花束も。何もかもを与えるから、どうか俺だけを見ていて欲しい。そうでなくては――狂って、閉じ込めてしまいそうだ。

おまけSS『ご報告』

「ああ、もしもし。聖か?」
「ああ、弦月でしたか。で、楽しかったですか?」
「全く……でも、助かった。お前には感謝してるよ。今回だけな」
「孝臥のこと、大切にしてくださいね」
「もうずっと大切にしてるよ」
「ああそうですか、まったく。あなたが告白を渋るせいで孝臥が面倒なことになってたんですからね」
「そうかよ。でももう俺たち、」
「付き合った、でしょう? あなたがみすみすチャンスを逃すはずありませんもんねえ」
「お前、今日腹立つな」
「ふふ、まあ感謝してください。今度ブランドの服でも買ってもらいましょうかね」
「そんなものお前にやるくらいなら孝臥にやる。ギフトカードでも贈るよ」
「全くこの人は……それじゃ、お疲れ様です。よろしく頼みますよ」
「任せろ」

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