PandoraPartyProject

SS詳細

強欲の繭 

登場人物一覧

キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!
キドー・ルンペルシュティルツの関係者
→ イラスト

 闇色の空から冷たい雨が降る。だが、それは──シレンツィオ・リゾートの熱気を下げることはない。華やかなカジノが人々の心を躍らせ、一攫千金の夢を分け隔てなく魅せ続ける。ただ、敗者は何処にでも転がっているのだ。呆然とした様子で、クロサイのブルーブラッドの男がテーブルに両手をつき、ルーレットの前で青ざめている。血走った眦、角には沢山の真珠が埋め込まれ、紺色の真新しいスーツが大量の汗によってくたくたになっている。巨躯で目つきの悪い男だ。
「赤だ、今度は赤に賭ける!」
 ブルーブラッドは頬をぶるぶると揺らしやけくそに怒鳴り、驚く。数秒後、球はに入っていた。カジノのクイーンは男を嫌ったのだ。喉を不器用に鳴らし、困惑した表情でぼりぼりと顔を掻き始める。
「あり得ないだろ。だって、俺、さっきまで勝ってたんだぜ?」
 真っ赤な目でギャラリィを次々と見つめ、男はぬるりと笑った。その顔には爪の跡が深く刻まれ、ぽたぽたと血が涙のように流れていく。椅子を蹴り飛ばした。
「見るんじゃねぇ、雑魚がよぉ」
 苛立った様子で近寄ってきたディーラーの腕を片手で掴み、瞬く間に粉砕する。
「ぎゃっ!?」
 ひしゃげた腕。血と肉が飛び散り、途端にギャラリィが歓喜する。
「スキンク!」
 ディーラーの情けない声。スキンク用心棒が頷き、ブルーブラッドの背後に回り込み、男のジャケットを力強く掴めば、抵抗したのだろう。男の服が破れ、背中が露わになった。スキンクは目を瞬かせ、硬い背を絵画のように眺めていた。見事な刺青。紫色の龍が彫られ、龍の逆鱗に触れたのだろうか。大きく開いた口から熱い息が吹き、雷のような唸り声が聞こえる。紫色の龍が尾を振りながら、スキンクをぎろりとねめつけ、主を守っているのだ。五本の長い指には琥珀色の宝珠が力強く握られ、スキンクを圧倒する。龍は男の背で。動けなかった。
「スキンク!? 早く、お客様を帰らせてくれ!」
 ディーラーが尻もちをついたまま、泣き叫んでいる。
「分かってますって……」
 スキンクは舌を打ち鳴らし、興奮を身体に残したまま背を思いきり、蹴り飛ばした。ぎこちない蹴りだったが、効果はあったようだ。
「ぐっ!?」
 ブルーブラッドの男は前のめりに倒れ、柔らかな絨毯に両手をつく。
「悪いんですけどお帰りはあちらです」
 スキンクは四つん這いの男に歩み寄り、顎先で通路を示した。スキンクも男も汗だくだった。
「……お帰りはあちらですよ」
 スキンクは黙ったままの男の顔を蹴り上げ、男をカジノから追い出した。
「幸運を」
 スキンクは雨に濡れ、鼻血を流している男を一瞥し、背を向ける。欲望は熱く硬いままだ。名残惜しいと思った。スキンクは殺害したならず者共の刺青を密かにコレクションしている。刺青の皮膚に強い執着と拘りがスキンクにはあるのだ。スキンクが手掛けた刺青もあり、全てのコレクションに思い出がある。
「……」
 スキンクは瞳にゲストをぼんやりと映し続けた。脳裏にあの刺青がはっきりと浮かぶ。龍の鮮やかな鱗がしっとりと濡れていた。あの龍は水の中から飛び出したばかりなのだ。太い長髯が水流のように男の腰を流れ、荒々しい尾には細かな刀傷が刻まれていた。

「じゃあな、スキンク」
「はい」
 知らぬ間に仕事が終わっていた。スキンクは同僚と別れ、夜道で目を細めた。これから酒場で酒を飲むべきか。それとも女と遊ぶべきか。行き場のない欲望を何処かで吐き出さねばならない。外灯に虫が集まっている。ふと、数歩先のバーの扉から酩酊した男がゆらりと顔を出し、静かに歩き出した。あの男だ。スキンクは目を見開き、運命に笑いだす。今すぐ、男の皮を剥ぎたいと思った。心臓が脈打つ。掌が汗ばみ、全身が震えだす。男を追っているとスキンクは若い男女とすれ違った。ひそひそと声が聞こえる。
「なにあれ」
「さあ? ストーカーじゃない?」
 スキンクは声を無視し、男を追いかける。欠伸をしながら今度は左に曲がろうとしている。スキンクは慌て、ぶつかりそうになる小鬼の脇を上手くすり抜ける。
「よぉ、スキンク。あいつに財布でもすられたのか? やけに慌ててるじゃねェの」
「社長」
 スキンクは驚き、立ち止まった。キドー・ルンペルシュティルツ (p3p000244)が笑い、真っ赤な瞳をスキンクに向けている。
「おれは別に……何でもないですよ」
 そわそわしてしまう。男はすぐに見えなくなった。
「へぇ? シレンツィオ・リゾートのことなんて忘れて悪戯でもするかと思っちまったぜ。だってよ、そりゃあ、~?」
 キドーは取り出した丸い果実を勢いよく食べはじめる。果汁が飛び、しゃりとしゃりと豪快な音が聞こえる。
「社長、何のことだかおれには分かりません」 
「そうかよ。俺はケチさえつかなきゃ完全犯罪ができりゃあ、どうだっていいんだ。でもな、スキンク。ありゃあ、駄目だ! 思いっきり見られちまってる! 分かるぜェ~、お前は冷静じゃねェ!」
 キドーは鼻を鳴らし、にたにたと笑っている。尾行しているところをしっかりと見られていた。
「社長」
 見られていたことにスキンクは興奮を覚える。キドーはどんな顔で、おれを追っていたのだろう。キドーの指のすき間からだらだらと林檎の果汁が落ち、手首を濡らしている。
「あ?」
「おれはいつだって社長に忠実ですよ。不利益はことはしていないつもりです」
「言うじゃねェか! まあいい。そもそも、あの男とおんなじ道を歩いてただけだろ? それの何が問題だ? そんな偶然、馬鹿らしくて罪にはならねェな」
「ありがとうございます」
 スキンクは頭を下げ、息を吐きだした。追っていた男は何処にもいない。あの男の人皮は、手に入らなかった。コレクションに加えることは叶わない。それこそ永久に。
「責任はいつか、社長に取ってもらいますよ」
 ぼそりと呟き、キドーを見つめる。。おれが彫った、お気に入りのキドーの刺青。青黒い血液、特殊な皮膚。いつだって思い出せる。キドーは視線を林檎に向け、「うめェな」と呟いている。もう、おれに興味はないのだろう。何だろう、少しだけそれが嫌だと思った。唇を舐め、はあと大きく息を吐いた。意識してしまう。目の前に最高のコレクションが立っているのだ。指と舌でキドー刺青を味わいたい。
「社長」
 服の上からキドーの刺青を撫でるように指を動かす。触れているのに。触れているからこそ、もどかしい。ぱんぱんに膨らんだ欲望が涎を垂らしている。
「何か言ったか、スキンク?」
 顔を上げ、ようやく、スキンクを見た。嬉しかった。
「いいえ」
 左右に頭を振る。キドーは、まだだ。年月とともに刺青は熟成され、より完全な風合いとなる。おれだけの、おれだけに許された収集。想像するだけで気持ち良かった。それこそ、女を抱くよりも。
「つか、おい! なんだ、その手は? やべェ動きじゃねェか! 欲求不満かよ!」
 キドーはげらげらと笑っている。スキンクは手を離し、笑った。
「社長、何のことだかおれには分かりません。でも、今から飲みに連れてってくださいよ。おれ社長の話、聞くの好きなんで」
 林檎を奪い、キドーの歯型が刻まれた林檎をスキンクは食べた。
「はっ、いいぜ。付いてこい、スキンク!」
 スキンクは頷き、林檎を見つめる。その林檎は甘い蜜がたっぷり含まれていた。


おまけSS『毒虫』

「あんちゃん、なんで俺の後ろにずっといるんだよ……失せな。おじさん、勘違いしちまうだろ?」
「……あんたがうなじの刺青気になったからですよ。だから、いますぐ上着を脱いでください」
「は? 正気……?」
「正気です。あんたの肩に大きな毒虫がくっついているんですよ。残念ながら、おれじゃあ捕まえられません」
「えっ!? キモチワルイ!!」
「刺されたら大変ですよね?」
「そりゃあね!! ど、どう!? 上着、脱いだけど!! まだ、いる?」
「地面に落ちてどっかに行きました」
「良かった~~~、ありがとう!! え、何、君のその目つき……えと? おじさんの刺青見てた? 左手でうなじを掴んだような跳躍的なデザイン! 色は黒と灰色の濃淡! ね、見惚れるでしょ~~~?」
「見てませんし興味もありません」
「もう~~!!! 何なの、君!!」


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