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心に寄り添うものであれ
登場人物一覧
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……ねぇねぇ、知ってる? 街外れにある廃墟の館のお話。
昔、あそこには悪いお貴族様が住んでいたんだけど、お貴族様が死んじゃってからはずーっと放ったらかし。取り壊そうとすると死んじゃうから、誰も手を出せなくなっちゃったんだって。
それでね。悪いお貴族様、子供を攫っては秘密の地下室に閉じ込めて黒魔術の実験に使っていたの。だからあの廃墟では今でも呪いがかかってるんだよ。現にあの廃墟では──
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「……ここか」
シューヴェルト・シェヴァリエはとある街の外れで足を止め、その建物を見上げた。その建物自体は造りも非常に立派で上品、広大な庭も付いていて一目で貴族が住むに相応しいものだとわかる。……最もその壁にはびっしりと蔦植物が這い、窓のあちこちは割れ、庭は荒れ放題。これまた一目で"廃墟"であるとわかる代物ではあったのだが。
「今のところは、何も"聞こえ"ないようだが……」
シューヴェルトがここに立っているのは、ギルド『ローレット』経由で『廃墟の館で起こる怪現象の調査』を依頼されたからであった。
曰く、その館は取り壊そうとすると次々に人が死ぬ。曰く、その館に肝試しに行った人間が行方不明になっている。曰く、館の主人であった貴族が黒魔術に傾倒しておりそもそも館が呪われている。曰く、曰く、曰く曰く曰く曰く……と、そんな調子でクローゼットの肥やしになっていたジャケットを久しく取り出して叩いた時の様に、ポロポロと曰くが出るわ出るわ。
そんな不気味で恐ろしい噂のある館に好き好んで近づく地元の人間は普通はまず居ない。子供にだってキツく言い聞かせて近づけさせない。
ところが、だ。
居るのだ、世の中には。どれだけキツく言い聞かせても好奇心を抑えきれずに探検に行く子供、無鉄砲に度胸試しをしに行く若者、果ては噂を聞きつけた廃墟マニアの旅人まで……みんなこぞって街外れへと向かい──そして、ほうほうの体で帰ってきた。
『探検をしていたら急に身体が重くなった』
『子供の啜り泣きが聞こえた』
『どんどん重くなって潰されるところだった』
それが
(情報屋の調べでは、この怪現象を『体験した』という人が出始めたのが10年ほど前……屋敷へこっそり探検に行った子供が行方知れずになってからだという。もしかしたら、体験談にある子供の啜り泣きというのは──)
シューヴェルトは錆びた門扉をギィ…と開くと、感覚を研ぎ澄ませ慎重に敷地内を進む。とりわけ彼の"耳"……周囲の怨霊や心霊的存在の『声』を聴くことのできる
【ひっく……ぐす……うう……】
「! 誰かいるのか?」
シューヴェルトの耳に微かな『泣き声』が届いた。シューヴェルトは周りを見渡すが誰かの姿は無く……仕方なく彼は声の位置を頼りに館の中を捜索する。
その時──ずしりと、肩に重い感触が乗っかった。
「なん、だ……!?」
それはまるで急に重たいリュックサックを後ろから背負わされた様な奇妙な感覚。シューヴェルトは思わずたたらを踏んだものの、『探検をしていたら急に身体が重くなった』という証言を思い出してすぐに冷静さを取り戻した。貴族騎士たるもの、知っていることで狼狽えるなんて無様な姿を晒す訳にはいかない。
(話では『どんどん重くなる』ということだが……この声の主を放っておく訳にはいかない。進まねば)
意を決したシューヴェルトはそのまま館の探索を続ける。談話室から始まり、食堂、客室、書斎、寝室、バスルーム……広い館の中を手早く見回っていくものの、泣き声は近くならない。近づく様な、遠のく様な、どうにもぼやけた距離感があるのだ。
「不味い……だいぶ重くなってきたな」
ずしり、ずしりと砂時計の砂が落ちる様に背中の重みが増していくのをシューヴェルトは感じていた。騎士として日頃から鍛錬を重ねている彼であればまだ動けなくなるということはないが、ぐずぐずしていたら無様に床を這うことになるのは火を見るよりも明らかだった。
(一体なんなんだ、この重みは?)
リュックサックの様にシューヴェルトに巻き付く重みに、彼は意識を背中へと向ける。背中という死角、そこへ感覚を集中させるのは少し慣れないものがあったが……そのおかげで、彼は気がつくことができた。
(……何か、喋ってる?)
今まで啜り泣きに紛れてよく聞こえなかったが、後ろの重みも微かに何かを喋っているのだ。シューヴェルトは重さに耐えながら、じっとして背中の声に集中する。
【……ぃ…り、……ぃ、……かえり、たい】
「──っ!」
シューヴェルトはその瞬間、直感的に理解した。これはリュックサックではない。"子供"だ。遠くから聞こえる声も、そしてこの重さも、
(帰りたい……そうか、だから背中にしがみついて、帰りたくて、どんどんその想いで重く……)
ならば、やはり。自分のしていることは正しかったのだとシューヴェルト確信する。そのまま、彼は息を吸い──
「聞いてくれ! 僕の名前はシューヴェルト! シューヴェルト・シェヴァリエ! 君を助けにきた!」
シューベルトは大きく声を張り上げる。後ろの重みと、そして今も尚遠くから聞こえる啜り泣きの主、どちらにも聞こえる様に。
「僕は逃げない。君を家に帰すとここに誓おう! だから……君がいる場所を教えてくれ!!」
それは今まで館を訪れた人間には成し得ないことだった。仮に彼らが、シューヴェルトと同じ様に
【……本が……いっぱい…あった……本、壁、暗い、痛い、くらい──】
「本……書斎か!」
聞こえる。聞こえた。確かに助けを求める人の声。ならばシューヴェルトに迷いはない。重さを背中に感じながらも、彼は力強い足取りで書斎へと向かっていった。
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──その書斎に隠されていた隠し部屋には地下へ続く石階段があり、その下で1つの人骨が見つかった。
まだ子供くらいしかない大きさのそれは足の骨が折れており、その足では隠し部屋を出ることは難しかったと容易に想像がつく。おそらく……暗い中階段を進んで、足を踏み外してしまったのだろう。
「あんなところで動けなくなって……さぞ心細かったろう。"家に帰りたい"と願って、当然だ」
人骨を見つけた直後、シューヴェルトは急に身体が軽くなったのを感じた。悟ったのだろう。彼の手によって、ようやく"帰れる"ことを。
「……君の『声』を聞けて、よかった」
死者の『声』を聞く。哀しみの声、後悔の声、怨嗟の声……それらも等しく聞いてしまう
「僕は聞くことを恐れない。……それが貴族騎士たる者の務めだ」
家族の傍で眠ることができる様になった子供に花を添えながら、シューヴェルトは1人そう呟いた。