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銀の人馬、その心意
登場人物一覧
鉄帝が『新皇帝』バルナバスによって揺れ動くその数ヶ月ほど前、ローレットより風牙へ与えられた依頼。それは秘密裏に連絡が取れなくなった集落の調査であった。原因の調査と排除、詳細不明・情報制度D、大方戦争のため世に出せぬ物の生産でもしていたのだろう、よくある話だ。その証拠に援軍か監視か、風牙と同行する事となった戦士は――。
「アンタがかの『北部戦線』でも武功をあげた英雄、か」
機械の様な男。
鉄騎種を形容するには可笑しな事であったが、それがその男の第一印象であった。
「貴公が新道風牙か。宜しく頼む」
鋼鉄の外皮に覆われた人馬の様なその男が差し伸べた手を握りながら風牙は思ったものだ、その見た目に違わぬいけすかないやつだと。
「ああ、よろしくな」
アルケイデス・スティランス。鉄帝に名高いスティランス家の嫡男である。
その名を聞いた敵は恐れ、味方は勝利への革新から感涙の涙を流す、鋼鉄の騎兵。
力こそ正義である鉄帝で力を示し、力無き領民に庇護をもたらす。これほどわかりやすい『英雄』は居ないだろう。
だが風牙は……初めはその振る舞いと銀色に輝く彼の感情の波動を、どうにも好きにはなれなかった。
●
『イヤダ、テ、タスケ』
「クソが!」
風牙の投げた鈍色の槍が歪になれ果てた少女の体を貫く。風牙は背後より迫る影を一瞥すると放った槍の方へと素早く跳躍、大きく薙ぎ払う様にその影を薙ぎ払う。
『アノコダ、ケハ』
「ったく、悪趣味な敵だな!」
崩れ落ちる魔物の言葉を思わず聞いてしまい、悪い予想が当たってしまったものだと風牙は舌を打つ。たどり着いた集落は文字通りの壊滅、生き残りは無し。家々は焼き爛れ、日が沈めばアンデッドへと改造された住民が断末魔をあげながら四方八方から飛びかかる。凄腕の風牙ですら息を荒らげてしまう程の統制された傀儡達の動きに翻弄されてしまい、迫りくる体熱に意識が向く余裕も無いほどに――
「後ろ、2体だ!」
アンデッドの異形化した腕は振り下ろされる直前、宙に突き出されたアルケイデスの大槍に貫かれ力なくだらりと下がる。血と亡骸を篩い落としアルケイデスは風牙の体を支える様に、その鋼鉄の体を近づけた。
「貴公、怪我はないか」
「ハハ、サンキューな。流石は跡取り様」
風牙の言葉を鼻で笑うと、男は平坦な声で風牙を気遣う。
「無理はするな。後は私に任せ貴公は帰還すると良い」
「そうしたいけど、こいつはそうもいかないみたいだ」
呼吸を整えアルケイデスの冷たい体に預けた体重を再び足へとかける風牙。
「
「心当たりが?」
「ああ、ただのアンデッドじゃない」
手足が格闘のために異形化したゾンビ、不死者らしからぬ統制力の高さ。
「
知能が発達し反転の如き力を得た魔物、殺した獲物へ因子を植え付け傀儡とする不死の王。
「ギリギリまで部下任せだ、そろそろ面出してくれそうなんだがな」
「夜が明ける、我々には休息が必要だ」
「……だな」
崩れた家の破片を薪に焚き火を作るアルケイデス、その真紅に輝く瞳を見つめながらまた風牙は溜息を漏らした。
(あんだけの死体を倒して無言か、こっちも底がしれないぜ)
「何日経ったか」
「さあな、1週間は超えてないんじゃないの」
揺れる火越しに輝く朝日を横目に、二人は簡単な携行食を口に含む。
初めは『骸の上に我は立つ』など雄弁に語っていたその馬頭は最早何も言わない。彼の感情の波動もまた、丸みを帯び陰りが見えた鈍色の様に弱く濁って見える。
「まるでこっちまで死体になっちまいそうだ、な」
乾いた小麦粉の塊が砕ける感覚を味わいながら、風牙はアルケイデスへと軽口を叩いて見せる。気が滅入る場所だからこそ精神に陰りを見せてはいけない、英雄を奮い立たせようと出た言葉は、意外な反応で返ってくるのであった。
「――イヤだ」
ぽつりと、弱々しくアルケイデスの感情が青く揺れ動く。
「お、おい、アンタ……」
「どうしてこんな酷いことするんだ、弔ってやる暇もないなんてぼくはどうしようもないやつだ、ああいやだ、できることならはやく家に帰ってベッドで休みたいのに!」
風牙の呼びかけに応える事もなく、頭を抱え込みうつむきながら叫ぶアルケイデス。吹き出た真っ青な彼の感情に動揺した風牙が彼の名を呼びながら揺さぶると、ふと我に返った様にぽつりと呟いた。
「失礼した、これは……これは」
「いいや、いいさ」
取り繕うとするアルケイデスに、風牙は静かに首を横に振った。平時なればうっかり笑ってしまったかもしれないけれど、風牙もまた同じくらい気が滅入っていた。それ故に風牙は素直に思ったことを伝え、それが結果的に良い方向へと動いたのだ。
「イヤだよな、こんなの。オレだってイヤだ」
「……ずっとだ、ずっと、ぼくは、嫌だった」
「ぼくは誰にも期待されたくない。戦いだってそうさ、痛くて辛くて、それで呼ばれる英雄なんて、跡取りなんて肩書さえ響きが良いだけの人殺しじゃないか、ぼくは戦場なんて行きたくない! このアンデッドだって、彼らの人生があったのに……」
「……そうか」
嗚呼、『英雄』もまた人だったのか。間違いなくそれは彼の本望であり本心でもあったのだろう。風牙は彼に深く同情した。彼もまた、救世主と呼ばれ、その中でもトップクラスに上り詰めた英雄であったからであろうか。
「大変だったろ、無理すんなよ、今なら逃したことにして依頼でオレたちにまかせてくれても」
「――それもできない」
アルケイデスの言葉は暗かった。
「領民も父さんも、みんなぼくに勝利を期待している。それを裏切ることなんてできない、腕ばかりがいいせいで死ぬこともできない。それに、こんなにも殺されてなお苦しんでいる人がいるのに」
彼の弱く光る真紅の目は、彼が先程倒したアンデッドの亡骸を見つめていた。
「……かわいそうじゃないか」
「……」
「彼らは風牙さんを襲った母娘と風貌がよく似ている、きっと家族だったんだろうね、ぼくがやらないと、誰が彼らを慰められるんだ?」
「……そう、だな」
風牙は、今度は優しく彼の肩へと腕を伸ばし、優しく撫でてあげるのであった。
アンタは優しいよ。きっと、いや、だからこそ、アンタはここまで強くなれたんだろうさ。
日が沈む頃大地が悲鳴をあげ、村の家々が裂け目に呑まれていく。崩れ去る家々の隙間から顔をのぞかせたそれは、あまりにも大きな巨人が地中に埋められ顔だけがかろうじて暴れて出てきたような風貌の怪物であった。
「この魔物が……!」
「ようやく重役出勤か、待ってたぜ!」
槍を並べ構える風牙とアルケイデス。希望の光が再び瞳に宿った彼らの槍を構える腕は少しも揺れては居ない。
「風牙さん! 行きましょう!」
「ああ! オレたちで倒す!」
地を擦り赤熱する槍を振り上げ、風牙はその速度の全てを込めて槍を振り下ろす。
「こいつを土に埋め直せば待望の家のベッドだ、それまで根性だぞ、アルケイデス!」
それと同時に地を蹴り割れ目の中へと突貫するアルケイデスの槍が怪王種の瞳目掛けて突き進み――
●
「戻ったか、我が息子よ」
「かつて無い強敵であったが、私の槍の前では全てが塵よ!」
(怪王種すら倒せちまうとはね……ったく、あの後まとめて弔ってやったから遅くなったって言ってやればいいのに)
帰還から数日後、スティランス家に招かれた風牙の前に現れたアルケイデスは、最初に会った時のような勇猛な振る舞いを見せていた。けれども風牙には見えている。彼の感情が、風牙を目にした瞬間。何も通さぬような銀色から温かい喜びの色に変わったのを。
(いいヒトってのも、大変だな)
報酬の入った袋を握る手で巧妙に隠しながら、風牙はもう片方の手を広げてアルケイデスへと振ってみせた。小さく頷いてみせたアルケイデスは、威厳を持った声で周囲へと語りかけた。
「我が戦友と話がしたい、父上、従者たちよ、しばらく時間を」
遠ざかる足音。見つめ合う二人。静まり返った後に、風牙は笑みを浮かべて手を差し伸べた。
「やっと二人きりになったな、行こうぜ、アルケイデス!」
「うん!」
誰よりも臆病で、誰よりも優しい『英雄』の顔を風牙は知っている。厳格な戦士の様でいて、優しい少年の心を抱えた武闘派の嫡男の事を風牙だけが知っている。風牙は願う、次もまた戦場ではなく、彼の望むような平和な場所で語り合うことも。
されど憤怒の影は鉄の国の冬に乗り迫りくる。動乱の最中戦う風牙はふと戦火の最中にいる友の苦心を想い、小さく重い息を零すのであった。
「……もう家に帰るって叫び出さなきゃいーんだけど……な」