PandoraPartyProject

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あなたのための、オクリモノ

登場人物一覧

鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾

 ◆◆◆

 ──さて、探しましょう。
 
 水月・鏡禍(p3p008354)は嬉しそうに笑った。
 霧に包まれた街へ訪れた彼は、とあるモノを求めていた。
「緑色のマフラー、ここにあるはず……」
 鏡禍は〝彼女〟への贈り物を探し続けていた。

 彼女は鏡禍にとって、とても大切な人。
 どんなに目に入れても痛くない、凛とした可憐な女性だ。

 鏡禍は混沌世界にやってきてから、肉体を得た。
 この身体に慣れるまでは時間がかかったけれど、今は良かったと思っている。
 だって、彼女に触れられるから。
 彼女の表情を、眩しい笑顔を近くで見ていられるから。
 
 そんな彼女のために、贈るプレゼント。
 妥協は一切しない。彼女の綺麗な手に渡るのだから。

「すみません。緑色のマフラー、ありますか?」
「緑色ですか? こちらはいかがでしょう?」
「うーん……、もう少し暗い色はありますか?」
「当店では、この種類のみを販売しておりまして」
「そうですか……、わかりました」

 少し寂しそうな顔で微笑み、鏡禍はぺこり、と頭を下げた。
 案外、お目当ての品は見つからない。
 
 鏡禍の考える、緑色のマフラー。
 緑、とひとえに言っても色みはたくさんある。
 黄緑、浅緑、深緑など──。
 しかし鏡禍が理想とする緑には、まだ一度も出会っていない。
 彼がなぜ、ここまでのこだわりを持つのか。

 今までも彼女に贈り物をしてきた鏡禍だが、衣類小物はまだ贈ったことがなかった。
 もうすぐあの地域は寒くなる頃。
 そして来月は、彼女の誕生日でもあるのだ。
 なので、ふかふかの暖かいマフラーを贈ろうと決めたのだった。
 
 凛とした赤髪の彼女には、補色に近い緑がよく似合う。
 そのマフラーに、このダンビュライトのブローチを添えて贈るつもりだ。
 
 彼女は鏡禍が何を贈っても、喜んでくれるだろう。
 でもだからこそ、彼女の想いに寄り添った贈り物がしたい。

 理想としているモノを、恋人に贈りたい。
 その願いが、常に僕の心にあり続けるから。

 アンティークな石畳を駆ける鏡禍。
 隣の街でブローチを見つけ、それに見合うものを一日考えた。
 緑のマフラーを見て微笑む彼女の姿を想像し、胸の高鳴りを感じた。
 
「僕の理想とする緑色……」

 いわゆる深緑よりも深い、暗緑色を鏡禍は探していた。
 彼女の赤髪はビビッドカラーより暗めなので、それに合わせてのものだ。
 暗緑色は色みがはっきりしているため、きっと似合うはずだ。

「何でも似合ってしまう女性ヒトですけど、やっぱり雰囲気のあるモノがいいです」

 今までに鏡禍が彼女に贈ったもの。
 綺麗なサファイアをあしらったイヤリングやサイズぴったりの特注の指輪など。
 とにかく彼女の身に合うもので、かつ彼女の魅力をより引き出すモノがいい。
 
 そう考えると、衣類小物はどういったものが良いのかとても悩んだ。
 マフラーもこの街に売っているものだけでも種類が多く、長さもそれぞれ違う。
 小柄で華奢な彼女に、長すぎるマフラーはどうなのだろう……?
 悶々と考えながら鏡禍は、街を進んでいく。
 
 「……あ」

 ふと、脇道で椅子に座って編み物をする老婦を見かけた。
 上品な雰囲気をまとった老婦は穏やかな笑みをたたえ、セーターを編んでいた。
 その様子を見て驚いた鏡禍は、彼女にゆっくりと近づいていく。

「……あ、の……」
「ん? 初めて見る顔ですね、旅人か何かかしら?」
 それにしては随分と可愛らしい坊やだこと、と老婦は柔和な笑顔を見せる。
「その、暗緑色の毛糸……」
「これですか? 今、ちょうどセーターを編んでいるのですよ」
 少しでも興味を持ったことが嬉しかったらしく、老婦は色々と教えてくれた。
 このセーターは数年前に亡くなった旦那さんへのプレゼントであること。
 旦那さんは誕生日も命日も来月だということ。
 その話を聞いて、鏡禍はほんの少しだけ親近感を持った。
 
 この人も大切な人のために、何かをしてあげたいんだ──。
 
「あの。お金はいくらでも払うので、その毛糸をいただけませんか?」
「それは構わないですけど……坊やは何を作るつもりなのです?」
「恋人のための、マフラーを作りたいんです」
 まぁ、と老婦は感嘆を漏らす。

「それはとってもいい考えね。お相手も喜んでくれると思うわ」
「……でも僕、全く編み物なんてしたことがないんです」
「ふふ。まだ時間はたっぷりあるから、私が教えて差し上げますよ」
「ほ、本当ですか?」
 老婦は優しく微笑んだ。
 この肉体を得て、まさかこんなことをするとは思わなかったけれど。
 でも、彼女の笑顔のためならこのくらいやらなきゃいけないよね。



 雰囲気から薄々感じてはいたが、老婦は郊外にある大きな屋敷に住んでいた。
「なぜ、こんな大きなお屋敷の人が、街の脇道で編み物を……?」
 鏡禍は不思議そうに老婦に訊ねた。
「……私、元々は孤児みなしごだったのよ」
「え?」
「あの座っていた場所で、主人に拾われたの」
 その想い出を永遠に忘れないため、と老婦は言った。
 老婦にとって、旦那さんは今でもとても大切な人なんだ。

「さぁ、それよりも編み物をしっかり教えてあげなくちゃね」
 老婦は暗緑色の毛糸を多めに用意してくれていていた。
「慣れるまでは大変だけれど、これも恋人のためよ?」
「……はいっ」
 
 老婦は一から十までしっかりと、鏡禍に編み物を教えてくれた。
 失敗することも多く、やり直しを何度もしたけれど。
 時には投げ出したくなるくらいに、出来ない時もあったけれど。
 老婦も鏡禍も互いに諦めることなく、ただひたすらに編み続けた。
 
 そして、

「で、出来たぁ!」
 約1ヶ月の制作期間を経て、ついに完成の瞬間を迎えた。
 鏡禍は達成感のあまり、大の字になって床に転がる。
「ついに形になったわね」
「はい、これで彼女にも喜んでもらえるはずです……!」
「ふふ、それは楽しみね」
 老婦も嬉しそうに笑ってくれた。
「あの、これ……!」
 鏡禍はお金の入った袋を差し出す。
「毛糸の材料費と編み物の授業料です。何も渡さないのは、違うと思うので」
「おやおや」
 老婦は驚いた顔をして、しかしまたいつもの柔和な笑顔に戻る。
「坊やの想い、しっかりと受け取ったよ」
 素敵な出会いと経験に感謝して、鏡禍は老婦に別れを告げた。

 霧に包まれた街を後にする前に、立ち止まる。
 
 ──この街を選んで、正解だった。

 そうじゃなければ、あの優しい老婦に会うこともなかった。
 そして、まさか自分で彼女への贈り物を作ろうだなんて、思わなかったかもしれない。
 
 身体へのフィット感も長さもぴったりになるように考えた。
 そして、このダンビュライトのブローチと一緒に贈ろう。
 ダンビュライトには心の浄化の効果があるという。

 彼女には、ずっと幸せでいてほしいから。
 どうか、心も身体も温まってください。

  • あなたのための、オクリモノ完了
  • NM名悠空(yuku)
  • 種別SS
  • 納品日2022年11月15日
  • ・鏡禍・A・水月(p3p008354

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