SS詳細
Happy Birthday!!
登場人物一覧
●大切な人の誕生日
ふんわりと揺れる白い髪。深いアメジストのような瞳。
いつも花やハーブの香りをさせて、温かな日溜まりのような笑顔を浮かべる彼女。
彼女が「零くん」と呼んでくれるのが好きで、彼女の笑顔が好きで、友達として仲良くなってから、守りたいと思うのにそう時間はかからなかった。
彼女を大切に思うようになって、初めて迎える彼女の誕生日。
とびっきりのサプライズで喜ばせたいけど、まずその為のプレゼントが思いつかない。
なにせ零は異性が喜ぶプレゼントに疎い。それ以前に、プレゼントと言えば何が良いかすらぱっと思い浮かばない。
(アニーは、高い物贈っても喜ぶより俺の生活心配しそうだしなぁ……)
零も零が仄かな思いを寄せるアニーも、生活は豊かではない。それ故二人で出かけるときは背伸びをせず、無理なく楽しめる内容をモットーにしている。
背伸びせず、アニーに予算を心配させず、喜んで貰えるプレゼント。
「……何が良いんだろう。いやほんと何が良いんだ、教えてくれライム、オフィリア」
ぷるぷるぽよよんと遊んでいるイヌスラと、通りすがる人に良い筋肉がいないか見ていたロリババアからの返事はない。
「うん、ある方が怖いけどな!」
それはともかく。
零はアニーの誕生日プレゼントを贈りたいが、きっと彼女は「零くんがくれた物だから」となんでも喜んでくれる。
自分からの贈り物を無条件で喜んでくれるのはそれはそれで嬉しいけど、折角の誕生日プレゼントだし、アニーが凄く喜んでくれるものを贈りたい。プレゼントを見た時の、驚いた表情と、凄く嬉しそうな笑顔を見たい。
(アニーの笑顔見れたら俺が嬉しいし、アニーにとっても最高の誕生日にしたいなぁ……)
とはいえ良い案は思いつかない。
「……あ、そう言えばポテトは何か用意してるのかな」
代わりに思いついたのは零とアニー、共通の友人であるポテトのこと。
良くフランスパンと野菜を物々交換する彼女はアニーの誕生日プレゼントをもう用意しているのだろうか。
(ちょっと相談してみるか)
何かヒントは貰えるかもしれない。
そう思い、零はライムたちを連れてポテトの畑、もといアークライト家に向かうのだった。
アークライト家に着くと、ポテトの娘がライムたちと遊び始めた。その間に零とポテトは恒例の物々交換だ。
「じゃぁ固めが2本と、普通が3本、柔らかめ2本だな」
指定された硬さのフランスパンを取り出すと、零は代金の代わりに籠いっぱいの野菜を受け取る。
「おぉ! こんなに沢山良いのか!?」
ずっしりと重い籠の中には、季節の野菜と保存のきく野菜がぎっしり。
ほうれん草などの葉物は早めに食べないといけないが、これだけあれば暫くはフランスパンと一品の食生活が、フランスパンと二品に向上してくれそうだ。
「あまり形が良くない、売り物にならないものばかりで悪いが、お前には見た目より量が良いだろう?」
野菜の代わりにフランスパンを受け取ったポテトの言葉に、零は嬉しそうに頷く。
ポテトの言う通り、零にとっては見た目が良くて量が少ないより、多少見た目が悪くても味は同じなので、量が多い方が有難い。
「あぁ、助かる! これでライムたちにもフランスパン以外も食わせてやれる」
人懐っこく零に良く懐いているペットたち。だが零同様、ペットたちもフランスパンが主食なのは仕方がないことだろう。
フランスパンでも喜んで食べてくれるが、それ以外をあげると大喜びするのだ。そしていつも以上に良く食べる。
そこまで考えて零は嫌なことに気付いた。
あの三匹にかかれば、今抱えている野菜なんてあっという間。零の分は欠片も残らない。
「お、俺の野菜……!」
突然野菜を抱きしめ呻き始めた零に、ポテトは何事かと若干引いている。
「この野菜、ライムたちに食いつくされそうだなって……」
思わず遠くを見る零に、ポテトは首を傾げた。
「ライムたちの分なら、クズ野菜持って帰るか?」
「マジで!?」
「あぁ。捨てるようなクズ野菜で良いなら好きに持って帰ってくれ」
「ありがてぇ……!!」
零の分だけでなくライムたちの野菜も手に入るとは、嬉しい誤算だ。
しかも窓から聞こえる賑やかな声を聴く限り、ライムたちは既に野菜を貰っているようだ。きっと帰りはご機嫌だろう。
「今日は俺も野菜たっぷりにしよう」
何を作ろうかと考え、ぱっと思いつかないので参考にアークライト家の夕飯を聞いてみる。
「今日はシチューをかけたオムライスだ」
娘からオムライスをリクエストされたというポテトの言葉に、零はアニーが作ってくれたオムライスを思い出す、
今は遠い、思い出の中だけの母の味。それを再現しようとアニーは頑張っている。
零にとってはその気持ちが何より嬉しかったし、アニーの作るオムライスは懐かしさの中に優しさもたっぷりで、零にとって特別なメニューだ。それにアニーにとって特別なメニューであるシチューがかかっているとか、二人にとって嬉しいメニューになりそうだ。今度頼んでみようか。なんて思ってしまう。
アニーも生活にゆとりがあるわけではないのに、事あるごとに零に手料理を振る舞ってくれる。そしてアニーの作る優しい味が、彼女の笑顔が、一緒に過ごす優しい時間が零は大好きだ。
「ポテトは、アニーの誕生日プレゼント何か用意してるのか……?」
懐かしい味のシチューがかかった優しい味のオムライスを想像するとそれだけでお腹が空くが、それ以上にアニーの笑顔が見たい。
「アニーの誕生日プレゼントか。焼き菓子と、可愛いハンカチでも贈ろうかと思っている」
さらりと返された言葉に、零は頭を抱えた。
「焼き菓子と可愛いハンカチか……。確かにアニーは喜びそうだな」
「ぬいぐるみも考えたけど、日常品の方が良いかと思って」
「ぬいぐるみも良いなぁ。アニーが抱きかかえたら絶対可愛い奴だ」
少し大きめのふわふわのテディベアを抱きかかえている姿を想像して、零の頬が緩む。
「でも日用品もありだなぁ……」
可愛いぬいぐるみ、綺麗なティーセット。可愛くてあったかい防寒具。
どれを贈っても喜んでくれそうだけど、もう一つ、これという物を付けたい。
「市販の物で良いのがなかったら、手作りしたらどうだ?」
「手作りかぁ……」
思わず自分でぬいぐるみを作れるかと考えてしまったが、別に作るのは後に残る物じゃなくても良い。
「アニーの誕生日に家に来てもらって、手作りの夕飯を振る舞うとか。アニーびっくりすると思うし、喜ぶと思うぞ?」
普段料理を作ってくれる彼女に、いつものお礼と誕生日おめでとうを沢山込めた夕飯とケーキを作る。手の込んだものは難しいかも知れないけど、精一杯心を込めて作ればとびっきりの笑顔を見せてくれるかもしれない。
そう思うと、零の心はドキドキし始める。
だが問題は何を作るかと材料だ。
零の腕で作れる料理で、零の生活を圧迫しない材料。
思わずどうするかと悩んだが、目の前に良い人材がいた。
「……ポテト」
「なんだ?」
「俺に作れてあんまり材料費かからない美味しい料理、教えてくれないか?」
一瞬何故。と言いかけたポテトだが、すぐに理由を察した。
零はある程度自炊できるが、そこまで料理が上手ではない。特に今回は二人だけとは言え誕生日を祝う為の料理だ。それなりに華やかさも欲しいだろう。
「別に構わないぞ」
大切な友人が喜ぶ料理を考えながら、ポテトはあっさりと頷いた。
●大切な人の為に思いを込めて
12月1日。
それはアニーの誕生日。
「それで、アニーは何時ぐらいに来るんだ?」
「一応18時に来てくれるように伝えてある」
今日はここ、零の家で零が作った手料理で彼女の誕生日を祝いつもりだ。その為に事前に約束を取り付けている。
「ならアニーが少し早めに来ると考えて、17時には片付けも終わらせておいた方が良いな」
逆算して考えて行くと、料理に使える時間は二時間程度。スープのストックはポテトが家から持ってきたので、問題なく作って飾りつけもできる筈だ。
「零からのプレゼントということで、フランスパンを使ったメニューというリクエストだったけど……これで問題ないか?」
そう言って差し出されたのは今から作るメニューの簡易レシピ。
フランスパンのオープンサンド、フランスパンのクルトン入りサラダにオニオンスープ、フランスパンを使ったハンバーグ、フランスパンのフレンチトーストをお洒落に盛り付けたデザート。
「おぉ……! レシピだけでもう美味そう……!!」
しかもメインはアークライト家の夕飯も兼ねているからと、材料は全てポテト持ちだ。
その分アニーへのプレゼントや、今後の生活に使えとの事らしい。
「感謝してもし足りねぇ……!」
「なら今度収穫を手伝って貰うか」
軽く笑うと早速料理スタート。
目標は、アニーが喜ぶ美味しい料理!
「オープンサンドは前菜だし、さっぱり軽い物にしておこう」
そう言ってポテトは完熟トマトとモッツァレラチーズ、オリーブオイルに塩胡椒、それからフレッシュバジルを取り出す。
「完熟トマトとモッツァレラチーズを1㎝の角切りにする。バジルは食べやすいように粗みじんにしたら、トマトとチーズに混ぜ、オリーブオイルと塩胡椒で和える。食べる前にフランスパンに乗せたら完成だ」
少しだけ手本を見せたら、後は零に作って貰う。
「形いびつだけど大丈夫か!?」
「問題ない」
自分だけでなく、アニーが食べるとあって零も緊張を隠せない。だけど少しぐらい形が変でも、アニーは喜んでくれるだろう。
バジルの香りがふんわりと広がる。食べればトマトの甘酸っぱさとモッツァレラチーズのさっぱりとしたコクが口の中で混ざりあう。かりっと焼いたフランスパンの食感もきっと楽しい。
次はサラダ作り。柔らかいフランスパンの中の部分を角切りにして、油を敷いていないフライパンで表面がきつね色になるまで弱火で焼く。
「冷めたら中までかりっとなると」
「へぇ……」
サラダはポテトがシーザードレッシングに合う野菜を持って来てくれたので、それを食べやすい大きさに切ってボールに入れておく。食べる前に綺麗に盛り付ければ完成だ。
オニオンスープはたっぷりの玉葱を薄切りにしてオリーブオイルで炒め、そこにポテトが持ってきたスープストックをいれる。塩胡椒で味を調えれば準備は万端。
「これはアニーが来てから仕上げた方が良いな」
仕上げは深めの耐熱皿にフランスパンを入れてスープを注ぎ、チーズをのせて軽く焼けば完成。
見本と味見用にと少しだけ仕上げてくれたが、チーズの焦げる香りとスープの香り、そして優しい味のスープをたっぷりしみこませたフランスパンの味に、零はまた別の機会に作ろうと決めた。
今回はスープストックを使ったけど、練達で売られている固形状のコンソメでも簡単に出来るとのことだし。
ちょっとほっこりお腹も満たしたところでメインのハンバーグ作り。
固めのフランスパンをゴリゴリと削ってパン粉を作ったら、ひき肉に卵、パン粉、塩胡椒を加えて混ぜて行く。これはアークライト家の分もあるので量が多くて大変だけど、残りは零が好きに食べていいといわれたのでちょっと嬉しい。
小さめのハンバーグをいくつも作りフライパンで焼き目を付ける。そしていい感じの焼き色になったらホールトマトとスープストックを入れ、塩胡椒で味を調えてミニハンバーグのトマト煮込みに。
仕上げに刻んだバジルを乗せても良さそうだ。
「食べられる量をお代わり出来るのも良いだろう?」
ミニサイズなので、その時のお腹の様子に合わせられるのはアニーにも嬉しい仕様だろう。
最後はフレンチトースト。
3㎝幅に切ったフランスパンを卵液に付け込んでおいて、食べる前に焼いて生クリームや果物を添える。
「零のセンスに期待だな」
そう言われたら頑張るしかないだろう。
ポテトが持って来てくれた果物や誕生日を祝うチョコプレートを見て、どう盛り付けるのが良いか考えながら泡だて器を動かし続ける。
さぁ、どんな盛り付けになるのだろう。
料理が出来たら急いで片づけてテーブルの飾りつけ。
後は頑張れ。とポテトが帰ると、零はそわそわしながら時間が来るのを待つ。
「零くん?」
待ちかねた声を聴き、零は急いでドアを開ける。
さぁ、二人っきりの誕生会の始まりだ!