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紅矢の守護者
登場人物一覧
一脚の椅子がある。
傍らには燭台。
ゆれる炎は小さく、オレンジ色のそれは広く薄闇に支配されつつあるその遺跡内を、わずかばかりに照らしている。
石によって舗装された床に、かつん――かつん――とゆっくりとした足音が鳴った。
蝋燭の炎にやっと照らし出されたそれは、美しい女性にみえる。
その美しさは意図して作られたものであり、望んで得たものではなかった。
しかし同時に、望んで持ち続けたいものでもあった。
機械人形3726号。
正式名称なし。
愛と憎悪を身に受けた、はるか昔の遺物である。
現代に目覚めた彼女を、ひとはこんな名で呼んだ。
――『紅矢の守護者』グリーフ・ロス(p3p008615)
彼女が『グリーフ』と呼ばれたのは、目覚めてすぐのことである。
それから己の意味や、価値や、それを包含するあらゆることを考えながら、東は未開の島国へ、西は神樹の深奥へ、はたまたうさぎのあなを過ぎた妖精郷や、砂漠の地下に眠る古代の遺跡。絶海の開拓島や海底都市。めまぐるしいと思えるほどに旅をして、そして……。
「あなたと、出会った」
そこは空に浮かぶ島、アーカーシュ。
はるか古代の文明人によって作られ、それから誰もが意味を忘れるほど長い時を経て勇者伝説における影の舞台となり、それすらもおとぎ話に変わるほどの永き時の果て、唯一見つかったこの浮島を、現代の民は開拓していた。
ゼシュテル鉄帝国の空に浮かぶこの島は、新皇帝即位の混乱を避けるように独立し名を『独立島アーカーシュ』と改名。それは同時にこの島を守る人々と、ひいては国を助けるべく戦う人々の名前にもなった。
グリーフはそんな集団の中に属しながら、しかし、常にこの薄闇の中に居る。
グリーフはまだ問うていた。
己の意味。己の価値。
自らに似たものを見つけるたび、まるで鏡を見て己を確かめるかのように追い求めた。
「あなたはいつの時代の
どうされたいのか。
見つけてほしかったのか。
眠っていたかったのか。
作られた以上は使われてこそ本望なのか」
心の中で湧き上がる想いを、グリーフはあえて口に出し、そして椅子へと腰掛ける。
これは彼女の日課であり、己が己に課した役目であった。
いつからかと問われれば、グリーフに『紅矢の守護者』という二つ名がついたその日からと言うべきかもしれない。
彼女は遺跡内の、『紅冠の矢』が収められている部屋にとどまり、矢に常に寄り添っている。
そして、物言わぬ巨大な兵器を見つめ、想うのだ。
『目覚めなければ良かった』と、想うときはあるのだろうかと。
『目覚めて良かった』と、想うことがあるのだろうかと。
永劫にも似た時を経て目覚めたモノとして。グリーフは矢にひとにぎりのシンパシーを感じていたのだ。
問いかけても、矢は答えない。
まるでその時ではないとでもいうように。
だから、グリーフは待つことにしたのだ。
矢が答える、その日まで。
「無理に
あなたがまた、心安らかに休めるように。
あるいは、必要とされ、あなた自身が望むように、輝けるように。
その日、その時まで。
私が、守りますから」
薄闇の中で、時は過ぎていく。
外では、大きな作戦に向けての話し合いが行われているようだ。
この島もいずれは戦いの中に投じられることになるのだろうか。
この矢も、己の役目を果たす時がくるのだろうか。
その時になれば……答えを、聞けるのだろうか。
『紅矢の守護者』グリーフは、無限にも似た想像のなかで、いまも矢と言葉なき対話を交わしている。