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輝きは雨となりて
登場人物一覧
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きらきら、ふわふわ。
煌めく色に包まれて。
ひかりに君を見たなら、きっと真っ暗な世界でもひとりぼっちじゃない。
宝石のように、雨のように。
この色鮮やかなひかりにあふれる世界でともにいられたら――。
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――時刻は、20時の少し前頃。
すっかり寒くなりざわめく冬の街でランドウェラ=ロード=ロウスはこんぺいとうを頬張りながら歩いていた。
街はすっかり冬支度を終えたようで、ハロウィーンを終えたばかりで少し気が早い気もするが、広場の中心には大きなクリスマスツリーが飾られていた。
見上げるほどの大きさのツリーに、ランドウェラは思わず足を止める。
子供心に大きなツリーというものは心躍らせるものだ。
緑深いもみのき、クッキーやプレゼントボックス、キャンディケインをモチーフにした様々なオーナメント、てっぺんには銀色の星。
飾られた様々なオーナメントはこれから来る楽しみの季節を感じさせるようでもあるし、なにより。
(星のオーナメントってこんぺいとうみたいだなあ…)
なんてそんなとりとめのないことを考えながらツリーを見上げるランドウェラの、そばで。
「ねえ、ランドウェラ。星の飾りってこんぺいとうみたいじゃない? おいしそうだよね!」
そんな声が聞こえた。
ランドウェラがゆるりとそちらに顔を向ければ、そこにいたのはシキ・ナイトアッシュだ。
透き通った水色の瞳をまたたかせ、ひらりと手を振ったシキはいつも通り……そう、いつも通りに楽しげに彼に微笑みかけた。
「やあ、シキ。僕もちょうどおんなじことを考えていたんだ。キグウだね!」
「ふふ、そうだね! これも私とランドウェラの気が合うってやつなのかな? ふふ、嬉しいな」
お互いそうして微笑みあえば、暗い夜空にも花が咲くようで。
見渡せば、いつしか周りにもぽつぽつと街灯が灯り始めていた。
「ここのクリスマスツリー大きくて奇麗だよねえ、いつまででも見ていられるよ」
「僕もさ! きらきらできれいなものは好きだよ」
「ふふ、ランドウェラだってきらきらできれいだけどね!」
どのあたりがだろう、と首をかしげているとシキはまた笑った。
「君はきれいだよ、この星のオーナメントみたいにさ」
シキがツリーの飾りにふいに手を伸ばす。
瞬間。飾りにひかりと色が灯った。
わぁ……! と周囲からも声が漏れたのがわかった。
一瞬、光がツリー上を駆け巡り、全体が華やかな電飾で彩られ、オーナメントに飾られた星はそれぞれの色に光り輝く。
いつしか生まれたひかりの波は、ツリーの下から上までを駆け抜けて、頂点の星に淡くひかりを灯した。
――時刻は、20時。
今日はツリーの点灯式だったのだ。
知らずに遭遇したとはいえ、美しい光景にふたりは息をのむ。
「すごい……。きれいだねえシキ!」
子供のように無邪気に歓声を上げるランドウェラ。
事実、色彩感覚で視覚を補強している彼にとって、この瞬くような色たちは強く、そして美しく感じられたのだ。
思わずランドウェラもシキのようにひかりが織りなす色彩に手を伸ばす。
きらきら、ふわふわ。
煌めく光に包まれて。
ひかりに君を見たなら――。
「……シキ?」
ふと、返事のない相手を見ればランドウェラはぎょっと瞳を大きく開いた。
ぽろりとシキの瞳から涙がひとしずく、ふたしずく落ちて、こぼれた雫は宝石に変わっていた。
「シ、シキ? どうしたの? どこか痛むの……?」
心配そうにのぞき込むランドウェラ。
「だ、大丈夫。心配しないで。宝石みたいできれいだなって、ちょっと、思っただけさね」
その言葉にランドウェラは微かに眉を寄せた。
君が泣いているのは、くるしいから? いたいから? それとも、たまにシキから感じる”なにか”が君を泣かせているのだろうか。
きらきらきれいなものは好きだ。だから宝石だってきっと好きだ。
でも君の涙は、なぜだろう、好きじゃないよ。
「……こんぺいとう、食べる?」
絞り出した言葉は気が利いている言葉ではなかっただろうけれど。
しょうがないじゃないか、僕は生まれてまだたった10年ほどしかたっていないんだ。大人びた言葉も、慰めるための行動も、まだ知らないことばかりだから。
だからせめてと、いつも通りの言葉をかけたのだ。
そっと差し出された手のひらにのったこんぺいとうを、アクアマリンの瞳をまたたかせて見つめるシキ。
「……食べていいのかい?」
「もちろん!」
返された言葉に微笑んで、シキはこんぺいとうを口にほおばる。
からから、ころころ。
口の中にふわりと広がる優しい甘み。それはまるで優しい陽だまりのようでやっと安心したように微笑むシキ。
「甘いね。落ち着く。ありがとね、ランドウェラ」
ようやく見せた笑顔にランドウェラはほっと息をつき、視線をもう一度イルミネーションに向けた。
シキは、宝石のようだといったひかりの中に何を見たのだろう。
どうして、宝石を想って辛そうな顔をしたのだろう。
わからないことだらけで首を傾げる。
だけど。シキがもぐもぐと”いつも通り”嬉しそうな顔でこんぺいとうを頬張っているから、今はきっといいのだろう。
うーん、とランドウェラが首を傾げていると、ふとシキから声をかけられる。
「ねえ、ランドウェラ」
「んー? どうしたんだいシキ」
「よかったらさ、クリスマスの日も一緒に遊ぼうよ!」
降ってわいたようなお誘いに、今度ぱちくりと瞳をまたたかせることになったのはランドウェラの方だった。
「ほら、君にはいつもこんぺいとうを貰っているしさ? 今度は私にスイーツでも奢らせて!」
「おお! それはいいね。そういうことなら、喜んで!」
子供のように瞳を輝かせるランドウェラ。つられてシキにも笑顔がこぼれた。
また会う約束を交わして、ふたりは微笑みあう。
大きなクリスマスツリーからきらきらと降り注ぐひかりは宝石のようでいて、まるでひかりの雨のようだとも思った。
その雨はシキに、ランドウェラにも平等に降り注ぐ。
ひかりに照らされたシキの横顔を見て、ランドウェラはふと思う。
シキの雨はいつやむんだろう。
もし、もしもやむときがくるのなら。
どうか彼女が風邪をひかないうちにやみますようにと、そっと願いを込めるのだ。
――きらきら、ふわふわ。
煌めく色に包まれて。
ひかりに君を見たなら、きっと真っ暗な世界でもひとりぼっちじゃない。
宝石のように、雨のように。
この色鮮やかなひかりにあふれる世界でともにいられたら。
雨だって、きっといつかはやむはずさ。