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キミはよく似ていて、でもキミとボクは違うモノで
登場人物一覧
青い大きな水の塊。飛んで跳ねて思考し会話するスライムというか水まんじゅう。
ロロン・ラプスは端的に言えばそんな見た目をしていた。
実際にはただのスライムではなかったり生まれ自体にも相当なものがあるのだが、ここでは割愛しよう。
今日のロロンはなんとなく散歩に来ていた。昼下がりの日差しの中をぴょんぴょん跳ねて歩いて(歩くといってよいのか微妙だが)回る。そこは広い草原で風が吹くたびに草花が優しく揺れる。体に触れる草の感触は気持ちよく、太陽の光は日向ぼっこにはちょうどいい。
ロロンに驚いた虫や鳥が飛び立つ以外に生き物の姿はなく、とても快適な散歩、だった。
「あれ?」
それまで草花の緑と空の青が大半の視界の端に動く青いものが見えた気がした。おや、と思ってあちこち見まわすと、いた。なんだか青いものが草原の中でぴょんぴょん跳ねている。
なんだなんだと近づいていくと、そこにいたのはロロンと同じ水まんじゅうだった。青くて大きくてまあるい水の塊。近づいてくる気配に気づいたのか水の表面には目と口が現れていて、ロロンを見ている。
「すごい、僕そっくりだ」
ロロンが口を開くより先に、その水の塊は言った。警戒心のない明るい子供のような声。
「それはこっちのセリフだよ」
ぴょんぴょんと跳ねて抗議するように言うと眼前の水の塊はぶわっと大きく膨らむような動作を見せてから縮んだ。表面に現れている目も大きく見開かれていて、驚いた様子である。
「へぇ、君も話せるんだ。名前はあるの?」
「ロロン。ロロン・ラプス」
「そっか、僕は……スラでいいよ。見ての通りスライムだからね」
ぴょんとスライムことスラが跳ねた。それと同時にロロンのように名前がないことがうかがえた。だがそれは少なくともこうやって話しているだけなら問題にはならない。ここのスライムには名前がないことが普通なのかもしれないし。
「ロロンはここで何してるの?」
ぴょこんとスラの頭の上に水の塊が浮かび上がってハテナの形を作った。
「散歩だよ、なんとなく」
「ボクも同じ」
これも何かの縁、だろうか。広い草原で出会った同じ青いスライムは同じ目的でここにいたのである。
「せっかくだから一緒に行く?」
「いいよ」
だからこの誘いは当然と言えば当然で。快諾したロロンはよろしくと水の塊を伸ばして、同じように伸ばされたスラのそれと手を握るように繋がった。繋がって触れ合ったスラの水は感じ取れる魔力は少ないもののとても冷たかった。
ぴょこぴょこと二体のスライムが連れ立って跳ねていく。青い水の塊が二つ。スラの方に目や口が必要に応じてはっきり現れる以外、ロロンとスラは不思議とそっくりだった。
プルッとした見た目の質感も、水の青さも、大きさも。喋りもせずじっとした状態でどちらがロロンかと聞かれたら大抵の人は悩んで己の勘に頼るしかなさそうな、それほど良く似ていた。
「キミはどこに住んでるの?」
一緒に散歩をしながら会話のとっかかりに疑問を投げる。えっとねー、と言葉を選ぶような声が聞こえてから答えが返ってきた。
「ここの草原。ロロンは?」
「幻想にあるボクの領地」
「領地?」
ひゃー驚いたとばかりにまたスラの身体が大きく膨らんだ。ちゃんと目と口があるのにオーバーリアクション気味なところがスラにはあるらしい。
気になるのか、どんなところなのかとか魔物や人間はいるのかとか聞いてくる。それで領地のことを少し話してあげればまたやっぱり体が膨らむ。特に人間に正体を隠して領地を治めているのがスラには未知のものらしい。
「ロロンはスライムなのにすごいね!」
「ローレットだから、かな」
ローレットに所属して活動している以上、早々見た目でどうこう言われることはない。そもそも召喚された旅人にはロロン以外にもとんでもない見た目をしている人もそれなりにいるというのもある。
すごいと言われてもロロンにとっては当然と言えば当然、ここまで驚かれるとは思っていなかった。
「そのローレットっていうのは追い出したりしないの?」
だから続いて投げかけられたこの疑問はロロンには理解しがたいものだった。
「追い出される? なんで?」
「だって弱いと群れの邪魔になるから」
ピタリと飛び跳ねるのをやめてスラは言った。
これもまたロロンには理解しがたい。ロロンはイレギュラーズとしてはどう見ても強いスライムだ。体内に秘めた魔力は半端なく、大抵の魔物なら魔力の爆発をぶつけてやれば屠ることも容易だ。だから弱くて追い出されるという発想がなかった。そもそも弱いとは思っていないから。
「僕、いらないって言われてるんだよね」
そう続けるスラの表情は観察しようとしてもよく見えない。こういう時はスライムの身体はずるかった。目と口を水の中に隠してしまえば表情なんて見えないのだから。
「……なんちゃって! 冗談だよ」
ロロンが言葉に困っているのが沈黙で伝わっていたのだろう、明るい声で元気よく跳ねて冗談だから大丈夫だとスラは言った。
一方でロロンは明るい声でなんてことないというスラの言葉をそのまま受け取るべきなのかよくわからずにいた。先ほどまでの静かな声と急に元に戻った明るい今の声。大丈夫だというのならきっとそう。でも、本当に?
ロロンには居場所がある。領地もそうだしそれまでに得た名声もローレットの活動で知り合った友人だっている。でも、スラにはそれはないのだ。こんなにも見た目だけならそっくりなのに、自分にあって相手にないものがたくさん。それを羨むでもなく、自分の境遇をそれと受け入れている。
(ボクは、スラに何が言えるんだろう?)
いこう、と再開された散歩。でもその後の二人は静かに景色と日光を楽しむだけとなった。
散歩を続けてどれぐらいだったのだろう。気が付けば空高くあった太陽は地面の近くまで降りてきていた。
「そろそろ帰らなきゃ」
じっと太陽の方を見るようにしてスラはそう言った。その横顔にどこか消えてなくなりそうなものを感じて、ついロロンの口から言葉が漏れていた。
「また会えるよね?」
「さぁどうかな? きっとまた会えるよ」
バイバイ、と体の一部を水の蔓のようにして振ると踵を返して去っていた。スラの先には夕焼けでオレンジ色に染まった草原だけがあって、やがて夕焼けの中にスラの青い体が溶けて消えるようになくなるとロロンは自分の身体から先ほどスラと触れ合ったときと同じ水の塊を伸ばしてじっと見つめた。
触れたスラの水の身体。あの