PandoraPartyProject

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キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長の視察


 足下で舞いあがり渦をなした風が革ジャンを剥ぎ取らんばかりにまくり上げ、キドーの体を強く揺さぶった。
 同じように心も揺らぐ。
 今ならまだ引き返せる、と。
 革ジャンの前を掻き合わせて激しく首を振る。
(「何を今さら迷う? もう決めたことだ」)
 奥歯を噛みしめて、顔を上げる。
 いま立っている場所が、なぜか五年前のあの日の路地裏とダブって見えた。
 鞘ごと布で包んでふところに入れたモノがとてつもなく重い。
「……そうか。あの殴り合いから今日でまる五年がたつのか。マジで遠くに来ちまったもんぜ。身も心も」
 ただのゴブリンにはもう戻れない。
 キドーは混沌世界であまりに多くのものを手にしてしまった。手にしたものを失う悲しみと恐ろしさを知ってしまった。
「それはクソエルフも同じはず……だよな」
 重くなった足を無理やり前に出す。
 クソエルフ――ラゴルディアと約束した時間はとうに過ぎている。きっと腹を立てているはずだ。
 これから頼み事をするというのに、まったくオレってヤツは。
 だから早く館を出ろといったのに、と愛想を尽かしたアリアンヌの顔が目に浮かんだ。
(「っるせえな。これは執政官が口を突っ込む話じゃねぇんだよ」)
 手を振って幻のアリアンヌを追い払うと、キドーは少し足を速めた。
 大事な話がある。そう言ってキドーがラゴルディアを呼び出したのは、ルンペルシュティルツ島で一番の歴史を持つバーだ。
 といっても大した年数じゃない。キドーが無人島だったルンペルシュティルツを所有したのは数年前、まだ片手で数えられる。
 そのバーは幻想はもとよりいまや遠くは豊穣から、貴族や富豪、貿易商人が集まる場所であり、店内は典型的な海洋様式の風情と南国特有のファンタジックな雰囲気に溢れている。今夜も多くの人で賑わっているはずだ。
 店のオフホワイトの漆喰の壁には、キドーが酔った勢いで描きなぐったスケッチがシンプルな黒の額縁に入れられている。絵はかつて不倶戴天の敵だった男の顔を描いたものだ。
 クソエルフは気づくだろうか。壁のスケッチがやつの似顔絵だということに。
 その絵のすぐ横にあるテーブルを、キドーは数日前から予約してあった。


 ラゴルディアはきっと、腕を組み、足を組み、ふんぞり返って待っているだろうと思っていたら違った。
 大きな体をテーブルに被せるようにして何か描いている。
 ――と、キドーの視線に気づいたようで、ラゴルディアはテーブルから顔をあげた。
 立っているキドーと目線の位置が揃う。
「よ、よう……ナニ描いてるんだ?」
 ラゴルディアは途端に不機嫌さを丸出しにして、描いていたものをふところに入れた。
「よう? 人を呼びつけておいて遅れてくるとはいい根性だ。こんなとき先にいうべき言葉が他にあるんじゃないのか。たとえば、遅れてす――」
 キドーは懐から取り出したものをテーブルに置いた。それはゴトッと音を立てた。
 ラゴルディアが片眉を跳ね上げる。
「何だ?」
「包みを解いてみろよ」
 つかの間の睨みあった末に、ラゴルディアは包みに手を伸ばした。
 中からあらわれたものを見て絶句する。
 その間に、キドーは向かいの椅子を引いて座った。
「……『時に燻されし祈』? どういうつもりだ」
「まあ聞け。いや、聞いてくれ」
 キドーは暗い色の高い天井を見て、ついでよく磨かれた真鍮の手すりへ目を移した。
「あることに同意してくれるなら、そいつを返してもいい。そう思ってる」
「あ? 何を企んでいる。ちゃんと説明しろ」
「その前に酒だ」
 キドーはバーカウンターの奥で姿勢よく立っている若いソムリエの目を捕え、ただ頷いた。
 若いソムリエはてきぱきと手を動かし始めた。
 いちいち言わなくても注文が通ったのは、ここで飲む酒がだいたい決まっているからだ。
 間もなく小さな服に豊満な胸と腰を押し込んだ女が、テーブルに酒とナッツを運んできた。
「乾杯しよう」
「何に」
「宿敵であり友人であり師弟であり、領地の共同運営者でもある二人の今後に」
 ラゴルディアは、キドーが掲げたグラスに渋々といった感じでグラスを合わせた。
 二人同時に酒を煽る。
 キドーは空になったラゴルディアのグラスに酒を注いだ。
 ラゴルディアはキドーの手からボトルを奪い取ると、キドーの空になったグラスに酒を注いだ。しばし無言で酒を飲む。
 クリスタルのシャンデリアが緩やかに揺れ、柔らかく温かい光と影を床に作り出す。ここで飲んでいると時空を移動しているかのような錯覚を覚える。まるで時が一瞬にして過ぎ去っていくような。
「そろそろ話せ」
「………」
 煙草の煙の向こうのステージで、世の移ろいをすべて味わってきたかのような貫禄を漂わせる女が哀愁歌を歌っている。低く柔らかい声が、ギターの伴奏に乗って人生の寂しさと運命の悲しさをキドーに訴えかけた。
「俺は……俺たちはいつか、元いた世界に戻れるようになるかもしれない」
 ラゴルディアは口を開きかけて、また閉じた。
 グラスを揺らしてキドーに先を促す。
「もし……もしもその時が来ても、俺は帰るつもりはない。混沌で得た力も地位も、死んでも手放してやる気はないね」


 女が一曲歌い終えた。
 つかの間、店内が静まりかえる。
 キドーもラゴルディアも息を殺して意識を集中させ、時がうつろい流れ去っていく一瞬の感覚を味わう。
 拍手が起こって、喧騒が戻ってきた。
「そして、もし
 キドーはグラスから目を上げて、ラゴルディアの瞳を覗きこんだ。
「テメェもちょっとだけ……先延ばしにしろ。その、なんだ。エルフの人生と比べりゃ、ゴブリンの人生なんて短いモンだろ? 約束してくれるなら、いますぐ『時に燻されし祈』を返してやるよ」
 黙って聞いていたラゴルディアの口元に、からかうような笑みが浮かぶ。
 キドーは照れ笑いして、慌てて首を振り、そしてうなずいた。
「以上!」
 ラゴルディアは大笑いしてテーブル越しに手を伸ばすと、キドーの肩をバンバン叩きながら立ち上がって――。
「おい、こらゴブリン!!」
 頭に手が置かれたと思った瞬間、キドーは顔をテーブルに叩きつけられていた。
 店内が静まりかえる中、激しい痛みと鉄くさいニオイとともに、鼻から出た血が傾いたテーブルの上を流れ落ちていく。
「ク、クソエルフ……手を……どけやがれ」
 ラゴルディアはキドーに耳を貸さず、さらに頭を押さえつける力を強めた。
「おい貴様、よーく聞け」
「な……」

 ――キドーをなめんなよ!!

「は?」
「キドーをなめるな、といった。あいつは強欲の塊で諦めるってことを知らない大馬鹿野郎だ。腐れゴブリンの分際でエルフ族の秘宝『時に燻されし祈』を盗んだばかりか、エルフの魔法までモノにしようとしているすごいやつなんだよ」
 そこでキドーの頭を押さえつけていた力がふっと消えた。
「成り済ますならもっと上手くやるんだな。その不細工な面はそっくりだが」
「なにを言ってやがる。まさか、あれっぼっちで酔ったわけじゃねーだろうな」
 キドーは顔をテーブルから剥がすと、拳で鼻血を拭った。
 ラゴルディアの懐から何か落ちて、キドーは床を見た。
 髪を後ろで束ねたゴブリンの顔を描いたヘタクソな絵だった。
 顔をしかめてクソエルフを見上げる。
 そいつなら、とラゴルディアは絵を指した。
「元の世界もこの混沌も、両方手に入れる方法を考えるだろう。……もちろん、そういうことなら条件次第で手伝ってやらんこともないぞ、キドー」
「ふっ……」
 キドーは運命を受け入れたかのように苦笑するラゴルディアの顔面に、持ち上げた椅子を全力で叩きつけた。
「どうか手伝わせてください、だろ。このクソエルフが!!」
 ラゴルディアが派手に鼻血を吹き出しながら、後ろのテーブルを押し倒す。
 その瞬間に店の中が一変した。
 空気が芳醇になったような、あるいは照明の色が変わったかのような。
(「コイツと、そして混沌の仲間たちと、足掻けるところまで足掻いてみるのも面白いかもしれないな」)

 今夜、二人のケンカはまだ始まったばかり。

  • ここから、再び完了
  • GM名そうすけ
  • 種別SS
  • 納品日2022年11月05日
  • ・キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244
    ※ おまけSS『ある男の手記』付き

おまけSS『ある男の手記』


 生まれ故郷の街、同族が暮らす都市を立ち去った日のことを、わたしははっきりと覚えている。
 あの日、世界のすべてがわたしの前に横たわっていた。そこには冒険と興奮に満ちた人生があり、胸を高鳴らせる可能性があった。
 なによりも、ついに己の主義に従って生きられると信じてわたしは故郷を去ったのだ。
 手には『時に鎧われし心』があった。ついに杯を手に入れることはかなわなかったが、それはまあいい。
 すでに『祈り』は腹違いの兄とともに行方が分からなくなっていて、全てを完璧に掌握することなどできなくなっていたからだ。
 杯の力で聖樹がその主とともに小さな結界の中に閉ざされてしまうと、わたしは故郷への関心を失くしてしまった。同時に、産みの親や育ての親、腹違いの兄、自分自身を縛りつける血と一族の定めに対する怨みも消えてしまった。
 もう、誰の顔色をうかがわずに生きていける。
 わたしの未来を決めるのは、わたし自身だった。
 混沌という名の異世界に飛ばされるまでは。

 気がつくと、やけに空が近い平原に横たわっていた。
 後で知ることになるが、そこは混沌と呼ばれる異世界の浮遊島の一つで、わたしは間もなく不思議な雰囲気を漂わせる女性とであう。
 ようこそイレギュラーズ。
 下界におりたら――というギルドを尋ねろ。
 そんな感じのことを言われたが、わたしは当然のように無視した。なんといっても、他人に命令されることに飽きていたからだ。これからは自分一人、自由に生きる、と。
 その当時、わたしはまだ時間というものの真の意味を理解していなかった。他者と関わらずに過ごす時の流れが、どれほどのろのろ過ぎるか知らなかった。わたしは若さに溢れ、残された数世紀の人生を楽しみにしていた。
 なんという愚か者か。
 一時間が一日に、一日が一年に思えるというのに、数世紀をどう測ればよいというのだろう。
 故郷を去った時、私は自分の信念だけに従って力を振るおうと決意していた。それなのに、混沌世界で数か月、独りで暮らしただけでわたしの人生の目標はただ生き延びることだけになった。
 抜け目なく狡猾ではあるが、考えることを放棄した、本能だけの生き物になり果てていたのだ。
 このままでは駄目になってしまう。
 本能の警告を感じとったわたしは、まず故郷とよく似た深緑という国に身を寄せた。
 そこで故郷で使役していたものとはどこか違うゴブリンを見つけ、あれほど忌み嫌っていた呪われた力を使って契約し、使役するようになった。
 たかがゴブリン。されどゴブリン。
 わたしは彼らと日々いっしょにいるうちに、いくらか人間性らしきものを取り戻した。罪の意識と一緒に。
 やがてハーモニア(彼らはエルフによく似ている)と呼ばれる種族と仲良くなり、アスランという美しい少年とその妹リンから、腹違いの兄と思われる男のことを聞かされた。
 もしもそれが本当に兄であるならば逃げなくてはならない。
 わたしはラゴルディアの目と祈りの刃を恐れ、第二の故郷ともいえる深緑を出て――


 手記はここで千切れて終わっている。
 執政官アリアンヌ・バダンデールは丸めた手記を、水を捨ててきれいに拭いた瓶の中に戻した。
 海水で濡れていたコルクはまだ完全には乾ききっておらず、栓をしようとするとボロボロと崩れてしまいそうだった。
 アリアンヌは栓をすることを諦めて、手記を入れた瓶とコルク栓をキドーの机の上に置いた。
 直接、ラウレリン島へ送ることも考えたが、まずこの島の領主に判断を仰ぐべきだと思ったのだ。
 なんといってもこの瓶は、ルンペルシュティルツ島の浜に流れ着いたものだから。

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