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新しい装いで
登場人物一覧
ファッションは鎧だという格言も存在するぐらいに、世界中で衣服に纏わる戦が日々勃発している。
この日、ショップを巡る二人の青年もまた、ゆずれない戦いに身を投じていた。
「おいおい、ウソだろ?」
思わず眉間を抑えたスティーブンとは反対に、ランドウェラは不思議そうな顔で
「えっ、この服オシャレじゃないかい!?」
困惑に苛まれるスティーブンをよそに、店内での大発見を掲げたランドウェラ。まるで金銀財宝を見つけたかの如く彼が掲げているのは、一枚のシャツだ。
決して珍しい素材でもなければ、高級品と呼べるものでもないシャツの名は――。
「uma……?」
捻りもない『uma』の字がプリントされたシャツ。
しかも、umaなる
「馬だよ、馬!」
あくまでランドウェラの瞳は輝きを忘れない。
ほらほら見てよ、と別のハンガーまでスティーブンの前へ突き出してきた。
「色のバリエーションも豊富なんだ。これなら気分で色を選べるよ!」
「ん-そうだな、色を選べるってのは良いんだがなぁ」
言い淀んだスティーブンは頭痛を覚えつつも、本当にそれで良いのかと確かめるためランドウェラと目線を合わせた。
「つか、なんでそれにしたんだ??」
「こういう字が入った服を『オシャレだね』って言ってもらえて……」
ランドウェラの話した文字入りの服は、『オシャレ』と書かれたものだ。
感想を述べた相手も何ひとつ間違っていない辺り、見事なすれ違いが彼の
「……言ってもらえて、それで?」
「だからこういう
混じり気のない瞳。期待を込めた眼差し。
スティーブンは、もっと適したものを着てくれなどと到底言えそうになかった。
「お……お前さんのセンスはどうなってんだよ」
辛うじて指摘しただけでも、どっと疲労感が溜まる。溜まりながらもスティーブンは四肢を止めず、店内のラックや陳列棚を探り出した。
粋人らしい趣味とも言えるのがファッションだが、仕立て屋を生業にしているスティーブンにとって、今のランドウェラは見過ごせない。見過ごしてはならないセンスだった。
「シャツのコーデがご所望なら、ほれ、こういうのもあるんだ」
スティーブンは無造作に服が積まれていた棚と、おしくらまんじゅうをするハンガーでいっぱいのラックから衣服を取り出していく。棚の上で広げてあれこれ組み合わせては、隣でじいっと様子を見守るランドウェラと見比べた。
そして早速、
「な、なんだか見慣れない感じがするよ」
ランドウェラの素直な感想に、俺も、とスティーブンが眦を和らげた。
いつしか服に頓着してこなかったランドウェラの面差しにも、スティーブンの見立てで次第に変化が萌しつつある。ソワソワする、いろいろ試してみたい、とランドウェラは大人しくしている時間がもどかしいとさえ思えてきた。
その間にもスティーブンは、まろやかなベージュピンクの靴を彼の足元へ寄せて。
「……ファッションモデル感が出るな」
彼の呟きで、ランドウェラの二色の双眸に光が射す。
なるほど、こういうのが「イケている」服装なのだと頭の中がすっきりしていく。同時にランドウェラが思い起こすのは、つい先ほど選んだumaシャツ。あれがダメなパターンなのだという感覚が沁みるにつれて、恥ずかしさが芽生え始めた。
――いやぁ、あれは、だめだ。
胸の内で繰り返したランドウェラは、モデルっぽいと評してくれたスティーブンの前で、ポーズを決めてみせる。
「モデル感かぁ、うぬぼれても良いかな?」
浮き立つ言を耳にしたスティーブンが、くつくつと喉を鳴らして笑う。
「いいと思うぜ。つか、それぐらい誇ってもらった方がアドバイスし甲斐もあるし」
とはいえ普段着として用いるのに、アースカラーのワントーンコーデは少し難しいかもしれない。
そう考えて次にスティーブンが選んだのは、シックなネイビーのニット。目の冴える青と違う、深みが特徴のくすんだネイビーは、先ほど合わせた恰好と異なり、ランドウェラの顔を一回り「大人」にさせる。
「青系なのにあったかそうだね」
「ああ、で、これを羽織ればファッションが分からなくても一丁前に見えるんだ」
これ、と笑みを傾けてスティーブンが開いた上質なカーキのコートへと、ランドウェラが袖を通す。クラシカルながら定番の
おお、とランドウェラも思わず声をあげる。
「かっこいいね、これ!」
「だろ?」
大人の色香をコートで纏いながらも、硬くなりすぎないようコーデュロイのジョガーパンツで外しているからか、こなれ感が漂う。
「これなら、いろんなパンツやシューズと組み合わせられて使いやすいぞ」
さくさくとチョイスするスティーブンの手練に唸るばかりだったランドウェラは、自身のコート姿を鏡で眺めて口を開く。
「スティーブン……もしかしてこれ、仕事着が基準?」
そろりと尋ねたランドウェラへ返るのは、にやりと持ち上がった口角で。
「仕事着としても幅広いコートだぜ? 本来スーツや軍服の上から着るのが定番だからな」
へえ、と感心したランドウェラは、よく着る軍服やセットアップを思い出す。おしゃれな羽織ひとつ、外套ひとつ買い足せば、これまでの装いにも新鮮さが蘇るかもしれないと考える。
そんな彼をよそにスティーブンは、コート内のアイテムを幾つか取り揃えていく。
カーディガンにジャケット、無地のシャツひとつ取っても、
「こっちはどう!?」
今度はランドウェラの方からも、シャツと合わせるベストやカーディガンにも着目し、提案を始めた。
ここまでで、スティーブンの成果はランドウェラの服装の
プリントが目立つ服をやめたランドウェラは、無地のシャツや羽織り物を軸に、シンプルながらも見合うものを採用していく。これはどうだろうと随時尋ねてくる彼の服装選びを、スティーブンもほっとした様子で見守った。
そして最後には、合わせて試着したりと忙しなかった彼の襟元を、スティーブンが正してあげる。
「いい感じじゃね?」
終わりの掛け声が、たくさんの衣服に囲まれたランドウェラを現実へ引き戻す。
長い足を放り出すように組んで座ったスティーブンも、すっかり仕事をやりきった顔だ。
「そうだ! ねえスティーブン」
一息ついている仕立て屋の近くへ寄ったランドウェラが、まるで内緒話のような静けさで紡ぐのは。
「……お揃いする?」
本日何度目になるかも分からない期待の眼差しを受けて、スティーブンは会心の笑みを溢した。
こうしてふたりは、新たな装いでショップを後にする。
来たときとは違う冷たさで、乾いた風がふたりの背を押すように撫でていく――秋の終わりを飾り、冬の始まりを報せる色で咲く彼らの装いを、楽しむかのように。