PandoraPartyProject

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遥か西方、秋色づく森にて

登場人物一覧

炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
炎堂 焔の関係者
→ イラスト


 ゼシュテル鉄帝国が推定『冠位憤怒』バルナバスへの帝位継承を経て群雄割拠する分裂をきたして数週間が経った。
 鉄帝では混迷する政情に加え、日々強まる冬の気配も増している。
 その一方で、ここでは麗らかな木漏れ日が空から差して、ログハウスを照らしていた。
 深緑の木々は戦火の残り火を醸しながらも済んだ空気で包んでくれる。
 幾つかの木々は秋めいた彩りさえあるようにも見えた。
「……さて、着いたけど……いるかなぁ」
 炎堂 焔 (p3p004727)は小さく首を傾げる。
 何せ、ここ深緑もまた、『冠位怠惰』カロンによる侵略を潜り抜けた直後である。
 加えて、今から訪ねようとしているエルリアは事件の流れで研究所を荒らされてしまっていた。
(植物についても詳しい人だから復興作業とか大変だろうし、もしかしたらいないかも……)
「あれ、焔ちゃん?」
 なんて考えていたら、扉が開いて当の本人が顔みせる。
「エルリアちゃん! これからお出かけ?」
「うん、ちょっと植樹に行こうと思ってて……良かったら一緒に来る?」
「もちろん! 手伝わせて!」


 それから少ししてエルリアとその助手らしい幻想種に案内された焔は戦火の気配が濃い場所に訪れていた。
 燃え落ちた切り株を掘り起こして、そこへ苗木を植えて行く。
「……かなり大変だね、これ。エルリアちゃん、最近は良くやってるの?」
「うーんどちらかというと木の点検の方がメインかな。
 こことかはあの時の戦いに巻き込まれてもう死んでしまった木を植え替えてる作業だけど……」
 焔が問えば、少ししてエルリアがそう返してくる。
「やっぱり、最近は忙しいかな?」
「そうだねー。でも、こんな時だからこそ、私の研究が役に立ってるから。
 そういう意味では苦痛ではないよ」
 そういって笑うエルリアの表情は穏やかなのものだ。
「……ねぇ、エルリアちゃん、今、鉄帝国で事件が起こってるって知ってる?」
「そうなの? ごめん、ここ数日はラサにも出る余裕が無くて……」
 驚きつつも、申し訳なさそうにするエルリアに焔は掻い摘みながら鉄帝国の現状を説明していく。
「――で、ここからが本題。エルリアちゃん、鉄帝国みたいなところでも育つお野菜とか知らないかな?」
「うーん……そうだね……色々あるけど……普通のお野菜ならここまで来る必要もないよね……あっ!
 ごめん、焔ちゃん。これ少し持っててくれる?」
 しばらく悩んだ様子を見せた後、エルリアが小さな声をあげて苗木を焔に手渡して、バッグの方へと歩いていく。
「もしかしたら、持ってきてなかったかもだけど……あった!」
 そう言ってエルリアがノートを広げ、こちらへ戻ってくる。
「これ……木の実? こっちはお野菜みたいだけど」
 赤い可愛らしい木の実と、つるりとした大きな楕円形の野菜風の何か。
「緑化研究の一環で極限環境に育つ植物のことを勉強してたことがあるんだけどね。
 この2つはその時に鉄帝国からの商人さんに教えて貰ったものなんだけど、
 なんでも鉄帝国の北の方の山で採れるお野菜と木の実なんだって」
「鉄帝国の北の方の山で……これをおすすめしてくれる理由って?」
「うん。そのお野菜と木の実ね、すっごい栄養価が高いんだよね。
 一日に取らないといけない栄養の3分の1を補えるんだってさ」
「すごい!」
「多分、今から植えてもお野菜の方は来年の春には収穫できると思う。
 木の実の方は流石に来年にはすぐ……とはいかないかもだけど」
「エルリアちゃん! 教えてくれてありがとう! これが生えるって場所を教えて!
 戻り次第、直ぐに取りに行ってくるよ!」
「待って、焔ちゃん! それはいいんだけど、何点か注意したほうが良いことがあるんだ」
「注意した方がいい事って?」
「まず1つ目。これは取りに行った後のこと。
 実はこのお野菜も木の実も、んだ」
「そ、そんな……それじゃあ……」
「ちゃんと毒抜きの作業をして、しっかり火を通して調理をすれば大丈夫だよ」
 食べることができないというのか――ショックを受ける焔を宥めるようにエルリアが付け加える。
「なんだ……良かったぁ……」
「くれぐれも、調理はしっかりしてね」
「うん、分かったよ。他には何かあるのかな?」
「……こっちは焔ちゃんたちにならあんまり問題ないとは思うんだけど」
 そういうとエルリアはノートを1枚捲る。
 ペらりと捲られたそこには、2種類の動物の姿がある。
「これは?」
 1匹は熊のような生き物だ。
 強靭な体格と非常に長い鉤爪は明らかな凶暴性を見せる。
 もう1匹の方は鳥の一種だろうか。
 非常に鋭利な嘴は鋼のように固そうに見え、寧ろ嘴と言うより鋏のような印象を受けた。
 こちらも脚の爪が非常に鋭利に進化している。
「さっきも言った通り、この木の実もお野菜も栄養価だけは高いんだよね。
 だから、この2つを大好物にしてる動物……ううん、もういっそ魔獣と言っても問題ない奴らがいるんだ」
「えっ、でも毒があるんじゃ?」
 目を瞠る焔に、エルリアも首肯する。
「栄養価が高いからこそ、生き物に食べられないようにするために毒を持つよう進化したんだろうって私は考えてるんだけどね?
 こっちの動物たちはんだって」
「……じゃあ、ボク達がこのお野菜や木の実を取りに行ったら……」
「まず間違いなく、こいつらが焔ちゃんたちに襲い掛かると思う。
 こっちは焔ちゃんたちなら多分、勝てないことはないと思うけどね?」
 そう言って微笑むエルリアから深い信頼を見せられて、焔は思わずはにかんで見せる。
「――でも、こっちも油断はできないかもしれないんだよね。
 このお野菜や木の実を主食にして成長してるから、もしかしたらすごく強いかも……」
「……確かに、そうかもしれないね。でも、ボクも頑張って取りに行ってみるよ!
 ありがとう、エルリアちゃん!」
「このノート、持って帰っても良いよ。
 また今度来た時に返してくれればいいから。
 今のところ、そのノートに書いてあることが必要になりそうな研究はないから」
「いいの!?」
「うん、今回は偶然に入れたまんまにしてたけど、どうせほとんど埃被ってたからね。
 やっぱり役に立つのが一番だよ」
 そういうと、エルリアがノートを差し出して来て、代わりに苗木を受け取り植樹し始める。
「ありがとう!」
「あっ、そうだ。植樹が終わったら一旦ログハウスにもついてきて。
 小松菜とかほうれん草とか、人参とか。
 寒いところでも育つ普通のお野菜の種があるから、折角だし持って帰ってよ」
「いいの?」
「うん、そっちは手伝ってくれたお礼だと思ってくれたらいいよ」
「エルリアちゃん、何かなら何まで……ありがとう!」
「いいよいいよ。焔ちゃんには助けてもらってばっかりだしね!」
 ――結局その日、焔は両手いっぱいの種とノートを抱えて、エルリアの研究所を後にすることになる。

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