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ガラクタハグルマの決意

登場人物一覧

リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)
無敵鉄板暴牛
リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガーの関係者
→ イラスト

 リュカシスの脳裏には未だに反芻する言葉がある。
 あの美しき月の夜。鮮やかな気配が落ちてくるその刹那、美しい女の顔をして二人は『愛し気』に囁いたのだ。

 ――愛してたのよ。

 それは残穢の様な恋物語であった。貴族の娘が恋したのはサーカス団員であったのだという。
 身分違いの恋心。それがどれ程までに苦しものであったのかをリュカシスは想像することもできない。
 その恋は成就することなく、恋した相手――サーカス団の男は魔種であり、幻想王国を騒がせた。消え失せた男を探し求めた女に恋した獣は彼女の姿へとなり替わり彼女の求める『マティリーナ・ロム・ベルトワーズ』を演じたのだそうだ。
 ……そして、男を求めた女は魔種となり、獣の女と共に男を蘇らせる為盲目的に人を殺した。奪った。只、自身の欲求が為に。

 窓の外よりごうん、ごうんと聞こえるのは歯車の稼働する音であろうか。蒸気の音も聞こえ、此処が幻想王国ではなく鉄帝であることを実感してリュカシスはベッドに埋もれる様に息を吐いた。馴染んだシーツは彼が通う軍学校でよく使用されるものだ。それにしても重傷病人用のベッドルームなど中々利用の機会がないとは思って居たのだが……いやはや、そういう時は来るときは来るのだとでも言う様にリュカシスは機械の体に深く刻まれた傷が痛むとでも言う様にシーツに蹲る。
 ローレットより受けた仕事の報告書に並んだ失敗の文字に歯噛みするように唇を噛み締めた。ああ、悔しい――あの女は、きっと自身が今まで見て来たラド・バウの低ランク戦士たちよりも強いのだ。それが魔種というモノだ……勿論、その中にもラド・バウの様にランクがあって彼女が上位戦士であるとは限らない。けれど、リュカシスの目には強敵に――Aランクの敵の様な、そんな雲の上の存在の様にも思えてしまったのだ。
 ずきりと痛む体に、傷だらけになった我楽多の様なその身に。
 どうしようもない程の悔恨が湧き立った。頭がおかしくなるほどに考え込んだ。
 ――どうすればよかったんだろう。
 そう考えれば考える程に、悔しかった。傷付いたからと与えられた休息に甘んじている事さえ、どうしようもなく悔しくて。
 この間にティーラは、彼女達は『集めた』のだろうか? ……美しいおんなの微笑みが脳内にべたりと張り付いて剥がれない。
 悔しい。
 悔しい。
 悔しい。
 白くなるほどに、唇を噛む。シーツを握る指先に力を込めた時、かん、かん、と小さな音がしてリュカシスは胡乱に視線を遣った。
 宵の色に近づく空の向こう、しっかりと閉じられた窓の外に一羽の鴉が立って居る。リュカシスの視線に気づけば更にかん、かんと窓を叩く音がした。
「……セス?」
 土気色の肌に患者用のパジャマを纏ったままリュカシスはゆっくりと立ち上がる。一歩、歩こうと踏み出した足に力を入れただけで痛みがぴりりと走りリュカシスはぐ、と奥歯を噛み締めた。咄嗟に手を付いたサイドテーブルの上で水の入ったカップが揺れている。
 一歩、一歩と踏み出して、窓を開ければ鴉は陽気な調子でカァと鳴いてリュカシスを揶揄う調子で部屋の中へと入り込んだ。
「……セス? よくここが分かったね」
 鴉の姿に変化していた義兄――セス・ドーグドーグはその姿を常の通りの人間体へと変貌させる。リュカシスの土気色の肌とは違う、明るい健康的な肌にリュカシスと同じ金の瞳が並んでいた。
 黒髪に緑の色を揺らし、椅子に腰かけたセスは「ようチビちゃん」と冗談めかしてリュカシスを見遣る。
「分かるさ、カラスは『光り物』に目がないからな」
「光り物。……そっか。でも、今はあまり光ってないよ。凄く痛いし紛ってるしへこんでる」
 ほら、と自身の昏い肌を彩っているパーツがデコボコに、ヘンテコになっているのだと彼は困った調子で呟いた。
 駄目でしょ、と牛を思わせるフォルムの角パーツを見下ろすリュカシスに「分かるさ、それでも」とセスはいつも通りの明るさで返す。
「……そっか」
 デコボコハグルマ――リュカシスが世界より与えられた贈り物――は彼の体に様々なパーツを取り付けることができていた。セスの言う様に鴉の好む光り物だって、此処にはあっただろうが、それを目指して彼が来たわけではないのはリュカシスにだって分かっていた。
 けれど、兄が『単純に光る物』を好ましく思って居るわけじゃないことをリュカシスだって知っていた。鉄の身体を親愛と少しの揶揄いで自身の事を『光り物』と呼んでくれているのだ。
 間諜、探偵、情報屋。そう言った職業として挙げるに相応しい彼だ。何があったのか位、もう知っているだろう。
 しかし、そう言った仕事をリュカシスに話していないセスをリュカシスは『遊び人』と認識していた。だからこそ、単純に会いに来てくれただけなのだと認識もしていた。
「ん?」
「……ううん。折角来てもらったけど、見ての通り。動けないから……」
「構わねェけど。……なァ。休むなら実家の方が良かったんじゃねえか、母上や伯父貴もいるだろ」
 セスが伺う様にリュカシスを覗き込めば、リュカシスはやはり問われるかという調子で唇を一回閉ざし、首を振る。
「それはだめ」
「駄目って……おまえな……」
「怪我してると、凄い心配される」
 その言葉にセスは大きくため息を吐いた。彼にとって弟は大切でかけがえのない存在だ。それ故に、無鉄砲に走る弟の背中を――軍に所属しない自分と、軍に所属する彼では大きくその立場が違うのだろうが――心配している。
「……おまえ、それゃ当たり前だろうが。怒るぞ」
 心の底から出て来たその言葉にリュカシスは目を丸くして首を振った。心配をかけたくないという弟の気持ちって分かる。セスの怒るぞという言葉にリュカシスは「セス」ともう一度兄を呼んだ。
「……ボク、失敗したんだ。仕事」
「ああ」
「それで、ボク、出来ると思っていたし、全力でのぞんだけれど、ぜんぜん駄目だったんだ」
 自身の力で全てを耐えきる。そう感じ、そう望んだ。鉄は打たねば強くならないと言ったのは誰だったか。
 そうやって公言し、やり切って見せると癒しの支えを得ながらも、戦い続けた結果が――これだった。
 リュカシスは俯き、唇を噛み締める。全力だった、リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガーの。
 果すため、掴むためと手を伸ばしたそれが途方もなく遠いと感じたのは――ああ、何時かの日『栄光より転落した背中』を見た時と同じだったろうか。
「でしゃばって、仲間の足を引っ張って、あげく敵には逃げられた」
 セスは何も言わなかった。只、リュカシスの云いたい言葉を聞くという様に。
 リュカシスの脳裏に過ったのはふんわりとした綿毛を思わせる柔らかな髪の乙女であった。砂糖菓子を煮詰めた様な美しい女のなりをした化物。彼女達から感じた『誰かの残穢』の苦しさ、重さ。
 それをすべて受け入れられると、全て受け止められると『出来る』と。そう思って居た。
「――出来なかった」
 吐き出した、その言葉の重さに唇が震えた。ベッドに腰かけシーツをぎゅうと握り占めたリュカシスの言葉を待っていた。待って、そして。
「そうか。それで、」
 と。ただ、リュカシスの言葉を確かめる様に『いつもと同じよう』に声をかけた。
「……強くなりたい」
 そう、リュカシスは声にした。確かな決意をもって、その言葉を絞り出す様に。
 毀れるのは涙ではないと噛み締める様に一言一言をなぞらえて。
「ずっと最後まで立っていられるくらい。ものすごく、強くなりたいよ」
「おまえ、昔いじめられた時も同じようなこと言ってたな」
 セスはからからと笑う。何時もの通り、まるで家のソファーでくつろいで兄弟で語らう様に。暖炉の弾ける音を聞き、うとうととしながらクッションを抱き締めているかのように。
 セスのその声音にリュカシスは小さく頷いた。幼い時、虐められたときに涙を堪えて、言ったその言葉を兄は「ああ」と強く頷いてくれたのだ。
「あの頃と比べりゃ随分強くなったと思うが、今の敵はただのいじめっこじゃねえもんなァ。
 俺だってゾッとするような強敵ばかりだろ? ローレットが相手にするのは単純な子供の喧嘩ってわけじゃねェ」
 それこそ、命の奪い合いをするような――言葉にするのも悍ましいとでも言う様にセスは肩を竦めてリュカシスを伺った。
「分かってる。栄光(ゆめ)から転がり落ちた先が何かだって、知ってる。
 ……けど、もっともっと。強くなりたい。そうじゃなきゃ、立ってもいられないんだ」
 ラド・バウの舞台の上でだって弱者はすぐに淘汰されていく。リュカシスは北の大地に住まう者としてそれをよく知っていた。唇を噛み、俯いたその目に白い髪が被さっていく。
 対照的な肌の色をした掌がぽん、と頭に乗せられた。
「……そうだな。強くなきゃ、立ってられない。強くなきゃ、何もできねェ」
「うん。……強くなる。それで、もっともっと――もっと……ボクが出来る事を増やしたいんだ」
 リュカシスのその言葉にセスは笑った。「きっとできるさ」と頭をくしゃりと撫でた掌の重さは幼い頃から変わらない。
 リュカシスにとって兄は憧れだ。尊敬する大人であることには違いない。
 彼はリュカシスの知らない事をたくさん知っているのだ。そして、リュカシスの辛い部分を受け入れてくれてる。
 小柄であまり力の強くないリュカシスはこの国の在り方では卑屈になることもあった。揶揄われ悪戯されることだってあったが、そのたびに兄は「チビちゃん」とその心を解してくれたのだ。
 大切で可愛い光り物。親愛の言葉をかけてくれる兄が自身の支えである事をリュカシスはよく知っていた。
 だからこそ、弱音を吐けたのだ。決意と共に、これからもっともっとと手を伸ばす事を――兄はきっと、受け入れて、そして応援してくれる。
 修羅の路でも、彼はリュカシスが決めたのであればと背中を押してくれるはずなのだから。
「よく考えろよ。チビちゃんと比べりゃ、俺なんて遊び人のニートだぜ?」
「だから、セスは遊びに来てくれる。……でしょ?」
 揶揄う様に、リュカシスが小さく笑えばセスは『一本取られた』とでもいう様な顔で思わず噴き出した。
 こういう時に顔を出して、反省を聞き、決意を認めてくれる存在のすばらしさを知っているのだから。
 曖昧な顔を見せたセスにリュカシスは小さく笑った。固くなった心を解き解してくれる兄の存在は何時になっても大きい儘で。
「お兄ちゃん」
 ただ、小さく。常とは違う呼び方に気付いた様にセスは「どうした、チビちゃん」と揶揄う。
 俯いた儘、リュカシスは拳を作り力を込める。ぎゅう、と固く握り込み、そして決意するように彼は呟いた。
「……がんばる」
「ああ」
 それ以上、兄は何も言わなかった。頑張れとも、できる、とも。
 ただ、その決意を聞き、ぽん、と一度だけ撫でられた掌の温もりを残して。
 窓を開けたセスがじゃあなとひらりと手を振って宵の空へと飛び立っていく。
 鴉の羽音に耳を寄せてリュカシスはゆっくりとベッドに横たわって、静かに目を伏せった。

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