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微風に触れて
登場人物一覧
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瓜二つというか。鏡写しというか。生き写しというべきか。
黒い髪、鮮やかな赤い瞳。違うものと言えばそれぞれが抱いた表情。
男物のコートを着た方――ミーナの表情はツンツンどころか氷点下。向かい合った喫茶店のテーブル席。立ち上がっていないのが奇跡である。
一方の蒼づくめの方――ヒリュウは、にこにことミルクセーキを口に含みながらミーナに笑いかけている。
外野からすればただの不仲な姉妹の一幕にしか見えないのだろうが、実は彼女らは姉妹ではなく親子。であれば生んだ方は……などと思ったあなた。もうお察しであろう。
母親はにこにこしている方。つまるところヒリュウである。
「来ちゃった」
「来ちゃったじゃねえんだよな……」
風読みの娘――ギフトを使えば容易く会うことが出来るのはもう既に理解していた。けれどまさか本当に来るやつがあるか。実の母親であるとはよぉく理解しているが一発殴りたい。彼女が
本来ならば近付く気配で理解できたのだ。とっとと離れることだって出来た。だがしかし、普段から愛しい人たちのもとを転々としているミーナが抱える領地にはそろそろ仕事が山積みなのであって。そろそろ片付けにいくか、と泊まり込みで領地に戻ったところを襲われた。もとい、再会してしまったのである。
不運だとか二度と会いたくないだとか、そういったわけではないのだけれど。何となく会うのがいやなお年頃なのである。
ミーナが1000歳をゆうに越えているのならば彼女の母親たるヒリュウはそのさらに上である、という計算になるのだがそれはそれ。
ようやく書類の山のひとつを登頂、もとい制圧し。息抜きに喫茶店で昼御飯を、と思ったところに、ヒリュウも現れた……のが、先程までの状況である。
げ、と思うも時既に遅し。目の前に当然のように座りだしたヒリュウに頭を抱えた頃には。
「すみませーん、このオムライスと、ハンバーグ、それから……カルボナーラも追加で!」
メニューを頼み頬杖をつきながらにこにこと笑いかけてきた。そして冒頭へ戻る。
「来ちゃった」
「来ちゃったじゃねえんだよな……」
「うふふ、ごめんね?」
「謝るくらいなら帰れよ、あとはぜんぶ食べといてやるから」
「ミーナったらひどい! お母さん泣いちゃうよ?」
「会いたくないのに押し掛けられたこっちの気持ちにもなってから言ってくれ」
「もう! 冷たいんだから!」
つれない、なんて実の母親に言われようものなら鳥肌もたつ。特にミーナ。
まさか自分の累積した仕事の後始末のせいでこんなことになるなんて! 次はためないように気をつけねばと心のなかで悪態を吐きながら、しかし、出会ってしまったものは仕方ないとため息をついて。
「なんでここにいるんだよ」
「わかってるくせに」
相変わらず。
だからこそ嫌だったのか。それとも、また別であろうか。
領主たるミーナのことを知っているものはごく僅かで、普段は仕事を任せているからきっとふたりは遠目からみればただの観光客のようにしか見えていないことだろう。だから気にされることもない。そのほうがミーナにとっては都合がいい。
「相変わらずだな」
「ミーナこそ! ボク、ミーナが上手くやれてるかすっごく心配してたんだから」
「いっちばん言われたくない言葉だな、反面教師にしろってことか?」
「うふふ。ボクのはお茶目、ミーナのは実力だよ」
「なあにがお茶目だ、キッチン壊しかけたの一生恨んでやるからな……」
てんで家事の出来ないヒリュウに代わり色々こなすようになっていた。結果としてそれが荒めの花嫁修行になったのは今となっては悪くない記憶のひとつだ。もちろん、口に出すつもりはないし、墓まで連れていくだろうが。
腹のなかにいたときにその生活能力も栄養とばかりに奪い取ってしまったのだろうか、ヒリュウはミーナなしではぽんこつである。だからこうして健康そうな状態で会えたのは奇跡なのかもしれない。
「ミーナは元気してた?」
「なんだよ、母親ぶりやがって」
「お母さんだもの! ふふ、その様子なら元気だったみたいだね、うんうん」
どちらが親でどちらが子なのか。素直に心の奥底を見抜いてしまうようなヒリュウと目を合わせるのは、ミーナは好きではなかった。やはり帰ってしまおうかと思ったそのとき。
「お待たせしました、ステーキとピザ、それからナポリタンです」
ミーナが先に注文しておいたそれが届く。なんてタイミングだ!
「……はぁ」
食べ物に罪はない。のだが、恨むぞ店員!
仕方ないので先に食べる。ヒリュウ? 知ったことではない。
黙々と食べるミーナを眺めながら、ヒリュウは微笑んだ。何が面白いのか、それすらもミーナにはわからない。
「お待たせしました。伝票こちらに失礼します」
「はあい、ありがとう~」
ほどなくしてヒリュウの分も到着し。
無言で、そっくりな顔を付き合わせながら、そして大食いの可憐な乙女たちが食べ続けるという珍妙な状態に。食べ物に罪はない。罪はないとわかっているのだけれども、まさかこんなかたちの再会になるだなんて!
無心で食べるというわけにもいかず、かといって何か話しかける内容があるわけでもない。
そう、まるで反抗期の子供のように。
(……ったく、1000年生きてきてこれか)
もぐもぐと口を動かしながら、情けないような悔しいような気持ちを噛み締めて。ああ、けれど。一見かわりないように見えた娘の仏頂面が僅かに崩れた。久方振りの再会、久方振りの会話。もしかすると戦ってしまったりするかもな、なんて考えていたヒリュウが、まさか愛おしい娘からそんな隙を見ることが出来たと知ったのならば、それはもう!
「ま、久々の再会だもの。今日はお母さんが奢ってあげる」
「はぁ……?」
もう少しだけ、なんて。驚いた顔も、笑った顔も、もう少しだけ、欲張ってしまいたくなるものだ。
きっとミーナは知らないし、考えることもしないだろう。会わずにいた長い長い時間のなかで、ヒリュウがどれほどミーナのことを考えていたかだなんて!
(実の娘が幸せそうで嬉しくならないわけないよね)
不可解そうに。あるいは、不本意そうに。もぐもぐと食べる手は止まることはないのだけれど、それでもやっぱり不思議そうにこちらを伺う姿はやはりとびきり愛おしい。
「相変わらずよく食べるね」
「うるさいなあ」
「誰に似たんだろうねえ」
「さあな。私は目の前にいる女が怪しいと思うが」
決してかあさん、とか、ママ、とか。そういった居心地のよい言葉で呼んでくれるわけではないけれど。けれど、それでいい。今のところは。今日のところは、それだけでも満足してやろう、だなんて母親面をしてみる。
「なんだよ」
「なんでもないよ?」
「そうかよ」
どうせただ飯なのだから、とメニューを広げ追加であれやこれやを頼んでしまうミーナには思わず苦笑が漏れた。
今からでもきっと、遅くはないだろう。見た目はそっくりで性格は真逆。話し方も趣味も性格も違うけれど。でも、今から始めてみたって遅くはないはずだ。
親子のありかたなんて、人それぞれなのだから。
「なあ」
「なあに?」
「予算は?」
「決めてないよ」
「そうか。じゃあこれと、それと、あれと……」
「あ、ボクにもここまでのオーダーと同じものを!」
……あとで財布が痛んだのは、ヒリュウだけのひみつ。