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SS詳細

『マルジナリア』

登場人物一覧

リンディス=クァドラータ(p3p007979)
ただの人のように

 本を読み進める。
 どれも、誰かが残して、誰かが受け取った大切な物語たち。
 大切に読み、終えると、収蔵している場所へと戻す。
 どれも自分が編纂するための本で、すでに写本の許可を得ているものばかりだ。
 さて、次の本へ、と、手を伸ばすと。
「……おや、この本は……?」
 リンディス=クァドラータがは、何かが挟まっている本に手が伸ばした。
 表紙を見れば、『マルジナリア』の文字。シリーズものの物語だ。
 作者が病没し、絶筆となってしまい、もう続くことのなくなった物語。
 しかし、その緻密な伏線と大胆な物語の構成で、今も尚評価を得ている作品。
 挟まっているものはメモで、そのシリーズの考察やメモが大量に書き残されていた。読者のものだろう。
 以前その一作目を見たことがある。これは五作目。
 どうせならとぱたぱたと走って二作目を探す。次に三作目、四作目……。
 
 一作目は鮮やかな情景が浮かび、自分自身が旅をしているような、わくわくする冒険の物語。
 二作目は、戦乱に巻き込まれてしまい、どうしようもないことを前に生きることによって足掻く物語。
 三作目は、戦乱の続きの中、生きることへの問いを叫ぶ物語。
 四作目は、戦後の世界を駆け回りながら、生きる意味を探し、そして生きろと叫ぶ物語。
 五作目は、また冒険ものに戻るけれども、何か新しいことへと進む物語。……しかし、途中で終わってしまっている。
 簡単に言うと冒険活劇と言って良いが、そうと一言で片付けられないのが傑作たる所以だ。
 シリーズのすべてを読み終えてから、リンディスは書き込まれているメモに目を通す。
 一作目の心躍る冒険! 二作目から四作目まで続く陰鬱ながらも、生きることを問いかける物語! そして、主人公たちは、新しい第一歩を踏み出す五作目……。
 どうして作者は冒険ものから途中、戦記ものへと変えて、その後冒険ものに戻ったのか? そもそもの物語のストーリーラインからなぞってあるメモは、とても複雑ながらも楽しめる物語を解析していて、このメモの主はよほどこの物語を愛していたのだろうと分かる。そこには、作者の抱えている病気については触れられておらず、また作者も自身の病気を気にせず執筆していたのであろう――そういうことも、手にとるように分かった。
 
 主人公たちはいろんな挫折を経験して、そして成長していく。
 一歩ずつ、一歩ずつ、自分たちが歩いていく最中、物語という大きな奔流に、何も残せず退場してしまう人物もいる。
 果たしてそれは、無意義な生であっただろうか?
 それを声高に否定するよう、物語は、そのような人物の人生を拾う。
 時に生きた証を残せなかったことを悔い、時に何も残せずとも生ききったと満足する者もいる。
 それはまるで、本当にありとあらゆる人間の人生の縮図のようで、『生きているものたち』が活き活きと描かれてる。その人生ひとつひとつに、無意味なことはなく、どこかで誰かの人生の影響を与えて、その誰かが物語に何かを残す。どんな端役だろうと、それが無意味ではないと、訴えるでも叫びかけるでもなく、ただ高らかに人間の人生のありようを謳う物語。
 どんな人生だろうと、人である限りは生き、死ぬ。
 それが長い生か、短い生かは、分からない。
 けれども、『限られた残された時間、せめて悔いのないように』。
 そう、寄り添ってくる語り口。
 
「私はもう立ち上がることができない。こんなどうしようもない世界で、どうしろっていうんだ!」
「あなたの歩みの中に、後悔はあるでしょう。しかし、その後悔の中に、希望を見つけて、行くのです」
 ――それが、生きるということのひとつの答えだと、ぼくは思います。
 そういうのならば、私はもう少し、私自身の答えを探そう――。
 登場人物たちは時に問いかけ、時に答えを出し、そしてまた、問いに戻る。
 限られた時間。その中で貴方は、君は、お前は、生きていることを謳歌しているのか。
 その繰り返し。だからこそ、この物語は強く心に響く。
『あなたは、生きていることが、素晴らしいですか?』
 絶筆だろうと、少なくともリンディスはこれを世紀の傑作だと保証する。
 
 緻密な伏線は、絶筆となった五作目にも見受けられていて、もし作者が生きていたらどうなっていただろうと想像せざるを得ない。けれども、そのメモに『どうなるのだろう』という想いは見受けられなかった。物語を真摯に追い、考察して。文字の中で時に踊るように笑い、時に静かに涙を流す人々に共感するようにメモは綴られていて、先を読むことが叶わない叫びのようにも見える。けれども。
 絶筆の旨が書かれた、読者へのメッセージのメモ書きの下には。
『――ここまでの物語、最高に楽しかった!』
 この物語に寄り添った、今を楽しもうとした想いがあるような、そんな結論が導き出されていた。

 リンディスは本とメモを読み終えて、写本するために書き物机へと歩く。『文字録生成』でこの物語を書き留める、そのために魔力のある紙とインクを用意しなければならない。何せ五冊分だ、けっこうな量を用意せねば。
 
 魔力を紙に込めながら、リンディスは目を閉じ、今まで出会った人々を回顧する。

 頼りになる人。
 仲間だと思える人。
 信頼のおける人。
 応援したい人。
 燃えるような思いがする人。
 その他にも、たくさん。
 
 悪いことをする人もいれば、善いことに尽くす人もいる。
 悪いことは勿論よくないことで、善いことは当然、喜ばしいこと。
 これは当たり前のことだけれど、当たり前だからこそ、あんまり気づかない。
 
 ――私の出会った人たちすべてに、意味がない、なんてことはなくて。
 出会って、喜びを分かち合い、別れを惜しみ、こうやって回顧し、私自身の糧とする。
 そうして、世界は回るのです。

「あなたの書いた物語は、こうして、私を動かしていますよ」
 原本の方を、労るように撫でてから、写本を開始する。
 この物語を受け継いで――私と、あのメモの主が出会わなかった物語の続きは、私達の人生そのもので示しましょう。

 きっと、それが、この物語を書いたあなたの、もっとも大きな願いでしょう。

  • 『マルジナリア』完了
  • NM名tk
  • 種別SS
  • 納品日2022年10月26日
  • ・リンディス=クァドラータ(p3p007979

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